109. 先日の「スカーレットCHANNEL」の投稿の続き。
先日の「スカーレットさんの・・・」の投稿の続き。
こうして見てみると、イギリス1980年代にはすでに目覚めていた人々は一定数いたのではないだろうか。
それに比べて、日本の音楽シーン、小説関連を見てみるとやはり恋愛を主題にしているものが多いのではないだろうか。
松任谷由実の過去の暴言をまとめた Youtube 動画をたまたま見てあたしが感じたこと。
それを上手く表現されていた方がいらした。
それを以下に載せておくとしよう。
『松任谷由実"ヤバ過ぎる発言"にネット騒然!』の動画にて。
投稿者様、@yk_aki
芸能界にいるこの辺りの年代はそういう考え方の方は多いと思います。
学生運動の時代にリベラルがカッコいい的な思考で社会人にならずに
芸能界に。
裕福な家庭の人はそうじゃない人に比べて生活の負担が無いので
成功しやすく、
未熟な性格のまま成長。生存者バイアスでそのような方が必然的に
多く残る結果に。
(1972年 荒井 由実 でデビュー)
(1976年 結婚を機に 松任谷 由実 へ改姓)
「裕福な家庭の人はそうじゃない人に比べて生活の負担が無いので成功しやすく、・・・」
そうかもね。
だって、失敗したって命に関わるほどの貧困には直面しないわけだし、今月の家賃が払えないとか、今夜の食料の心配とか、いざとなればいつでもバックにいる親族に頼ることができる。当時、いわゆる富裕出身であるのに、わざわざ貧乏だったアピールをする輩は何人もいた。貧乏ステータスっていうの? 貧乏人は Rock をやれっ、ハングリー精神が重要! 政治家でもいたじゃん、菅 義偉だったっけ? 苦学生だったことを強調、哀れみを買いたかったのか、同情を引きたかったのか、実家は金持ちだよ。けっ、笑っちゃうよね。
こいつだよね、『自助、共助、公助』を掲げて弱いものいじめしてた奴。声高に謳っていたよな。
もちろん、自分のオムツは自分で取り替えてるんだろうな。だって『自助』を目指す国づくりを推進していたんだからな。絶対に介助人を付けるなよ。
政治から遠く離れた恋愛に焦点を向かわせようとしていたのも洗脳か?
だったら、その当事売れていた作家やミュージッシャンも洗脳させる側の仲間だったのかな?
なんてね。
ただ、当時は政治の話なんかガチでする人なんてほとんどいなかったし、仮にそんな話でもしようものなら、浮いちゃうか、「まぁ、まぁ、まぁ、まぁ、そんなに真面目にならなくってもねぇ、すぐに政治に結びつけるなよ、楽しもうよ。」とか言ってたしなめられたり、宗教については一部、見えない所ではでは盛り上がっていたのだろうけど表面化されにくかったな。友人同士の間柄でもほぼほぼタブーだった。自分の親の宗教がなんか後ろ暗い感じで、その共通の後ろ暗さを持つ友人同士で話す時は小声で話したりしていた。「あんたのうちもそうなんだ、なんかね・・・。」だから、よく外人に指摘されていたように、「日本人ってクリスマスは教会で、お正月はお寺でってなんか変じゃない?」っていう曖昧さがある意味心地良かったのだ。
さて、話を戻すよ。
1980年代のヒット曲は、
松田聖子「赤いスイートピー」
中森明菜「少女A」
安全地帯「ワインレッドの心」
チェッカーズ「涙のリクエスト」
久保田利伸「Missing」
渡辺美里「My Revolution」
小泉今日子「なんてったってアイドル」
THE ALFEE「メリーアン」
大瀧詠一「君は天然色」
杉山清貴&オメガトライブ「SUMMER SUSPICION」
など、アイドル歌謡からロック、シティポップまで多様。
流行った本は、
吉本ばなな『キッチン』
田中康夫『なんとなく、クリスタル』
村上春樹『ノルウェイの森』
村上龍『コインロッカーベイビーズ』
山田詠美『放課後の音符』
俵万智『サラダ記念日』
沢木耕太郎『深夜特急』
東野圭吾『放課後』
林真理子『ルンルンを買っておうちに帰ろう』
ということです。
以上、ネット情報。
色々調べて考察してみようと思ったけれど、どうやらあたしには無理っ。
というか、時間がかかりすぎますね。
結局、好きでもない作品に向かい合うことは、この『うろ覚えに関する覚え書き』の趣旨から大分遠ざかってしまうのでやめます。
ただ、当時の私の周辺にいたちょっとスノッブな人は村上春樹や大瀧詠一が好きだったし、田中康夫の『なんとなく、クリスタル』は意識していなくても巷ではそれこそ頻繁に耳にした。氏は「ヤスオちゃ~ん」と呼ばれながらしょっちゅうテレビの画面に登場していた。村上龍の『コインロッカー』はあの頃のあたしたちのバイブル的な感じもしていたけれど。吉本ばななは話題になってはいたけれど未だに読んだことがない。けれど、海外ではわりと読まれているらしいので、いつか手にとってみようかなとは思っている。林真理子も流行っていた。表紙のカバーのかわいらしいイラストとキャッチーな表題に騙されて何冊か買ったことはあったけれど、毎度毎度、途中まで読んでは必ず後悔した。村上春樹は彼の執筆よりも、彼が翻訳した本の方があたしは好きだな。山田詠美は『僕は勉強ができない』が好きだった。東野圭吾は一時すごくはまって何冊か読んだし、人にも勧めていたな。
たとえ闇で覆われていたとしても、まだあの頃はフワフワした空気の中で楽しく過ごせていたのだ。
この嘘にまみれた汚ならしい、おぞましい世界でも、楽しく暮らしてこれたのだ。ありがとう、みんな。
嫌な奴はいる。でも、優しくていい人もいる。
泥の中で堂々と咲き誇る蓮の花のように、この汚ならしい世界にのみ込まれなければいいのか。
それにしても憎たらしいよな。フェミニスト、女性進出、女性も外に出て社会を知るべきとか言って家庭を壊し、専業主婦の居場所を無くしたんだからさ。
今、発達障害とか、暴れる子どもとかで学校が荒れてるって言うけど、親も忙しくってさ、自分自身が精一杯の人が多いんじゃないのかな。お母さんが子どもをちょっと抱き締めてあげるだけでも子どもは安心すると思うんだけどね。まあ、全部とはいわないまでも。量販店のガラスの向こうの幼鳥を見ていても思うもん。お母さんの口からエサをもらいたいだろうし、羽繕いの仕方もわからないまま大きくなっちゃうんだよ。たまたま世話好きの幼鳥が周りにいたとかで環境が良くて親無しでも覚えた子もいるけど、我が家に来た1羽はいっつもボサボサの羽で過ごしていた子もいた。
人間のあなたは、せめて食事中はスマフォじゃなくて目の前の子どもとおしゃべりをしてほしいな。
あなたの子どもは退屈そうだよ。
たのむよ。
顔を見て笑ってやってくれ。




