5、下僕様は姫をご所望!
「・・・落ち着いたか?」
「・・・うん」
後ろで伸びていたお兄さんはその場に放置して、空也と私は空き地から少し離れた神社の前に来ていた。泣き顔で大通りに戻ってアイスを買うとか無理だし、ましてや家に帰るとか論外だし、私たちは自然と、昔よく遊んでいた神社に歩を進めていた。ちょうどこの神社の前には駄菓子屋さんがあり、空也がかなり懐かしいチョコレートアイスを買ってきた。それを神社の石段の中段くらいに座って食べた。空也はアイスではなく、ソーダ水。それも懐かしい。落ち着いてからよく見ると、空也は汗だくだった。この暑い中、走ってきたのだろうか。私がいつもの通学路にいないから、きっと探しまわったのだろう。
アイスをちびちび食べながら、私は自己嫌悪に陥っていた。結局また空也に助けられた。結局私は彼がいないと何もできない。結局最後には空也の名前を呼んでしまった。そう思うと、また涙がこみ上げてくる。
「千嘉?」
空也がこちらを覗き込む。やめてよ。
「ご、めん・・・」
私は消え入りそうな声で呟いた。身体が震える。その拍子に手が滑ってせっかく空也が買ってくれたアイスが石段に落ちた。
「あぁ、もう、何やってんだ・・・」
やれやれといった感じで空也は私の足元に目線をやる。私のスカートや靴が汚れていないか確かめたのだろう。本当に、まめな奴だ。
「ごめん・・・」
私はそのことについても謝る。しかし、
「なんでそんな謝んの?」
空也は、私のスカートに飛んだアイスの滴をぱっと払いながら問う。
「だってっ・・・私は空也のお荷物だから・・・」
「はぁ?」
それは心底呆れた声だった。その声に思わずカチンときてしまう私。また・・・。
「だって、私はすっと空也にお守りしてもらってるんだよ?こんな馬鹿でとろくて、小さくて子供な私の面倒見るの、いい加減飽き飽きでしょ?私の送り迎えだってなくなれば空也は部活に入れるし、お姫様と下僕ごっこも、あんな昔のこと、もう忘れていいよ!あんなのただのごっこ遊びだよ!・・・もう、いいんだよ・・・?」
だんだん尻すぼみになる言葉。彼を私から解放してあげなくては、そういう思いと、ずっとそばにいてほしいという思いがごっちゃになってもうわけが分からない。いったい私はどうしたいんだ。
「なんで、そんな事言うんだ?」
ふいに、空也の声が低くなった。お、怒った?なんで?
「もういいとか、本気?」
鋭い目つきで、私の目を見る。私は視線をさまよわせる。
「ほ、本気、だよ・・・」
私の言葉はしどろもどろだ。まだ、覚悟はできていない。でも、空也がいなくなっても、大丈夫にするんだ。きっと・・・。
「ふぅん・・・」
空也は冷たい目つきで私を一瞥する。・・・しかし、
「でもダメ」
次の瞬間にはいたずらっ子のような、無邪気な笑みを見せた。
「は・・・?」
拍子抜けして間抜け声を出す私。
「やだよ。俺が。何でお前と離れないといけないわけ?絶対嫌だね。それに別にお守りしてるとか思ってないし。飽きてもないし。・・・逆にお前が手のかからない人間になったら、俺どうすればいいの?」
「どうって・・・?」
「上行こうぜ」
そう言って空也は立ち上がり、私に手を差し出す。私は無意識にその手を取った。
二人して手をつないで石段を上がる。左右が林のため、陰になった石段はしぶとい夏の日差しを遮り、涼しかった。ふと見上げる彼の顔は、私からとても遠くて。しかし、その手はしっかりとつながれ、確かな安心感がそこにはあった。
石段を登りきり、数歩行ったところにある石像を見て空也が楽しそうに言う。
「懐かしいな。このシーサー」
「・・・シーサーじゃなくて、狛犬だよ」
「でも、この神社のってなんか、シーサーっぽくないか?」
言われてみればそうか。なんか毛むくじゃら感がある。沖縄に行ったことがないから本物は見たことないが、沖縄土産でもらったことのある、ちんすこうのパッケージに描かれたイラストにそっくりだ。
「じゃ、シーサーでいいか」
私はなんだかバカバカしくなってクスクス笑いながら言った。
「昔はよく登ったよな、このシーサーに」
「そうそう、足かける場所がこの辺りに・・・あった」
この神社はもう使われていない。私たちが幼稚園の時にはすでに管理する人がいなくなっていて、ここは絶好の遊び場だった。なんせ、大きな公園が近くにあるし、ここは石段が思いのほか長いから、近所の子供はこんなところまで登ってこなかった。だから何もないけれどこの場所は私たちだけの秘密基地。思えば、私はあの時からほとんどの時間を空也と過ごしていた。幼稚園に行けば、女の子の友達はたくさんいたけれど、家に帰ってからは絶対に空也と遊ぶ。あの時から私は空也にべったりだった。
私は懐かしいシーサーの土台につけられた凹みを見て思わず笑みをこぼす。これは空也がつけたものだ。空也がこのシーサーに上りたいがために、落ちていた釘で一生懸命掘ったのだ。馬鹿だったなぁ・・・。
「結局、私は最後まで登れなかったけどね・・・」
苦笑しつつ過去を振り返る。当時よりもこのシーサーの顔は私の顔に近づいたけれど、やっぱり今でも私は登れそうにない。やっぱり、それは私には高すぎた。
一方空也には低くなったことだろう。彼の顔はちょうどシーサーの鼻先にあった。今の空也なら、足掛けなんか使わずに登れるのではないか。なんて、そんなことしないだろうけど。
「なぁ、千嘉」
ふいに空也が口を開いた。「なに?空也」そう言った瞬間、私の体は彼にひょいと抱えあげられていた。
「はわ!?」
「よっと・・・」
そして私はシーサーが鎮座している台の上にいとも簡単に乗せられてしまった。
「なにすん・・・」
声に怒りを込めて言いつつ、空也を睨みつけようとしたが、ちょうど彼の顔が目の前にあったために驚いて言いかけた言葉を飲みこんだ。思わず視線を違う方向に投げる。
「千嘉、何で目、逸らすんだ?」
「や、あのぅ・・・」
「なぁ、俺の事見ろよ?」
「でも・・・」
うわぁ、何これ?尋問?もしかして怒ってる?
「怒ってる・・・?」
おずおずと聞いてみると、
「怒ってるよ。何でかわかる?」
と、質問で返されてしまう。
「私がひどいこと言ったから・・・」
「違う。馬鹿なこと言ったから」
「うん・・・」
うつむく私。やっぱり、空也の顔がまともに見れない。彼と目を合わせる資格もなければ、そんな勇気もない。それに・・・今見てしまえば、きっともう、逸らせなくなる。手放せなくなる。
「千嘉、俺はお姫様と下僕ごっこ、嫌じゃないよ?」
「え・・・」
「むしろ、俺が好んでずっと続けてきたんだ。千嘉が気にすることじゃない。送り迎えだって、俺が好きでやってることだ。お前が気を使うことじゃない」
「でも・・・」
「でも、なんで俺がそんな事をやっているか、その理由については気にするべきだし、気にしてほしいし、気付いてもらいたい」
「へ・・・?」
わけがわからず思わす顔を上げる。その時、突如口にソーダ水の味が広がった。
「・・・!」
空也の唇が私のそれに重なっていた。いきなりだったので目をつぶるのも忘れてしまった。目の前に、彼の長いまつげが見える。
それはいったいどれくらいの時間だっただろう。とても長く感じたけど、きっとほんの一瞬で。彼の唇が離れるとき、わずかに寂しさがこみ上げる。しかし、
ペロッ
「!!」
「ははっ、甘っ」
離れる瞬間、空也は私の唇をなめた。犬かお前は!
「・・・さ、お馬鹿な千嘉にも、答えはわかったかな?」
ニヤリと笑うと、意地悪くそんな事を訊いてくる。私はと言うと、もう爆発寸前だ。いろいろと。顔から火が噴きそうなのを必死でこらえる。きっと今奇妙な顔してる。その証拠に空也が笑ってるもん。うぅ・・・くそぅ。何よぅその余裕の笑みは。
「さて、帰るか」
そう言って空也は私を再び抱えると、地面に下ろしてくれた。私は足が地に着くと同時にさっさと石段に向かって駆けて行く。
「待てって、逃げるな千嘉!」
「逃げてないし!」
「なぁ、お姫様と下僕ごっこ、続ける?」
私は石段を一段降りたところでくるりと振り返る。
「・・・・・続ける!早く行くよ、下僕!」
「はぁーい、ただいま参りますよ、姫様」
「ハイは伸ばさない!」
「はい、姫様」
私は満足げにうなずき、2段飛ばしで石段を駆け下りた。
「はい、姫様・・・・・俺の」
空也が最後に言った言葉は、遠くて私には聞こえなかった。
第4作目!できました!
読んでくださった方、お疲れ様でした。いかがでしたでしょうか?ベッタベタな王道ラブストーリーですね!私の今までの作品とは一風変わった感じでできたのではないかと思っています。明るい感じ・・・♪
ま、文章力に変化はないので、たいして違いわかんないよ!って思われるかもですが。
タイトルも、サブタイトルも、どっかで見たことあるようなないような・・・?いや、ある!どこでかは思い出せないけれど、すごく似てるのあった気がする。すみません。タイトル考えるの苦手で・・・登場人物の名前考えるのはすぐなんですけどね。しかも、サブタイトルが内容とあってないよ!って思われるところがあるかもしれません。いやぁ、各章の長さをなるべく均等にしようと思って区切ったら、サブタイトルと合わない部分とかが・・・ゴニョゴニョ・・・。
とにかく!楽しんでいただければいいなと思います。感想などありましたら是非!辛口コメントでも大歓迎です!
ではでは☆