3-1 未練 ウィリアム視点
ウィリアムはどこか落ち着かない様子で、交互に入り口と広間の人々に視線を巡らせていた。
(……まったくアラスター殿下は)
いや。上司のせいにするのは間違いだ、と首を軽く振る。
どこから仕入れたのか、アラスターは『今日、ブルー伯爵家の夜会にスティール嬢が来るから一緒に来い』と言ってきたのだ。
ウィリアムは即答しかけ、改めて背筋を伸ばして「ご命令とあらば」と答えたが、アラスターの肩が小さく揺れていた。
オルレアがゼッタリング辺境伯家を出たこと、二人の離婚が速やかに認められたという事実は社交界に衝撃をもたらした。
同時に、それまではウィリアムが母の実家である伯爵家を――従兄弟が商家の娘を妊娠させた挙げ句、駆け落ち騒ぎを起こしたため怒った叔父が廃嫡した――継承することが話題になっていたが、あっという間に誰も見向きもしなくなった。
独身令嬢たちの標的は、次代の伯爵家当主よりも、辺境伯家当主に移るのは当然だ。家格に加えて、なんといっても愛妻家の実績を持っているのだから。
名前も知らない令嬢たちに秋波を送られなくなったのは思わぬ収穫だったが、当然オルレアを社交界で見かける機会はなくなった。
実家のスティール家に身を寄せているという情報は得ていたものの、だからどうしたいのかと自分に問えば何の答えも出てこない。
(強いていえば、まだ観察の途中だった、から)
辺境伯夫妻は離婚した。アラスターの読み通り、やはり二人は『仮面夫婦』だったのか。
ウィリアムは、夜会で二人を見れば必ず観察を続けていた。
――しかし、最後まで見抜けなかった。
(どう見ても二人は義兄夫婦と同じく、仲の良い夫婦に思えた)
唯一、気になったといえばオルレアの微笑が時折寂しそうに見えたことだが、それももう説明がつく。
オルレアは夫の心が離れていくのがわかっていて、無理をしていたのだろう。
(……俺はそんな彼女が……少し心配なだけだ)
そう。観察対象の現在の状況を知りたい。それ以上でもそれ以下でもない、とウィリアムは小さく息をもらした。
ふいに視界が翳り意識を戻すと、隣にアラスターが立っていた。
気怠げにワイングラスを持ち、淡い微笑を浮かべる様は洗練されている。王族という威光も相まって老若男女の注目を集めるのも当然だ。
「来たようだ」
その言葉に入り口を見た。ウィリアムだけではなく、その場にいる貴族たちも気づいたのか波紋のようにさざめが広がる。
オルレア・スティールが男性にエスコートされて入場する。
ウィリアムは即座に男性の分析をした。
(彼女より淡い髪色……顔はあまり似ていないが、瞳の色も似ている。親族か)
「兄のスティール伯爵だ」
(すべてお見通しだな。アラスター殿下は。それとも俺が顔に出すぎなのか)
しかし情報はありがたく受け取っておく。
ウィリアムは改めてオルレアの観察を始める。
飴色の髪はきちんと結い上げ、光沢と装飾を抑えた碧のドレス、髪飾りも首元も控え目の装身具は品位はあるがそれだけで。
(なんだろう……なにか、未亡人のような――)
その時ウィリアムは、オルレアの耳元で碧の光を放つイヤリングを見て、ハッと口元を押さえた。
(彼女は夫をうしなった。だからあの姿なのだ)
オルレアは消失した夫の愛の喪に服している。あのイヤリングは辺境伯の瞳の色に似ていて、まだ愛を思い切れないのだ、とウィリアムは断定した。
(当然だ。現に彼女の顔色は悪い。それは久しぶりの夜会と社交界の噂を気にしている理由もあるだろうが――)
ひたすら観察し黙々と自分なりの答えを導き出していると、アラスターの揶揄する声に引き戻される。
「随分と熱心だ」
ウィリアムは図星を付かれて、対象から目を引き離した。
アラスターを窺うように見つめ、以前から秘めていた疑問を口にしてしまう。
「……アラスター殿下こそ、スティール嬢を気にしているのではありませんか?」
「言ってくれる」
言葉とは裏腹に気を悪くした様子もなく、アラスターは髪を掻き上げる。ウィリアムが令嬢なら色香に当てられて見惚れたに違いない。
「気にしているわけではないさ。――例えば、お前はたまたまダンスを踊った無害な令嬢の不幸を願うか?」
ウィリアムは目を見開き、返す言葉を失う。
(俺は――ちょっとからかわれただけで、一時の感情に走り答えを求めてしまった)
「落ちこむことはない。お前の疑心は一般的な反応だろう。だが――見誤るなよ」
アラスターが離れる。ウィリアムは自分を取り巻いていた空気が僅かに揺れるのを感じた後、再びオルレアに視線を戻した。




