1-1 仮面夫婦
両親はオルレアが王弟の婚約者選考に漏れたことが醜聞となるのをおそれたのか――それとも娘の心を前向きにさせるためか、半年後にはゼッタリング辺境伯当主ロバートとの婚約が取り決めた。
〝選ばれなかった日〟から約二年後。
十六歳になったオルレアは純白のドレスを目の前にしても、朽ちた蜘蛛の巣のように胸の奥底に存在する劣等感で、心から喜びを感じられなかった。
(ロバート様とは地理的な距離もあって会う機会は少なかったけれど……)
誕生日のプレゼントは必ず贈られてきたし、まめとは言えないがそれなりに手紙のやり取りもした。
(だから、今度こそは――)
というオルレアの心は見事に打ち砕かれることになる。
結婚式が終わり夫婦の初めての夜。
「私には愛する女性がいる。申し訳ないがあなたを妻にすることはない」
ロバートの凍るような視線や声が、オルレアの胸を刺す。
「スティール伯爵家から援助をいただいた以上、先に申し上げておくべきだと思った」
ゼッタリング辺境伯領では、ここ数年不作で作物の収穫量が激減している。加えて国境を接している隣国はいつ内戦を始めてもおかしくないほど緊張状態だということは知っていた。
スティール家から申し出たのか、辺境伯家が頼ってきたのか、内情は知らされていないが政略結婚ということだけは理解していた。
(……また)
オルレアはゆっくりと瞼を伏せ、胸の中にある古い傷と新たに刻まれた傷を見ないようにする。
目の奥が熱い。両手を握りしめて、懸命に注意を逸らした。
「承知いたしました」
(声は……震えなかったかしら)
ロバートの表情が一瞬だけ緩んだ気がした。
「女主人としての立場は守る。社交の場でも不足は与えないと誓う」
(……それは、私のため?)
いや、違う。この国――メルセイドラでは不貞や隠し子が発覚すれば社交界から爪弾きにされる。
それはメルセイドラが離婚と再婚には比較的寛容だから。他国の貴族のように愛人を囲えば、その家は信用のすべてを失うこととほぼ同義だった。
僅かな疑いや違和感さえ夫は気取られたくないのだ。
「いずれ離縁を願うかも、しれない」
ロバートの声がこれまでとは違い、わずかな弱さを帯びたのを感じる。
(そういうこと……)
夫には愛する女性がいるが、そこまで裕福な貴族令嬢ではないのだろう。オルレアの実家からの援助を受けるための政略結婚は、辺境伯家の財政が厳しい間は、どんなにロバートが別れたくても夫婦でいなければ立ちゆかないのだ。
そしてメルセイドラの国風で、愛する女性と秘密の関係でもいられない。
辺境伯家は王から絶大な信頼を得ている。それを裏切ればどうなるかは自明の理だった。
(……仮初めの妻としては必要とされている。なら、もしかしたらその女性ではなくわたしを見てくれるようになる……?)
夫の冷めた横顔を見れば答えは明白だったが、オルレアは弱く一筋の希望でも縋りたかった。
「わかりました、妻としての務めを果たします」




