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9・2 前王太子の元婚約者

(なんて王妃にふさわしいひとなのかしら……)


 それがエルゼがカロリーネ・ギーツェン公爵令嬢に抱いた第一印象だった。

 カロリーネはハインツの兄、ヨーゼフの元婚約者である。王太子妃教育も終了している。


 身長はエルゼより少し高く、左右が完璧に整った美しい顔立ちをしている。菫色の愛らしい瞳に理知的なまなざしが印象的である。

 栗毛色の柔らかそうな髪は上品なアップスタイル。身につけているドレスとアクセサリーは落ち着いたデザインながらも一目で高級品とわかる良質なもの。


(凛としたたたずまい。溢れる気品。優雅な所作。なにもかも、私とは違う) 


 エルゼは完璧な令嬢カロリーネの前で、委縮してしまう。

 本来ならここへいるはずだったハインツは、急な公務のため不参加になってしまった。

 豪華なサロンで、『本物の淑女』とふたりきりでのお茶会という状況に、エルゼはすっかり気おくれしてしまっていた。


「エルゼ様」

(ああ、お声も鈴を転がしたかのようで、美しいわ)


 感心とほんの少しばかりの羨望を感じながら、エルゼは「はい」と答える。


「ハインツ殿下から、私たち(・・・)のことをどれくらい聞いているかしら』

「ヨーゼフ元王太子殿下の婚約者だった方だと」

「それだけ?」


 エルゼははい、と素直にうなずくと、カロリーネは淋しげに微笑んだ。


「そう。私はね、ヨーゼフ殿下に捨てられてしまって、そのことがショックでずっと修道院で暮らしているのよ」

 意外な話にエルゼは驚く。

 カロリーネはとても堂々とした令嬢に見えたから。けれど注意深く見てみると、少しばかりやせぎすで、表情もどことなく陰があるようだった。


 戸惑っているエルゼをよそに、カロリーネは修道女になりたいけれど、なかなか認めてもらえないのよと、付け加えた。


「そんな私をハインツ殿下はずっと案じてくださっていたの。それで今回、あなたの友人になってほしいという名目で、私を呼び寄せたのよ。殿下はあなたのことが、とても大切みたい」

「そ、そうなのですか」

「ええ」と、カロリーネは今度は嬉しそうに微笑む。「『あなたには友人が必要で、私には気晴らしが必要』ということね」

「私なんかが公爵令嬢であるあなたとお友達になってよいのでしょうか」


 エルゼは、家族は反逆者として処刑されているし、と口にはせずに心の中で思う。


「あなたのご事情は伺っているわ。それから言い方は悪いけれど、ご事情があるからこそ、あなたには私が必要だとハインツ殿下は判断したのだと思うの。あなたが無事に王太子妃になれるよう、私はお助けするわ」

「でもカロリーネ様は王太子妃教育を終えていらっしゃるのですよね? ご自分が……とは思わないのでしょうか」


 だいぶ思い切った質問だった。けれどエルゼとしては、はっきりとしておきたかった。

 カロリーネは率直な質問に気を悪くした様子もなく、むしろはっきりと笑みを浮かべる。


「私はヨーゼフ殿下の妃になりたかった。そしてヨーゼフ殿下が大切にしていたハインツ殿下を、彼に代わってお守りしたいと思っているわ」

(それってヨーゼフ殿下を『好き』ということかしら)


 事前にエルゼが聞いた情報によると、彼女はひとつ年上の二十四歳。本来なら四年前にヨーゼフと結婚するはずだった。

 けれど重い病に倒れてしまい、式は延期。その後快癒して、改めて挙式の日取りを決めようとしていた矢先に内乱が起きてしまった。

 そしてヨーゼフは怪我がもとで王太子の地位を返上し、カロリーネに婚約破棄を申し渡したのだという。


(新しい婚約者を探しもせずに、修道院でお暮しになっているということは、きっと婚約破棄のショックが大きかったからよね。カロリーネ様は前王太子殿下が好きで、ハインツ殿下の妃になりたいとは望んでいない……)


 エルゼはこくりと唾をのみこんだ。

 カロリーネを一目見たときに、「あなたは王太子妃に相応しくない」と断じられるのではと思っていた。

 けれど実際はそんなことはなく、むしろ自分を手助けしようとしてくれている。こんなにも完璧な令嬢が。


 そのことにより退路を断たれたような気がした。

(私は王太子妃になるしかないのだわ……)


 エルゼはそれでも煮え切らない覚悟を胸に、なんとか微笑む。

「カロリーネ様が私を不快にお感じにならないのなら、親しくしていただけると嬉しいです」

「ええ、ぜひ」

 カロリーネもエルゼに向けて、にこりと可憐に微笑み返した。


◇◇◇


 カロリーネとの顔合わせを終えて、自室に戻るために二階の廊下を歩くエルゼ。


「ねえ、聞いた? カロリーネ様が王宮にいらしているのよ!」

 どこからか、そんな女性の声が聞こえてきてエルゼは足を止めた。


「本当に? 三年ぶりよね? ハインツ殿下の妃になってくれないかしら!」

「そうよね。あんな異国の平民が王妃だなんて耐えられないわ」

「絶対にハインツ殿下は騙されているのよ」

「ヴァルター殿下の母親って話もあやしいわよね」

「みんなでカロリーネ様を王太子妃にしましょうよ」


 声は窓の外から聞こえるようだった。

 声の主たちは近くにエルゼがいるとは思っていないのだろう。悪口は止まることなく、続いていく。


 エルゼはそばに控えるふたりの護衛を見た。

 ふたりとも目を合わせないようにそっぽを向いている。けれど悪口を楽しんでいるらしい。彼らが笑いをこらえているのは明らかだった。


(陰口なんて慣れている。彼らの気持ちも理解できる。だけれど……!)


 エルゼは窓辺に寄ると、会話の主を探した。すぐに三人の令嬢が庭で立ち話をしているのを見つけた。


「そこの令嬢がた」

 エルゼが凛と声を張ると、三人はパッと彼女を見上げた。そして、声をかけてきたのがエルゼだと気づくと三人で視線を交わしてにやにやとした。


「ヴァルターを傷つけるような発言は、けっして許しません。よく覚えておいてくださいませ。私もあなたがたの顔をしかと覚えましたわ」

 怒りを抑えて、きっぱりと告げる。

 返事を待たずに室内に向きを変えると、不満げな表情をしている護衛と目があった。


 エルゼはぐっと手をにぎりしめる。


(ヴァルターのために王宮(ここ)に留まる決意をしたのに。これでは意味がない。今までは非難も陰口の無視して生きたきたけれど、ここでは戦わなければいけないのだわ)


長い間お休みをしていて、すみません。

ひとまず1話だけのアップになります。

月内には完結したいと考えておりますので、連載再開までいましばらくお待ちください。

また、お休みしている間にいくつか商業作品の発売・配信開始がありました。


書籍発売『私は悪役令嬢らしいので、ラスボスを愛でる係になることにしました』

コミカライズ『愛のない結婚も二年目に入りました。いまだ旦那さまのお顔を見ておりません。』(一話読み切り)

マンガ原作『無愛想執事長と始める女王陛下の物語係』


詳細は活動報告をご覧くださいませ。

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