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翌朝起きたら、ほんわりと暖かかった。


もしかしなくても大和さんが暖炉を使ったのかな。ということは、外はそれなり以上に寒いのかも。


着替えてキッチンに降りて、いつものように食料庫から食材を出す。そういえば昨日、スープの仕込みを忘れてた。


いつもより野菜を細かく切って、野菜より大きく切ったベーコンと一緒に炒める。野菜に火が通ったら、水を加えて沸騰させる。


大和さんが庭から入ってきた。


「おはよう、咲楽ちゃん」


「おはようございます。もうそんな時間ですか?」


「いつもより早いくらいだよ。入ってきたのはいいものを見つけたから」


「良いもの?」


「そう、これ」


大和さんが魔空間から取り出したのは、直径20cm、高さ30cm位の円柱形のもの。筒状になっていて50cm位の台がセットになっている。筒には1~8の数字がぐるっと書かれていた。


「これって?」


「置時計だね」


「これ、どうしたんですか?」


「ゴットハルト達の家で見かけたから、今朝、西市場(バザール)で買ってきた」


「西市場(バザール)でって事は、あの近道を通ったんですね?」


「ダニエル達に案内させた。ダニエル達も朝食を買いに行くついでだったし」


「そう言えばダニエルさん達ってどこに住んでいるんですか?」


「スラムの比較的安全な所に、共同で住んでるらしいよ」


「へぇ。そうだ、大和さん、今朝から暖炉を使ったんですか?」


「一気に寒くなったからね。出勤時にコートか何かあった方がいいね。俺は支給品があるけど」


「コートですか。あったような気がします。見てみますね」


スープの味を見る。大丈夫かな。


「大和さん、シャワーはどうします?」


時計のセッティングをしていた大和さんに声をかける。


「行ってくる」


大和さんがシャワーに行ってる間に、朝食プレートと自分のお昼を仕上げる。


シャワーから出てきた大和さんはコーヒーを淹れ始めた。


「休みか遅番かな」


不意に大和さんが呟く。


「何ですか?」


「ダニエル達に体術の訓練を頼まれた」


「体術って?」


「俺のは空手とか護身術とか柔術とかサバットとかシステマとか色々混じってるけどね」


「サバット?システマ?」


朝食を食べながら聞く。


「サバットはフランスの護身術、システマはロシアの格闘技だと思っておいたらいいよ」


「よく分かりません」


「咲楽ちゃんは分からなくていいよ」


「はい」


ここは素直に頷いておく。だって本当に分かんないし、やれって言われて教えてもらっても絶対に出来ない自信がある。


「今日、フリカーナ伯爵邸にお邪魔するんですが、なにか注意した方がいい事はありますか?」


「注意事項?咲楽ちゃんの言葉遣いなら多分大丈夫だし、落ち着いたら大丈夫だと思うよ」


「緊張します」


「フリカーナ伯爵はいい方だよ。偉そうな態度もないし。緊張しなくて大丈夫」


「そうは言っても、緊張しちゃいます」


「緊張の解けるおまじない、してあげようか?」


「そんなの、あるんですか?」


「オリジナルだけどね」


「お願いします」


「フリカーナ伯爵邸の近くになったらね」


朝食の後は出勤準備。


着替えて、練り香水を手に伸ばして、髪を纏めて、ネックレスを着ける。


刺繍の道具を魔空間に入れて、深呼吸。部屋を出てリビングに行く。


「お待たせしました」


「ちょっと早いけど、出ようか」


外に出ると冬の気温だった。


「寒いですね」


「一気に冬が来たね」


大和さんはそう言った後、私を見た。


「そのコート、襟がないんだね」


貰った中にあったのは、ノーカラーの白っぽいベージュのロングコート。スヌードの色にも合っていると思う。


「ノーカラーですね。スヌードとか、タートルネックとか合わせやすいです」


「1つ言っておこうと思ってた。フリカーナ伯爵は結構砕けた人だし大丈夫だと思うけど、挨拶は向こうがしてから、もしくは紹介されてからね」


「そうなんですか?」


「そっちの方が無難だと思う。施術師として行くんだから、患者との会話は普段通りでいいよ」


「伯爵様、いらっしゃるんでしょうか?」


「さあ?仕事もあるからね」


「でも、昨日、クリストフ様とライルさんが『両親共に黒き狼と天使様のファン』だから、両親も歓迎するって言ってたんです」


「なるほど。まぁ頑張って」


「がんばってって。フリカーナ伯爵邸って王宮へ向かう道沿いじゃないんですよね」


「違うね。一緒に行けないけど、ライル殿が一緒でしょ」


「そうなんですけど……」


「おまじない、してあげるから」


「オリジナルって言ってたのですか?」


「そうだね」


ちょっと声に笑いが混ざった。思わず大和さんを見上げる。


「なんだか嫌な予感がするんですけど」


「大丈夫だよ」


まさかハグとかじゃないよね。


王宮への分かれ道にはライルさんが待っていてくれた。


「おはようございます」


「おはようございます。あの、挨拶とかどうしたらいいか分からないんですが、教えてください」


「そんな堅苦しく考えなくていいよ。父上、母上が挨拶してからそれに返したらいいから」


ジェイド商会の方からローズさんが走ってきた。


「サクラちゃん、おはよう」


「おはようございます」


「そのコート、可愛いわね」


「ありがとうございます。ローズさんのも素敵です」


「これ、サンドラの新作よ。これを着て宣伝してきてね、だって。しっかり買わせるんだから。買ったけどね。あぁそうそう、サクラちゃんにサンドラから渡しておいてってこれを渡されたわ」


手渡されたのは白い箱。


「手袋よ。お陰さまで優秀な針子が誕生したわ」


「開けて良いですか?」


「どうぞ」


箱を開けると白い布の手袋が入っていた。パステルピンクのファーが手首部分を取り巻いてる。


「それがあの子の『天使様』のイメージなのね」


「『天使様』のイメージ?」


「サンドラが最終試験のお題を出すときに一緒にいたんだけど、『この手形を使って、天使様のイメージで手袋を』って言ってたわよ」


「そろそろ時間が迫ってない?」


ライルさんが促す。


「あぁ、そうね。サクラちゃん、またお昼にお話ししましょ。ではトキワ様、失礼します」


ローズさんは走っていってしまった。


「シロヤマさんも、行きましょうか」


緊張してきた。思わず大和さんの袖を掴む。


「大丈夫。深呼吸して」


優しい声で大和さんが言ってくれるんだけど、緊張は治まらない。


「シロヤマさん、トキワ殿に付いてきて貰う?」


思わずコクコクと頷いてしまった。


「そういう訳にいかないでしょう」


「それは仕方ありませんね」


大和さんの声もライルさんの声も笑ってる。


10分位歩いたところで大和さんが言った。


「咲楽ちゃん、ここで別れるけど、コート持ってく?」


ずっと袖を掴んだままだった。


「すみません!!」


「トキワ殿はこういうところが可愛いんでしょうけどね」


「そうなんです」


「平然と言いますねぇ」


「事実ですから」


「ライル、何してるんだ?」


クリストフ様がやって来た。


「咲楽ちゃんおまじないしとく?」


「お願い……」


って言いかけたらハグされた。


「大丈夫」


おまけに耳許で囁かれた。


「大和さん!!」


「緊張、解れたでしょ?」


「黒き狼殿、それ、両親の前でやってあげてくれないかな」


「両親なら喜ぶでしょうけどね」


「お2人共、いい加減にしてください!!」


「あ、天使様が怒った。ライル、行くよ」


「はいはい。それではトキワ殿、シロヤマさんをお借りします」


大和さんと別れて歩き出す。


「天使様は黒き狼のどこを好きなの?」


クリストフ様に聞かれた。


「強くて、優しくて、綺麗で、格好いいところです」


「良いね。全部って事だよね。そんな風に思うようになったのは、いつから?」


「いつからでしょう。はっきりしません」


「質問を変えるよ。黒き狼と知り合ったのはいつ?」


「本格的に知ったのは一月(ひとつき)位前です」


一月(ひとつき)?!」


「おかしいですか?」


「おかしくはないよ。ただね、黒き狼って戦ってる時と印象が違うから。あの奉納舞も黒き狼でしょ?いくつの顔を持ってるのか、不思議なんだよね」


「大和さんは大和さんですよ。1つの面しかない人っていないですよね」


「天使様は戦ってる黒き狼を見たことあるの?」


「模擬戦ならあります」


「あれ?西の森の時は……そっか天使様は救援だったね。怪我を治したとき、何を考えてたの?」


「痛みを取ってあげたい。怪我を治したい。それ以外にありますか?」


「無いね」


「シロヤマさん、着いたよ」


ライルさんが会話を遮った。


「ここ、ですか」


「そんなに広くないでしょ」


「十分広いと思いますけど」


「侯爵様のお家になったらもっと広いよ」


「それはそうなんでしょうけど。こういったお屋敷に縁はありませんもの」


「入るよ」


クリストフ様が先頭に立って、ライルさんと私が続く。


「ライル様って呼んだ方がいいですか?」


「不本意だけどね。シロヤマさんが何か言われるかもしれないからね」


「分かりました」


「お連れしたよ」


クリストフ様がドアを開ける前にドアを開けた人がいたけど、その人の事は気にもせず、クリストフ様が奥に声をかける。


「あの人に挨拶って」


「会釈くらいでいいよ」


ライルさんに確かめて会釈をしたら、ビックリした顔をされた。


「彼は玄関回り担当。ユーリだよ」


「ユーリさんですか」


話している間に、男の人が4人、女の人が2人出てきた。


「ようこそおいでくださいました、天使様。私はアラルコン・フリカーナです」


「父だよ」


(わたくし)はビアンカ・フリカーナよ」


「母上だね」


「私はクロード・フリカーナ」


「長兄だね」


「私はナルキサス・フリカーナです」


「次兄ね」


「ジャンヌ・フリカーナよ」


「姉だよ」


ライルさんがその人毎の挨拶と名乗りの間に、補足として家族構成を教えてくれた。


「挨拶をさせていただいてよろしいですか?」


「どうぞ」


ちょっと笑いながら、ライルさんが言ってくれた。


「初めまして。サクラ・シロヤマと申します」


そう言って頭を下げた。


「どうぞ、お入りください。申し遅れました。執事をしておりますフェリクスと申します。お見知りおきを。お嬢様」


「入ろうか」


ライルさんに促されてフリカーナ邸に足を踏み入れた。


玄関から続く廊下は大理石?ピカピカの石が敷かれていた。


通された部屋は応接室かな?ふかふかの絨毯が敷かれていた。


「お待ちください」


そう言われて、1人にされる。少ししたら女の人が入ってきて、紅茶を淹れてくれた。頂いていいのかな?


「どうぞ」


「ありがとうございます。いただきます」


にっこり微笑まれた。


「美味しい」


「ありがとうございます」


ライルさんとクリストフ様が、部屋に入ってきた。


「ごめんね、シロヤマさん。父上達が同席するって聞かなくて」


「ライルがきっちり叱っていたからね。『父上は仕事に行きなさい!!』って言って」


「あの、患者様はどちらにいらっしゃるんですか?」


「案内するよ。こっち来て」


クリストフ様が先頭に立って歩き出す。


「ありがとうございました。美味しかったです」


紅茶を淹れてくれた女の人に挨拶すると、頭を下げてくれた。


階段を上って2つ目のドアをノックする。


「先生、天使様が来てくれたよ」


「おぉ、いらしてくださったか」


クリストフ様がドアを開けるとベッドに座って何かの機械を弄っている男の人がいた。


「天使様、こちらイライジャ先生。ボクの魔道具の先生だよ」


「初めまして、サクラ・シロヤマと申します」


「なんとお呼びすればよろしいかな?」


「お好きなようにお呼びください。あ、でも、天使様は避けていただけると嬉しいです」


「それはなぜ?」


「単純に恥ずかしいです」


「じゃあ、シロヤマ先生で」


「せ、先生、ですか」


私は先生って呼ばれる身分じゃないんだけど。


「シロヤマさん、見てて良いかな?」


「患者様が許可してくださるのでしたら」


イライジャさんにうつ伏せになってもらって、スキャンをかける。思った通り椎間板ヘルニアになっていた。


「腰の骨がずれて、内部組織が骨と骨の間からはみ出してしまって、痛みの神経を刺激しています」


「治る?」


「頑張ります」


骨の位置と神経の位置を確かめたら、まず神経をブロックする。それから慎重に椎間板をもとの位置に戻していく。


最初に痛めたのが一昨年だって言ってたけど、これ、かなりの痛みだったんじゃ……。


ゆっくりゆっくり慎重に。椎間板を戻していくと、思ってもいなかった異変に気がついた。


「ライル様、腰椎が圧迫骨折しています」


「見せて貰っていい?」


一旦中断して、ライルさんと場所を変わる。


「ほんとだね。治せる?」


「はい」


再び場所を変わって、椎間板を戻す作業を続ける。椎間板ヘルニアが良くなったら、次は腰椎圧迫骨折の治療。


押し潰された骨を少しずつ伸ばして、修復していく。痛みが消えますように。そう願いながら治療を終わったのはどれくらいの時間が経っていたのか。


「終わりました」


気付いたら、部屋の中には4~5人の人がいた。


「先生、痛みは?」


「消えている。痛くない。神の奇跡か?」


イライジャ先生と手を取り合って喜ぶクリストフ様。沸き起こる歓声。


「シロヤマさん、お疲れ様」


「なんだかたくさんいらっしゃいますが」


「イライジャ殿に許可を貰ってね。シロヤマさんが集中している時に入って貰った。使用人なんかもいるから、3周目だよ」


「気が付きませんでした」


集中している間にそんなことがあったんですか。


部屋のドアを少し開けて覗いているのに気が付いたクリストフ様が、イライジャ先生に許可を取ったらしい。


「何か、注意事項はある?」


「重いものを持つときは慎重にしてください。重い荷物なんかは身体に引き付けてから持つこと。後は毎晩ベッドの上でいいので、仰向けになって膝を曲げてお尻を挙げる運動を30回程続けてください。腰の筋肉が鍛えられます」


って、聞いてなさそうですね。


「ちゃんと伝えるから。魔力量は大丈夫?」


国民証を見る。1割減っていた。


「大丈夫です」


「少し休んでいってね。応接室に案内させるよ。誰か」


呼ばれてきたのは15、6歳くらいの女の子。


「彼女を……」


言いかけたライルさんの言葉を遮って、イライジャ先生とクリストフ様にお礼を言われた。


「シロヤマ先生、ありがとうございました」


「天使様、ありがとう」


「まったく。悪いね。彼女を応接室に案内してあげて」


「はい!!」


元気な返事の女の子に付いていく。最初に通された部屋に案内された。


「天使様はすごいですね。ライル様が治せなかった症状を治してしまうなんて」


「ありがとうございます。でもイライジャ先生のあの症状は、光属性だけでは治せないんです。ライル様も一生懸命治してやりたいと、治療されたんですよね。私はたまたま闇属性も持っていたから治せただけです」


「闇属性は悪くないんですか?」


「全然悪くないですよ」


「私は闇属性しかなくて、役立たずなんです」


女の子が暗い顔をしていた。


「闇属性で、何か悪いことを考えたんですか?」


「そんなことしません」


「これは私の考えなんですけど、光は人を元気にします。活発にします。でも光の中で人は休めません。闇がないと人は休めないんです。光を見るには闇が、闇を見るには光が必要なんです」


「光を見るには闇が、闇を見るには光が必要、ですか」


「マリア、何をおしゃべりしているの。天使様、この者が申し訳ありません」


「話をさせていただいて、楽しかったです」


ライルさんが入ってきた。


「何があったのかな?」


「マリアが天使様を煩わせてまして、注意しておりました」


「客人のいる前で?君にそんな権限はあったかな?ねぇ、メイド長」


「ございません。ライル様、シロヤマ様、失礼いたします」


メイド長と呼ばれた女性は2人を連れて出ていった。





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