75
往診することになっちゃった。どうしよう。行くって決めたのは自分だけど。
私は貴族の方への接し方なんて知らない。ライルさんのお父様って、内政担当の方だって以前、大和さんが言ってた気がする。
ライルさんは普通に接して欲しいって言ってくれてるし、特に意識はしないんだけど、クリストフ様は職人さんを目指してるって言っても貴族って感じがする。
伯爵って確か上位貴族だったはず。ということは、あの謁見の時にも居たのかな。
ダメだ。色々考えてたら、プチパニックになってきた。落ち着こう。
私は私のやれることを精一杯やればいい。んだよね。いくら落ち着こうとしても、ドキドキするのが止まらない。
お昼からの診察はなんとか乗りきった。私の所には、この頃は原因がはっきりしている外傷より、原因がはっきりしない痛みの方が回ってくることが多い。当然、診察に時間がかかる。
次の患者さんは、レベッカさんだった。
「お嬢さん、お久しぶりだね」
「お久しぶりです。レベッカさん。ナイオンは元気ですか?」
「元気にしてるよ。兄さんが毎朝会いに来てくれてるしね」
「大和さんが……今日はどうされたんですか?」
「あぁ、あの鳥が居ただろ?突っつかれちまってね。こんなになっちゃって」
右手の手首付近が腫れ上がってた。
「ちょっと失礼します」
スキャンをかけたけど、その他のところに異状は無かった。
「お嬢さんならなんとかなるかね?」
「はい。頑張りますね」
そう言って笑うと、治療を始める。まずは炎症を押さえるための冷湿布。表面の皮膚は塞がっているんだけど、内部が治りきっていない。筋肉組織と血管を修復する。念のため、血液内の浄化もかけておく。
「あの鳥ね、結構珍しい種類だったよ」
「赤い鳥さんでしたよね」
「オーク族の方に来ていただいて、見てもらったんだ。魔雷鳥って言って雷を使う魔鳥なんだけど、それの亜種らしくてね。火を使うんだそうだ。大体魔雷鳥は黄色と言うか、茶色だからね。気が付かなかったよ」
「そんな珍しい鳥さんだったんですか」
「魔物研究所に連絡して、元気になったら引き取りに来るって言ってた。研究所の職員の方が来てくれたんだけど、あの鳥が嫌がってね。しばらくナイオンが檻の前で落ち着かせていたよ。ナイオンが居ると、あの鳥が落ち着くんだよ。不思議だね」
腫れが引いた。
「驚いたね。痛みが無くなったよ。それにしてもお嬢さん、手が光ってたのはどうしてだい?」
「よく分からないんです」
「不思議だねぇ」
「光っていたって事、内緒にしてもらえますか?」
「目立ちたくないっていうのは、兄さんから聞いてるよ。大丈夫。言ったりしないから安心しな」
「すみません。ありがとうございます」
「あぁ、闇の日にはナイオンがお邪魔するからね。兄さんがそう言っていった。何でもナイオンに会わせたい人がいるって」
あ、忘れてた。ミュリさんだ。
「その話をナイオンと鳥の前でしたもんだから、ナイオンははしゃいで駆け回るし、鳥は元気がなくなるし、面白かったよ。兄さんは笑ってたけどね」
そう言ってレベッカさんは帰っていった。
ナイオン、来るんだ。楽しみだな。闇の日ってことは、アッシュさんの話を聞いてから、ミュリさんに会いに行くのかな?
5の鐘が鳴ってその日の診察は終了。
着替えて大和さんを待っていると、ライルさんに話しかけられた。
「家が伯爵家だからって緊張してる?」
「はい」
「緊張しなくてもいいよ。ちょっと大きいだけだしね。父はあの謁見に居たから、大まかな事情は知ってる」
ちょっと声を潜めてライルさんが言う。マルクスさんに聞こえないように、気を使ってくれたんだと思う。
「一番不安なのは言葉遣いです」
「シロヤマさんは綺麗な言葉を使うから、大丈夫」
「そうよね。サクラちゃんの言葉って綺麗よね」
「ライル様、なぁに?サクラちゃんがフリカーナ伯爵家にお邪魔するんですか?」
あ、ライルさんがルビーさんとローズさんに詰め寄られている。
「ちょっと診て欲しい人がいるんだよ。何もないし、お昼までには帰すから」
「当たり前です」
「ちょっと待って、明日の事だったら、お昼までは私達だけ?」
「ある程度の時間までは、ワシもおるぞ」
所長が言ってくれて、騒ぎは収まった。
「何の騒ぎですか?」
大和さんが来てくれた。
「トキワ殿、明日の朝、シロヤマさんをお借りします」
「彼女が同意しているのなら、私に許可は不必要ですよ。どこに行かれるのです?」
「家です」
「フリカーナ伯爵邸に、ですか?」
「診て欲しい人がいましてね。連れてくることも考えたのですが、相手も長旅をして来ていまして、負担が大きいようで。シロヤマさんに相談して、来ていただけることになりました」
「なるほど。よろしくお願いします」
「こちらこそ、お世話をかけます」
大和さんがこっちを見た。
「咲楽ちゃん、帰ろうか」
「はい。皆さん、失礼します」
大和さんと手を繋ぐ。帰路に着いた。
「大和さん、今朝の答え、分かりました。月蝕ですね」
「誰かに聞いたの?」
「常連さんに教えて貰いました」
「その人は何て言ってたの?」
「えっと、2つの月には名前があって、ジンウとユエトって言うんだそうです。で、そのジンウとユエトを闇神様が順番に新しく作り替えるんだそうです。地上の全ての希望となれるようにって。闇神様は夜にしか動けないから、この日は特別なんだって言ってました」
「地上の全ての希望、か」
「大和さんの苦しみも和らいで欲しいです」
「咲楽ちゃんといたら、楽になってるよ」
「大和さんの悲しみと痛みを私に、私の喜びと感動を大和さんにって分け合えたら、素敵だと思うんです」
「俺はこれ以上、咲楽ちゃんに痛みも苦しみも与えたくないよ。それに、俺のは忘れちゃいけない事だから。自分自身が一生背負わなきゃいけない」
「大和さんは……」
「どうした?」
「家で聞きます」
「外だと駄目ってことは、傷に関してかな?」
「何故分かるんですか?」
「ちょっと考えたら分かるよ。聞きたいことは何?」
「その、側腹部の傷以外に怪我はないんですか?」
「銃創は3ヶ所あるよ。弾は抜けてるから大丈夫」
「もう痛くないんですか?」
「痛みはないよ。傷痕も目立たなくしてくれたしね」
黙ったら、覗き込まれた。
「なんて顔してるの」
「もう暗いのに、よく分かりますよね」
「魔力を目に集めると見えるよ。騎士団で教えてもらった。でも、魔力は少しずつね」
魔力を目に集める?あ、辺りが明るくなった気がする。
「見えました。スゴいです」
「暗視ゴーグルより視界が広く取れるから便利だね」
「あ、そっか、ゴーグルってフレームがあるから」
「風属性の騎士は立体機動とかしてる。あれは羨ましいね」
「りったいきどうって何ですか?」
「普通の動きに高さをプラスした物だね。パルクールって知ってる?」
「街中飛び回ってるのですよね」
「それが立体機動だと思って間違いじゃないよ。あれをなんの足場もないところでやるんだよ」
「大和さんもしてませんでしたっけ?そういうの」
「立木を足場にしてなら出来るけど、何もないところでは無理だね」
「あ、そっか」
「まぁ、防壁とか石弾は羨ましがられたけど」
「火球とかは?」
「それは使ってる奴が普通にいる」
「そうなんですね」
「咲楽ちゃん、今言っても遅いけど、市場は寄らなくて良かった?」
「明日って大和さんは」
「東市場巡回だね」
「じゃあ、大丈夫です」
そのまま家に帰った。
着替えて夕食の準備をしながら聞いてみた。
「闇の日ってナイオン、来るんですか?」
「レベッカさん、行ったんだね」
「はい。みえました。大和さんが施療院にって言ったんですか?」
「昨日、話しててね。手首が痛そうにしてたから、勧めただけだよ」
「ナイオンに会うの、久しぶりです」
「ナイオンは話したら、大はしゃぎしてた」
「鳥さんが落ち込んでたって聞きました」
「一緒に居たかったんじゃないかな」
お夕食を食べながら続ける。
「闇の日はアッシュさんの話を聞いてから、冒険者ギルドですか?」
「いや、待ち合わせは3の鐘に東の街門。騒がれるの嫌でしょ」
「いつ話したんですか?」
「ダニエルに伝言を頼んだ。ミュリって猫人族の冒険者に伝えてくれって」
「ブランさんはミュリさんを知ってたはずですけど」
「ブランは洋服屋に行く日だったから」
「あ、そっか。そういえば奉納舞の翌日からプレで行ってるんでしたっけ」
「プレって。間違ってないけどね」
「英語は苦手です。大和さんは話せるんですよね」
「そりゃあ、ねぇ。10年も海外にいたら話せるようにはなるよね」
「あ……」
「なんでもそんな顔しないの。優しいのは咲楽ちゃんの良いところだけど、いつまでも引き摺らないで」
「はい。ごめんなさい」
「仕方がない娘だね」
食べ終わって、ソファーで膝を抱えていたら、大和さんに頭をポンポンされた。
「いい感じに落ち込んじゃってるね」
「いい感じって」
「慰めるのを口実にいろいろ出来る」
「色々?って……」
「セクハラ」
「止めてください」
「って、からかったりとか」
「大和さんってからかうの好きですよね」
「咲楽ちゃんの反応が可愛いから」
こういうとき何を言えばいいんだろう……。上手い返しが思い付かない。
「大和さんって負けず嫌い?」
「かもね。難しいって言われるとやりたくなったし」
「例えばどんな事ですか?」
「二刀流。剣舞の為って言われてやりはじめて、勝てなくて、悔しかったからそればかりやり続けたら、得意なのが二刀流になってた。そしたら、1本ではやれないんだな、利き手の逆でやれるか?って言われて、そっちもやり出した」
「納得です」
よく分かった。とんでもなく負けず嫌いだ。
「今日、王都の方角について聞いたんですけど、訳が分かんなくなりました」
「王都の方角、って、あぁ、そうだね。東に西地区があって、西に東地区だからね」
「南に北地区って。方角と合ってるのって、新しく出来る南地区だけじゃないですか」
「多分その内呼ばれなくなるよ。貴族街、庶民街、冒険者街、職人街の方が分かりやすいしね」
「神殿地区はどうなるんでしょう」
「そのままでしょ。神殿地区ってそれ以外に言えないし」
「別名が欲しいです」
「そう言われてもね」
大和さんに苦笑された。
私が刺繍を始めると、大和さんはお風呂に行った。
今日は昼間に刺繍が出来なかったから、全く進んでない。まずはパパラチアピンクの鶴だけ仕上げる。サテンステッチだから輪郭だけ気を付ければ結構簡単だ。
鶴はサテンステッチだけど、背景の7神様は色の境を無くそうと思うから、ショート&ロングステッチにしようと思う。こっちは地味に大変だ。
とにかく鶴を仕上げないと、背景に移れない。
焦っちゃ駄目なんだけど、気持ちが焦ってしまう。
チクチク刺繍していたら、大和さんがお風呂から出てきた。
「鶴の咲楽ちゃんがもうすぐ出来るね」
「やっぱり分かりますよね」
「ランチョンマットと同じような色だし。俺以外に分からない……事もないかな」
「例えば誰ですか?」
「神殿衣装部3人娘」
「分かってしまいますかね」
「分かるかもね」
「それはそれで恥ずかしい気がします」
そう言ってお風呂に行く。
私は単純だと思う。自分の結婚の事を考えると怖くなるけど、今は王都の地区の事とか、闇の日にナイオンに会えるって事が頭一杯になってる。
王都の地区を理解するのは諦めるしかないのかな。そこまで頭に入らないし。本当に当時の王様は何を考えてたんだろう。
お風呂から上がって、髪をざっと乾かす。後は大和さんにやってもらおう。
寝室に行くと、大和さんがベッドに座っていた。私の髪が濡れているのを見て、嬉しそうにポンポンと自分の足の間を示した。
「どうしたの?」
「乾かして貰いたくなりました」
「甘えてくれるんだ」
「甘えてって言うか……そうですね。そういうことにしておきます」
「珍しいね。そういうことにしておきますって咲楽ちゃんが言うのは」
「帰り道で、大和さんの悲しみと痛みを私に、私の喜びと感動を大和さんにって分け合えたらって言いましたけど、悲しみと痛みは分け合えば少しは軽くなるし、喜びと感動は分け合えば倍以上になると思うんです。大和さんが私を気遣ってくれるのはとても嬉しいです。でも、私にも大和さんを気遣わせてください」
大和さんが無言になった。髪はとても優しく乾かしてくれてる。
「気遣って貰ってるけどね」
ポツリと大和さんが言う。
「大和さんの支えになりたいって、ずっと言ってきましたけど、大和さんって自分の事を後回しにしてる気がします」
私が「大和さんが優しい」と感じる理由のひとつがこれだ。自分で背負わなくちゃいけないからって、その苦しみを話してくれない。人に重荷を背負わせたくないからって、それを感じさせない。
私は大和さんが背負う重荷を知ってしまった。話させてしまった。それなら少しでも一緒に背負いたいと思う。
大和さんが私の事を知って、苦しみも痛みも与えたくないって、思ってくれるのは素直に嬉しい。でも、それに甘えたくはない。
人には知られたくないことが1つ2つある。私の事は大和さんにほぼ知られちゃってるけど、大和さんは多分知られたくない事が多すぎる。そしてそれを隠すのが上手い。
「はい。乾いたよ」
「ありがとうございます」
それっきり大和さんは黙ってしまった。
「大和さん」
「ん?」
「困らせましたか?」
「そんなことないよ」
大和さんは私を抱き寄せる。
「慣れてなくてね、こういったのには」
「こういったの?」
「自分の弱いところを見せる事」
「見せてください。もちろん全てをさらけ出して欲しいなんて言いません」
「待っててくれる?すぐには無理だから」
「待ちます。10年でも20年でも」
「一生かかるかもよ」
「じゃあ50年でも60年でも100年でも」
「それって絶対忘れるよね」
「忘れません……って言い切れないですね」
なんだか誤魔化された気がするけど、今はこれでいい。大和さんが「自分の弱いところ」を見せていいって思ってくれた。それでいい。
久し振りに抱き枕状態になって眠った。
ーーー異世界転移43日目終了ーーー




