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今日は風が強い。大和さんは今朝も走りに行ってるんだよね。
昨夜は大和さんに重い話をさせちゃった。大和さんは最初の魔法の授業の時に『自分の手は綺麗じゃない』って言ってたのに、私はその事を深く考えてなかった。
大和さん、今日は東市場の巡回のはずだよね。キッチンに降りて、食料庫から食材を出す。
庭に出たら、風が強くてちょっとよろけた。吹き飛ばされそう。
「咲楽ちゃん、中に入ってて」
ちょうど帰ってきた大和さんに見られたらしい。私が家に入ってすぐに、大和さんも入ってきた。
「おはよう。すごい風だよ。季節の変わり目に吹く風で、今の季節のは冬を招く風って言うんだってさ。ゴットハルトが言ってた」
リビングの机とかを片付けながら、大和さんが教えてくれた。
「冬を招く風が吹いて半月後には雪が降るかもって言ってたな」
「おはようございます。こっちって日本より気温が低いですよね」
「そうだね。北海道とかが気候的に近いのかもね」
「ここでストレッチですか?」
「さすがに外は風が強すぎてね。ゴットハルト達には危険だからいつもの1/3の距離で終了させた」
「大和さんも危ない事、しないでください」
「大丈夫。無理も無茶もしないよ」
ストレッチをしながら、大和さんは言う。
なにか言おうとして、でも言えなくて、結局諦めた。
「朝食の準備をして来ます」
キッチンで朝食を作っていると、大和さんが入ってきた。
「何か言いかけたね?」
「言いかけたんですけど、上手く纏まらなくて、結局諦めました」
そう言うと大和さんはちょっと笑ってシャワーに行った。
なんとなく『無理も無茶もしない』って聞いたとき、他人の為に危険に飛び込んでいく大和さんが浮かんだんだよね。多分、大和さんは人の命を救うためなら、無理も無茶もしそうな気がする。
スープを仕上げて、お昼のサンドを作る。同時に朝食プレートを作っていく。
大和さんがシャワーから戻って、コーヒーを淹れるためにキッチンに入ってくる。
「大和さんが……」
「ん?」
「無理も無茶もしないって言った時、人の命を救うためなら無理も無茶もしそうな気がしました」
「あー。うん。ちゃんと見極めるから。心配させてごめんね」
私の頭をポンポンして、大和さんはコーヒーを淹れ始めた。
朝食プレートとスープをテーブルに運んで、大和さんを待つ。
やがてコーヒーを持って大和さんがテーブルに来た。
2人で朝食を食べる。
「咲楽ちゃん、星見の祭の出品作を作ってるってことは、来るつもりがあるって事?」
「施療院も救護室みたいなのを、またやるらしいです。どうなるか、具体的なことは聞いてませんけど」
「来るときは施療院の人たちと一緒かな?問題は帰りだね。次の日が闇の日だから。俺が勤務を覚えてないからな」
「次の日休みなら、一緒に帰りましょうね」
「真夜中のデートだね。休みであることを祈ろう」
「星見の祭ってどういうのなんでしょうね?」
「光と闇が同時に、って言うくらいだから、予想は付くけどね」
「え?」
「地球でもよく見られた天体ショーだよ」
「流星群?」
「そっちに行ったか」
「何ですか?」
「Let's think」
「発音が良いのが、ちょっと腹が立ちます」
「仕方ないでしょ」
「それはそうなんですけど」
食べ終わって、大和さんがお皿を洗ってくれてる間に、私は出勤準備。
光と闇が同時に?日食、だったら昼間だよね。それにあれは、そう頻繁じゃなかった気がする。
結局分からない。なんだろう?まぁ、大和さんの予想が当たってるか、分からないんだけど。ちょっと負け惜しみを考えてみた。
着替えをしてリビングに行く。大和さんが待っていてくれた。
「行こうか」
大和さんが言って、家を出る。
「分かった?」
「まだ時間はあります」
「咲楽ちゃんも負けず嫌いだね」
「いいんです。考えようって言ったのは大和さんですからね」
「はいはい、お嬢様。仰せのままに」
「む~。バカにされた気がします」
「してないよ」
ああでもない、こうでもない、と考えながら歩く私を、大和さんが軌道修正しながら笑って見ていた。
王宮への分かれ道でローズさん達と合流。
「サクラちゃん、どうしたの?」
「なんだかふらふらしてたね」
「ちょっと考え事をしていて。星見の祭の事なんです」
「あら」
大和さんが笑いながら指を唇に当てているのは、気が付かなかった。
「ほら、ここまではトキワ殿に連れてきてもらったんでしょ?ここからは危ないから考え事は無しで、ね」
ライルさんにそう言われた。
「ライル殿の言う通りだよ。咲楽ちゃん、気を付けて行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
施療院に向かう。
「あ、そうだ。王都の拡張工事が始まるって知ってる?」
「スラムが北街になって、っていう話?」
「そう。施療院も今のだけじゃなくて、後2つ出来るらしいよ。今の場所は所長が責任者だけど、1つには僕が行くことになるから。後1つはどうなるか分からないけどね」
「いつからって決まってるんですか?」
「早くても来年のフラーが来てから、だと思うよ」
「あの、スラムのあったところが北街でって、方向が分からなくなるんですが」
「王都はね、元は王宮から見て東、西だったのよ。だから実際とは方角が違うの」
「元スラムの北街、新しく出来る南街も今の街名が動かせないから、ちょっとややこしくなっちゃうのよね」
「だから貴族街、庶民街、冒険者街、職人街って呼ばれるようになると思うよ」
「しかもこれに神殿地区が入るから。お昼休みに教えてあげるわ」
「お願いします」
施療院に着いて、着替えをしていると、ルビーさんが入ってきた。
「おはよう、2人共」
「おはようございます」
「おはよう、ルビー」
「なんだか王都を拡げるんですって?」
「私達も今朝聞いたのよ」
「方向が分からなくなりました」
私が言うとローズさんとルビーさんに苦笑いされた。
「西地区が拡がりすぎたのよね」
「貴族街と庶民街の区別って、もう曖昧になってるしね」
「ここも貴族街の外れだもんね」
「昼休みに教えるからね」
「お願いします。でも余計に分からなくなりそうです」
都市計画って言うんだっけ。上手くいってないよねぇ。上手くいってても迷う気がするけど。
診察室で暖房を入れる。
何人か診察したところで、ヴァネッサさんがいつもの処置に来た。
「天使様、王都が拡がるって知ってます?」
「はい。聞いてます」
「市場も移動になるんですって」
「そうなんですか?」
「以前は早い者勝ちって感じでしたけどね、次の所はくじ引きなんですって」
「迷いそうです。って言うか、絶対に迷います」
「それは私も一緒ですよ。パンなら配達しましょうか?」
「でも、行かなきゃ覚えないですよね」
「そうですねぇ」
2人でため息を吐く。
「そういえば」
ヴァネッサさんが話題を変えた。
「天使様は星見の祭は行かれるんですか?」
「多分……まだ決まってないんです」
「施療院でしたら救護とかですか?」
「そうなると思うんですけど、まだ分からなくて」
「星見の祭は神秘的ですよ。2つある月が、順番に闇に染まるんです」
それって月蝕?
「闇神様が2つの月、ジンウとユエトを順番に新しく作り替えるんだそうです。地上の全ての希望となれるようにって。闇神様は夜にしか動けないから、この日は特別なんですよ」
ヴァネッサさんはそう教えてくれて、帰ってった。
そっか。天体ショーって月蝕かぁ。大和さんに話そうっと。
やがて、3の鐘が鳴って、お昼休みになった。
休憩室に移動する。
「サクラちゃん、これ、王都の概略図よ」
「こんなきっちりしてないけど、大体分かるわよね」
長方形の王都が幾つかのパーツに分けられている。
「王宮がここね。で、こっちが貴族街。これが庶民街ね」
王宮が上にあって、王宮の西側に貴族街、反対側の半分くらいから貴族街の下辺りまでが庶民街。庶民街の隣に神殿地区、庶民街の下辺りにスラムと書かれていた。
「方向が逆でしょ?だからだんだん東地区、西地区って言われなくなったのよ」
「最初知った時は混乱したわよね」
「何の話?」
ライルさんとナザル所長が話に入ってきた。
「あぁ、王都の地区図か。訳分かんないよね」
「仕方ないじゃろ。昔の王が何を考えておられたのかは、ワシ等には分からん」
東が東地区じゃなくて西地区でって混乱する。おまけに南に北地区が来るとか頭がぐるぐるしちゃう。
「考えたら混乱するわよ。貴族街、庶民街って覚えた方がいいわ」
「そうします……」
「サクラちゃんってこういうの、苦手?」
「ものすごく苦手です。地図を見て目的地に行ける人を尊敬します」
「トキワ様はどうなの?」
「大和さんは地図を見たら覚えるそうです。1回通った道も忘れないって言ってました」
「騎士様にぴったりの能力ね」
「私が迷っちゃうから、いつも軌道修正されます」
そう言うと4人に「あぁ……」って何かを納得された。ひどくない!?
お昼からの診察にクリストフ様が来た。
ライルさんとナザル所長が一緒に入ってくる。
「どうされたんですか?」
「天使様は痛みを取ることが出来るって聞いたけど、それってずっと取っておけるの?」
いつものちょっと人をバカにしたような、かるーい感じが無い。
「痛みを押さえることは出来ます。けど、ずっと痛みを取ることは多分出来ません」
「どのくらい持つ?」
「えぇっと……1週位でしょうか?あんまり強く痛みを押さえつけると、他の感覚に支障が出てもいけませんし」
クリストフ様は何を言いたいんだろう?
「えっとね、兄上のお師匠様が、腰の痛みに苦しんでいらしてね」
ライルさんがクリストフ様の話をフォローしてくれる。
「腰の痛み?この前、痛みの取り方を聞いていたのは、だからですか?」
3人が頷く。
「いつからの痛みなんですか?」
「ずっと痛みがある訳じゃないんだ。一昨年くらいに急に腰を痛めてから、治って痛めて、って繰り返してるんだよ。最近では痛みの無い時が少ないらしくてね。何とかしてあげたいんだ」
ぎっくり腰から椎間板ヘルニアに移行した?
「そのお師匠様はどちらにおられるんですか?」
「昨日から我が家に滞在している」
ライルさんが説明してくれる。
「滞在しているのはいいんだよ。なんと言っても兄上のお師匠様だし、歓迎している。ただね、痛みが酷いらしくて、見てられないんだ。僕がなんとかできたらいいんだけど、僕は闇属性は持ってないからシロヤマさんのようには出来ない」
「初日に同じような症状を治療したじゃろ?なんとかならないかと思うての」
「所長は明日は用事があって診察出来ないんだ」
「私は構いませんけど、お家に伺えばいいんですか?」
往診ですか?
「出来ればね。来て欲しい。なんなら僕が送迎するし」
「伯爵様のお宅ですよね。私が伺ってよろしいのでしょうか?」
「天使様なら両親も歓迎するよ」
「そうだね。父上も母上も天使様と黒き狼殿のファンだし」
えぇぇ……
「行って貰えるかの」
「分かりました。いつ伺えばよろしいでしょう?」
「明日の朝かな」
「はい」




