決着
オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道 第二十六章
*********** オーク将軍デブリンガー ***********
私の全身が光に包まれると、見る見る身体が縮んで行く。
そして、ガレオン陛下よりも頭一つ分程までの大きさまで小さくなるとそこで止まった。
あまりに突然の事で、ガレオン陛下や周囲の親衛騎士団達は驚いていたが、プドルはまるで私がこうする事を予測していたかのように平然と私を見つめていた。
身体が小さくなった時点で、私はある事に気付く。
「これは・・・!? 流石は魔法の鎧だな。 まさか此処までサイズダウンしても身体に合わせて小さくなってくれるとは・・・!」
なんと、ガレオン陛下より頂いた銀の魔法の鎧は、私が下に着込んで来た魔法繊維で出来たシャツ同様、装着者の身体の大きさに合わせてサイズが自由に変化するようになっていたのだ。
「これは有り難い、小さくなる時の最大のデメリットの耐久力の低下が、少しでも軽減される。」
「兄弟・・・。 半身の魔法を使って小さくなって、本当に奴に勝てるのか? その魔法は、力もかなり減少すると聞くぞ?」
「問題ありません、何度もこの姿で特訓致しましたので。」
私はそう言うと、親衛騎士団の傍に置いてあった武器の中から、何時ものダブルアックスを手に取り、軽々と持ち上げて見せた。
その様子を見て、周囲の親衛騎士団から驚きの声が漏れる。
私は、ダブルアックスを両手に持ち、その姿をガレオン陛下に見せると、そのまま牛王目掛けて一気に駆け出した。
最初は敢えて速度を殺してでも、音を極力立てないように進む。
先程からの戦闘で何となく予測出来る牛王の視界の範囲は、おおよそ5m。
それより内側に入った者は確実に認識している様だった。
『だから、5m以内に近付くまでは音を立てず、それ以下になったら全力で距離を詰める!』
私が牛王に向かって駈けている時、既に牛王はゴブリンを一体、大方平らげてしまっていた。
余程腹が減っていたのだろう、奴はそれを骨毎噛み砕いて喰らっていた。
しかし、当然の如く今も一切警戒を解いておらず、高速で近付く私の立てる、僅かな音に反応してこちらを振り向いた。
牛王は、恐らく完全には認識出来ていないのだろうが、薄っすらと影の様なものでも見えるのだろう、私に向かって今まで喰らっていたゴブリンの死体を投げ付けて来た。
しかし、私は落ち着いてそれを避け、そのまま奴の死角となる死体を投げ付けた左手の影に瞬時に飛び込む。
一瞬私を見失った牛王は、慌てて周囲を見渡すが、直ぐには見つけられない。
何故なら、今の私は、先程よりも遙かに小柄だ、そして早さも先程までとは段違いである。
もしかしたら奴は、別の敵が現れたと勘違いしていたのかもしれない。
『しかし、その様な勘違いも直に無意味だ!』
私は牛王の死角から更に背後へと回り込むと同時に、左手のダブルアックスで奴の左足首の腱を薙ぎ払った。
「ぶごっ!?」
激痛に悲鳴を上げる牛王、しかし私は攻撃の手を緩めない。
薙ぎ払った勢いを利用してそのまま横に一回転すると、右手のダブルアックスでもう一度同じ場所に切り込んだ。
回転の勢いもあって、二度目の攻撃で、牛王の左足首は見事切断された。
「「「オオッ」」」
仲間達の方から歓声らしき声が上がる。
「ぶぎゃあああああっ!!」
牛王は絶叫に近い悲鳴を上げて左足を抱え込む。
私はこの時を待っていたのだ。
ハーフサイズの魔法で縮んだ私が力を込めて攻撃を放てる高さは、どうしても普段より低くなる。
元々の私よりも大きい牛王に攻撃するのなら、こうして足を狙って屈ませなければならなかったのだ。
二撃目を放った後、一旦少し距離を置いていた私は、ダブルアックスを一本手放し、両手で一本をしっかりと握り締める。
次の一撃に全力を注ぎ込むためだ、そして私の狙いはあそこだった!
私は思いっきり地面を蹴り、牛王まで飛ぶ!
「食らえ牛王っ!!」
私の全力の横薙ぎが、牛王の後頭部を真横に切り裂いた。
私の身体が牛王を通り過ぎると、ゆっくり牛王の頭がドサリと地面に落ち、首から鮮血が吹き上がる。
私は、武器を握ったままその血のシャワーを全身に浴びる破目になってしまった―――。
*********** 仮面の男・ゲスパー **********
私の計画は完璧だった。
シャウエッセンの街での計画をことごとく潰してくれた憎き相手、デブリンガー・アブラハムを抹殺する為に私は奴の根城であるポークビッツの街を目指した。
しかし、直接奴の街まで転送屋を使って移動すると、直ぐに感付かれる可能性があったので、敢えて隣街のアルトの街に移動し、後は歩きで街まで侵入した。
そして街で手に入れた情報を纏め上げ、今回の計画を思い付いたのだ。
先ずは、かつてのガレオン王国から離脱して自分達だけで生きて行く選択をしたゴブリン達を懐柔し、利用する。
これは思いの他簡単だった、ゴブリン達の王であるゴブリンキングのゴブキンが、間抜けだった為だ。
奴は、1万近いゴブリン達の王という立場にありながら、常に貧しい暮らしを余儀なくされている現状を、自分でどうこうしようともせず、ただただ不満を募らせているだけだった。
だから私は、街で手に入れた土産物の魚の干物等を手土産に奴の元を訪れ、私の得意とする特殊な魔法を見せて易々と奴の懐に入り込む事に成功した。
ゴブリンは基本的に魔法が苦手な種族なので、僅かな魔法が使用出来るだけでも、種族の中では優秀な者と大切にされる。
そんな奴等には、私の使う魔法は、正に未知の魔法ばかりで、直に私はゴブキンの信用厚き存在となった。
そして、ゴブキンを唆し、奴がポークビッツの街を占領したいと考える様に仕向けて行った。
元々自ら生きて行くと考えて王国を出た前王と違い、貧しいゴブリン族の王と言う立場に不満を持っていたゴブキンは、私の語るポークビッツの街の豊かさに憧れを抱いた。
しかし、流石にあの城壁を破り、街を征服するには戦力が足りていない事は分かっていた様だった。
そこで次の策、これこそが私の目的・・・。
ゴブリン達の国から左程遠くない、バイエルン山脈の麓にある洞窟に棲む魔王、牛王だ。
元々ハイタウロスの盗賊として恐れられていた牛王は、長い間森や山で瘴気を浴び続けたせいで、次第に魔物化して行き、それに伴い大幅な進化を果たして、遂にはタウロスキングという最上位種へと変化した。
しかし、それに伴って益々瘴気に毒され、結局は理性を失って完全な本能だけで暴れまわる化物になってしまった。
この化物をあの死神デブリンガーにぶつける、これこそが私の目的だったのだ。
しかし、この化物をあのポークビッツの街まで連れて行くことは決して簡単な事では無い。
そもそもが、理性を完全に失った化物なので、説得だとかの対話など全く意味が無いのだ。
私が、ゴブリン達から集めた情報によると、そんな奴が反応するのは、正に本能通りの食欲と性欲だという。
そこで私が考えたのが、牛王と同じ種族である牛人の若いメスを一匹捕まえて来て、そのメス薬で発情させ、そのメスの匂いを囮に街まで誘導するという方法だった。
だが、この方法には幾つか問題があった。
先ずは牛王が光を苦手としているという事。
奴は、昼間は決して洞窟から出て来ないそうだ。
そして、奴の洞窟からポークビッツの街までは、休まず歩いても丸々二日半は掛かる。
夜はともかく、朝が近付いたら奴は洞窟に戻ってしまうのだ。
更には、幾ら歩く速度が遅いと言っても、目の前に発情したメスが居れば、ゆっくり歩いて近付いたりしないという事だ。
しかし、これらはある一つの魔法で簡単に解決出来た。
”暗闇”の魔法だ。
この魔法は、対象者を暗闇に居ると思わせることの出来る魔法で、魔法を掛けられた者には、周囲が月の無い夜の様に暗く見える。
普通の者ならば、伸ばした手ですら確認が難しい程の暗闇なのだが、流石は常に暗い洞窟で生活している牛王だ、この魔法が掛かった状態でも、5.6mは普通に見えているらしかった。
この魔法のお陰で、光が苦手と言う問題だけでなく、メスの居場所に直ぐに気付いて走って来るという危険も無くなるのだ。
後は、ゴブリン達に数日眠らなくても平気になる薬草でも食わせて、メスの入った荷車を引かせればいい。
メスだけでなく牛王にも発情させる興奮剤を与え続ければ、十分匂いで誘導できる・・・筈だった。
ここで出たもう一つの問題、それが風向きだ。
このバイエルン山脈の麓では、冬の間はバイエルン山脈でも最も高い西側から常に風が吹いているのだ。
その為、匂いで誘導しようにも、風向きがポークビッツの街とは反対側からなので如何し様もなかったのだ。
しかし、春になり次第に暖かかくなって来ると、風向きが逆になり、東側、つまりポークビッツの街側から穏やかな風が吹くようになる。
結局、この風向きだけはどうしようも無く、春になるまで計画は実行に移せなかった。
しかし、私はジッと耐えた。
奴を倒す為に・・・。
そして遂に春を迎え、ゴブリン達に近くの牛人の村から若い娘を攫わせ、牛王を誘き出したのだ。
最初に牛王に暗闇の魔法を掛ける時が一番危険だったが、それも何とかやり遂げた。
後は暗闇の魔法が切れる事が無いように数時間おきに魔法を掛け直し、興奮剤も定期的にゴブリン達に投げ付けさせてやっとの思いで此処まで来たのだ。
それなのにっ!!
私の目の前で、洞窟の魔王と恐れられた、冒険者殺しの牛王が首を刎ねられてしまったのだ。
ありえない有りえない有り得ないアリエナイ!!!
あの死神デブリンガーは、牛王の気をゴブリンに逸らしている隙に、魔法で小さくなって襲いかかって来た。
あれは、諜報員が稀に使う半身の魔法だ、それは知っている。
しかし、あの魔法は小さくなって速度が上がる反面、力や耐久力が落ちるので、先頭には不向きな魔法だった筈だ。
なのに奴は、小さくなる事で目で追えない程の疾さを手に入れ、戸惑う牛王をあっさりと倒してしまった。
『あの怪物は、これでも倒せないのか!?』
全身を嫌な汗が流れ落ちる。
息も荒くなってきて、これ以上立っていられそうに無い・・・。
しかし、牛王が敗れた以上、ゴブリン達に勝ち目は無い。
つまり、私もこのまま此処に居ては、ゴブリン達と共に抹殺されてしまう。
早く逃げなければ!
私は、牛王が死んだ事で唖然としているゴブキンに気付かれない様に静かに後ろへと離れて行く。
ゴブリン達の集団から離れるまでは、派手な動きをするべきではない。
幸い、周囲に居るゴブリンも、衛兵達と戦っているゴブリン達も皆、牛王が倒された事に驚いて、視線が牛王とデブリンガーに集中している。
『今なら逃げられる!!』
ようやく一番外側のゴブリンよりも後ろに下がれた、今のうちに逃げれば―――!
取り敢えず盛りに逃げ込もうと振り向いた瞬間、私の首筋にチクッとした痛みが走った。
しかし、私は構わず逃げようとする、だが!
1・2・3・4歩と歩く度に身体がどんどん動かなくなって行く、そして遂に私はその場に倒れてしまった。
「皆さんの意識がデブリンガー様に向いてしまったお陰で、此処まで一気に駆けつけるのは意外と簡単でしたよ・・・。」
身体が麻痺したように痺れて動かない私の顔の前に、何者かが立つのが分かった。
「逃がしはしませんよ、今回の首謀者さん!」
私はこうして捕らえられてしまったのだった。
*********** オーク将軍デブリンガー **********
私は何とか牛王を倒す事が出来て、安堵の溜息を吐いていた。
しかし、まだ終わった訳では無い。
私は再びダブルアックスを持ったまま歩き出す。
途中で先程手放したもう一本のダブルアックスも拾い上げ、両手にしっかりと持ち直した。
そのままゆっくりゴブリン達の方へと歩いて行く。
しかし、ゴブリン達は皆、完全に怯えてしまっていて、誰も私に襲い掛かって来ようとはしなかった。
私の向かう先には、牛王を倒されて茫然自失のゴブキンが、未だに訳が分からないといった風に突っ立っている。その口は、ブツブツと何かを呟いている様だった。
私がゴブリン達の目の前に辿り着くと、今迄そこに居たゴブリン達は、ササッと道を開けて行く。
そして、瞬く間に私とゴブキンの間に道が出来てしまった。
そこに来て、初めて私の事に気が付いたのか、ゴブキンが慌てて大声で叫ぶ。
「な、何で貴様が!? お前達どうしただ? 早く奴を殺すのだ!!」
必死で命令するも、誰も動こうとはしない。
私は、歩くペースを一切落とさずゴブキンに歩み寄って行くと、ゴブキンは耐え切れなくなったのか、腰に挿していた剣を引き抜いた。
私は、それを確認すると即座に右手のダブルアックスを振り上げる。
ズバッと言う音と共に、ゴブキンの剣は右腕毎遠くへ飛び去っていた。
「ひぎゃああああっ!」
右手を押さえて痛みに暴れまわるゴブキンを私は軽く蹴り上げた。
今の私とゴブキンは、体格的にはほぼ同じ位の大きさの筈なのだが、私に蹴り飛ばされたゴブキンは2m程飛び上がって、再び同じ場所に落ちて来た。
そして今度は落下の痛みで蹲ってしまう。
私はそんなゴブキンと、周囲に居るゴブリン達に聞える様に、大きく声を張って話し出した。
もう拡声の魔法は効果が切れていたからだ。
「私としても、今回のポークビッツの街襲撃の首謀者の一人であるこのゴブキンは、流石に見逃す事は出来ない。 しかし!!」
私は周囲のゴブリン達を見渡す。
「今此処で、そなた達の手でこのゴブキンを処刑すると言うのであれば、残りの者達の降伏を認めよう。」
私の言葉にザワザワとざわめく周囲。
「勿論、降伏の意思が無いと言うのであれば、其方が全滅するまで相手をするまでだが・・・?」
周囲のゴブリン達はそれそれに小声で話し合っている。
私は彼等が答えを出すまで待つ事にした。勿論、決して両手のダブルアックスを握る手の力は緩めない。
「ほ、本当に・・・降伏を認めてくれるのか?」
比較的位の高そうなゴブリンの青年戦士が私にそう尋ねてくる。
「無論だ、私としてもかつての同朋であもるゴブリン達を全滅させたいと心から思っている訳では無い。 但し、我々も街とそこに住む大切な家族達を守らねばならぬのだ。 再び街や民に危害を加えるかもしれない者を何の処罰も約束も無しに放免する事は出来ない。 だからこそ、首謀者のゴブキンをそなた達の手で処刑し、これ以降敵意は持たぬと証明して貰いたいのだ。」
私の言葉を聞いた青年戦士は、自分の周囲だけでなく、今回の戦いが行われた全ての場所を見回す。
そこには、おびただしい数のゴブリンの兵士達の死体が転がっていた。
その数は、数百は超えている、下手をすれば千体近いかも知れなかった。
私が牛王と戦っているほんの僅かの間にこれだけのゴブリンが命を落とした事になる。
しかしそれも無理は無かった、なにせここに集まった者達は皆、ベテランの冒険者だったり、街の鍛えられた衛兵だった。その上、私の直属だったかつての特殊部隊の仲間達がほぼ全員揃って居るのだ。
むしろ、これでも少ない位かも知れなかった。
周囲のゴブリン達の死体を悲しそうに見た青年戦士は、自らの槍を握り直すと、そのまま地面に蹲っていたゴブキンの心臓目掛けて思い切り槍を突き刺した。
「ギャブォッ!?」
「お、おいお前なんて事を!!」
慌てて隣のゴブリンの戦士が止めようとするが、もう遅い。
既に槍はゴブキンの心臓を貫き、その傷が致命傷である事は誰の目にも明らかだった。
心臓を貫かれたゴブリンは、ドクドクと血を流しながら、ピクピクと細かく痙攣しているだけだった。
「俺はこんな所で死にたくない、家族や恋人にもう一度会いたいんだ! それに、俺達は貧しくても静かに暮らしていたじゃないか! なのにいきなりこいつが街を攻めると言い出して・・・、それであれだけの仲間が死んだんだぞ!?」
涙を流しながらそう叫ぶゴブリンの青年戦士の言葉に、隣の戦士ももはや何も言わなかった。
ゴブリンの青年戦士は、私の方を向き直ると・・・。
「こ、これでいいか? これで見逃してくれるのか?」
「分かった。 我々は、そちらの降伏を認めよう。 これで、此度の争いは終結だ!! 皆分かったな!?」
私は周囲に聞えるよう、大声で争いの終結を告げた。
元々、先程のやり取りを息を殺して見守っていた周囲のゴブリン達には、そこまで声を張らずとも伝わっていただろうが・・・。
私は、青年戦士に向かって言葉を掛ける。
「我々は、此度の戦において唯の一人の死者も出しては居ない。 従って、此度の戦の賠償をそなた達に要求する事も無い。 皆、今直ぐ自分達の国へ帰ってくれても構わんぞ。」
私の言葉に、青年戦士はパッと顔を明るくする。
恐らく、降伏したのだから、これから捕虜のような扱いを受けるとでも思っていたのだろう。
「もしも、死体を持ち帰りたいというのであれば止めはしないが、如何するつもりだ? 但し、ゴブキンの死体だけは返してやる訳にはいかんが・・・。」
「流石に、全員の死体を持ち帰ることは出来ないので、せめて形見になる物を持ち帰りたいのだが、構わないだろうか?」
「ああ、勿論構わない。 あと、死体を残して帰るというのであれば、こちらで勝手に浄化して埋葬させて貰うが?」
「ま、埋葬までして貰えるのか?」
「勿論個別の墓にと言う訳にはいかん。 全員浄化魔法で浄化した後、火葬して残った骨をまとめて埋める事になる。 埋める場所は・・・、そうだなパルキー湖の北部に大きく開けた場所があるのを知っているか?」
「分かる、こちらに向かう途中で見た。」
「あそこに埋葬すると約束しよう、石碑を一つ建てておくから・・・、今後もしも死者に祈りたいのならば、あそこまで行けば良いだろう。」
「あの場所まで祈りに行っても良いのか?」
「私は、こちらに危害を加える者には一切の容赦をするつもりは無いが、そうで無いのなら一切の手出しをするつもりは無い。 墓参りでも狩りでも好きにすれば良い、このバイエルン山脈の麓のめぐみは、我々だけのものでは無いのだからな。」
私のその言葉に、青年戦士が深く頭を下げて礼をする。
それに釣られるように周囲のゴブリン達も一斉に例をして来た。
「但しこれだけ言っておく。 もしも再び我等に牙を剥いたその時は・・・。」
青年戦士が真っ青な顔でこちらを見る。
「次は決して許さない。 今度は問答無用で一族全てを滅ぼす事になるからな、その事を国に残っている仲間達にも周知しておく事だ。」
「わ、分かった! 絶対に二度と歯向かう事はしない、させない。 約束する!」
その言葉を聞いて、私はやっと顔を笑顔に戻す。
「そうか、私としても次の代表は、是非お前の様に物分かりの良い者に務めてもらいたいものだな。 そして全てが落ち着いたら、一度こちらを訪ねて来るのも良いだろう。 その時其方が困っている事があれば、場合によっては手助けしてやれる事もあるかも知れんからな。」
私はそう言ってその場から立ち去った。
私が立ち去ると同時に、彼等は死んでしまった仲間達の元に群がり、形見となりそうなものを集めていた。
あの作業が終わったら、アンデッド対策の浄化をしなければいけないのだが、死んだ仲間との最後の別れなのだ、そうせっつく必要もあるまい。
私は取り敢えず、一旦仲間達の元へと戻る事にしたのだった。
▽
私がガレオン陛下達の待つ門の前に戻ると、何時の間にかそこにはリーネが待って居た。
今回は流石に危険なので、門の向うの宿屋の前で、怪我をした者が運び込まれて来たら治療をするようにと頼んでおいたのだが・・・。
まあ、今回は多少の怪我人が出ただけで、一人の重傷者も出ずに済んだ様だったが・・・。
リーネは、私を見てずっと不安な顔をしていた。
そのリーネの様子で私は気付いた、そういえば、先程牛王の返り血を全身に浴びていたのだった。
今の私は全身血塗れの状態だ、彼女が心配するのも当然だろう。
私は、リーネを安心させるべく、笑顔で皆の元へと近付いて行った。
「ご主人様!!」
「ただいま、リーネ。」
私が笑顔で返事をしたのを確認し、私がたいした怪我も指定無い事が分かったのか、笑顔になったリーネが私の元に駆け寄ろうとする。
「ぶにゃっ!」
すると、いきなりプドルに襟首を捕まえられて、可笑しな呻き声を上げてしまった。
「あうううっ、プドルさん酷いです・・・。」
「もう、リーネちゃんったら。 今のご主人様は魔物の血で汚れておられるでしょう? 今抱きついてしまったら、折角のお洋服が台無しですよ!」
涙目でプドルに抗議するリーネだが、軽くプドルにあしらわれてしまう。
「でも・・・。」
ずっと心配してくれていたのだろう、リーネはプドルに私に抱きつく事を止められて、とても残念がっている様子だった。
正直言って、私もそこまで私の事を思ってくれるリーネが愛おしくて仕方が無かったが、プドルの言う通り今の私が抱きしめたら、リーネが魔物の血塗れになってしまう。
魔物の血と言うのは、決して油断して良いモノではなく、その血の中にはかなりの瘴気が含まれているのだ。
従って、長期間魔物の血を浴び続けると、その浴び続けた者も魔物になってしまう事があるのだ。
そして、その為に街には教会があるのである。
教会の司祭が使う浄化魔法には、身体に染み付いた瘴気を消してくれる効果があるのだ。
尤も、普通に街で生活をしているだけならば、左程瘴気に蝕まれる心配も無いので、年に一度の大例祭の時に行われる、司祭の祝福魔法だけで十分浄化出来るのだ。
しかし、毎日のように瘴気の漂う森に入って獣を狩ったりする猟師や、日々魔物を退治して居る冒険者達は、街の人々とは比べ物にならない量の瘴気を浴び続ける事になるので、最低でも一月に一回、人によっては週に一回のペースで浄化魔法を使用する必要がある。
「プドル、浄化魔法を頼む。」
「ハイ、承知致しました。」
私に言われるまでも無く、浄化魔法の準備をしていたプドルは、皆の元から一歩前へ歩み出て、私に向かって浄化魔法を使用した。
私の身体が、キラキラとした白い光に包まれて行く。
「ええっ? 浄化魔法は生きている人に使っても大丈夫なんですか?」
「あら、リーネちゃんは知らなかったの?」
普段から使い慣れているプドルは、魔法を行使しながらでも余裕で会話が出来る。
私などは、初級魔法程度でもかなりの集中を要するものなのに・・・。
「あの、以前ランの弟のレンを教会で浄化してもらった時に、どんどんレンが干からびていってしまったから、触ったら私達も干からびてしまうんじゃないかと思ってしまって・・・。」
「ああ、あれはね、浄化の魔法と同時に、乾燥させる魔法も同時に使用しているのよ。 地下墓地等に埋葬するなら、遺体が乾燥していないと腐ってしまって大変な事になるでしょう?」
「そうだったんだ・・・。 じゃあ、やっぱりあの時は触っちゃいけなかったんですね。」
「そうね、普通の人が触ろうとすると火傷してしまうでしょうね。 でも、今ご主人様に掛けているのは、浄化の魔法だけだから、火傷の心配も無いのよ。」
プドルがリーネに浄化魔法の説明をしている内に、私の身体にこびり付いていた牛王の血が見る見る消えていった。
浄化魔法は、瘴気だけでなく汚れなども取り除いてくれるのだ。
「そうだ、今のうちにハーフサイズの魔法を解除しておくか。」
私は胸元から消散のペンダントを取り出すと、ディスパースの魔法を使用した。
するとペンダントが輝き出すと、私の身体が徐々に元も大きさに戻って行く。
浄化が完了すると、私の身体はすっかり元の大きさに戻っていた。
しかし、そんな私を見て、皆が不思議そうな顔をしている。
「ん? 皆どうかしたのか?」
「ご主人様・・・、さっき迄と少し違うような・・・?」
リーネが不思議そうにそう言った。
「え?」
私は慌てて自分の体を確認する。
確かにリーネの言う通り、私の肌の色が若干変わった様に思える、少し浅黒くなった感じか・・・?
外見的な変化は肌の色が浅黒くなった位だったが、実は肉体的にも変化があった。
「力が溢れてくる・・・。」
私は両の拳を握り締め、両腕に力を込める。
やはり、身体に漲る力が、以前とは比べ物にならない位強くなっている!
私は試しに、足元に突き立ててあるダブルアックスを手に持ってみた。
「軽い、明らかに以前よりも軽く感じる。」
そう言いながら私はダブルアックスをブンブンと振り回した。
まるで普通の木の棒を振り回しているかの様に、重いダブルアックスを軽々扱う私を見て、ガレオン陛下がポツリと漏らした。
「クラスアップ・・・また進化したのか?兄弟!?」
「クラスアップ! 牛王との戦いで進化出来たというのか・・・。」
進化とは、凄まじい修行や、数々の戦闘、死に直面する様な戦いを経る事で稀に起こる獣人族特有の特性で、進化を遂げるとそれまでとは比べ物にならない位身体能力が急成長する。
因みに私は今まで、オークからハイオーク、オークソルジャー、オークジェネラルへと、三回もの進化を遂げてきた。
「つまりこれで四回目の進化と言う事か・・・。」
「す、凄いです! ご主人様!! ワタシ進化って初めて見ました!」
リーネは無邪気に喜んでくれている。
どうやら、色が浅黒くなって気味悪がられては居ないようだ・・・、良かった・・・。
「流石はデブリンガー様ですわ! ですが、オークジェネラルの更に上となると、オークキングですわね!」
オークキング、最早伝説にしか語られていない、そんな存在に私はなったと言うのか・・・しかし・・・。
「・・・だが、ガレオン陛下を差し置いて、私がキングを名乗る訳にもな・・・。」
「それならオークロードを名乗れば良い!」
私が悩んでいたら、ガレオン陛下が楽しげにそう言った。
「オークロード!?」
「何、別に意味は同じだ。 兄弟が余に遠慮してキングを名乗れないというのなら、ロードを名乗れば良い。 まあ、余は別に兄弟ならキングを名乗っても構わんと思うがな!」
「ガレオン陛下・・・。」
ガレオン陛下は、常に私を平等な存在として見てくれている。
本当に親友として扱ってくれているのだ、そんな陛下に私は感謝しかなかった。
「しかし、相変わらずトンでもない漢だな、兄弟は!! 余が未だ一度しか進化に成功していないと言うのに、一歳しか変わらない兄弟はこれで四回目の進化か、全く!余はいつになったら本物のライオンキングとなれるのか・・・。」
大げさに頭を抱えて苦悩する振りをする陛下に、私はニヤリと笑って返事を返す。
「それでしたら、今度私と一緒に特訓でも致しますか? 陛下の進化の為にも、全力でお相手して差し上げますぞ?」
「かっ勘弁してくれ! 全力の兄弟と特訓などしたら、ライオンキングになる前に死んでしまう!」
「ははははっ! 全力は冗談ですが、たまには組み手の一つもするのは良いものですぞ! 私もここ暫くは、ハーフサイズの魔法を使ってバルドッグと組み手をして、技を磨いていたのです。」
「むむむ、それは本当か? うーむ・・・。」
ガレオン陛下は、額に汗を滲ませながらも真剣に考え始めた様だった。
私達がそんなやり取りをしている時に、突如背後から声が掛かる。
「オークロードへの進化、おめでとう御座います、デブリンガー様。」
何時の間にか我々の元まで戻って来ていたバルドッグが、祝福の言葉を掛けてくれたのだった。
よく見ると、バルドッグは肩に男を一人抱えている。どうやら、仮面の男の捕獲に成功したらしい。
バルドッグはガレオン陛下の前に、仮面の男を降ろした。
「ガレオン陛下、仮面の男を生け捕りにして参りました。 身柄は陛下にお引渡し致しますので、以降の取調べは宜しくお願い致します。」
仮面の男と聞いて、ガレオン陛下は顔色を変える。
「こいつが例の首謀者の一人、仮面の男か。 仮面を外してくれるか? バルドッグ。」
ガレオン陛下にそう言われると、バルドッグは仮面の男の仮面を外した。
「ふむ、話に聞いている人相通りだな。 恐らくこの男がゲスパーで間違いあるまい・・・。」
「やはり、シャウエッセンの街から逃亡していたあの男ですか?」
私の質問に、ガレオン陛下は首肯する。
「まあ、どの道これから王城に戻って、この男の取調べだ。 死罪相当の罪人だから、魔法で自白させれば直ぐにでもハッキリとするだろう。」
「陛下、もしも裏で糸を引いていたのが帝国だったとしたら、如何なさるおつもりですか?」
もしもこの男の行動が、全て帝国の指図だったとしたら、再び戦争状態に戻りかねないのだ。
しかし、ガレオン陛下は涼しい顔で言い切った。
「いや、どうもしない。 ただ、大罪人を捕らえて処刑したと公表するだけだ。 裏で帝国が糸を引いていようといまいとな・・・!」
ガレオン陛下は、此処で余計な波風を立てて、帝国との戦争を再開する事は避けたい様だった。
本来、もしもこの男が帝国の命令で動いていたとしたら、それを理由に戦争を仕掛けることも出来る。
今の帝国は、かなり戦力が疲弊しており、だからこそ停戦条約を受け入れたと言われているのだ。
尤も、この男が勝手に暴走しただけの可能性も十分あるのだが・・・。
「徹底的に帝国の情報は喋ってもらうさ、仮にこの男が、帝国の指図で此度の事件を起こしていたとしても、いなかったとしても、その様な事はどうでも良いのだ。 重要なのは、かつての帝国のスパイだった男が、我が国で二度も大事件を起こして、取調べを受けて処刑された。 その事実だけあれば良い。」
ガレオン陛下は親衛騎士団に仮面の男を拘束させ、連行するよう指示を出す。
取り敢えず、今直ぐ王城に連行して、自殺出来ぬように拘束するようだ。
「こちらとしては、多少なりとも帝国に圧力を掛けられればそれで良いのだ。 今の疲弊した帝国に、もう一度仕掛ける戦力は残っていまいが・・・寧ろ、あの牛王をもってしてもこのポークビッツの街を落とせなかったという事実は、帝国に対して何よりの牽制となるだろう。」
やれやれ、相変わらず国を預かる者としての考え方では、結局この方には及ばないな・・・。
▽
親衛騎士団の数名が仮面の男を連行して行った。
そこで私は大切な事を思い出す。
「そうだプドル、立て続けで申し訳ないが、あの牛王の浄化も頼めるか?」
「承知致しました、デブリンガー様!」
「流石にあの牛王がアンデッドになったら勝てる気がしないからな!」
「そうか? 今の兄弟なら、アンデッドになった牛王ですら余裕で倒してしまいそうな気がするがな! がははははっ!」
プドルが牛王の死体の元まで行き、浄化を始めた。
私がその様子を見守っていると、何時の間にかリーネが私の横に立っていた。
私が陛下と会話していたので、邪魔をしないように静かに待っていてくれたのだろう。
私は、そんなリーネが愛おしくなり、そっとリーネを抱き上げ、そして私の肩に座らせる。
「きゃわっ!? ご、ご主人様!?」
「今日はあまり一緒に居られなかったからな、せめてこれくらいはいいだろう?」
私がそう言うと、リーネは私の頭にしがみ付きながら、顔を赤らめた。
「がはははは! リーネよ、ここは勝者に祝福のキスだぞ!」
「ええっ!?」
ガレオン陛下にからかわれて、顔を更に赤くするも、リーネはそのまま私のおでこにキスをした。
肩に座った状態では、幾らリーネが小柄とは言え、おでこにするのが精一杯だった様だ。
そしてそのまま私の頭に顔を埋めてしまう。
すると何時の間にか周囲に集まって来ていた仲間達に、冷やかしの声を掛けられてしまった。
しかし、今日位は良いだろう。
私は、少し顔を赤らめながら、ポリポリと頬を掻いた。




