やすらぎ
オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道 第九章
********** ハーフエルフの少女リーネ **********
プドルさんに案内されたのは、それはそれは大きなお風呂だった。
物凄く広い湯船に、獅子の口から止め処なく注がれるお湯。
その湯船の周りだけでもかなりのスペースがあり、一度に十人位で入っても広々と身体を洗えそうだった。
「凄いお風呂・・・。」
ワタシは思わず声を漏らした。
まともなお風呂に入るのは、随分久しぶりだったと思う。
お父さんとお母さんが生きていた一年前までは、実は殆ど毎日お風呂に入っていた。
尤も、普通のお家には、先ずお風呂なんて無い。
一般的なのは行水で、良くてお湯を使う湯浴みだった。
でも、お風呂が大好きだったお母さんは、お家にわざわざお風呂を作ったそうだ。
しかもお母さんは魔法が得意だったので、お風呂のお水を貯めるのも、湯船のお水を温めるのも、お水の汚れを綺麗にするのも・・・全て魔法でこなしていたのだ。
お陰で、ワタシは毎日お風呂に入れていた。
但し、大きさはあくまで一人で入ることが出来る程度の大きさだったのだが・・・。
しかし、お母さん達が死んでしまってからは、碌に魔法が使えないワタシではお風呂に入る事も出来ず、行水するのが精一杯だったのだ。
ワタシは手拭いで前を隠すのも忘れ、お風呂の入り口に立ち竦んでいた。
「さあ、遠慮しないでお入りなさいませ、リーネ様。」
背後からプドルさんが声を掛けてくる。
ワードッグ族は、背中や尻尾、そして顔の周囲は体毛が生えているのだが、それ以外の部分は、左程人族のそれと変わりが無かった。
プドルさんは、身体の背中側半分を顔周囲と同じ真っ白な体毛が覆っており、四つある乳房とお腹の辺りは、淡いピンク色をしていた。
プドルさんは手拭いで前を隠しながら立っていた。
そしてお尻の辺りにある尻尾はパタパタと動いている。
ワタシは、先程から思っていた事をプドルさんに言ってみた。
「どうして、ワタシの事を、リーネ様って様付けで呼ぶんですか? ワタシ、ご主人様の奴隷なのに。」
プドルさんは、そんな私の言葉に、優しく微笑みながら話しかけてくれた。
「あら?貴女はご主人様のお嫁さんになるのでしょう? でしたら、奴隷だとかその様な事は実に瑣末な事です。 大切な事はご主人様が貴女の事を認めておられると言う事です。」
突然のプドルさんの言葉に、ワタシは衝撃を受けた。
「ご主人様のお嫁さん!?」
思わず言葉を漏らしてしまう。
そんな私を見て、プドルさんは優しく微笑みを浮かべている。
「ええ、今日ご主人様は、御自分のお嫁さんにする為に、ハーフエルフの奴隷を買いに行かれたのですよ? 私もまさか、それが貴女だったとは思いもしませんでしたが・・・。」
少しイタズラっぽい笑顔のプドルさん。
ワタシは驚きのあまり固まってしまう。
「え・・・、で、でもワタシは、ご主人様に跡取りが出来るまで、娘の代わりをするんだって・・・。」
「何ですって? ご主人様はその様な事を仰ったのですか? ・・・全く、ご主人様ったら相変わらず女性には奥手なんですから・・・。」
そういいながらプドルさんは私の事を、真っ直ぐ見つめる。
「リーネ様、ご主人様は幼い頃からずっとエルフに憧れていらっしゃいました。 そのせいで今も独身でいらっしゃいます。」
確かに、ご主人様もその様な事を仰っていた。
私もその言葉に頷く。
「エルフとオーク族の間には子供は先ず出来ません。 しかし今、こうしてこの街の領主となり、跡継ぎを作る為、結婚相手を探さなくてはならなくなりました。 ですからご主人様は、オークとも子供を普通に作る事の出来るハーフエルフの女性をお嫁さんにしようと考えられたのです。」
ワタシは、プドルさんの言葉を驚きながら聞いていた。
「そんなご主人様が、ハーフエルフのリーネ様を連れて帰って来られた。 ・・・つまりそういう事なのですよ?」
「でもワタシは跡継ぎが出来るまで・・・。」
同じ台詞を繰り返そうとするワタシにずいっとプドルさんの顔が近付いてくる。
「なら、リーネ様がその跡継ぎを産んで差し上げればよいのですよ。」
一瞬、私の頭の中に一年前に襲われた時の恐怖が蘇る。
しかし、それはあくまで一瞬だった、気が付くとワタシはプドルさんに抱きしめられていた。
「リーネ、よくお聞きなさい。 貴女があの時に感じた恐怖は、それはそれは恐ろしいモノだったでしょう。 しかし、行為自体は決して恐ろしい事では無いのです。 愛する殿方と行うその行為は、愛しい我が子をこの世に誕生させる為に、絶対に必要な事なのですよ。」
プドルさんは、私の耳元でそう優しく囁いてくれた。
言葉使いが先程までとは違い、一年前の時のあの時のプドルさんのモノだった。
「それに、あの時ご主人様に救われた貴女が、こうしてご主人様の元にやって来た事も、もしかしたら運命なのかもしれないわね。」
「え? ご主人様に救われた?」
ワタシの頭の中に、もう一度一年前の時のことが蘇る。
但しそれは恐怖の記憶では無い。
あの時、帝国兵に押さえつけられて、服を剥ぎ取られたワタシを助け出してくれた、フルフェイスのヘルムを被った大柄な戦士。
初めて見た時、恐怖のあまり失禁してしまったワタシに、優しく声を掛けてくれたあの人が・・・ご主人様?
しかし、そう考えれば先程の疑問も納得できる。
あの将軍と呼ばれていた戦士がご主人様だったのなら、ワタシとプドルさんが面識がある事を知っていてもおかしくは無かった。
ワタシは確認の為にプドルさんに改めて尋ねてみる。
「あの時の大きな戦士が、ご主人様・・・?」
ワタシの問いに笑顔で頷くプドルさん。
その時ワタシの身体に、何か痺れる様な感覚が走った気がした。
そして何故か、顔が熱くなって行く。
お風呂に入る前にのぼせてしまいそうだ。
そんな顔を赤くして固まってしまったワタシを、プドルさんが正気に戻してくれた。
「運命を信じてみるのも良いかも知れませんよ?」
耳元で囁かれたその言葉に、つい目を見開いて反応してしまう。
しかし顔はまだ熱いままだった。
「運命・・・、お嫁さん?」
私は幾度と無くその言葉を繰り返していた。
暫くして、私が落ち着きを取り戻した頃を見計らったのか、プドルさんはワタシの肩に手を添えてくる。
「リーネ様、こんな所にずっと居ては風邪を引いてしまいますよ。 取り合えずは身体を洗いましょうか? さあさあ湯船の傍に行きましょう!」
そう言いながら、私を湯船の傍まで促してくれる。
また”リーネ様”に戻ってしまった。
そんなプドルさんに、ワタシはあるお願いをする事にした。
「あ・・・あの、プドルさん!」
「ハイ、何でしょう?」
「ワタシ、プドルさんには出会った時の様な・・・、さっきみたいな話し方をして欲しいです。 その方が、何だか安心できると言うか・・・。 お母さんみたいだったので・・・。」
途中から声が小さくなっていく・・・。
プドルさんがせっかく丁寧な言葉使いをしてくれているのに注文を付けるのが申し訳なかったのだ。
プドルさんは気を悪くしたりしないだろうか・・・?
「宜しいのですか?」
私の言葉に、別に不機嫌になるでもなく聞き返してくるプドルさんにワタシは即座に返事する。
「ハイ! 是非お願いします!!」
「・・・分かったわ。 では、”リーネさん”こんな感じでいいかしら?」
まだ十分丁寧な気もするが、それでも先程までよりはかなりお母さんっぽく感じた。
湯船の傍にしゃがみ込み、プドルさんに手渡された石鹸で身体を洗い始める。
プドルさんもワタシの横に片膝を立てて身体を洗い始めた。
この石鹸、何時もお家で使っていた物よりずっと泡立ちが良くて良い匂いだ。
ワタシは久しぶりのお風呂に、興奮していた。
ワタシが全身を泡まみれにして悦に入っていると、隣のプドルさんは既に身体を洗い終えたのか、手桶で掛かり湯をしていた。
そして自分の泡を流し終えると、次はワタシにお湯を掛けてくれる。
二人とも身体の泡を流し終えると、手拭いで髪をまとめ、いよいよ湯船へ突入だ!
「うわあ~あったか~~い!」
ワタシは思わず大きな声を出してしまった。
無意識に声を出していた事に気付き、恥ずかしくなってワタシは、ブクブクと顔まで湯船に沈めてしまった。
「フフフ、思いっきりはしゃいでも良いのよ。」
そう言いながら、プドルさんもワタシの傍に座る。
ワタシはおずおずと顔をお湯から出すと、改めてお風呂の中を観察してみた。
大きな浴室の中央に、十人位で横になりながらお湯に入っても広々と出来そうな湯船。
浴室の壁面に施された美しいタイルの模様と、浴室を照らす為に赤々と燃える松明。
そんな中でも一番ワタシの目に付いたのは、湯船に轟々と温かいお湯を注ぎ続けている獅子の口だった。
今までこのような物は見たことが無かったので、凄く気になっていたのだ。
ライオンの顔を象った石像から、止め処なく暖かいお湯が溢れ出ている。
「このお湯って、魔法で出しているんですか?」
ワタシは思わず質問してしまう。
「いいえ、それは温泉のお湯なのよ。 このポークビッツの街周辺には、あちこちに温泉が湧き出していて、私達はそれをお屋敷や街の共同浴場等に引いて、皆が自由にお風呂に入ることが出来るようにしているの。」
「温泉・・・?そういえばお母さんから聞いた事が・・・?」
確か、自然に暖かくなった湧き水みたいなものだって言ってたような?
しかし、お金持ちや魔法が使えるお家だけでなく、普通の人達もお風呂に入ることが出来る街なんて・・・、なんて凄い街なんだろう!?
「このポークビッツの街に面している大きな湖”パルキー湖”の中には何ヶ所も温泉が湧き出ていて、その影響で、寒い冬でも水温があまり冷たくならないの。 そのお陰で季節に関係なく魚が沢山獲れるものだから、この街では漁業が盛んなのよ。」
「お魚、シャウエッセンの街では高くてあまり食べられなかったな・・・。」
「フフフ、今日の夕食にもお魚が出るわよ。」
そういうと、プドルさんはワタシの方を向いて言った。
「それよりも、貴女の事をもっと教えて貰えないかしら? ご主人様も仰っていたけれど、貴女にこの一年どんな事があったのか、私に詳しく話して頂戴?」
「あ・・・ハイ、えーっと・・・。」
それからワタシは、この一年間に起こった事を全部プドルさんに話して聞かせた。
ワタシの話が終わると、今度はプドルさんにご主人様の事を少し教えて貰った。
このポークビッツの街に生まれた貧民の子供で、幼い頃から酷く虐げられていた事。
エルフの女戦士に命を助けられ、そのエルフに憧れて自らも戦士を目指して身体を鍛えだした事。
若い頃の国王様の命を救い、国王様の親友になった事。
そして、プドルさん達の所属する部隊の将軍となって、国中の危機を何度も救って来た事・・・。
プドルさんの話すご主人様は、まるでワタシの大好きだった絵本に出てくる、英雄の様だった。
話し終わった頃には、ワタシはすっかりのぼせていた。
お風呂上りにプドルさんが用意してくれた服は、お屋敷の女の子達やプドルさんと同じ様な服だった。
ワタシは、その可愛い服にはしゃいでいた。
「わー可愛い服だ~!」
「フフフ・・・、そろそろ夕食の準備が整っている事でしょうから、食堂に向かいましょう。」
浮かれるワタシを伴って、プドルさんはゆっくり廊下を進んだ。
********** 馬鹿貴族バカット **********
俺様は屋敷に帰っても、ムカつくあの男が頭から離れなかった。
俺様が貴族では無いだと?本当に失敬な奴だ・・・。
屋敷の廊下を歩いていて、ふとあの男が手渡してきたメダリオンの事を思い出す。
懐から取り出してマジマジとそれを見ると、見慣れない紋章が刻まれていた。
猪の横顔を模したデザインだった。
「一応紋章のメダリオンを持っているという事は、貴族ではあると言う訳か。 しかし、こんなデザインの紋章は見た事が無いな、どうせ余程の田舎貴族か新鋭の成金男爵だろう・・・。 父上に頼んであのブタ野郎を処罰して貰うとするか!」
俺様は、この時間に父上が居るであろう、リビングルームの扉を開ける。
案の定、父上はリビングルームのテーブルの前で紅茶を飲んでいた。
「父上! 聞いてください!」
「いきなり何だ?バカットよ・・・。 また何かやらかしたのか?」
やれやれと言った風に、頭に手をやりながら俺様の方を見る。
全く、俺様だって何時も好きで面倒を起こしてる訳ではないのに!
「実は先程、醜いオークの貴族に、私が買う筈だった愛玩奴隷を横取りされたのです! 文句を付けたら、いきなり暴力を振るわれ、このメダリオンを投げつけられたのです!」
「何だと? いきなり暴力とは穏やかでは無いな。 一体何処の貴族なのだ、場合によっては王国を通して正式に抗議せねばならぬが・・・。」
そう言いながら席を立つと、俺様の方に向かってくる。
ケケケ、これであのブタ貴族はおしまいだ。
俺様は手に持っていたメダリオンを父上に渡した。
父上は、俺様から受け取ったメダリオンをマジマジと見る。
すると、急に顔付きが険しくなり、ガタガタと震えだした。
「貴様! まさかこのメダリオンの持ち主と揉めたと言うのか!?」
「そうです、いきなり腕を捻り上げられ突き飛ばされたのです。 そして、五日後にメダリオンを受け取りに行ぐぼぉっ!!」
そう言い終わらぬ内に、いきなり父上に殴られて、吹き飛んだ。
俺様は訳も分からず父上に抗議する。
「いきなり何をするのですか!? 父上!!」
「こ・・・この大馬鹿者がっ! 何と言うことを仕出かしてくれたのだ!!」
そう言いながら廊下の方へ歩き出すと、扉の外に控えている執事に何かを伝える。
執事が慌てて駆け出すと、ドタドタという足音が聞こえてきた。
バン!と言う音と共に数人の衛兵が部屋に駆け込んできた。
俺様は訳も分からず呆然としていると、いきなり衛兵達が俺様に槍を向け取り囲んだ・
「なっ、お前達! この私に何て事を! 無礼だぞ!! 武器を退けろ!」
しかし俺様の言葉には一切耳を貸さず、衛兵達は俺から武器を退けようとしない。
すると父上はとんでもない言葉を発した。
「その愚か者を、今直ぐ地下牢に閉じ込めよ!」
「な、何故なのですか!? 父上!」
しかし父上は、頭を抱えながら俺様に先程のメダリオンを見せる。
「お前は、この紋章の事を本当に知らなかったのか?」
「な、その様な卑しいオークの顔のような紋章など知るはずが御座いません!」
「この大馬鹿者が!! これは、デブリンガー・アブラハム卿の紋章だぞ!?」
「ですから、そのデブリンガー・アブラハムがどうしたと言うのですか? 身なりもたいした事ありませんでしたし、どうせ何処かの田舎の貴族でしょう? 我がクルット家の足元にも及ぶはずが・・・。」
俺様の言葉に更に頭を抱える父上。
「つまり、相手はデブリンガー・アブラハムと名乗ったのだな?」
「え・・・・、ええ確かにそう言いましたが・・・。」
父上はとうとうその場に膝を着いてしまった。
慌てて執事が傍に駆け寄る。
「何と言う事だ・・・、終わりだ・・・。」
床に手を着きガタガタと震えながらブツブツ言い出す父上に代わり、執事が話し始める。
「坊ちゃん、デブリンガー・アブラハム伯爵卿を、本当にご存知なかったのですか?」
「だから知らないと・・・、え?伯爵?」
伯爵だと?まさかあのブタ野郎が、当家の子爵よりも上の位の伯爵だと言うのか?
「歴戦の勇士にして、救国の英雄と呼ばれる御方ですよ?」
執事が信じられないと言う顔をする、しかし知らないものは知らないのだからしょうがないだろう!
「デブリンガー卿は、何度も国王陛下の命を救い、今では陛下にとって身分の差を越えた親友とまで言われている方だ。 そんな御仁に喧嘩を売ったりしたら、貴様の処刑だけで済む話ではないのだぞ!!」
よろよろと立ち上がりながら父上は叫ぶ。
「兎に角、我々に出来る事は・・・。 この馬鹿者を絶縁し、此度の一件は当家とは全く関係が無いと、謝罪に徹する他に手は無い。」
「し、しかし! 元々は私の買う筈だった愛玩奴隷を、あの男が横取りした事がっ!」
「そんな訳無いだろうがっ!! 今までは見て見ぬフリをしてきていたが、お前の人となりからして、その言葉がまるで信用ならぬ事ぐらい分かっておるわっ!!」
俺様は言葉に詰まる。
「五日後・・・だったか、デブリンガー卿が当家を訪れるまでこの馬鹿者が逃げ出さない様に投獄しておけ。
万が一逃げ出されたりでもしたら・・・。 当家が庇い立てしていると思われたら大変だ。」
そして俺様は衛兵達に連行されていく。
そんな俺の背後から父上が掛けた声は・・・。
「もし、五日後までに下手に死なれても不味い。 食い物だけは与えておけ、但し武器になるものは決して与えるなよ!」
そして俺様は暗い地下牢に幽閉された―――。
********** ハーフエルフの少女リーネ **********
ワタシがプドルさんに案内された食堂は、とても広い部屋だった。
部屋には大きくて細長いテーブルが二列に配置されており、それぞれのテーブルの両サイドに椅子が並べられていた。
その席の数は、実に三十を超えていた。
そしてテーブルの上には、沢山の料理が盛られた大皿が幾つも並べられている。
プドルさんの言っていた通り、お魚の料理もあった。
そして、既に椅子には何人も座っていた。 その殆どが先程の子供達で、皆ワイワイとはしゃいでいる。
よく見ると室内には、それ以外にも中年のオーク族の男女や、初対面の大人の様々な種族の男女が数人(皆燕尾服やメイド服を着ている)が集まっていた。
ワタシとプドルさんが部屋に入ると、入り口付近に立っていたバルドッグさんが話しかけてきてくれた。
「さあ、お食事の用意は既に整っておりますよ。 席に案内しましょう。」
そう言われ、ワタシは一際大きな椅子が置かれた席の横に案内される。
この大きな椅子がご主人様の席に違いない。
しかし、ワタシはここに来て一つ疑問に思った。
『貴族のお屋敷の食事って、こんな感じなのかな?』
そんなワタシの疑問に気付いたのか、プドルさんが話しかけてくる。
「驚いたでしょう? 普通はご主人様御家族と、使用人が一緒に食事を取るなど、考えられない事なのだけれど・・・。 此処ではご主人様の意向で、出来る限りこうやってこの屋敷に住んでいる者全員で一緒に夕食を食べる事になっているのよ。」
「元々此処で生活し始めた頃、孤児達が皆寂しそうに食事してる様子に心を痛めたデブリンガー様が、何とかしたいとお考えになったのです。 それで皆で楽しく食事をしようと。」
そう付け加えるバルドッグさん。
「お陰であの子達もすっかり明るくなって・・・。 尤も少々元気が良過ぎる事もありますが、ウフフフ。」
楽しそうに笑うプドルさん。
ワタシは驚いていた。
ご主人様って、なんて優しい方なんだろう!!
そんなご主人様に買って貰えたワタシは、本当に幸運だったんだ。
もしご主人様がお店に来るのがもう少し遅かったら、あの怖い男の人に買われていたのかも知れない・・・。
そんな想像をして、思わず身震いする。
そんなワタシの元へ、先程見かけた中年のオーク族の男女が手を振りながら近づいて来た。
ワタシは誰とも分からずに、慌ててお辞儀をする。
「わっはっは、そんなに畏まらんでええよ、ワシらは只の平民だ。」
「あなたがリーネちゃんね?」
「あ、はい! ワタシはリーネと言います!・・・え?」
自己紹介しているワタシの肩に誰かが手をポンと置く。
この大きな手は・・・!振り返ると、いつの間にか部屋に入って来ていたご主人様が立っていた。
「リーネ、この二人は私の両親なんだ。」
ご主人様の両親・・・、お父さんとお母さん・・・。
ワタシが自分の両親の事を思い出していると、ご主人様が大きな声で言った。
「さあ、夕食にしよう!」
「「「は~~~~~い!」」」
部屋の中に子供達の大きな返事が響いた。
その日の夕食は、お父さんとお母さんが死んでしまって以来、一番楽しい夕食だった。




