甘い香り
新築だからか、他の友達の家に行った時に嗅ぐような、野暮ったい匂いは無く、科学物質と繊維の混ざった香りが、玄関から広がっている。
外観と同じく、壁は白を基調とした色合いで、目に優しい。ホテルのように家具などが規則正しく並んでいて、人の生活臭が感じられない。
リビングでゆったり……とは行かなく、まだ手を離してくれないマユちゃんは、私は二階へと連れて行く。
「私の部屋見せてあげるよ」
階段を登り終えると、細い通路があり、扉が二つ左右についている。そのうちの右側を開くと、鼻に甘い香りが纏わり着く。マユちゃんの匂いを、さらに濃くした感じで、お菓子のような匂いだった。中は、細かく整っていて、水色を基調とした部屋となっている。オシャレだな……。
思わず、嫉妬してしまうほどの、可愛さだった。
「可愛いでしょ」
うん、と歯軋りしながら頷く。私だって、自分の部屋はあるけれど、こんなに綺麗にまとまってはいない。あら捜しをするように部屋を見回していると、一つ、この部屋の世界には、似合わない物が置いてあることに気づいた。
「あれ、何?」
私が指差す先には、黒い棒が組み合わさったような物体がある。細いプラスチックの棒が、一つにまとめられていて、鈍器……なわけないな、なんだろうこれは?
「脚立だよ。普通の。それがどうかしたの?」
「ううん、ただ目に入っただけ」
その後は、適当に室内を物色して、マユちゃんに連れられて、一回のリビングへ向かった。ソファの前に、もう小さいコタツが出ていて、今日は皮膚に突き刺さるような寒さだったから、入る。ぬくぬくとした熱が、足元から這い上がってくる。
「オレンジジュースでいい?」
マユちゃんはてきぱきとコップとジュースを運んでくると、コップに注いで、そのまま座った。私のように足を投げ出して座らず、正座で、その分だけ、更に私との背が開いた。
「久しぶりだねー、こういうの」
「そうだね」
「昔は、しょっちゅう会っていたのに」
「昔って言ってもたった一年前だよ」
「小学生にとっての一年は成人の5年に相当するって、この前テレビでやっていた。あ、カナちゃんは、塾に通ってるの? どこの?」
「えっと、あの、駅の前にある、小さなビルのところ。三階にあるの。部屋が狭くて、席がキツキツに置いてあって、微妙。先生もうるさいし、すぐ怒る。マユちゃんは、行ってるの?」
そう問うと、マユちゃんはまるで自分の表情を隠すかのように、オレンジジュースを飲む。「行ってないよ。私、公立行くつもりだし」
「行ってないのに、なんであんなに頭がいいの……」
「毎日予習復習をしているからだよ。公式とかを記憶して、応用すれば、学校の問題なんかすぐに解けるよ。マユちゃんは私立に行くの?」
「お母さんが行けってうるさくて……。公立は不良がいるから行かせたくないって、おかしな偏見を持っている人だから」
「そっか。じゃあ、またカナちゃんとは、離れ離れになっちゃうねー」
軽く言っているのに、少しだけ声が震えていたマユちゃんを見て、あの手紙を思い出す。そういえば、ところどころ湿った紙が、また乾いたような跡が後半になればなるほど増えていた気がする。マユちゃんは、後半、ほとんど号泣しながら、書いていたのかもしれない。
これ以上、この話を広げるのは、マユちゃんが泣いてしまうかもしれないので、私は話を変えることにした。
「そういえばさ、マユちゃん、今日はどうして、あそこに居たの?」
「……ん、どこ?」
「あの……お化け屋敷のところ。ここと、反対の場所にあるじゃん」
それを指摘すると、マユちゃんは一瞬目を横にそらした。「用事があって……」
「なんの?」
私は特に何も考えずに聞いた。
「うーん、久しぶりに、付近を探検してみたくなったというか、なんていうか」
「何?」
マユちゃんんは、何かを隠している?
経った数年だけど、毎日一緒にた私に、マユちゃんの姿から、簡単に心が読み取れる。
ぐっと、身を乗り出した。
その時だった。
マユちゃんが、口を開こうとした瞬間、もの凄い音が、玄関の方向から響いてくる。
次に、怒声。
私達の体が、凍りつくほどの。