第3話 この異世界は思った以上に現実的
『――歓喜せよ、異世界の訪問者たちよ!神の御業により、諸君は勇者として召喚された! この聖なるスフラン共和国を、そして世界を救うために!』
そんな胡散臭いセリフを吐いた神官に一緒に召喚された男子生徒が声を上げた。
「異世界の訪問者ってことは、ここは元居た俺たちの世界じゃないってことですか?それにスフ...なんちゃら共和国ってなんですか?」
『なんちゃら共和国ではなくスフラン共和国です。そうです。ここはあなた方がいた世界とは違う。異世界なのです!そしてあなたたちはそんな異世界の勇者となる者たちです!』
なるほどな...ここは異世界のスフラ......なんちゃら共和国内ってことだろう。周りを見渡すと皆は「何言ってんだこいつ」とでも思っているかのような顔で沈黙しており、言葉の意味を理解するのに、数秒の空白があった。
「ゆう……しゃ……?」
「異世界……? 召喚……!?」
広間のあちこちから、引き千切られたような困惑の声が上がり始めた。
クラスメイトたちの反応は様々だった。床にへたり込んだまま自身の体をまじまじと見つめる女子生徒、現実逃避するようにスマートフォンを取り出して「圏外」の文字に絶望する男子生徒、あるいはこの理不尽な状況に苛立ちを隠さず大声を張り上げる運動部の生徒。
「ふざけんなよ! 俺たち、明日は部活の地区大会なんだぞ! こんなドッキリ、笑えねぇから早くバラせよ!」
ラグビー部の主将を務める大柄な男子生徒が、大理石の床をスパイクで踏み鳴らしながら高壇の神官たちへ歩み寄ろうとした。
バシッ――!!
乾いた重厚な衝撃音が大聖堂内に響き渡った。
神官たちの脇に控えていた、銀色のフルプレートアーマーに身を包んだ近衛騎士の一人が、鞘に納まったままの大剣の柄で男子生徒の胸元を容赦なく突いたのだ。
「ぐはっ……!?」
息を詰まらせ、床に転がり悶絶するラグビー部員。
「ひっ……!?」
「な、なにすんだよ! 暴力か!?」
悲鳴と怒号が一瞬で広間を包み込む。
その光景を、黒瀬恒一は窓際の壁に身を寄せながら、冷徹なまでに客観的な視線で見つめていた。
(手加減なしの打撃……。それにあの甲冑の質感、磨耗の具合、重厚な金属音。作り物じゃない。……ここはマジで、俺たちの知る日本でも、どこかの撮影スタジオでもないのか...)
恒一は静かに呼吸を整え、周りを見渡して建物や人の配置を確認する。
出入口は正面の巨大な鉄製両開き扉が一箇所、両側面に小扉が二箇所。階段の上には神官が十数名、武装した近衛騎士が二十名以上。どう考えても丸腰の高校生三十数名程度が抗って逃げ出せる配置ではなかった。
『静粛に』
高壇の老神官が、静かに、だが逆らいがたい威圧感を込めて右手を挙げた。
それだけで、武装した騎士たちが一斉に槍の石突きで床を打ち鳴らし、大理石を揺らす地鳴りのような重低音が鳴り響く。あまりの威圧感に、先ほどまで騒いでいた生徒たちも言葉を失い、身を縮こまらせた。
『混乱する気持ちは察する、異世界の客人たちよ。しかし、事態は一刻を争うのだ』
老神官は胸元に刻まれた太陽の紋章を愛おしそうに撫でながら、朗々と語りかけた。
『我が国――スフラン共和国は、古よりこの世界の大地を治め、文明と秩序を守護する人道の国家である。しかし今、西方の野蛮なるヴォラデア帝国、そして魔物の王が率いる大魔界王国の威圧により、世界はかつてない危急の秋を迎えている。だが、あなた方を野に放ち、見捨てるような真似は決してしない。我がスフラン共和国は、文明と秩序、そして何より人道を重んじる自由と平和の国だ。』
老神官の言葉は滑らかだった。まるで幾度も練習を重ねた劇の台詞のように、流麗で、人道主義の正義に満ちあふれていた。
『そして、神は我らに啓示を与えられた。「異界より清らかなる魂を持つ者を召喚し、世界の平穏を取り戻す勇者とせよ」と。……そう、諸君らは選ばれたのだ。魔王を討伐し、この世界を救い、万民に光をもたらすそんな「勇者」の候補として!』
「勇者……候補……?」
クラスの中心人物であるサッカー部主将の神崎が、呆然と呟いた。
「おいおい……マジかよ。アニメとかラノベの展開そのままじゃん……」
「じゃ、じゃあ私たち、魔法とか使えたりするの!?」
「世界を救えば、元の世界に戻してくれるんですか!?」
先ほどまでの恐怖と混乱が、老神官の巧妙な言葉によって少しずつ「選ばれた者」特有の全能感と期待へと上書きされていく。17歳の少年少女にとって、「勇者」という響きはあまりにも甘美で、魅惑的すぎた。
だが、俺のの違和感は消えなかった。むしろ胸の底で、ドロリとした不吉な冷たさが広がっていくのを感じていた。
(「人道の国家」「世界の平穏」……綺麗事ばかりだ。もし本当に異世界人を敬うのなら、なぜ突如として拉致するように召喚し、武装した兵士で取り囲んで威嚇する? 言葉と態度が矛盾しすぎている。それに、ヴォラデア帝国との戦争は正規軍がやり、勇者は魔王討伐で世界を救う...? 余りにも虫が良すぎる話じゃないか?)
ふと階段の横に並ぶ兵士たちの装備に目をやる。
彼らが手にしている槍や剣の細部。鍛造の質は悪くないが、プレートアーマーのジョイント部分や胸当ての構造は、地球の15世紀頃のヨーロッパの甲冑に似ている。しかし、その腰に下げられた武具の中に、異質なものが混ざっていた。
(……木と金属でできた、細長い筒。銃か? いや、火縄銃やマスケット銃の構造じゃない。撃鉄も引き金もない。だが、銃身の金属の厚みは高圧に耐える構造になっている……)
それが、この世界特有の『魔導兵器』の初期段階であることを、当時の俺はまだ知る由もなかった。
だが、ミリタリーオタクとしての直感が告げていた。
この国は、見掛け倒しの「中世ファンタジー風の聖堂」の裏に、もっと泥臭く、実利的な軍事技術を隠し持っている、と。
「さて」
ヴィクトルがパン、と胸の前で手を打った。その乾いた音が、静まり返った大聖堂に響く。
「諸君の混乱も理解できる。見知らぬ世界の言葉、文化、歴史、そして魔法の概念……右も左も分からぬまま適性を測るのも理不尽というもの。ゆえに、諸君にはこれから『1ヶ月間』の猶予を与える」
「1ヶ月……?」
「左様。この王都の聖騎士団訓練施設に滞在し、この世界についての基本的な知識、言語の読み書き、そして魔力の基礎操作を学んでもらう。生活の保障は我がスフラン共和国がすべて約束しよう。不自由のない部屋と、温かい食事を用意させてある」
ヴィクトルの合図とともに、大聖堂の側面の巨大な扉が開いた。
そこには、豪華な給仕の服を着た侍女たちと、香ばしい肉の焼ける匂い、焼き立てのパンの甘い香りが漂う大広間が広がっていた。
何時間もパニックに晒され、空腹と極度の緊張の限界に達していた生徒たちの腹が、あちこちで鳴った。
「さあ、移動しなさい。今日のところはゆっくりと身体を休めるといい。諸君らの未来に、神の祝福があらんことを」
神官たちの誘導に従い、吸い寄せられるように大広間へと歩みを進めるクラスメイトたち。
「ご飯食べられるんだ……」「ドッキリじゃなさそうだけど、案外待遇いいのかな?」「1ヶ月勉強すれば、ファンタジーの魔法とか使えたりするのかな」
先ほどまでの絶望と恐怖は、提示された「温かい食事」と「親切な対応」、そして「勇者」という甘美な響きによって、急速に楽観的な期待へと塗り替えられていった。
(……うまく誘導されたな)
恒一は、群れを成して移動するクラスメイトたちの後ろ姿を冷静に見つめながら、最後に大聖堂を後にした。
階段の上で、大神官ヴィクトルが自分たちを見送る影。その貼り付けたような微笑の裏にある、冷酷な品定めの視線を、恒一だけは見逃していなかった。
与えられた施設は、まるで高級ホテルのような場所だった。
二人部屋の清潔なベッド、毎日供される豪華な食事、申し分のない入浴設備。
「やっぱりスフラン共和国っていい国じゃん!」「人道主義って言ってたし、本当に大切にしてくれてるんだな」
生徒たちの間には、いつしかそんな安易な安堵感が広がっていた。
毎日午前中は歴史と世界情勢の講義。午後は庭園での魔力感知の訓練。
講義によれば、この世界『アースガルド』には数多くの国家が存在するが、人類の秩序を守る中心がこのスフラン共和国であり、小国からどんどん統一していった西方の軍事大国『ヴォラデア帝国』や、国内に王が3人もいるとかいう南東のオハマントリア三重帝国、そして人類の危険を脅かす魔物の王が統治する『大魔界王国』、といった脅威から世界を守るために、異世界からの勇者を求めているのだという。
恒一は自室に割り当てられた図書室の閲覧許可証を使い、毎夜毎夜、施設内の書物や文献を読み漁っていた。どうやらこの世界では剣の時代はとっくの昔に終わっており、今は魔物討伐隊や冒険者たち以外使っていないらしい。つまり今は剣の代わりとして銃が普及しているようだ。本を読み漁っていくと、恒一の違和感は日を増すごとに大きくなっていった。
(共和国は財政がかなり危険なレベルで悪化しているのになぜまだ戦争を続けている?なにかそこまでして人を殺さないといけない理由でもあるのか...?それにしてもせっかく異世界に来れたのに剣と魔法要素が少ないなんて...かなりこの異世界は現実的だ。魔法に頼るのではなく機械で解決していたり何かと近代的だ。)
何か面白そうな本はないかと図書館の中を歩いていると、ふと一冊の本が目に入った。『最新鋭兵器図面付き解説本』
体の中でミリオタの血が騒いだ。その本を取ろうと手を伸ばすと誰かと手がぶつかった。
「「あっ...」」
二人ともそんな素っ頓狂な声を出した後、数秒間沈黙した。
(どうしよう...気まずい。とりあえず一回あの本は諦めて先に渡そう。)
「あの...この本お先にどうぞ。後、できれば読み終わったら戻しておいてください。」
「...いいえ。私はもういいわ。あなたが読みなさい。」
どこかで聞いたことがある声だなぁと思い顔を上げて見ると、顔はいいけど人に対してかなり冷たい、なのにクラスの男子内でかなり人気のある水野玲だった。俺は少しこの人の事が苦手だ。
「じゃあお言葉に甘えて...ありがとうございます。」
「感謝の言葉はいらないわ。それよりあなた、そんな本読んでて「勇者」になれるとでも思っているの?」
(そんなことを言ってる君もこの本を読もうとしてたんだけどね...!)
俺が水野玲が苦手な理由はこれだ、なぜか必ず会話の節々に人を馬鹿にするようなことを言う。
「まあ「勇者」になれば魔王討伐とかで忙しくなるだろうし、どんなことでもいいから頭に入れておこうと思って......水野さんはなぜこの本を取ろうとしたんです?異世界なんだから魔法の入門書とか剣術の極意書を読むでしょう?」
「それは......まあだいたいあなたと同じような理由よ。それじゃあさようなら」
そう言い残し、段々と足音が小さくなっていった。
(ふぅ...とりあえずどこかに去ったか。じゃあ早速!)
部屋に置いてあった空白のノートにこの世界の技術体系と兵器の軍事構造を書き殴っていった。
魔法が存在する世界。だが、その魔法は低級魔法であればだれでも使えて、限られた人間なら更に上級の魔法が使える。ならば、長期化する国家間の戦争で勝利するために、技術が向かうベクトルは一つしかない。
――魔法の工業化。そして、兵器への融合だ。
(なるほどな。弾丸に魔方陣を刻んで魔力を流し込むだけで着弾と同時に魔法が発動するようになっているのか。それに銃自体に魔力を送り、レールガンと同じような仕組みで弾速や射程が上がるのか。うわ!これ完全に第一次世界大戦のときの菱形戦車じゃないか!でもよく見たらところどころに違うところがあるな...)
「お前ってやつは......異世界に来てもミリタリー系調べてんのかよ」
顔を上げるといつも教室で会話していた友達「高橋南」だった。
「だってここ1か月間模型も作れないし暇で暇でしょうがなかったんだよ。」
「ミリタリー好きもここまで来たら恐怖を感じるわ!ったく、他のやつなんて、午後の訓練で『剣の筋がいいって褒められた!』とかって大騒ぎしてるのにお前ってやつは...いいか?ここは異世界だ、だったら剣と魔法で勇者として楽しい冒険をするのが俺たちに与えられた仕事みたいなもんだぞ......ったく」
「ところでさ、南は……どう思う?」
「なにがだ?」
「本を読み漁ってて築いたんだけどさ、この国……共和国は俺達には教えてない”秘密”があるような気がするんだ。」
俺の真剣な眼差しに、南は一瞬言葉を詰まらせた。だが、すぐに何事もなかったかのように笑みを浮かべ、首を振った。
「さすがに考えすぎじゃねえか?恒一。飯も美味しいし、神官様たちも優しいじゃねえか。それに……来週にはいよいよ適性検査だろ?みんな、自分がどんなすごい勇者の能力を持ってるのか楽しみにしてるよ」
「……確かにさすがに考えすぎだったかもな」
俺はそれ以上、何も言わなかった。
確かに神官は優しいし、衣食住は満足している。だが、胸の底には、冷たい予感が渦巻いていた。
(1ヶ月の猶予……勉強期間……。これは単なる教育じゃなく。『何か俺たちを試す』のための準備期間なのだろうか)
そして、運命の1ヶ月が過ぎ去った。
秋の爽やかな風が吹く朝。
召喚された生徒たち全員が、再びあの大聖堂へと集められていた。
1ヶ月前のようなパニックや悲鳴はもう存在しない。
生徒たちの顔には、訓練で培った(と思い込んでいる)自信と、これから発表される「勇者としての適性」への期待と興奮が満ちていた。
豪華な刺繍が施された服を着た男子生徒。手に入れた魔導の杖を自慢げに腰に差した女子生徒。彼らは自分たちが物語の主人公であることを疑っていなかった。
大聖堂の階段の上。
あの日と同じように、大神官ヴィクトルが豪奢な法衣を纏って立っていた。
その周囲には、水晶玉や複雑な魔方陣が刻まれた巨大な魔導測定器を挟み、無数の神官と、そして――重武装の聖騎士たちが過剰なまでに配置されていた。
ヴィクトルが、両腕を大きく広げた。
その貼り付いた笑みは、1ヶ月前よりもどこか深く、酷薄な色を帯びているように見えた。
『――歓喜せよ、異世界の訪問者たちよ! 研鑽の1ヶ月は終わりを告げた!』
ヴィクトルの朗々とした声が大聖堂に響き渡る。
『神の導きにより、諸君の内に秘められた真なる力……その魔力、効率、戦闘適性、そして固有なる神の加護を解き明かす刻が来た!』
階段の下で、生徒たちが歓声を上げた。
『これより――勇者適合検査を開始する!』
その言葉とともに、大聖堂の重厚な扉が重々しい音を立てて閉ざされた。
外の光が遮断され、室内を照らすのは魔導測定器が放つ、不気味で青白い光のみとなった。
集団の後ろで、黒瀬恒一はポケットの中で静かに拳を握りしめた。




