第1話 みんなとの約束
ああ……視界がぼやけて、意識が薄れていく。
視界を覆うのは、煤けた鉄の天井と、傷ついたガラスペリスコープの破片。そして、自分自身の体内から溢れ出た、泥よりも濃い赤黒い血の海だった。
吹き飛ばされて、頭でも強く打ったのだろうか。やけに頭が重く、脳をかき回されているかのように激しく痛む。
なんとか動かない重い腕を頭の方へ持ち上げると、指先にヌルリとした血の独特な触り心地が伝わってきた。
(……ハ、ハハ……ひでえな、これ)
頭蓋骨の感触に触れるほどの深い裂傷。
この出血の仕方じゃ、もう手遅れだろう。あいつがいたとしても、首を振って諦めるレベルの重傷だ。
「これで……俺の人生は終わりか……」
掠れた声が、狭く密閉された鋼鉄の車内に虚しく響いた。
死が目の前まで迫っているのに、案外落ち着いていられるものだな、と自分でも可笑しくなった。
「この世界に来る前……あっちの世界の高校生だった頃の俺だったら、恐怖で暴れだしたのかなぁ……」
ハハッ、とかすれた笑い声が出た。
ほんの数年前までの自分を思い出す。
どこにでもいる、少しばかりミリオタなだけの17歳の高校生だった。放課後になればプラモデルのショーケースを何時間も眺め、家では戦争ゲームして人より少しだけ軍事知識があるだけの、ごく普通の少年。
あの頃の自分なら、小さな切り傷を作っただけで顔を顰めていただろう。それが今や、全身の骨が砕け、血の海に浸かりながら、死を目前にして笑っている。
――ガダン、ガダン。
重いキャタピラの踏み鳴らし音と、無骨な軍靴が泥を踏みしめる音が、外から途切れ途切れに聞こえてきた。
きっと、さっきの...子の戦車を倒したヴォラデア兵が、自分の機体が無事に撃破できたか確認しに来たのだろう。
ガサゴソと、この巨大な「怪物」のハッチの開け方を手探りで探している気配がした。
「……探すまでもないさ。最後くらい……親切にしてやるよ」
胸元のポケットを撫でる。
そこには、内側から激しい熱を放ち、粉々に破砕した『魔導演算核』の残骸があった。過剰な演算と極限状態での魔力供給に耐えかね、ガラスのような音を立てて砕け散った、俺の相棒。
体内の魔力回路は焼き切れ、もう指一本動かす魔力すら残っていないはずだった。だが、命の最後の灯火を削り取るようにして、右手をゆっくりと前に突き出す。
これで、最期になるであろう能力を発動する。
「――『創造』」
脳裏に浮かぶのは、精巧な機構図。
この世界ではまだ存在さえしない、キューポラ・ハッチの三段階内部ロック機構。噛み合っていた歯車が、最後の微弱な魔力のスパークによってカチリと外れる。
ハッチのロックを解除した。これで、外の奴らも少ししたら開けられるだろう。
意識が急速に朦朧としていく。
もう体を動かす力もなく、指先から感覚が失われていく。
激しい戦闘のせいだろうか。砲身基部の上部、天頂の装甲板が歪んで生まれたわずかな隙間から、灰色の空が見えていた。
濁った雲の隙間から、夜空の光が射し込んでいる。
(神様……か)
召喚された時、スフラン共和国の神官どもは言っていた。「神の御業により、諸君は勇者として召喚された」と。
だが現実は非情だった。俺が戦場で戦ったこの1年の間、神様は一度だって救ってくれなかった。
だけど――もし。
「もし……今、神様が私を見ているなら……お願いです」
途切れ途切れの息を吐き出しながら、天を仰ぐ。
「どうか……あいつだけでも……水野だけでも……無事にあの川を渡らせて……生き残らせてあげてください……」
自分の命なんて、もうどうでもよかった。
白峰も死んだ。高橋さんも死んだ。佐伯も死んだ。
死んだ仲間たちの泥だらけの死体から拾い集め、袋に詰め込んで抱え続けてきた大量のドッグタグ。
『たとえ誰かが死んだとしても、必ず全員で地球に帰る。』
その約束を守るためだけに、俺はこの鉄の棺に乗り込んだんだ。
撤退の直前、俺の手で気絶させ、無理やりトラックの荷台へ押し込んだ少女――水野玲。
あいつだけは、こんな泥の中で死なせるわけにはいかない。あいつだけは、地球へ帰る希望を捨ててほしくない。
(……みんな。約束、守れなくて……ごめんな)
胸の袋に触れようとしたが、もう腕はピクリとも動かなかった。
重い瞼が、ゆっくりと閉じていく。視界が完全な闇へと落ちていく。
――バキッ、と重厚な鋼鉄のハッチが外側からこじ開けられる音がした。
澄んだ冷たい外気が、焼けた鉄と血の充満する車内になだれ込んでくる。
「なっ……!? 子供一人だと!?」
遠く、恐ろしく遠い場所から、男の驚愕の叫びが聞こえた気がした。
人生で初めて書いた小説です!1話1話の文字数が少なかったり、更新が遅かったとしても温かい目で見守っていただけるとありがたいです!




