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第35話 売場が足りない

営業が終わって夕食を済ませたあと、俺たちはそのまま3階の休憩スペースに残っていた。


今日の売上はすでに確認しているので、本来なら明日の予定を軽く話して終わるはずだったのだが、俺の頭には昼間からずっと引っかかっていることがあった。


「やっぱり、売場足りなくない?」


俺がそう言うと、向かいに座っていた山本が箸を置いた。


「今さらですか?」


「今さらって言うなよ」


「だって今日も、3階から商品持って下りましたよね」


それを言われると何も返せない。


昨日はマットレスを下ろし、今日は寝袋や折りたたみチェアまで2階へ持っていった。


それ以前から、客の反応が良さそうな商品を見つけるたびに各売場から少しずつ集めているので、最初は広く感じた2階の催事スペースも、今ではかなり窮屈になっている。


何が売れるのか分からなかった頃なら、この方法でよかった。


客を入れる範囲を絞り、その中に売れそうな商品だけを持ってきた方が、少ない人数でも店を回しやすかったからだ。


ただ、営業を始めて何日か経ち、この世界の客が何に反応するのか少しずつ見えてきた今となっては、同じやり方を続けることにも限界がある。


「今日の魔導車の人が買ってった物を見てて思ったんだけどさ」


俺は昼間の売場を思い出しながら続けた。


「うちで今よく動いてる物って、元の売場はバラバラなのに、こっちでの使われ方は結構似てない?」


吉田が少し考えてから顔を上げた。


「外で使う物ですか?」


「そう。それ」


最初にLEDランタンが売れた時は、単純に魔道具より安い明かりとしてしか見ていなかった。


ポータブル電源も、それを動かすために便利だから売れているのだと思っていたし、ほかの商品についても、それぞれ別々の理由で客が買っているつもりだった。


でも、今日の魔導車の客が一度にまとめて買っていくところを見て、ようやく共通点に気づいた。


「結局、キャンプなんだよな」


「キャンプ?」


山本が聞き返す。


「日本だと趣味だけど、こっちじゃ旅道具になるんだよ。電気がない場所でも使えて、持って歩けて、荷物も小さくできる物が多いだろ」


吉田が頷いた。


「今日の寝袋もそうでしたね」


「そうなんだよ」


この世界の人たちは、キャンプをするために寝袋を買うわけではない。


村から村へ移動する途中で野営するから必要になるし、魔導車で何日も移動するなら、限られた荷物の中で快適に過ごせる物に価値が出る。


そう考えると、俺たちは少し遠回りをしていたのかもしれない。


3階には最初から、それに近い商品がまとまって並んでいる。


なのに、その中から一つずつ商品を選んでは2階へ運び、ただでさえ狭くなっている売場へ追加していた。


「だったら、3階を開ければいいんじゃないですか?」


吉田が言った。


「俺もそう思った」


3階全部をいきなり自由に歩かせる必要はない。


今まで反応の良かった商品が並んでいる辺りまで客を案内できるようにするだけでも、毎回商品を下へ運ぶ手間はかなり減る。


今2階に仮置きしている商品を元の売場へ戻せば、催事スペースにも余裕ができるはずだ。


「2階、もう何屋か分からなくなってますからね」


高橋が苦笑した。


「家電量販店だよ」


「知ってますよ」


「俺も知ってる」


「でも、食品の近くに寝袋ありますよ」


「……今だけだから」


言い返してみたものの、説得力はあまりなかった。


3階を使えるようになれば、2階だけでなく1階の役割も整理できる。


今は、とにかく分かりやすく売れる物を客の近くへ集めているせいで、どの階も本来の売場とはかなり違う状態になっていた。


「そうなると1階って、食料品と日用品が中心になりません?」


加藤が言った。


俺は一瞬、言葉を失った。


「……スーパーかよ」


すると伊藤が、すぐ横から楽しそうに口を挟んだ。


「駄菓子もありますよ」


「ますますスーパーじゃん」


何人かが笑った。


家電量販店の1階が、異世界へ来た途端に食料品と日用品と駄菓子の売場になる。


日本にいた頃なら絶対に通らない売場構成だろうが、今の客の動きを考えると、案外理にかなっている。


初めて来た人でも必要性が分かりやすい物を入口付近に置き、さらに興味を持った人を上の階へ案内する。


元の売場構成にこだわるより、その方が今の店には合っているのかもしれない。


「じゃあ、3階開けます?」


吉田が聞いた。


俺はすぐには答えず、少し考えた。


売場のことだけを考えれば、開けた方がいい。


商品を運ぶ手間も減るし、客自身が歩きながら商品を見つけてくれるようになれば、今まで俺たちが気づかなかった需要が見つかる可能性もある。


ただし、売場が一つ増えるということは、それを管理する人間も必要になる。


今ですら、1階と2階を今いるメンバーで何とか回している状態だ。


「いや、まだ開けない」


「開けないんですか?」


「先に人だな」


山本がこちらを見る。


「現地採用ですか?」


「うん」


この世界で店を続けるなら、いつまでも転移してきた俺たちだけで全部を回し続けるわけにはいかない。


そのためにロイドさんから仕事や賃金についても聞き始めていたが、その時はまだ何人を雇い、何を任せるのかまでは決められていなかった。


今なら、以前よりかなり具体的に考えられる。


「売場広げてから人を入れるんじゃ遅いと思うんだよ」


山本が頷く。


「先に今の売場で仕事を覚えてもらう?」


「そう。狭いうちに教えた方が絶対いい」


いきなり3階まで客を入れ、その状態で新人を何人も受け入れたら、教える側まで走り回ることになる。


それなら今の1階と2階で仕事を覚えてもらい、ある程度任せられるようになってから売場を広げた方が、客にとっても俺たちにとっても安全だった。


「何人くらい考えてます?」


木村が聞いた。


俺は今の店内を頭の中で思い浮かべた。


最初に必要なのは、やっぱりレジだ。


現在は加藤と伊藤が1階の催事レジを中心に回し、高橋が2階の集中レジへ入ることが多い。


高橋は接客も商品説明もできるのに、今は人手が足りないせいで会計に固定されている時間が長くなっていた。


「加藤と伊藤には、最終的に1階と2階のレジをそれぞれ見てもらう形がいいと思う」


二人がこちらを見る。


「ずっと固定ですか?」


加藤が聞いた。


「完全固定じゃなくて、その階のレジの中心になる感じ。そこに新しく雇った人を付けたい」


レジ自体は、操作を覚えれば現地の人にも任せられるはずだ。


ただ、金を扱う以上、最初から新人だけにするのは怖いので、慣れるまでは加藤か伊藤が横にいる方がいい。


「新しくレジを覚えてもらう人は、4人くらいかな」


「4人なら、休憩も回せそうですね」


加藤が頷いた。


毎日4人全員を立たせるわけではない。


休みや時間帯をずらしながら1階と2階を回せるだけの人数がいれば、加藤と伊藤もレジから離れて別の仕事をする余裕ができる。


次に考えたいのはバックヤードだった。


今は鈴木さんと渡辺が中心になって、届いた商品の整理や品出しをしている。


どれも欠かせない仕事だが、最近の渡辺を見ていると、ずっと裏に置いておくのはもったいないと思うようになっていた。


「俺、渡辺をもう少し売場に出したいんだよね」


「俺ですか?」


本人が少し驚いた顔をする。


「うん。入口から客を案内したり、1階が混んだらレジを手伝ったりできるだろ」


「まあ、それはできますけど」


「商品聞かれても、ある程度答えられるしな」


開店準備からずっとこの店で働いている渡辺なら、売場の場所も商品も分かっている。


この世界の客が何を聞いてくるのかも、ここ数日でかなり覚えてきた。


そんな人間にずっと箱を運ばせるより、商品知識のない現地スタッフでも覚えやすい仕事から少しずつ渡した方がいい。


「倉庫の整理とか品出しなら、最初に教えれば任せられると思うんだよ」


鈴木さんが腕を組んだ。


「最初は俺か渡辺が付いてやりゃいいだろ。場所と扱い方さえ覚えりゃ、あとは慣れだ」


「ですよね」


最近始めた充電サービスも、同じところで任せられそうだった。


預かったバッテリーを取り違えないように管理し、決められた充電器につないで、終わったら本人へ返す。


安全面の確認は必要だが、手順さえきちんと作れば、深い商品知識がない人でも対応できる仕事だ。


「じゃあ、その辺をまとめて4人くらい?」


山本が確認する。


「うん。倉庫と品出しをやりながら、充電の受付も覚えてもらう感じ」


これで、渡辺を売場へ出す余裕が生まれる。


鈴木さんにも新人を教えてもらうことになるが、ずっと教えるわけではなく、仕事を覚えてしまえば現地の人同士でも回せるようになるだろう。


もう一つ増やしたいのが、客の案内をする人だった。


今は誰かが入口へ行き、そのまま売場まで連れていくことが多い。


しかし、初めて来る客が増えているうえ、この先3階まで開放すれば、今のやり方では確実に追いつかなくなる。


「案内も4人くらい欲しいな」


「そんなに必要ですか?」


田中が聞いた。


「全員を入口に並べるわけじゃないよ。1階から2階へ案内したり、将来的には3階へ上がる人を誘導したりする必要があるから」


この世界の客は、そもそも家電量販店という店に慣れていない。


入店した瞬間から自分で欲しい売場を探せる日本の客と同じ感覚で考えると、たぶん失敗する。


店が大きくなるほど、どこへ行けばいいのかを伝える役割は重要になるはずだった。


山本が手元のメモを確認する。


「これで12人ですね」


「うん。あと清掃一人」


少し離れたところにいた石井さんがこちらを見た。


「清掃も増やすの?」


「売場だけなら、3階が増えても石井さん一人でいけます?」


「それなら多分ね」


俺も、そこは問題ないと思っていた。


店舗の床や売場だけなら道具もあるし、毎日すべてを完璧に掃除する必要もない。


ただ、今の4階は休憩するだけの場所ではなく、俺たちが生活するための場所になっている。


「だったら石井さんには、4階の方を中心に見てもらいたいんですよ。シャワーとか寝泊まりしてるところとか」


「そっちまで増えると、確かに一人じゃ面倒ね」


「だから売場側を手伝ってくれる人を一人入れたいです」


「それなら助かるわ」


これで、新しく雇いたい人数は13人になった。


数字だけを見るとかなり多いが、毎日全員を同時に働かせるわけではない。


休みや交代を考えれば、それくらいいた方が今のスタッフに無理をさせずに済む。


それに、新しい人へ決まった仕事を任せることで、今いるメンバーを本来の役割へ戻せるのが大きい。


「高橋も、ずっと2階のレジに入らなくてよくなるしな」


俺が言うと、高橋が大きく頷いた。


「それは本当にお願いします」


「そんな嫌だった?」


「嫌というか、私、スマホ担当なんですけど」


「知ってます」


「最近ほとんどレジ担当ですよ」


「それは申し訳ないと思ってる」


スマホがこの世界で売れるかどうかは、今のところ別の問題だ。


通信できない以上、日本と同じ売り方ができないのは確かだが、だからといって高橋までレジ専任にしておく必要はない。


商品を説明できる人間は、できるだけ客の近くへ戻した方がいい。


「レジから外れたら、普通に接客してもらいたい」


「それなら歓迎です」


高橋が少し満足そうに頷いた。


ただ、3階を開けるとなると、人員だけでなく2階の導線も考えなければならない。


現在の2階は集中レジの前に臨時売場を広げていて、そのすぐ横には高橋のスマホ売場があり、さらに奥へ進んだ先にデジタルカメラの売場がある。


その先にある階段やエスカレーターまで客を通すとなれば、今までとは違う人の流れができる。


「3階を開けるなら、2階からどう通します?」


高橋が聞いた。


「そこなんだよな」


今のままでも通れないわけではない。


ただ、客が増えれば集中レジ前で人が交差するし、催事スペースを見ている客と上の階へ向かう客が混ざってしまう。


分かりやすく区切れればいいが、今のところちょうどいい什器も思い浮かばなかった。


「棚、動かします?」


「いや、今すぐそこまでしなくていいよ」


スマホ売場を狭くしたり、奥のカメラ売場を無理に動かしたりしてまで、今この場で通路を作る必要はない。


そもそも、人を雇って仕事を覚えてもらうまでには時間がかかる。


「まだ先だから、採用して育ててる間に考えよう」


「そうですね」


今ある売場を壊してまで急ぐ理由はなかった。


まず人を増やし、今の状態で仕事を覚えてもらう。


その間に売場の使い方や導線を考えておけば、3階を開ける時にも余裕を持って動ける。


「問題は給料ですね」


山本が言った。


「そこは明日、ロイドさんにもう一回聞こう」


以前にも、村の仕事や賃金については話を聞いている。


ただ、その時に分かったのは、仕事内容によって収入も働き方もかなり違い、単純な平均額だけでは決められないということだった。


今回は仕事内容が具体的になったので、それを伝えたうえで、この辺りならどの程度の賃金が自然なのかを聞けばいい。


「高くしすぎても良くないんですよね」


山本が言う。


「うん。うちだけ異常に高くしたら、今まで村で働いてた人まで一気にこっちへ来るかもしれないから」


逆に、安ければいいわけでもない。


日本から来た俺たちの感覚だけで勝手に金額を決めず、この世界で生活している人たちが納得できる条件を探す必要がある。


「あと、人を雇う話とは別に、荷物運んでくれる人も紹介してもらいたい」


俺が言うと、木村がこちらを見る。


「配送ですか?」


「うん。マットレスとか大きい物が売れ始めたし、毎回うちのトラック出すわけにもいかないから」


トラックは使える。


ただし、燃料を補充できる保証がない以上、日常的な配送に使う物ではない。


この世界には商人の荷物を運んでいる人や、荷車を使って仕事をしている人もいるはずなので、配送はそういう人たちと組んだ方が現実的だった。


店で働く人は俺たちが雇い、商品を運ぶ仕事は元々それを生業にしている人へ頼む。


その方が、この村にある仕事を奪わずに済む。


「明日はドイルさんも来るんでしたよね」


吉田が言った。


「ああ。部屋の工事と、水回りを見てもらう予定」


店のことだけでもやることが増えているのに、生活環境の整備もまだ終わっていない。


考えることが次から次へと増えていく。


「店長、楽しそうですね」


山本が言った。


「どこが?」


「問題が増えてる時、大体そんな顔してますよ」


「どんな顔だよ」


「店長の顔です」


「説明になってない」


山本は笑っていた。


まあ、完全には否定できない。


確かに問題は増えている。


でも、最初の頃みたいに何が起きているのか分からなくて困っているわけではない。


客が来て、商品が売れて、その結果として次に必要な物が見えてきている。


だったら、一つずつ順番に片付ければいい。


「じゃあ、3階はしばらく今のままで」


山本が確認する。


「うん」


俺は迷わず頷いた。


「先に人を雇う。今の売場で仕事を覚えてもらって、任せられるようになってから3階を開けよう」


売れる商品を見つけたからといって、すぐに売場を広げる必要はない。


今の店に足りないのは、もう一つのフロアではなく、そのフロアまできちんと回せる体制だった。


焦って広げるより、まずは人を増やして店そのものを強くする。


3階を開けるのは、その準備ができてからでいい。

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