第三十七話 帝国襲来
「帝国……やはり奴らの仕業か」
リリアが低く呟き、レオニウスは目を閉じながら拳を強く握る。
「この呪詛が仕掛けられた以上、彼らは本気でワラキアを潰すつもりだろうな」
負けるつもりはないが、聖女の力が使えない以上、本当の意味で泥沼の総力戦、消耗戦となるのは間違いない。勝っても負けてもこれまでのようにはいかなくなる。
「レオニウスさま、忘れていませんか?」
「カイン?」
「私たちが何のためにここへ来たのかということを――――ヴァラステリア、サルヴァリア、エルフの国エルヴァーナ、自由都市連邦はワラキアと対帝国軍事同盟を結ぶために来たのですよ」
カインの言葉にレオニウスはハッとする。これまでワラキアは単独で帝国と戦ってきたが、これからは違うのだ。包囲網が実現すればたとえ帝国と言えども戦力を分散せざる得なくなる。状況によっては、これまで防戦一方だった戦いにも変化が訪れるかもしれない。
「そうか……そうだったな。ありがとうカイン、私としたことが感情に囚われ視野が狭くなっていたようだ」
「そうですよ兄上、カインもその仲間たちも恐ろしいほどの腕前なのですから!!」
リリアも努めて明るく振舞う、先ほどまで暗澹たる雰囲気に支配されていた部屋の空気が変わってゆく。
「ルミナスさま、大丈夫ですよ。この国も、そして――――貴女も帝国の好きにはさせません」
カインの声が響く。強く、迷いのないその言葉に、ルミナスが静かに微笑む。
「……あなたは不思議な方ですね。絶望的な状況なのに――――なんとかなるんじゃないかって思えてしまいます」
ルミナスはカインの瞳を見つめる。その真っすぐで燃えるような横顔に心が熱を帯びる。これまで知らなかった景色が広がってゆくような感覚と感情に少し戸惑いながら。
「運命など変えてしまえばいいのです」
そう言って笑うカインの姿に、ルミナスは一瞬目を見開き――――穏やかな笑みを浮かべる。
「はい……あなたと共に」
ルミナスは感じていた。彼女の中に希望という光が芽生え始めていることを。声は弱々しくとも、その瞳はしっかりと――――確かな意志を込めて一人の剣士を見つめるのだった。
ワラキア公宮にて対帝国軍事同盟が仮調印された。
同盟の正式な発効は各代表者が国へ戻ってからとなるが、少なくともヴァラステリア、サルヴァリアに関しては国王の承認が済んでいるので事実上三国同盟はここに成ったと言ってもいいだろう。
今後は同盟を結んだ各国へワラキアから連絡官が派遣されることとなり、魔道具や魔法を通じて作戦や軍事行動の連携をとってゆく。個別の国力では帝国の相手にならないが、連携が上手く行けば牽制以上の効果が期待出来る。
「これで帝国の横暴にも少しは歯止めがかかると良いんだが――――」
レオニウスが満足そうな様子で同盟国のメンバーを見渡す一方、同盟国の面々は緊張を隠せない。同盟が正式に発効すれば正式に帝国の敵と認定されることになるからだ。すでに覚悟は決めているものの、帝国の動き如何では国が滅ぶ可能性もある。
だが――――この場に集まった彼らの表情に後悔も恐れもない。志は高く、士気は天を衝くほどだ。
「今日はワラキアにとって――――いや、この大陸にとって歴史的な日となった。共に祝おうではないか!!」
レオニウスが祝杯をあげようと杯を掲げる。
「た、大変です!! 帝国軍が――――大挙して攻めてきました」
「何だと? 数は?」
「はっ、大将は帝国参謀グレゴリウス以下十万の大軍です。重厚な鎧をまとった軍勢が大地を震わせながら進軍し、その隊列の中には恐るべき魔将軍の姿も複数確認されております。さらに、黒い瘴気をまとった異形の者たちの姿も――――まるで地平線を黒く染めるかのように進軍中、早ければ三日後にハインツ郊外に到着する模様!!」
次々ともたらされる報告に公宮内の祝賀ムードは一気に吹き飛んでしまう。
「くそ、帝国め……ここが勝負所と仕掛けてきたか……」
ここで聖女不在を確認すれば帝国軍は間違いなく勢いづく。それに――――異形の姿というのはおそらく魔族だろう。これまで表に出してこなかった戦力の投入はそれだけこの一戦に帝国が賭けている証だ。
ここを凌ぎ切らなければ同盟の意味も失われてしまうだろう。これは単なる戦いではない、ワラキアの――――いや、大陸の命運をかけた一戦となる。
「レオニウスさま、我々も参戦します」
カイン、イヴァリス、ヴァレリア、アストラ、そして――――カグヤも参戦の意思を表明する。
「私たちも!!」
リリアン、サリア、セレナ王女も意を決する。ルミナスが不在の今、治癒魔法の使い手は一人でも多く必要になる。リリアンとサリアは聖女ほどではないが、治癒魔法士としては魔道国家ワラキアにおいても頭一つ抜けたレベルの使い手である。セレナ王女の精霊魔法の力はいうまでもない。
「助力に感謝する。だが――――決して無理はしないと約束してくれ」
いくら強いと言っても、彼らの大半は未成年の子どもたちだ。未来ある彼らをワラキアの地で死なせるわけにはいかない。
「私も行きます」
「る、ルミナス!?」
正装に身を固めた聖女ルミナスが姿を現す。
「もう動いて大丈夫なのか?」
「はい、イザベルさまの薬のおかげで調子は悪くないです」
たしかにここしばらくでルミナスの体調はかなりマシになってはいる。少し前の死人のような姿はなく、化粧で誤魔化せるレベルにはなっている。もっとも解呪されていない以上状態が改善したわけではないのだが。
「しかし――――」
「大丈夫です。神聖魔法は使いません、私がいることで少しでも味方の士気が上がるのであれば役に立ちたいのです。もちろん最悪の事態となれば躊躇うことはありませんが――――どうか信じてください」
以前の悲壮感はない。今のルミナスなら最後まで自己犠牲に走ることはないだろう、レオニウスはゆっくり深呼吸して頷く。
「わかった、お前を信じるよルミナス」
「ありがとうございます父上」
「カイン、まさかこんなに早く共に戦えるとは思いませんでしたね」
「俺もですリリアさん」
転移ゲートでハインツへ到着したカインたちは、魔法騎士団の遊撃隊として戦うことになる。付け焼き刃の連携よりも遊撃隊として自由に動いてもらった方が効果的だという判断によるものだ。
「俺とイヴァリスが魔将軍と魔族の相手をする、ヴァレリア、アストラ、カグヤは戦況を見て崩れそうなところをサポートしてくれ、魔族や魔将軍とは無理して戦わなくていいからな、俺かイヴァリスが到着するまで時間を稼いでくれればそれでいい」
魔族と魔将軍には聖剣の力が効果的だ。無理に相手をすれば被害が大きくなるだけ。
「イザベルは護衛騎士と一緒にルミナスを頼む。良いか、少しでも危険だと思ったら迷わず転移ゲートで逃げろ」
「わ、わかりました」
「ルミナスさま、それでは行ってきます」
「カインさま……そうぞご武運を」
出陣前、カインはルミナスの元へ足を運んだ。
「くれぐれも神聖魔法を使わないようにしてくださいね」
「そういう状況にならないようにしてくだされば使いません」
悪戯っぽく笑うルミナスの姿は年相応の少女であった。
「これは一本取られましたね、承知しましたどうぞお昼寝でもしながら吉報をお待ちください」
「カインさま」
背を向けたカインにルミナスが声をかける。
「ありがとうございます」
状況は何も変わっていない。いざとなれば死ぬ覚悟も出来ている。
それでも――――頼もしい背中がある、温かくて優しい眼差しを知った。初めて自分の感情を意識した。「運命を変える」その言葉と出会いにルミナスは心から感謝している。彼女は知らない、その想いは慕情の萌芽であり、その感情こそが幸せの種だということを。
「こちらこそありがとうございます。ルミナスさまと出会えて本当に良かった、この聖剣ソルフェリスに誓います。貴女を害するものはすべて排除します。絶対に死なせない、だから貴女も最後まで諦めないでください、どうか私を信じてください」
二人の距離が自然と近づく――――紅蓮の瞳がルビーのように輝く。
「はい……最後まで諦めません、信じてます、だから――――どうかご無事で――――」
ほんの一瞬、カインの胸に顔を預ける。そのぬくもりを刻み付けるように。カインもまたルミナスの肩を包み込むように優しく抱きしめた。
「うう……なんか良い雰囲気作ってるから思わず隠れちゃったじゃない……」
自分もカインさまとお別れハグしたかったのに、と物陰で悔しがるイザベルであった。




