第三十五話 ワラキア公レオニウス
公都へと到着したカインたちは、早速ワラキア公レオニウスと謁見していた。
実際は、待ちきれなかったレオニウスが自らゲートまで迎えに行ったのだが。
極秘の帰郷ゆえ公宮を使用することは出来ないため、形式上の謁見はレオニウスの私邸において行われた。それは決して堅苦しいものではなく、心からの歓迎と家族としての温かい空気に包まれたものだった。
「お帰りなさい姉上、そして――――カイン、リリアン、ようこそワラキアへ」
ワラキア公レオニウスは現在三十一歳。ワラキア公族の証である赤い髪はカインと同じだが、サリアとは母が違うため雰囲気はだいぶ違う。カインのような凛々しさは無く、女性と言っても通用する程の優男だ。その笑みは妖艶ですらあり艶のある長髪は女性ですら嫉妬する程美しい。
レオニウスとサリア、リリアの姉妹、そしてカインとリリアン、家族だけの昼食会。実に十五年振りの再会に積もる話で大いに盛り上がる。
が――――
「……は? カインと結婚するって……正気かリリア!?」
「もちろんです!! もう決めましたので反対しても無駄ですよ!!」
リリアの性格を熟知しているレオニウスが助けを求めるように姉を見るが――――
「もう手遅れよ」と首を振るサリアにがっくりと肩を落とす。
「ま、まあ……当人同士が良いなら私が口を挟むことではないな。それに家族リリアと同じくらいの強者がいるというのは心強い限り。問題があるとすればお互いに国を離れることが難しい立場であることだが」
「それに関しては私に妙案があります」
「ほう、どんな案なのかなリリア?」
「帝国を倒せば万事解決ですよね!!」
帝国が居なくなれば戦争も終わりリリアも解放される。実にシンプルである。
「……それが出来ないから苦労しているんだがな……」
あまり期待はしていなかったが、それ以外に良い方法が無いのもまた事実。
「大丈夫、もし駄目でもあと二年で後進を育ててみせますから」
どちらにせよ王国へ行く気満々のリリアであった。
「ところでレオニウス、ルミナスはどこにいるのかしら?」
レオニウスの娘で第一公女で聖女のルミナスの姿が見えないことに気付いたサリアが尋ねる。
「……実は最近あまり体調が良くないんだ」
レオニウスの表情が曇る。
「どういうこと? 聖女は病気にかからないはずでは?」
聖女は病気にかからないというのはワラキアでは常識だ。正確には病気になっても瞬時に回復してしまうため、症状が悪化しない。
「わかっている、だが――――原因がわからないんだ。一つだけわかっているのは、ルミナスが神聖魔法を使うたびに弱ってゆくことだけ……今は神聖魔法を使わないように戦線に立たないようにしているが、聖女の不在は軍の士気にも影響する。今後、帝国との戦いは厳しいものになるだろう」
聖女が戦線に立てないとわかれば、味方の士気はみるみるうちに落ち、敵はそれを好機と見る。彼女が立つ戦場では、兵士たちは不屈の闘志を抱き、彼女の光が希望そのものだった――――だが、その光が今、消えかかっている。もし彼女が倒れれば、それは文字通りワラキアの運命そのものが揺らぐ瞬間となるだろう。それは――――まさにカインとイヴァリスが知る未来そのものである。
「七星の見解は?」
七星とは七つの星の塔、つまりワラキアを代表する各属性魔法士の長、つまり魔塔主で構成される諮問機関だ。ワラキア公を補佐し、助言を与える役割を担っている。
「ルミナスの不調は魔法によるものではないと。呪いや呪詛の類かもしれないということで、現在古い文献に当たってもらっているところだ」
呪いや呪詛というのは古の古代王国時代に用いられていたという魔法とは別体系の力。その危険性と残虐性から禁忌とされ大陸から消え去ったはずのものだ。
「レオニウスさま、それに関連しているかわかりませんが、帝国の陰に魔族がいます」
カインはレオニウスにエルフ族の王女誘拐未遂の件を説明する。
「なるほど……魔族が関わっているのなら納得できるな」
「何か心当たりでも?」
「うむ、帝国軍に最近出現した魔将軍という連中がいるのだが、奴らには魔法がほとんど効かない、これまではルミナスの聖女の力で無効化していたんだが……」
聖女の神聖魔法は魔を滅する光、であれば魔将軍の力は魔に属するものということになる。
「その魔将軍が魔族の可能性は?」
「その可能性もある。あるいは魔族の力が付与された人間かもしれないが……」
聖女が神聖魔法を使えない現状で魔将軍が攻めてきたら甚大な被害が出る可能性がある。
「……となると、ルミナスさまの不調は帝国の仕業と考えるべきでしょうね……帝国領内には古代文明の遺跡が多数存在すると聞いています。帝国がそれらを発掘し、失われた呪法を手に入れたのだとしたら――――それはただの兵器ではない。見えぬ毒のようにじわじわと侵食し、敵を内部から破壊する禁断の技術です。帝国は戦場だけでなく、見えぬ手をもってワラキアを支配しようとしているのかもしれません。であるならば――――」
「ああ、帝国はタイミングを見て確実に仕掛けて来るだろうな」
ギリリと歯を食いしばるレオニウス。王としての責務を果たしながらも、父としての焦燥が胸を締め付ける。何度もルミナスの手を握り、その冷えた指先に温もりを与えようとした。
『大丈夫だ、パパが必ず助けるから……』
そう何度も言い聞かせるように囁いた。しかし、返事はない。ただ静かに息をする娘の姿がそこにあるだけ。時間が進むほど、彼女の命の灯火が弱まっている気がした。娘は日に日に衰え、彼の祈りは届かない。『王である前に、私は父なのに……』その思いが彼を押し潰す。
「聖女さま死んじゃうの?」
不安そうに尋ねるリリアン。
「そんなことさせない。きっと何か方法があるはずだ」
カインは安心させるように妹の肩を抱き寄せる。
「もし古代の呪法なら……エルフ族が何か知っているんじゃないかしら?」
サリアの言葉に一同がハッとする。エルフ族は長命ゆえに古代文明時代からほとんど変わらず存在している種族だ。なにせ当時から生きている者が存在しているのだからその知恵と知識は人族とは比べ物にならない。問題は人族と距離を取っており、控えめに言っても協力的ではないということだが――――
「セレナ王女に協力を依頼しましょう!」
彼らは数千年を超えて歴史の変遷を見続けてきた。滅びた王国の最後の言葉、失われた魔法の痕跡、呪法を知る者がかつて語った秘密——それらすべてが、エルフ族の中には眠っているかもしれない。もし彼らが口を開くなら、それは大陸にとっての未知の扉が開かれる瞬間だ。
幸いなことに、今、カインたちには極めて協力的なエルフの王族がいる。
「カイン、申し訳ないが頼んでも良いだろうか?」
「もちろんです」
カインはセレナ王女を呼びに走るのであった。




