第二十話 海賊退治
「カイン殿、さっきの技、痺れました!! いや熱かったです!! これからはアドリアンと呼び捨てください!!」
「あ、ああ、よろしくアドリアン」
対戦以降、アドリアン王子はめっちゃカインに懐いた。強い者に敬意を払うにしてもこれはやり過ぎだろうと苦笑いするほどに。
「しかしアドリアンをこうもあっさり返り討ちにするとは……カイン殿、本来客人に頼むことではないのだが……ことは貴国との同盟、そして帝国とも関わってくることゆえ助力してもらえないか?」
イスタール王の様子からして何か深刻な問題が起きているのだろうと察したカインは黙って頷く。
「海賊……ですか?」
近年サルヴァリア領海で海賊による被害が急増しており、それによって交易、漁に深刻な影響が出ているらしい。サルヴァリアが王国との同盟に消極的な理由の一つにもなっている。
「サルヴァリアの海軍は優秀だと聞きます。取り締まれないのですか?」
海洋国家でもあるサルヴァリアの海軍は精強だ。ワラキアと争っていることもあるが、小国であるサルヴァリアに対して帝国がある種の融和姿勢を見せているのは理由がある。
「それがただの海賊じゃないんだ。明らかに訓練された動きで装備の質も高い。そして――――厄介なのは、我々の情報が漏れているようで大規模な討伐部隊を派遣すると必ず空振りする。さらに問題を複雑にしているのは、やつらが本拠地にしていると思われる島が帝国と領有権で争っている場所なんだ」
帝国の船が他国へ向かう場合、必ずサルヴァリア領海を通る必要がある。帝国にとってサルヴァリアは喉元に刺さった小骨のようなもの。領海に拠点を置ける島を持たない帝国が自国民の保護を理由に国境から近い島の領有権を主張し始めたのは半年ほど前だという。
「それは厄介ですね」
「うむ、陸地から遠く居住に向く島ではないのでな、緊急避難用の施設はあるが管理が甘い隙を突かれた」
帝国本土から遠く離れた孤島は、海洋国家であるサルヴァリアですら維持運営するコストから割に合わず半ば放置している。だが、海賊の拠点として利用すれば、金品、人、物資を奪い、敵国の力を削ぐだけでなく、自国船の保護や海賊討伐を名目に大規模な出兵の名目にもなるというわけだ。
厄介ごとの陰に帝国アリ、わかっていても手が出せない。手を出させることが向こうの狙いでありサルヴァリア軍が島を攻撃すれば帝国は領土侵犯を理由に開戦に踏み切る口実を得る。
「帝国もワラキアと交戦中だから本気で全面戦争を仕掛けてくるつもりは無いと思います。あくまでも現時点では、ですが。おそらく狙いは領土侵犯を不問にする代わりに島の領有権を認めろ、大方そのあたりでしょう」
「うむ、我々もそう見ている。だからこそ手が出せないのだ」
サルヴァリアとしても苦しい状況だ。それゆえの現状維持というわけなのだろう。
「ふむ、状況は理解した。それで――――情報を流している間者については?」
話を聞いていたイヴァリスがイスタールに尋ねる。領海上で海賊を討伐するだけなら何の問題もない。結局のところ情報漏洩が一番の問題なのだ。
「様々な手で調べているのだが手がかりすら見つかっていない」
よほど巧妙に潜り込んでいるのか、それとも間者ではなく別の方法で察知しているのか……どちらにしても軍を大規模に動かす方法は使えないということになる。
「わかりました、俺たちが海賊をなんとかしましょう」
「上手く釣れるといいんだけど……」
カインとイヴァリスは商船に偽装した船で航海中である。
そして――――もう一人
「今更だけどなんで付いてきたんだ?」
「我が国の問題を他国の者だけに任せることなど出来るか!!」
アストラ=サルヴァリア、アドリアンの妹で第一王女、十四歳にして兄を凌ぐ天賦の才を持つ王宮筆頭剣士だ。
「それはわかるけど、サルヴァリアの王女ってバレたら作戦の意味がなくなってしまうんだぞ?」
「そんなことはわかっている、だからこうして完璧に変装してきたのだ。たとえ家族であっても私だと気付けないだろう」
カインたちは全員商人に扮している。中でもアストラの変装はたしかに見事で、普通の商家の少年にしか見えないだろう。
「カイン、アストラは昔から言い出したら聞かないんだ。どうせ全滅させるんだから気にするな」
「さすがイヴァリスは話がわかる。カイン、目撃者を一人も残すなよ!!」
カインもそのつもりだったので黙って頷く。なんだかイヴァリスがもう一人増えたみたいだな、と内心思いつつ。
「そこの商船止まれ!!」
いつの間にか周囲を囲まれていた。その数およそ十隻、正規の船であれば必ず掲げている船籍旗や紋章旗が無い、間違いなく海賊だろう。
カインたちの船に強引に横づけすると、武装した船乗りたちが続々と乗り込んでくる。
「釣れたな、行くぞイヴァリス、アストラ!!」
「「ああ、大漁だ!!」」
海賊およそ百人に対して迎え撃つのはたったの三人、だが――――その三人は、全員一騎当千の化け物だ、完全にオーバーキルである。
「あ、あああ……な、なんなんだ……一体どうなって……?」
五分も経たずに海賊は一人を除いて全滅した。海賊船も一隻を残してすべてカインが炎で焼き払ってしまった。
「おい、海賊のアジトへ案内しろ」
本拠地は予想通り領有権争い中のルシアン島に存在した。島唯一の港は完全に軍港化しており、百隻近い海賊船に混じって帝国のものと思われる軍船もあった。
「まるで要塞だな……」
「帝国はここを足掛かりにサルヴァリアを攻略するつもりなのだろう」
まだ未完成だが、ここが要塞として機能し始めればサルヴァリアにとっては喉元に刃を突きつけられるようなもの、帝国の本気度が嫌でも伝わってくる。
「思ったより状況が深刻だな。予定変更だ……ここを落とす。構わないかアストラ?」
想定以上に帝国の動きが早い。帝国が本格的にサルヴァリアへ侵攻を始めるのは早くてもワラキアを落としてからと考えていたが、この様子では同時侵攻を開始してもおかしくない。
現時点では帝国の正規軍はまだ入って来ていない。幸いこの島は帝国本土からは遠く補給や移動に時間がかかる。陥落を帝国が知るまで時間は稼げるだろう。もはや一刻の猶予もない、この要塞化を見ても帝国がいずれサルヴァリアを狙うのは明らか。今なら要塞を奪い、サルヴァリアの軍港とすることで海戦において先手を取ることが出来る。あとは国としての覚悟の問題だ。
「無論だ、ここを要塞化するかは父上の判断次第だが、現時点でこの拠点を潰しておくことは必要不可欠だ」
ルシアン島は本来防衛の拠点には向いていない。サルヴァリアが帝国に侵攻するつもりなら話は別だが。アストラが言うのはそういうことだ。海賊の拠点を叩き潰すのに理由は必要ない。
「うむ、では派手にやるか!!」
イヴァリスの聖剣ムーンステリアが使い手の意志に呼応するように淡い輝きを放つ。
カインたちの乗った海賊船は特に警戒されることもなく上陸に成功した。
「イヴァリスとアストラは逃げられないように船の方を頼む、俺は本拠地を叩く」
「「了解!!」」
海賊掃討戦が今――――始まった。




