第十九話 決闘
「イヴァリス……これもサルヴァリア式なのか?」
「はは、まあ……なんでも勝負で決めるところはたしかにサルヴァリア式ではあるな。だが、食事前にいきなり勝負を申し込むのはいささか無礼ではないかアドリアン王子?」
いきなり力試しさせられた王といい食事中に勝負挑んでくる王子といい、この国の連中はどんだけ脳筋なんだとカインは内心ため息をつく。決して嫌いではないが、食事くらいゆっくり楽しみたい。
「イヴァリス殿、しばらく見ない間にさらにお美しくなられた。約束通り、その男を倒し貴女を我が妻に迎える所存。だが、たしかに客人に対し無礼ではあったな、カイン殿、イヴァリス殿をかけて食後に勝負を所望する!!」
「イヴァリス、これはどういうことだ?」
勝負するのは今更なのでどうでもいいのだが、イヴァリスを妻にすると言われてはカインも穏やかではいられない。
「実は留学中何度もアドリアンから結婚を申し込まれていたんだ。カインという婚約者がいるからと断っていたんだが、サルヴァリアでは婚約者という文化がそもそも根付いていないし、揉めたら決闘で解決するという文化だから中々わかってもらえなくてな、丁度いい機会だからお前の力を見せてやってくれないか?」
なるほど……それで俺をサルヴァリアに誘ったのか、と察するカイン。そのまま無視してカインと結婚してしまえば済む話ではあるのだが、それでは両国間にしこりが残る、ならば決闘できっちり諦めさせる方がいいとイヴァリスは考えたのだ。
万が一にも負けないと信じているからこそ、カインはイヴァリスの信頼を感じて熱く燃える。
「わかった、勝負を受けようアドリアン王子、俺のイヴァリスに手を出そうとしたことを後悔させてやる」
「カイン……」
嬉しそうに頬を赤らめるイヴァリス、
「面白い、言っておくが手加減など期待するなよ」
勝負が成立して興奮を抑えきれないアドリアン王子、戦いが大好きなお国柄、朝食会場は大盛り上がりである。
皆が食事を楽しんだ後、テーブルは片付けられ、会場は瞬く間に決闘場へと姿を変えた。
「カイン殿、一応言っておくがアドリアンは強いぞ、あと数年もすれば俺を超えるかもしれない」
イスタール王が忠告する。実際、アドリアンは十八歳、体格もカインを圧倒している。
「陛下、御忠告感謝いたします。ですが――――ご安心ください、もう一度やれば勝てるかも、などと勘違いしないよう完膚なきまで捻じ伏せますので」
「ハハハハ!! 良いな!! 実に良いぞカイン殿、楽しみにしているぞ」
カインの言葉を受けてイスタール王は上機嫌に笑う。
「イヴァリス殿、この勝負が終われば貴女は俺のものだ、我が雄姿とくとご覧あれ!!」
自信満々に吠えるアドリアン。それはそうだろう、彼は王国屈指の戦士、どんな天才と言われていても、まだ身体の出来ていない十四歳の少年に負ける理由がない。
「アドリアン、お前の相手は私ではないぞ? せいぜい足元をすくわれないように気を付けるんだな」
「わかっている、たとえ相手がアリだろうが俺は全身全霊でぶつかるまでだ」
アドリアンの強者たる所以、それは――――愚直なまでに真っすぐな強さへの情熱にある。普通であれば油断しそうなところでも、この男は違う。イヴァリスが帰国して以降死に物狂いで訓練を積み極限まで肉体を仕上げてきた。生まれ持った才能とそれを育てる強さへの強烈な欲求、そして彼の理想を体現した女性であるイヴァリスへの想いは本物だ。
さらに、彼が手にした大剣は、サルヴァリアでもっとも頑丈で重量のある魔剣イクリプスエッジだ。微塵の油断もない、全力で確実に勝利する、アドリアンが考えていたのはその一点のみだった。
「どうやら本気のようだな、ならば俺も相応の力を持って打ち負かしてみせよう、イヴァリスは――――俺の嫁だ!! 手出しはさせない!!!」
カインが剣を高々と掲げると、その刃は太陽の光を吸い込み、まるで燃える炎のように赤熱化した。その瞬間、剣から炎が噴き上がり、太陽の光を纏ったような輝きが会場を包み込む。
「ば、馬鹿な……カイン殿は魔法も使えるのか!?」
イスタール王を始めとしたサルヴァリアの人々はその信じられない光景に息を呑む。
剣と魔法、それは全く異なる方向性の才能であり、稀に両方の資質を持つ者はいるが、高レベルになるほど特化型となる。いわゆる魔法剣士というのは、中途半端で役に立たないというのと同義であり、伝説や神話くらいにしか登場しない架空の存在だと認識されている。
「ふん、見せかけだけのコケ脅しが俺に通用すると思うなよ――――グランドクレイヴ!!」
大剣を大地に振り下ろし、地面を裂くほどの衝撃波が放たれる。その不可視の刃は敵を飲み込み、周囲の空気もろとも切り裂くアドリアンの必殺技である。
「チッ、バカ息子がっ!! 周囲のことも考えろ!!」
アドリアンの戦い方に慣れているサルヴァリアの人々やイヴァリスはともかく、王国から来た付き人たちは反応できない――――カインは人々を守るため正面から攻撃を受け止める――――
ドガアアァァァァン!!
地面にはざっくりと亀裂が入り、かなり離れていたはずの柱やテーブルもズタズタになる。至近距離で喰らったカインはどう考えても無事ではないだろう。誰もがそう思ったのだが――――
「なっ、無傷だとっ!?」
カインはまるで何も無かったかのように一瞬で間合いを詰めると炎を帯びたソルフェリスを振り下ろす。
「くそっ」
大技の後にはどうしても隙が出来る。それでもアドリアンは咄嗟に体勢を立て直し、魔剣イクリプスエッジで迎撃を試みた。
ギャイィィィン!
炎の斬撃と魔剣イクリプスエッジの爆風が交差する。
「がっ、馬鹿な……この俺が……力負けするだと!?」
強引に弾き飛ばそうとしたアドリアンだったが、押し返すどころかジリジリと押し込まれて前髪が熱気でチリチリと焦げてゆく。
「うがあああっ!?」
凄まじい剣圧弾き飛ばされたアドリアンだったが、さらに驚愕することになる。
「これで終わりだ――――グランドクレイヴ!!」
「ぐはああっ!!」
己の必殺技を受けてなお立ち上がれたのは、最後の意地だったのかもしれない。
「ま、参った……俺の……負けだ」
喉元に突き付けられた剣先から逃れる術は何も残っていなかった。
「そこまで、勝者はカイン殿!!」
観客が息を呑む中、カインは剣を下ろし、振り返ることなく冷静にその場を離れる。
「勝ったよイヴァリス」
「ああ、見事だカイン、これで私はお前のものだな」
花が咲いたように笑うイヴァリス。
「俺はずっとそう思っていたんだけどな」
「違いない」
カインはそっとイヴァリスを抱きしめるのだった。




