第十八話 異国の熱い夜
「いやあカイン殿は大したものだな、その歳ですでに化け物並みに強い。イヴァリス殿も大概であったが、これは王国も安泰だな、ハハハハ!!!」
サルヴァリアは強者を貴ぶお国柄、強い者へは純粋に敬意が払われる。その逆に身分や権威、財産などはこの国ではほとんど役に立たない。そういう意味では、カインやイヴァリスにとってサルヴァリアは大変相性が良い国といえる。
「長旅で疲れただろう? 部屋を用意してあるからゆっくり休んでくれ。夕食が必要なら部屋に運ばせよう」
その疲れている相手に腕試しと称して問答無用で攻撃したイスタール王だが悪気の欠片もない。カインも楽しんでいたし、イヴァリスは最初から何とも思っていない。
「同じ王宮でも全然雰囲気が違うんだな」
「ああ、この開放的な雰囲気に慣れてしまうと王国式が窮屈に感じてしまうんだ」
国王イスタールとの挨拶もそこそこに、長旅の疲れもあるからとカインたちは用意された部屋へと移動する。
「初めてのサルヴァリアはいかがですか?」
「あ、ああ……なんというか、その、刺激的だな」
案内役の侍女からスッと目を逸らすカイン。イヴァリスから聞いてはいたが、服は透けていて下着のラインがはっきりと見える、正直目のやりどころに困るのだ。
「あの……私何か失礼なことを?」
「マルタ、カインはお前の服装を見て照れているだけだ。気にしなくて良い」
「ええっ!? 正装だから露出控えめなんですけど……?」
驚くマルタだったが、これで控えめだというサルヴァリアの文化に驚愕するカイン。イヴァリスが自分の格好を控えめだと言った意味をようやく真の意味で理解する。
「こちらがお二人のお部屋になります」
「えっと……イヴァリスと同室……なんだが!?」
王国では成人するまでは婚約者であっても部屋を分けるのが一般的。予想していなかった状況にカインは大いに焦る。
「お邪魔はいたしませんのでどうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ。御用がある時は、隣の部屋に控えておりますのでいつでもお申し付けくださいね」
マルタが去り、二人は取り残される。
「ああ、そういえばサルヴァリアでは十四歳が成人年齢だったな。おそらく気を回してくれたのだろう。せっかくの配慮だ、郷に入っては郷に従えとも言うし、な」
気にせず入ってゆくイヴァリスを見て仕方なく後に続く。
「明日は忙しくなるぞ、ゆっくり休もう」
広い部屋だがベッドも風呂も一つしかない。
「イヴァリス、先に入浴したらどうだ?」
長旅で二人ともそれなりに汚れている。汗を流さねば気持ち良く眠ることは出来ないだろう。
「何を言っているんだ? 一緒に入るんだぞ」
「お前こそ何を言っているんだ!? 正気か?」
イヴァリスの爆弾発言に慌てるカイン。
「考えてもみろカイン、私たちは肉体こそ十四歳だが中身は大人なんだぞ? それに――――ここには私たちしかいないんだ、誰に遠慮する必要があるというのだ?」
肉体年齢に引っ張られて忘れているが、カインもイヴァリスも立派な大人である。生真面目なカインは正論に極めて弱い。
「それもそうだな」
むしろ中身が大人だからこそ、未熟な身体に変な気は起こさない。冷静に考えればつい最近までリリアンと一緒に入浴したり一緒に寝ていたのだ。それと何が違うというのか。
最初は堂々としていたカインだったが、予想外の事態に慌てることになる。
「そうだった……」
リリアンとイヴァリスでは発育が全然違うのだ。十四歳で成人を迎える早熟なサルヴァリア人の血を受け継ぐその身体は、もはや大人の女性と言っても問題ないほど立派に育っていた。普段からイチャイチャしているが、お互いに服を着ているのと全裸では意味が違ってくる。
「どうしたカイン、手が止まっているぞ? 前もちゃんと洗ってくれないと」
「ま、前も洗うのか!? 背中を流すだけでは!!」
「ここにはお前しかいないんだぞ? 他に洗ってくれる者など居ない、お前は私が汚れたままで良いというのか?」
イヴァリスは王族だ、自分の身体は自分で洗わないのが当然という認識。そう言われてしまえばカインがやるしかない。
「はあはあ……終わったぞ」
剣の鍛錬でさえ、ここまで疲弊したことがないほどぐったりとするカイン。
「よし、では次は私がカインを洗ってやろう」
「ち、ちょっと待て、王族は自分で洗わないんじゃなかったのか?」
「自分は洗わないが旦那さまの身体は洗うに決まっているだろう?」
ふんすと鼻息を荒くするイヴァリス。今、洗われたらマズい、カインは必死に抵抗する。
しかし――――身体の一部を隠しながらのカインではイヴァリスに通用するはずもなく。
「ふふ、そうか……カインは私の身体で興奮してくれたのだな」
イヴァリスは嬉しそうだが――――
「くっ、殺せ」
カインは早くも真っ白に燃え尽きていた。
「さあ寝ようか」
仲良く混浴を済ませた後は同じベッドで同衾である。風呂とは違って、短時間我慢すれば終わるものではないので、より理性のハードルは高い。
カインはなるべく離れた場所で寝ようとするのだが、イヴァリスはぴったりと抱きついて離れない。耳元にかかる甘く熱い吐息がガリガリと理性の壁を削ってゆく。
「せっかく一緒に寝ているのに離れ離れでは寂しいではないか」
悲しそうな顔でそんなことを言われてしまったらカインも観念するしかない。あえて見ないようにしていたイヴァリスの顔を見て――――カインはハッとした。
「やっと私を見てくれたな」
イヴァリスは――――心から幸せそうな表情をしていた。彼女の瞳に映るのはカインだけ、他には何もいらないのだと訴えている。カインは心から自分の未熟さを恥じた。
「温かい……私はな、一度も家族と一緒に寝た記憶がないから……ずっと憧れていたんだ」
カインはイヴァリスの髪を優しく撫でながらそっと抱きしめる。
「そうか……これからはずっと一緒に寝られるようになる。いつか子どもが出来たら一緒に寝るのもきっと楽しいぞ」
「ああ……遥か東国では川の字になって寝るというらしいな。そんな日が……来ると良いな」
「きっと来るさ、いや、絶対にそうしてみせる。俺たちの力で」
「うん……そうだな……カインとなら出来る……そんな気が……するんだ――――」
「……おやすみ、イヴァリス」
スース―寝息を立てはじめるイヴァリスにつられるようにカインもまた意識を手放すのだった。
「昨晩はお楽しみでしたね」
翌朝、サルヴァリアの侍女たちに揶揄われながら、カインたちはイスタール王の招待で朝食会へ参加する。
「昨夜はよく眠れたようだな」
二人の顔色が良いのを見て、イスタール王が笑う。
「おかげさまで旅の疲れも取れました。それにしても豪華ですね……」
「どれも新鮮なものを揃えさせた、存分に食ってくれ」
朝食会というから軽い軽食を想像していたカインだったが、ディナーかと思うくらいガッツリとした肉料理、海鮮料理、そして大量のフルーツが並ぶ。好きなだけ皿に取って食べるいわゆるビュッフェスタイルだ。
「サルヴァリア人は朝食を大事にしているんだ。私もこのスタイルに慣れてしまったから王国スタイルの朝食では物足りなくてな」
イヴァリスが軽く説明する。
「俺も、サルヴァリア式が好きになりそうだな」
早速料理のあるテーブルへ向かうカインとイヴァリスだったが――――
「カイン殿、俺と勝負しろ!!」
いかにもサルヴァリア、という展開が待っていた。