12.迫る鬼の手
うつ伏せに倒れるように眠りについていた蓮次。いつしか深い闇の中へと引きずり込まれていた。
そこはどこまでも黒く、底なしの沼のように冷たい暗闇。目を凝らせども、何の光も形も捉えられない。
ただ背中に激しい痛みが突き刺さるように襲ってくる。
(痛い…、背中が…)
蓮次は身を起こそうとするが、全身に力が入らず、その場から動けなかった。
ふと、どこからか気配を感じる。重い足音が近づいてきている。
正体はいつもの悪夢で現れる鬼。
――赤い眼と歪んだ笑みを浮かべた、地獄のような炎を纏う鬼だった。
「蓮次……」
低く嗤うような声が耳に響く。
蓮次は恐怖を押し殺し、目の前の存在を睨みつけた。
「鬼になれ、蓮次。お前の力は人ではなく、鬼でこそ生かされる……」
「嫌だ……」
蓮次は背中の痛みに耐えながらも、震える声で拒絶の意を示した。
しかし、鬼は嘲笑を浮かべながら、蓮次の言葉を一蹴するように首を振った。
「その傷も、鬼になればすぐに癒えよう?お前の力は人のものではない。鬼としての力を受け入れれば、痛みも、苦しみも、この世のあらゆる不快から解き放たれるのだ」
その言葉に蓮次の胸がざわつく。
(この痛みから解放される……)
しかし、蓮次は首を横に振った。
背中は痛い。けれど――
「嫌だ!!」
蓮次が叫んだその瞬間、闇の奥からぞろりと黒い靄現れた。それは縄のように絡みつき、蓮次の体を支配する。
必死にもがいても、どんどんと力強く締め付けられる。
「ぅっ……!」
背中が痛み、息が上がる。
口元に笑みを浮かべている鬼は、ゆっくりと蓮次へ近づいた。
紅い目が覗き込む。
「お前は…もう逃れられぬ。鬼になれ、蓮次…」
その言葉と共に鬼の手が蓮次の胸に触れた。
次の瞬間、鋭い苦痛が体中を駆け巡り、蓮次は耐えきれず叫び声を上げた。
「あ゛ぁぁぁああ!!」
自分の体が鬼に変えられていく。恐怖と絶望。
ひたすら拒絶の言葉を叫んだ。
いやだ、やめろ!
やめろ!
やめてくれ!!
「うわぁあああ!!」
目が覚めた。
全身は冷や汗で濡れそぼり、小窓からは、ずっと見守っていたかのように、柔らかな月の光が差し込んでいる。
薄暗い部屋の中で一人汗だくになっている。
(夢……だったのか……)
蓮次は震える手で背中の傷に触れた。
痛みは確かに感じるものの、傷口の皮膚は治りかけているような感触がある。
奥にある鈍い痛みや疲労感は全く消えていないが……。
異様に早い回復に戸惑いと不安が入り混じる。
飛び起きて目が覚めたように思ったものの、やはり睡魔には勝てなかった。
瞼が落ちる。
(…明日、報告に行かないと…父上は…、きっと…)




