10、11話 傷に染みる
「あと少し……あと少しで、着く……」
激痛と寒気が体を駆け巡る。出血と空腹、意識の遠のく感覚に耐えながら、蓮次は歯を食いしばり、足を引きずって進んでいた。
今にも倒れそうだったが、それでも歩みを止めなかった。
やがて屋敷が見えてくる。門前には夜勤の門番が立っていた。
暗闇の中、ふらつく小さな影を見て一瞬戸惑う門番だったが、蓮次の顔を確認した途端、彼の目は見開かれた。
「なんと! どうされましたか!」
門番は駆け寄り、倒れそうな蓮次を支えながら屋敷の中へと急いだ。
蓮次は痛みに顔を歪めながらも、自分の足で歩こうとしたが、もう限界だった。
膝から崩れる蓮次。
門番は蓮次を抱えて走った。
「このままでは危ない……急いで手当てを!」
屋敷の者たちは、蓮次を見ては次々と息を呑み、すぐに手当ての準備に取りかかった。
年配の男が薬箱を抱えて駆け寄る。
また別の男は蓮次の血で染まった衣を引き裂いた。
「息を整えておくれ……少しばかり痛むが、我慢しておくれよ」
止血のための薬酒をたっぷり染み込ませた布を、傷に押し当てる。
傷に染みた。けれど、蓮次は一度も声を上げなかった。
その姿に、周囲の者たちは言葉を失う。
この子はおかしい。子供らしさの欠片もない。
妙な空気が広間に漂った。
「これを噛んでおきなされ」
男は手ぬぐいを蓮次の口元に差し出し、さらに薬草を塗り、布を丁寧に巻きつけた。
「これで血は止まるだろう。しばらくは安静にしておくべきですな」
処置を終えた蓮次はうつ伏せに寝かされた。背中の激痛は収まらず、体は高熱に蝕まれている。
だが、意識が遠のく間も胸を占めていたのは――
任務に失敗した自分を、父はどう見るのかという恐れだった。
深い闇の中で、蓮次はただ孤独な苦しみに耐え、命の火を繋ぎ続けていた。
***
そのころ、家長は一室で蓮次の容態を聞いていた。
まだ七つの蓮次が命を賭して任務を果たし、今も苦痛に堪えているという。
「傷が深かったにもかかわらず、蓮次様は一言も声を上げませんでした。…あの子は、まこと尋常ではありません」
家長は冷めた目を伏せ、考え込む。
――やはり、異質。
白い髪、異常な耐久力、そして人の気配を察知する鋭敏さ。剣術もすでに子供の域を超えている。
(遠ざけておくのが賢明か……)
蓮次は拾った子にすぎない。家長にとっては使える駒でしかなかった。
(次の任務は、さらに遠くへ……)
近ごろ町では、夜な夜な子供が狙われるという噂が立っている。鬼の仕業だと囁かれる「殺し屋」のような存在。
家長はその噂を利用することを思いついた。蓮次がそれを仕留められれば報酬が入る。もし死んだとしても、都合が良いではないか。
「蓮次にとっては、これまで以上の試練にはなるであろう……」
家長の唇が僅かに歪む。
憐れみも慈しみも、そこにはない。
家長は翌朝、蓮次に新たな任務を与える。
こうして蓮次は傷の癒えぬまま、さらに過酷な任務に放り込まれることになる。




