7.幼い影、忍び歩く
夜の気配が濃くなるにつれ、蓮次は音もなく動き出した。
父から与えられた初の本格任務――密偵として、敵方の屋敷に潜入し、武器の数や詳細、見張りの配置を探ること。
幼い胸は緊張と不安に包まれていたが、それでも父の期待に応えたい一心で、その足は止まらなかった。
冷えた夜風が薄い着物をかすめ、肌を撫でていく。
蓮次は息を潜め、草一つ踏み違えぬよう細心の注意を払って進む。
敵の屋敷は遠くない。
見張りの目をすり抜けながら、闇に溶け込むように忍び寄った。
気配に敏感な蓮次は、ふと立ち止まり、周囲に神経を研ぎ澄ます。
草のざわめき、木々の軋み、風の通り道など、どんな小さな音も聞き逃すまいと耳を澄ませた。
自らは音を立てる事無く、歩を進めた。
やがて、視界の端に二人の見張りが現れる。
すぐに身を伏せ、影の中へと身をひそめた。首をすくめ、呼吸は浅く押さえたまま、通り過ぎる気配を待つ。
心臓の音だけが、耳奥で妙に大きく響く。
――絶対に見つかってはならない。
この任務を果たし、父に認められるためにも、失敗は許されない。
だが、静寂はふいに破られる。
一人の見張りが足を止め、警戒するように周囲を見回し始めた。
蓮次の体がこわばる。
その男の視線が、自分の潜む暗がりを射抜いたように思えた瞬間、背中を冷たい汗が伝った。
足音が近づく。
逃げるべきか、身を潜め続けるべきか。
判断を迫られる。
だが蓮次は、呼吸を殺し、体を縮めて祈るように静かに待った。
男の視線が過ぎ去ることを、ただ祈る。
その時――。
遠くで何かが動く音がした。
男はそちらへ顔を向け、注意をそちらに向ける。
足音が遠のいていくのを確認した蓮次は、ようやく浅く息を吐いた。
安堵とともに、膝が震える。全身を支配していた緊張がじわじわと抜けた。
その後もいくつもの危機をすり抜けながら、蓮次は任務を着実にこなした。
幾度となく息を殺し、身を低くし、夜の帳の中を泳ぐように進んでいく。
密偵としての役目――敵の戦備を探り、父へ正確に報せること。それは、まだ年若い蓮次にとって重い責務だった。
任務は終わりに近づいていたが、疲労と緊張は確実に彼の身体を蝕んでいた。
焦りが呼吸を乱し、恐れが思考を鈍らせる。
それでも、彼の目は前を見ていた。
父の命を受けた者として、武家の子として、蓮次はひとり、闇の中を進み続ける。