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  作者: Yonohitomi
一章
7/150

7.幼い影、忍び歩く




 夜の気配が濃くなるにつれ、蓮次は音もなく動き出した。

 父から与えられた初の本格任務――密偵として、敵方の屋敷に潜入し、武器の数や詳細、見張りの配置を探ること。


 幼い胸は緊張と不安に包まれていたが、それでも父の期待に応えたい一心で、その足は止まらなかった。


 冷えた夜風が薄い着物をかすめ、肌を撫でていく。


 蓮次は息を潜め、草一つ踏み違えぬよう細心の注意を払って進む。

 敵の屋敷は遠くない。

 見張りの目をすり抜けながら、闇に溶け込むように忍び寄った。


 気配に敏感な蓮次は、ふと立ち止まり、周囲に神経を研ぎ澄ます。

 草のざわめき、木々の軋み、風の通り道など、どんな小さな音も聞き逃すまいと耳を澄ませた。

 自らは音を立てる事無く、歩を進めた。


 やがて、視界の端に二人の見張りが現れる。


 すぐに身を伏せ、影の中へと身をひそめた。首をすくめ、呼吸は浅く押さえたまま、通り過ぎる気配を待つ。


 心臓の音だけが、耳奥で妙に大きく響く。


 ――絶対に見つかってはならない。


 この任務を果たし、父に認められるためにも、失敗は許されない。


 だが、静寂はふいに破られる。


 一人の見張りが足を止め、警戒するように周囲を見回し始めた。

 蓮次の体がこわばる。


 その男の視線が、自分の潜む暗がりを射抜いたように思えた瞬間、背中を冷たい汗が伝った。


 足音が近づく。


 逃げるべきか、身を潜め続けるべきか。


 判断を迫られる。


 だが蓮次は、呼吸を殺し、体を縮めて祈るように静かに待った。


 男の視線が過ぎ去ることを、ただ祈る。


 その時――。


 遠くで何かが動く音がした。


 男はそちらへ顔を向け、注意をそちらに向ける。


 足音が遠のいていくのを確認した蓮次は、ようやく浅く息を吐いた。


 安堵とともに、膝が震える。全身を支配していた緊張がじわじわと抜けた。


 その後もいくつもの危機をすり抜けながら、蓮次は任務を着実にこなした。


 幾度となく息を殺し、身を低くし、夜の帳の中を泳ぐように進んでいく。


 密偵としての役目――敵の戦備を探り、父へ正確に報せること。それは、まだ年若い蓮次にとって重い責務だった。


 任務は終わりに近づいていたが、疲労と緊張は確実に彼の身体を蝕んでいた。


 焦りが呼吸を乱し、恐れが思考を鈍らせる。


 それでも、彼の目は前を見ていた。


 父の命を受けた者として、武家の子として、蓮次はひとり、闇の中を進み続ける。




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