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  作者: Yonohitomi
一章
57/177

64.崩壊


黒訝の爪が風を割く。


蓮次はぎりぎりのところで身を翻し、攻撃をかわしている。最低限の動きで避けるのみ。


黒訝の猛攻は止まらない。追い詰めるための一撃を、さらにもう一撃と、黒訝は容赦なく叩き込み続ける。


「お前が一族を背負うなど、許されるものか!!」


怒号とともに鋭い爪が蓮次の顔をかすめる。鋭い衝撃波が頬を斬った。


だが、蓮次の瞳には焦りも怯えもない。


「俺はそんなもの、興味がない!」


吐き捨てるように言った蓮次の声音が、黒訝の神経を逆撫でた。


「悪鬼に堕ちろ!そして死ね!!」


「俺は鬼にならない!」


「クソ人間が!!!」


「なら俺に構うな!」


「ふざけてんのか!!!!」


「ふざけるものか!」


言い争いながらも、戦いの手は止まらない。


蓮次は攻撃を防ぐのではなく、最小限の動きでかわすだけ。


黒訝にとってはそれがなおさら苛立たしい。


蓮次の動きには、戦うことに執着しない余裕すら感じられる。


——そんな生半可な覚悟で生きていくつもりか!


黒訝の怒りは頂点に達し、力任せに蓮次を追い詰める。蓮次の足元が崖に近づいているのも承知の上だ。


——消してやる!!


蓮次の足元の崖が、音を立てて崩れ始めた。

蓮次は跳ぼうとした。だが、次の瞬間。


「……っ!!」


首に焼き付くような激痛。

思わず悲鳴がこぼれ、体の自由が利かなくなる。


崖が崩れ落ちるのと同時に、蓮次の身体も虚空へと投げ出された。


「——!!」


黒訝は反射的に手を伸ばしていた。


「!?」


気づけば、蓮次の身体を引き上げていた。

自分がしたことに驚愕し、思わず息を呑む。


助けるつもりなどなかった。むしろ——


「何をして……?」


唖然としたまま、蓮次の身体を持ち上げている黒訝。

再び怒りが沸騰し、蓮次を放り投げようとした。

しかし、手が止まる。


「……!?」


蓮次が首を押さえ、尋常ならざる苦しみ方をしている。


震え、息を詰まらせている。

何かがおかしい。


黒訝はふと蓮次の指の隙間から覗く首筋を見た。

そこにあるのは、ひび割れのような傷跡。


自分がつけた傷ではない。


蓮次の手を恐る恐る退けると、その傷はさらに露わになった。流血こそないが、亀裂の奥から何かが滲み出している。目を凝らした。


赤黒い力のような「気」が流れ出ている。


本能が警鐘を鳴らした。

——まずい!!


思わず手を当て、流れ出る気を押さえ込もうとした。

蓮次の震えは止まらず、ひどく息苦しそうにしている。


耀の気配が鋭すぎる。異変を察しているのか、こちらを注視しているのがわかった。


黒訝は焦りを覚えた。


(このままでは——)


考える暇はない。黒訝は手のひらに意識を集中し、己の気を送り込んだ。


「俺は治癒の術は使えない。けど——」


ただの気まぐれだったのか。

崖から引き上げる時も今も、咄嗟に動いてしまった。


黒訝が気を送り込むと、蓮次のひび割れは少しずつ閉じ始める。


「……っ!」


蓮次がうめき、体を捩った。


「動くな!」


黒訝は鋭く叱りつける。


やがて、ひびは塞がり、蓮次は意識を手放した。


黒訝は乱暴に息を吐き出し、蓮次を引き剥がし、少し離れたところにいる耀を睨みつけた。


「耀!お前は見張りじゃないのか!!見ているだけか!!」


耀は静かに目を伏せ、申し訳なさそうに口を開く。


「申し訳ございません、黒訝様」


黒訝は苛立ちを隠すことなく蓮次を指し示し、言う。


「こいつを連れて帰れ」


耀は静かに頷き、倒れている蓮次をゆっくりと起こす。


黒訝はそれ以上は何も言わず、音もなく立ち去った。




___




森の中を駆け抜ける。

胸の内に燻る苛立ちを、振り払うように。


(俺はなぜ、あいつを助けた?)


あんな半端者のために。鬼ですらない、ただの未熟者のために。


苛立ちが募り、拳を握り込んだ。

だが、そのときだ。


『お前が蓮次を守ってやれ』


父の言葉が脳裏を過った。


——守る?あいつを?冗談じゃない。


けれど。

先ほどの蓮次の表情が離れない。


苦しみに耐えながら、それでもどこか安心するように。

最後には黒訝の着物を掴んできた。おそらく、蓮次の無意識の行動。


自分の力が蓮次に影響を与えた。それを、あの瞬間に強く実感した。


何かが崩れ、何かが芽生えた。

得体の知れない感情。


黒訝の胸の奥に、満たされるような奇妙な感情が芽生えた瞬間だった。


「……チッ!」


思わず舌打ちし、黒訝は拳を握り込んだ。

森を駆け抜け、任務へと急ぐ。



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