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  作者: Yonohitomi
一章
56/184

63.燃える赤、冷めた紫

 黒訝は怒っていた。それは燃え上がるというより、沈殿する怒りだった。


 朱炎に「守れ」と命じられたこと。その対象が蓮次であること。ひとつひとつを切り分けて考えるまでもなく、すべてが同じ不快さで胸に溜まっている


 地下の部屋に閉じ込められた今、暗さと静けさのなかで、時間だけが不確かに過ぎていく。

 だが、結果として黒訝に考える余白を与えた。


 蓮次を潰せば何が起こるのか。

 父はどう動く。

 耀は何を思う。烈炎は?

 周囲の鬼たちは、どんな目で自分を見るだろうか。


 蓮次を殺した場合——答えは簡単だ。

 おそらく、自分の命は無くなるだろう。


 父は完璧な「鬼」なのだ。

 感情を排し、選び、迷わない。

 蓮次への執着もまた、例外ではない。遠くにいても、それがはっきりと分かるほどに。

 

 ならばもう、諦めるしかない。

 何度も考え、同じ結論へと辿り着いた。


 関わらないことだ。

 蓮次に関わることは自分を摩耗させるだけ。争えば、父の失望を招き、立場を危うくする。


 ならば、最初から距離を取ればいい。

 蓮次の存在など、なかったものとしてしまえばいい。

 三人での行動が決まったとき、黒訝は決めていた。

 蓮次を撒いて先に行く、と。


 


 蓮次が目を覚ますと、耀の監視下の元、黒訝と蓮次は任務に向かった。


 黒訝は自分の企てを実行する。


(俺は、一人で行く!)


 しかし!黒訝が速度を上げても、瞬間移動を交えても、何をしても蓮次はついてくる。

 気づけば背後にいた。影に隠れても、蓮次には見えているらしい。


 何度目かの瞬間移動のあと、黒訝はふいに立ち止まった。


「……!」


 黒訝の爪が蓮次の腕に突き刺さる。

 黒訝は蓮次の顔を狙って攻撃したが、蓮次は腕で顔を庇った。

 そして攻撃を受けたまま、突っ立っている。

 表情も変えず、じっとしている。


 黒訝は舌打ちして後ろへ跳んだ。


「なぜ避けない!」


 伸びた爪を構えたまま、黒訝は怒鳴った。


「素直に攻撃を受けるなど、愚か者のすることだ!」


 蓮次の腕の傷は、すぐに再生した。


「うるさい。体調が良くない。あまり動きたくない。お前と戦うつもりはない」


 覇気のない声だった。冷めた表情で、生きているのに中身だけが抜け落ちたような空虚さがあった。


「お前のせいで、俺がどんな目に遭ったか分かってるのか!」


「知らない」


 淡々とした返しに、黒訝の怒りが膨れ上がる。


 刹那、黒訝は飛びかかった。

 爪を伸ばし、力のかぎり蓮次を引き裂こうとする。

 対して蓮次は飛び退くこともなく、その場で攻撃を受けた。


 黒訝の心にまた新たな影が差す。


「避けるつもりがないのか! それとも、傷が治ることに甘えているのか!」


 黒訝は叫びながら攻撃を重ねた。何度も、何度も。


 やがて蓮次が避け始める。


「……もう、いい加減にしてくれ」

 

 叫びは、抑えきれず漏れ出たようだった。

 無気力だった蓮次が、初めて声を荒げた。それを見て、黒訝の口元がわずかに歪む。


 そうだ。

 もっと出せ。

 その中にあるものを。


 追い詰める感触が、指先に残る。それが、ひどく心地よかった。



 耀は近くの岩に腰を下ろし、静かに二人を見ている。

 この光景を、どう捉えるべきか。

 黒訝の激しい怒りが炸裂している。


 そして、ただ攻撃を受け続けていただけの蓮次は、今や怒りを露わにして応戦している。


 耀は無言で、それを眺めていた。


 水面に映る二つの影が、ゆっくりと重なり、また離れていくのを見つめるように。


「そうか……黒訝様が」


 ぽつりと呟く。


 耀には見えた。過去と現在の違いが。


 かつての蓮次は、独りだった。だが、今回は違う。黒訝がいる。


『いずれ、黒訝が蓮次を支え、蓮次が黒訝を支える』


 朱炎の言葉を思い出す。

 二人がどんな形で交わるのか——。


(朱炎様にはもう、見えていたのか……)


 耀は頬杖をつき、ただ穏やかに二人を見守った。

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