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  作者: Yonohitomi
二章
168/180

63.鬼の居ぬ間に(8)



「鬼よ、人にならぬか?」


 枝葉が擦れ、ざわりと揺れた。まるで放たれた問いを森そのものが飲み込んだように。

 近くの鳥がばさりと飛び立ち、空気がひときわ冷たくなる。


 耀はひとつ、ゆっくりと息を吐いた。馬鹿げた戯言を耳にしたとでも言うように、返す。


「ならない、と言えば?」


「ふふ、そうであろうな」


 道摩は初めからこの返答を見越していたかのような態度だ。余裕の笑みを見せ、わずかに目を細める。


「一度、よく考えてみよ。鬼として生きることに、果たしてどれほどの価値があるのかを」


 道摩は理解していた。耀が、自分の存在意義を朱炎を介してしか見いだせないことを。

 だからこそ、その隙を突く。

 耀の気が乱れ始めている今が好機なのだ。


「蓮次を見て、お前は何を思う?あの子の未来を、どう捉えておる?」


 道摩は耀の黙り込む姿を見て、畳み掛けるように問いを重ねていく。


「朱炎一族の行く末を、お前はどう見ている?」


「…………」


「蓮次と紅葉が引き離された事を、どう思う。その苦難の続きに……何があるのか」


「…………」


「鬼として生きるというだけで、お前たちの家族はいつも不幸に晒されている」


 言葉の攻撃を脳髄に食らった耀。呼吸をも忘れ、思考を停止させてしまう。

 道摩はふっと穏やかに視線を落とした。


「では、失礼する」


 ゆっくり踵を返すように見せ、ふいに振り返る。そして、挑発めいた目を耀に向けた。


「我は、妹・紅葉の幸せを願う。彼女には鬼であろうと、人として生を全うしてほしい」


 言い終えて、また背を向け、歩き出す。


「……鬼は、他人ひとの幸せを願えぬか」


 あえて独り言のように言い置いた。

 風がひゅう、と彼らの間を裂くように吹き抜けた。



 道摩と術師たちの姿が闇に紛れると、森は再び夜の形を取り戻した。


 ──耀だけを喧騒の中に残して。


 葉のざわめきが胸の奥の音と重なる。


「……他人ひとの幸せ、だと?」


 低い呟きには、かすかな苛立ちが滲んでいた。


 蓮次の顔が浮かぶ。

 ——鬼でなければ、

 もっと笑って過ごせただろうか。

 紅葉と引き裂かれることもなかったかもしれない。


 そして、朱炎。

 蓮次が生まれてから、あの圧倒的な王の佇まいが、ときどき揺らぐように見える瞬間がある。

 朱炎様は、朱炎様であってほしい——強く、揺るがぬ存在であってほしいと思う。



 ふと視界の端が白く揺れた。すぐ近くに白い何かが落ちていた。


「……花?」


 少女が差し出したあの白い花だった。

 耀はゆっくりと歩み寄り、片膝をつき、そっと拾い上げた。


 問いを胸に浮かべながら、花をそっと指先で包む。


 あの少女は……生きているだろうか。

 無事に逃げ切れただろうか。


(人の命は、短いのだったな……)


 耀自身に、生への執着は薄い。

 朱炎に拾われ、生かされたからこそ生きているだけだ。

 命を差し出す相手が変わっただけで、どれだけ差し出してもこの命は終わらない。天はいつも、死ぬなと鬼の身体を蘇らせる。

 長すぎる寿命。余らせるくらいなら、ほんの少しでいい。あの少女に分けられたら。

 そんな願いが胸に灯ったとき、耀は自然と口にしていた。


「……どうか、枯れないでくれ」


 花に向けた言葉は願いだ。

 あの少女が死なずに生きてほしい、という思い。

 耀はこの時、自身が鬼である事を忘れてしまったのかもしれない。


 神は、人の願いは受け入れても、鬼の願いは受け入れない。それは、祝福ではなく呪となるからだ。


 鬼の願いは花に宿った。小さな呪として根を張り——枯れない花となる。


 耀はその呪いの花を大切そうに手に収めた。

 

 ざわ……ざわ……と森が鳴る。木々がざわめき、鴉が一斉に声を上げる。

 ——呪を持ち帰るな。今すぐ手放せ。

 森はそう告げていたが、耀は気づかない。


「さて、戻るか……」



***



「……耀?」


 屋敷でぽつりと呟いたのは、寝起きの蓮次。

 寝言と捉えた烈炎が、蓮次を布団に押し戻す。



***



「……?」


 川沿いを進む足を止め、ふと振り返ったのは朱炎だ。

 隣を歩く紅葉が不安そうに彼を見上げる。


「朱炎様、何か?」


「……いや、進もう」


「雨……降りそうですね」




 



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― 新着の感想 ―
謎の道摩さん。 紅葉さんを朱炎様に取られて鬼にされたから、朱炎様の大事な耀を奪って人間にしようとしたのかな。 やっぱり朱炎様ぁってなるけど、蓮次くんのことを考えるとあの父でいいのか(言い方)不安になる…
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