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  作者: Yonohitomi
一章
14/177

19、20話 鬼の頭領・朱炎



 蓮次は息を潜めながら、暗闇の中で足音を忍ばせた。

 手中の小刀は震え、指先は冷たくこわばっている。

 

 目の前にいるのは緑色の肌をした鬼。

 その鋭い牙と赤黒く輝く瞳が、暗がりの中でひときわ異様な存在感を放っている。


 冷や汗が背中を伝った。

 それでも一歩ずつ、静かに距離を詰める。


「怖い...でも」

 父から与えられた任務。


 それは、蓮次にとって絶対であり、逃れることはできない事。

 目の前の鬼を倒すという使命に、覚悟を決める。


 小刀を両手でしっかりと握りしめ、ぎゅっと力を込めた。


 痛むほどの握力。

 絶対に、失敗できない。


 鬼の目がギラリと光を放ち、こちらを向いた。それは、蓮次を獲物として捕らえた目だ。


 鋭利な殺気が空気を切り裂き、鬼が凶暴な咆哮を上げながら突進してくる。


 ――来る!


 鋭い音ともに鬼の爪が宙を割いた。

 蓮次は咄嗟に身を沈めて攻撃をかわしたが、頬に小さな痛みが走った。


「⋯⋯っ!」

 怯える心は押さえ込まなければ。


 蓮次は無心で鬼の動きを見極めた。そして、素早くその懐に飛び込む。


 小刀の刃先が闇を裂き、一気に鬼の急所へ突き刺す。


 鬼の、喉を裂くような叫び声が響いた。不気味で、脳にこびり付きそうな断末魔。


 鬼の巨体は地面に崩れ落ち、砂のように消えた。


 蓮次は小刀をしっかりと握り直し、荒い息を整えている。

 体の奥にじわりと疲労が広がっていくのを感じた。だが、ここで止まるわけにはいかない。


「まだ、いる.....」


 蓮次は周囲に気を配った。

 意識を集中して気配を探ると、また別の鬼の気配が微かに漂ってくる。


 蓮次は小さな体を駆り立て、次の気配へ向かって走り出した。


 しかしその途中、不幸にも胸の奥に鋭い痛みが襲ってきた。


「また、あの痛みだ......!」

 体を貫くあの発作が蓮次の動きを封じてしまう。


 呼吸が詰まり、脚が止まる。耐えきれず、彼は近くの路地に身を滑り込ませた。


 壁にもたれかかりながら、震える手で胸を押さえる。発作が去るまで、ただ耐えるしかない。


「なんで、こんな時に......」

 蓮次は歯を食いしばりながら、深く息を吸い込んだ。

 周囲には鬼の気配が漂っているというのに。


 目を閉じ、恐怖に押し潰されそうな心を必死に抑える。


「大丈夫、まだ戦える。戦わなきゃ......」


 胸の発作はまだ治まっていない。

 それでも鬼の気配を追った。


 だが、それは蓮次に近づいてくる。

 焦りが胸を締めつける。

 深く息を吸い、痛む体を叱咤して構えを取った。


「絶対に倒す…そして帰る」


 逃げられない。

 ここで退けば任務は果たせない。

 蓮次は自分を奮い立たせた。


 やがて、緑の肌を持つ二体目の鬼が現れる。


 蓮次は小刀を構え、じりじりと間合いを詰めた。

 鋭い爪と牙。獣のような鬼の姿は、幼い体には恐怖を与えるに十分だった。


 赤い目が光った。鬼が飛びかかる。


 蓮次は必死に小刀を握り、爪を避けようとした。

 だが発作の痛みで判断が遅れ、腕をかすめられる。血が噴いた。


「くっ…!」


 意識が揺らぐ。だが歯を食いしばり、跳び退く。


 鬼はすぐに追いすがる。

 蓮次は姿勢を整え、必死にかわしながら小刀を振るった。

 だが動きは鈍く、太ももに鬼の牙が食い込む。


 鮮血が流れる。

声を上げそうになるが、蓮次は必死に堪えた。

 小刀を突き出し、鬼の喉を狙う。


「終わりだ…!」


 渾身の力で刃を押し込む。

 鬼は動きを止め、苦しげな声をあげて崩れ落ちた。


 蓮次は荒い息を吐く。

 戦いが終わったことを実感する。


「倒した……倒した!」


 だが傷は深い。腕も脚も、背も焼けるように痛む。

 それでも痛みも吹き飛ばせるような気がするのは、今度こそ「よくやった」と父が褒めてくれるはずだと思えるからだ。


「帰ろう!」


 どんなに辛くても、孤独でも。

 帰る場所があると思うだけで、胸に小さな光が灯った。



***



 遠く、森の奥。

 月明かりの下に、一人の男が佇んでいた。


 鬼の頭領、朱炎。

 黒髪が風に揺れ、赤い瞳が怪しく光る。

 その姿は威厳に満ち、ほかの鬼とは比べ物にならない。


 朱炎はすべてを見通すように前を見据え、微笑んだ。

「ほう。人間でもやるものだ」

 蓮次が二体の鬼を倒したことを感じ取っていた。


 朱炎の傍らには、忠実な鬼たちが控えている。

 一体が恐る恐る問いかけた。

「朱炎様、どうなさいますか」

「焦るな。…あれは必ず鬼になる」

 低く響く声に、配下の鬼たちは頷く。


 朱炎は月を仰ぎ、遠い記憶を思い出すように目を細めた。

 やがて再び笑みを浮かべる。

「いずれ迎えに行く」


 森の空気が凍りつく。

 赤い瞳は遠くの蓮次をとらえ、鋭く細められた。


 今はまだ動かない。

 その力がどこまで伸びるかを見たいのだ。


「…強くなれ、蓮次」

 朱炎は静かに呟いた。



***



 蓮次は血に染まった体のまま、屋敷を目指して歩いている。

 ひとつだけ知らないことがあった。

 家長である父が、「しばらく帰らないでほしい」と密かに願っていることを。


 

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