プロローグ
またお話を書いてみようと思います。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※この物語はプロローグから伏線が含まれています。
空が暗くなり、多くの者が眠りにつく頃。
柔らかな亜麻色の長い髪にエメラルド色の瞳の彼女、アネリエ・モトレーはベッドに入ることなく、窓の外を見つめていた。
しかしそこに広がるのは、頼りない外灯の光だけ。
彼女が見つめるに値するものは何もない。
「お嬢様、どうかお休みください。風邪を引いてしまいますよ」
控えめに声をかけたのは、侍女のエマだった。
アネリエはゆっくりと振り返り、微笑む。
憂いを帯びたその表情は、どこか諦めを含んでいるように見える。
「大丈夫よ。私は勝手に寝るから。それよりも……手紙、お願いね」
それ以上の会話は不要だと示すように、再び外へと視線を戻す。
その横顔は美しく整っているが、よく見れば目の下には隈が浮かんでいた。
もう随分と、彼女が眠る姿を見ていない。
それどころか、ベッドが整えられたまま朝を迎えていることも珍しくなかった。
エマは込み上げる涙を必死に堪えながら、静かに部屋を後にした。
扉の外では、モトレー侯爵家の使用人たちが心配そうに様子を伺っていた。
「今日も……?」
「ええ。ベッドには入られなかった」
「…そう」
誰もが言葉を失う。
どうして、あれほど優しく、誰からも慕われているお嬢様が、こんなにも苦しそうにしているのか。
だが、その理由に踏み込むことはできない。
ーー王族が関わっている以上。
(せめて、心のうちを零してくだされば……)
部屋に一人残されたアネリエは、小さく息を吐いた。
「…まさか明日、大勢の前で婚約破棄されるなんて」
ーー誰も思わないでしょうね。
それは、独り言。
すでに決まっている未来を、ただ確認するように呟いただけだ。
「これから一人…本当に一人でやっていける?」
自問自答。
何度も繰り返した問いに答えは出ている。
それでも、心は揺れる。
「……『悩むだけ時間の無駄だ』って、教えてもらったわね」
小さく笑い、アネリエは目を閉じた。
感情を押し込めるように。
ーー経路は確認済み。
ーーおとりも用意した。
ーー婚約破棄の書類も整えてある。
ーー馬車の準備も問題ない。
ーー薬も十分なほどにある。
「……薬」
アネリエは奥歯を噛んで、今しがた考えそうになったことを振り払った。
(駄目よ、考えない。やるべきことをやるの)
無意識に、腹部へと手が伸びる。
最後に安心して眠れたのはいつの頃だっただろうか。
少なくとも、今世では一度もない。
「……さよなら、リカージョン」
今日も夜が更けていき、見たくもない朝日が昇る。
遂に…
リカージョン国、年に一度の成人のパーティーが開催された。
色とりどりの華やかな衣装に、心躍らせる会場。
皆が祝福に満ちた時間を過ごす中ーー
侯爵令嬢は、ダンスボールの中央へと呼び出された。
第3王子カリオン・ヴェル・リカージョン。
自身の婚約者を前に。彼女は一人立たされる。
ざわめく会場。
何が起こるのかと見守る人々。
その視線の中でーー
アネリエは、謂れのない罪を告げられた。
そして、婚約破棄を言い渡される。
その瞬間。
彼女の頬を、一筋の涙が伝った。
ーー予定には、なかった。
わずかに揺れた視線。
それでも、計画は崩さない。
彼女は涙を拭わず、会場を後にする。
こうしてーー
聖女とまで謳われた侯爵令嬢は…
地位も、名誉も、すべてを置き去りにして、
逃亡した。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
実はこの物語、プロローグの時点でいくつか伏線を入れています。
気づいたものがあればぜひ教えてください。
頑張って更新していく予定なので、引き続きお付き合いいただけると泣いて喜びます。
一応、話の構成は最後まで仕上がっているので、なんとか完結まで書きたい…




