聖女は寝る
はぁ……ここってなんでこんなにポカポカしているんだろう。
地面に座ってぼーっとしていると精霊界の暖かい光や精霊達の笑い声に、最近忙しかったり精神的な疲れが溜まっていた為、うとうとしてしまう。
「ねむ……い」
必死に目を開けようとするが、それでも重力にまけてしまう。
「だめ……おきな、きゃ」
「そのまま寝てるがよい」
「でも……」
「いいから」
シャルディア様が近くに寄ってきて、起きようとする私を寝かせる為に頭を撫でる。
「シャル、ディアさ…ま」
「なんだ?」
あぁ、もう目が開けられない。
「わたし、いつまで…せい、じょしないと……いけないん、ですか」
おやすみなさい。
そこで、意識は途切れた。
『いつまで聖女をしないといけないんですか』
これがミーシャの本音なのだろう。
いくら聖女とて、まだ15歳の少女。やりたい事もあるし友達とも遊びたい……。
と思うのが普通なのだがミーシャは違った。
先程の台詞の裏を返せば『早く次の聖女が見つかれば田舎でごろごろできるのに』だ。
そうすれば自分はお役御免になると思っている。
しかし、そんな事は精霊王シャルディアにも伝わっている。
「ふむ。中々肝が据わっているな」
『ミーシャは面白いんだよシャルディア様』
『お菓子もくれるし! 優しいし!』
『一緒にいると暖かい』
精霊がここまで言うのは珍しい。
よっぽど気に入ったのか、それ程のものが少女にあるのだろう。
すやすやと眠りこけるミーシャを起こさないように抱き上げ、先程の木の窪みに寝かす。
「良い眠りを」
※
「ん……」
爽やかな風が頬を掠め、くすくすと笑う声に誘われ目を開ける。
「うわっ!」
目の前にはたくさんの精霊達がミーシャを覗いていた。
『シャルディア様ー、聖女様おきたよー』
『起きた、起きた!』
『うわぁ! 綺麗な目だね』
『おはよー』
「え、え、どういう事?」
混乱するミーシャにミルクとマカロンとチョコが寄ってくる。
『ちょっと皆! ミーシャ付きの精霊は僕達だよ!』
『そうだよ!』
『離れろ』
「ちょっと3人ともっ」
怒っている3人を宥めていると……。
「起きたか」
「あ、」
シャルディアが、寝ていたミーシャの近くに座っていた。
「え、シャルディア様?」
「なんだ」
「なんで私……え! ここ、シャルディア様のっ!」
「気にするな、ぐっすり寝こけていたぞ」
「す、すみません!」
なんて事だ、まさかの眠りこけてる上にシャルディア様の寝床にまでお邪魔しているなんて!
聖女として……いや、淑女としてどうなの!?
「ありがとうございました。シャルディア様」
「寝てるとより間抜けな顔をしているな」
「シャルディア様!?」
寝こけてた私が悪いけど失礼過ぎない!?
「…私帰りますね」
「あぁ」
外を見たままのシャルディア様。その姿は何だか寂しそうにも見えた。
ここに精霊はたくさんいるけど、話し相手はいない。
「シャルディア様」
呼び掛けに目だけを動かす。
「また、遊びに来てもいいですか?」
「……好きにしろ」
「はい!」
次に目を覚ますと、朝祈りを捧げたままの姿だった。
時間を見るとまだ1時間ぐらいしか経ってなくて、向こうでの時間とこっちでは違うのかも知れない。
あの日から私は、定期的に精霊界に行きシャルディア様とお茶をしている。
最初は上手く淹れられなくて「不味い」と言われていたけど、メイドに淹れ方を教わって練習した。
「シャルディア様。今日のお茶はいかがですか?」
「普通だ」
「そうですか」
シャルディア様の「普通」は美味しいと一緒なのだ。
素直じゃないシャルディア様は気持ちを察する事が難しいがそれも少しずつ分かってきた。
「ふふ」
「何がおかしい?」
「いえ、今日はこのお茶に合うお菓子も持ってきたんですが、食べられますか?」
「あぁ」
シャルディア様は甘い物も意外と好きみたいなので、一緒に持ってくるようにしている。もちろん精霊達の分も忘れずに。
「今日ここに来る前に中庭に寄ったのですが、季節の花がすっごく綺麗でした」
「そうか」
「もちろんこの精霊界のお花も綺麗で、生き生きとしていました」
「そうか」
会話と言うよりかは、ミーシャが一方的に話し掛けている感じだがそれでも相槌を打って聞いてくれている。
神殿では聖女の仕事が多く、また殿下も突然現れる為気が抜けなかったが、ここは時間もゆったりと進むので心が落ち着き来るのが楽しみになる程だった。
話の途中で、突然真剣な表情になるシャルディア様。
「……」
「シャルディア様?」
「今、良くないものが生まれた気がする」
「良くないもの?」
「いや、なんでもない」
精霊界では、偶に精霊になるはずだったものが未熟で生まれてしまい、人間に良くない影響を与えていた。
シャルディア様はそういった精霊達を見つけては、正しく生まれられる様に精霊界に連れて行ってくれるのだが、今回はいつもと違っていた。
だが、ミーシャには分からない事なのでそれ以上聞く事はしなかった。
「ミーシャ」
「は、はい」
「今は何か分からないが、向こうでは気をつけておけ」
「はい……」
何気ない一言であったがまさか、あんな事が起こるとは思ってもみなかった。