第二十四話 帰郷①
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霧のように白い靄が私の視界を覆い、切るような風が頬をすり抜けていく。
「絶対に落ちないでくださいよ! しっかりと掴まっていてください!」
私の前に座るレイが、もう何度目かの注意を叫んだ。しかし心配のしすぎだ。落ちないように腰のベルトは、縄でしっかりと鞍に固定されている。
「大丈夫ですよ!」
私は叫んだが、声は自分の耳にすら届かなかった。打ち付ける風は嵐のように強い。
「もうすぐ雲を抜けます! そうすれば水平移動に移行します!」
レイが叫んだかと思うと、視界を覆っていた白い靄が途切れた。私が見ている光景は一変し、青一色となる。遮るものが何もない、どこまでも続く蒼天が広がっていた。
レイが手綱を引くと、私達が乗る青い翼の翼竜が甲高い鳴き声を発した。すると上昇をやめて水平移動となる。そうなると今度は白い雲が視界に付け足された。
「どうですか、ロメリア様」
私の前からレイの自慢気な声が聞こえる。強く吹いていた風もいつの間にか収まり、私はただただ感動していた。
「これが……空の景色なのですね」
私は翼竜に乗り、雲の上を飛んでいた。空からの光景は、あまりにも美しかった。昔魔王を倒す旅をしていた時、高い山に登り雲海を見たことがあった。あの時も美しい光景に感動したものだが、空から見る雲はまた格別だ。雲の上に乗り、横になってみたくなる。
「見ていてください」
レイが手綱を操り、翼竜をゆっくりと降下させる。翼竜の脚が雲に僅かにかかると、布を裂くように雲が分かれていく。私は感嘆の声を上げた。だが楽しんでばかりもいられない。私は遊覧飛行のために、翼竜に乗っているのではないのだ。
「レイ、進路は大丈夫ですか?」
「大丈夫です、ロメリア様。うまく気流に乗れました。この分なら夕方までに、ライオネル王国に到着出来ます」
レイは首を返して請け負う。私が翼竜に乗っているのは、ライオネル王国に戻るためだ。ロメリア二十騎士の派遣や、新型攻城兵器の使用許可をアラタ王に貰わねばならない。
馬で移動すれば、ライオネル王国までは何日もかかってしまう。しかし翼竜を用いれば、一日で到達可能だ。
「早いものですね……」
分かってはいたが、私は感心した。空を飛べば山や川に遮られることはなく、直進で進むことが出来る。しかもその速度は馬よりも速いときている。
現在翼竜は我がライオネル王国でも数が少なく、貴重な戦力となっている。しかしこのまま数が増え、一般人が使用出来るようになれば、世界は一変するだろう。情報は素早く世界を行き来し、一日で外国に旅が出来てしまう。空に手をかけた人類は、文字どおり飛躍的な進歩をするだろう。
「ロメリア様、雲が切れますよ」
レイが前を指差すと、雲の絨毯が途切れた。そして緑の大地が姿を現す。うっそうと生い茂る森や、山の形がはっきりと見えた。蛇行する川に茶色い岩肌を見せる荒野、視線を遠くに向ければ、丸みを帯びた彼方に海が見える。
どんな地図よりも正確な光景が、目の前に広がっていた。翼竜の存在は人の移動や情報の伝達を変えると予想したが、翼竜の可能性は私が考える以上だ。これまで地道な測量でしか分からなかった地形が、より正確に、より広範囲にわたって知ることが出来るようになるのだ。
「ロメリア様、寒くありませんか?」
肩越しにレイが私を見る。空の上が寒いとは聞いていたので、私は黒い上着の上に、白い毛皮の外套を着こんでいた。分厚いミトンの手袋もしているが、それでも空の上では寒い。しかし不平を言うわけにはいかない。無理を言って翼竜に乗せてもらっているのだ。
私は大丈夫だと言ったが、レイは疲れたら休憩するのですぐに言ってくださいと、何かと気を使ってくれる。
私はなんだかほほえましかった。レイは蒼穹騎士団を率いる将軍であり、その名は他国にまで鳴り響いている。そんな人物が、ロメリア様ロメリア様と呼んでくれる。
思えばレイは、初めからそうだった。レイとはカシュー地方のカルルス砦で初めて会ったが、その時から今も変わらない態度で私と接してくれる。あの頃はまだ顔にそばかすがあり、体も細く痩せた大根のようだと思っていた。しかしいつの頃からか彼は逞しくなり、男になった。そして今や世界に名だたる将軍となっている。だというのに、レイは私を慕ってくれていた。
「レイ……。ありがとう」
「え?」
「いつもありがとうございます」
私は彼の背中に手袋に包まれた手を置いた。レイは驚きからか言葉もなかった。
無理もない。私はこういうことは、出来るだけしないようにしていた。いつどこで誰が見ているかも分からない。特定の兵士を贔屓していては、士気にかかわる。場合によっては死人が出るかもしれないからだ。だが今ならば、誰かが見ている可能性はない。今ここで起きたことは、私とレイ、あとはお日様しか知らないのだ。
私が手を置いたレイの背中は、蒼い鎧に包まれている。しかし手袋と鎧越しに、彼の熱い体温を感じた。
それから私とレイは終始無言で、口を開くことはなかった。しかし時を長く感じることはなく、気がつけばライオネル王国の王都ラクリアに到着していた。
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