12話 希望の光
ドドドドド
数多の足音が夜空の下に響いている。
砂埃を巻き上げながら村に向かってゴブリンたちが押し寄せているのだ。
ゴブリンたちのほとんどは武器や防具を身に着けていないが、中には短剣を持っていたり、皮の鎧を身に纏ったものもいる。
人間から奪った物だろう。
使い方を理解していることからも知性を垣間見ることができる。
そんな群れの中でも一体だけ特殊な個体が存在する。
その個体が指揮官であるゴブリンジェネラルであるというのは一目瞭然だ。
まず、大きさが規格外である。
ほとんどのゴブリンは人間の腰や胸の高さくらいの大きさしかない。
そしてほっそりとした体格をしたものが多い。
しかし、ゴブリンジェネラルは人間の1.5倍はありそうな巨体をしている。
発達した筋肉に、鋼鉄で出来た鎧を装備し、大剣を持っている。
ゴブリンではなくオークなのではないかと思わせる見た目だ。
歴戦の猛者を思わせるゴブリンジェネラルだが、さすが指揮官というべきか、大軍の一番後方で状況を見渡している。
今のところ戦闘に加わる気はないらしい。
『ギャギャー!!』
ゴブリンたちが魔法障壁の前に辿り着き攻撃を始めた。
攻城戦など意識していないかのようなガムシャラな攻撃だ。
しかし、シルトたちに反撃する手段がないことからこのような攻撃の方がかえって有効なのかもしれない。
「始まったわね……」
魔法障壁の向こう側からの音を聞き、ロゼがポツリと呟いた。
その表情からは耐えるしかない現状へのもどかしさなどが滲んでいる。
シルトの魔法障壁は今のところ壊れる気配はない。
しかし、村全体を覆っているため魔力の消費はかなり激しい。
ロゼの膨大な魔力を貰っているため、暫くは持つだろうが、いずれ魔法障壁が消えてしまうのは確実だ。
タイムリミットは刻一刻と迫ってきている。
『なかなか硬い障壁ではないか。この村を護る強者はいなくなったと思っていたのだがな』
ゴブリンジェネラルが語り掛ける。
ゴブリンジェネラルが言っている強者とは数日前までこの村を護っていた騎士のことだろう。
その口ぶりからは、まるで今までは騎士がいたから攻められなかったと言っているように捉えることもできる。
今までの斥候はこの日を待っていたということだろうか。
『いつまでその障壁を保つことができるか見物ではないか。面白い、見届けてやろう』
軍勢から離れた位置で、ドサッと腰を下ろす。
どうやらゴブリンジェネラルは動く気がないようだ。
シルトたちからすれば時間を稼ぐためにはこれほどありがたいことはない。
ただ、今のところ救援が来る当てはないのだが。
障壁を張り続けること数時間。
「はぁ……はぁ……」
ロゼの荒い呼吸が聞こえる。
顔色は青白く、体調が悪そうなのは一目で分かる。
シルトへ魔力を供給しているロゼの魔力が底を突きかけているのだ。
ロゼの魔力が無くなればそれは障壁の消滅が近いことを意味する。
魔法使いであるロゼの魔力の容量はシルトの魔力の容量よりも遥かに大きく、実質魔法障壁を維持しているのはロゼであると言っても過言ではない。
「ごめんなさい……もう限界だわ」
ついにロゼの魔力が底を突く。
魔力を使い果たしたロゼはフラフラとしゃがみ込んでしまった。
これで、残るはシルトの魔力が頼りだ。
「もう長くはもたないか……」
自分の魔力量を把握しているシルトは障壁が暫くすれば消えてしまうことを悟った。
そして救援が来ている気配は無い。
「俺にもっと力があれば……」
心の声がつい口に出てしまう。
悔しさから自分の無力さを嘆くばかりだ。
「すみません。どうやらここまでのようです……」
「冒険者様。良いのです。最期まで諦めないという冒険者様の芯の強さを実感させられました。謝るべきは私です。このような依頼を頼んでしまった私に非がある。私が村の住民を避難させていればこんなことにはならなかった。住民にも冒険者様にもなんとお詫びすればよいのやら……」
村長は懺悔の言葉を口にする。
誰にも彼を責めることなどできないというのに。
その時、
「まだ諦めるには早いぞ村長!」
「そうよ。それに、避難しろと言われても私たちは避難しなかったと思うわ! 大好きだもの、この村が」
村人たちが続々と集まってくる。
「遅くなってごめんね、シルト兄、ロゼ姉!」
村人を先導していたのはリヒトだったのだ。
村長が指揮官の下へ向かった後、シルトの魔法が村を覆った。
その魔法を見てリヒトはシルトの思惑を悟ったのだ。
籠城するつもりだと。
そして、途方に暮れている村人たちを纏め上げたのだ。
「こんなところで死んでいいのか。諦めていいのか」
と村人たちに説いて回った。
初めこそ、
「戦ったって無駄だろ。」
「勝てるわけがない。」
「お前たちが弱いせいでこうなった。」
など諦めたり、責任を押し付けるばかりで誰も協力しようとはしなかったが、リヒトもめげることなく説得を続けた。
そのリヒトの努力のおかげもあり、
「俺は戦う! このまま黙って殺されるよりましだ」
「俺も戦うぞ! 妻と息子をこんなところで死なせるわけにはいかないしな」
一人、また一人と戦うことを決心していった。
時間こそかかったが、村人全員が決意したのだ。
そしてリヒトの先導でこの場所へと辿り着いたというわけである。
「それで、俺たちは何をすればいい?」
「俺に魔力を分けてください」
「魔力を分ける? 俺たちは魔法を使えないぜ?」
この村には魔法を使えるものがほとんどいなかったのだ。
村人たちはどうしたものかとざわつき始めた。
そんな中、しゃがみ込んでいたロゼがふらつきながらも立ち上がり、村人たちへ語り掛けた。
「大丈夫です。魔法が使える使えないに関わらず人は魔力を蓄えています。もちろん容量に個人差はありますが」
ロゼが言うようにこの世界に住む人は、ほとんどがその身に魔力を宿している。
魔法とは自分に備わる魔力を感知することから始まるのだ。
なので、魔法を使えるようになるための最短の道は、魔法使いに自分の魔力を触ってもらうことなのだ。
「私が皆さんとシルトの間に入って魔力の橋渡し役になります」
ロゼはそういうと近くにいた男性の手を右手で取り、左手をシルトの背中に当てた。
『―― マナストリーム ――』
「うわ!? 体から何かが流れて行く! これが魔力なのか!?」
初めて自分に備わる魔力を感知した男性は驚きの声を上げる。
しかし暫くすると、
「なんだか頭がボーっとしてきたな……」
男性の魔力が枯渇したのだ。
魔法を使えない村人は魔力の容量が大きくない。
魔法の容量は、例えるならば筋肉が鍛えれば肥大するように、魔法を使うことで容量が大きくなるのだ。
「次の方お願いします」
「分かった。次は俺の魔力を使ってくれ!」
こうして村人は列になりシルトへの魔力供給が始まった。
「魔力が無くなるってしんどいことなんだな~」
「本当よね。初めて体感したわ。」
数人の村人が魔力を供給し終えたころ、
「次は僕が魔力を供給するよ。ロゼ姉」
列の整理をしたり、村人からの魔力についての質問や疑問に答えていたリヒトがそう言った。
魔法が使えるリヒトは村人に比べれば遥かに多い魔力を有している。
「あなたは魔力を温存しておきなさいリヒト」
「どうして、ロゼ姉?」
「私とシルトは魔力を使い果たすことになる。そうなれば頼りになるのはあなたしかいないの。いざという時のために力を残しておいて」
「……分かった」
渋々といった感じでリヒトは納得し、その場を離れ村人たちの下へ行った。
「……障壁が消えたらあなただけでも逃げなさい。リヒト」
「俺たちがあいつだけは護ってやらないとな。保護者として」
ロゼとシルトは小声でそう呟くのだった。
村人たちの魔力を供給し続け、気づけば夜明けを迎えようとしていた。
そして、最後の村人の魔力を供給し終えた。
「私で最後です」
村長がロゼへ手を差し伸べる。
「そのようですね……」
「夜明けになっても救援は来ませんでしたが、我々はやるだけのことはしました」
未だ救援はやって来ていない。
しかし、もう障壁を保つことも難しいだろう。
万策尽きたということだ。
村長の魔力も底を突き、もはや障壁が保てなくなってしまった。
バキバキ
障壁へヒビが入っていく。
『どうやらこれまでようだ。よくここまで耐え抜いたな。誉めてやろう。どれ、最後は俺様直々に障壁を破壊してやろう。光栄に思うがいい』
ゴブリンジェネラルはゆっくりと障壁に近づくと大剣を振り下ろした。
バキン
ゴブリンジェネラルの一撃により障壁は崩れていく。
これまでだと誰もが諦めた。
そんな時、
「僕が相手だ!」
崩れる障壁の傍にリヒトが立っていた。
そして、ゴブリンジェネラルへと剣を向ける。
「逃げろ! リヒト!」
「逃げなさい、リヒト!」
シルトとロゼは叫ぶ。
「こんなところで逃げられないよ。僕だって男だ。やるときはやるんだ」
『勇ましいのはいいが、剣を握っている手が震えているぞ?』
リヒトの手は震えていた。
いや、手だけではなく足も震えている。
恐怖を押し殺してゴブリンジェネラルに向かい合っているのだ。
『俺の前に立ちはだかる勇気ある小僧よ。お前から殺してやろう。お前たち手を出すなよ』
ゴブリンジェネラルは周囲のゴブリンを静止させると、リヒトへ向けて歩みを進める。
ドスッドスッと重々しい足音を立てながら。
恐ろしいプレッシャーだ。
その場にいるシルトやロゼ、村人の全員が口々に、
「逃げろ!」
「敵うはずがねぇ!」
とリヒトへ逃げるように声をかけ続けた。
ゴブリンジェネラルの手下たちは命令通りその場で動きを止めて成り行きを見ており、リヒトとゴブリンジェネラルの戦いはまるで闘技場での決闘のような様相を呈している。
その時、村人たちの悲痛な叫び声により掻き消されてしまい誰の耳にも届くことはなかったがドドッドドと遠くから馬が駆ける音が鳴り響いていた。




