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11話 ゴブリンジェネラル

 一つの村がゴブリンに取り囲まれている。

 シルトたちが護衛を行っていた村にゴブリンの大軍が襲来したのである。

 何の前触れもなく。

 いや、直前に感じた不気味な魔力が唯一の前触れだった。

 転移魔法だろう。

 しかし、これほどの数を一度に輸送できる魔法。

 万が一、この魔法で王都が襲撃されれば甚大な被害が出るだろう。


「どうなってるの……」

「この数はやばいな……」

「こんな数のゴブリンが急に……」


 村の端に立つシルト、ロゼ、リヒトの顔には困惑と絶望が浮かんでいる。

 今彼らの前には数十、数百とも思われるゴブリンが村を取り囲んでいるのだ。


 ゴブリンそのものは知性があるとはいえ、とんでもなく強い魔物というわけではない。

 個の力は大したことはなく、むしろ弱い部類に入るだろう。

 数匹程度であればシルトたちで十二分に対応できる。


 しかし、ゴブリンの強みというのは数による蹂躙なのだ。

 ゴブリンといえば群れを作る魔物の代名詞ともいえる。

 ゴブリンの群れには規模の差こそあるが、おおよそ数十匹程度で構成されることが多いと言われている。

 

 だが、今シルトたちの目前にいる軍勢は数十匹という数は軽く超えている。

 数百という数だ。

 こんな規模の群れにはしっかりと対策を練った熟練の冒険者パーティーでなければ勝てないだろう。


 群れを構成しているゴブリンの数が多ければ多いほど脅威になるのは言うまでもないのだが、最も恐れるべきはその群れを指揮する指揮官である。

 数百匹ものゴブリンを従える指揮官は並大抵のものではない。

 稀に大規模なゴブリンの群れが確認されるが、その指揮官は“ジェネラル”という称号を付けられ冒険者たちに恐れられる存在なのだ。


 ゴブリンの軍勢を前に、曇った表情をしている三人だが、シルトは自分の頬をパシンと叩くと何かを決意したような顔をする。


「これはどうやっても勝てる相手じゃない。リヒト、村長のところへ行って村人の避難をするように言ってきてくれ。村人を一人でも逃がすことが俺たちにできる最善のことだ」

「でも……」

「行ってリヒト。一秒でも多く時間を稼ぐから」

「分かった。すぐ戻ってくるから!」


 リヒトは駆けだした。

 村人を一人でも逃がすために。

 そして、シルトとロゼはこの大軍勢相手に時間を稼ぐという無理難題に挑むこととなる。


 魔物が溢れ出して20年という月日が経った今、ゴブリンの群れに襲われて滅びる村や街は多い。

 それだけ、ゴブリンの群れというのは脅威だということである。

 そのことはシルトも良く知っていたのだ。


「動かねえな」

「そうね。何を考えているのかしら」

「碌なことじゃないだろうさ」


 シルトとロゼが眺める先にいるゴブリンの軍勢は今のところ一向に攻めてくる気配がない。

 一見すれば、村に睨みを利かせ続けてプレッシャーをかけているようにも感じられる。

 村の人間を精神面から追い詰めているつもりなのかもしれない。


 そんな時、ゴブリンの軍勢の中から野太い声が聞こえてきた。


『人間ども。俺様の下に頭を垂れ降伏しろ』


 おそらくこの軍勢の指揮官であるゴブリンジェネラルの声だろう。

 威圧感を伴った一声は聞いたものを震え上がらせる、まさにそう感じるものだった。


「ロゼ震えてるぜ。怖いなら逃げてもいいぞ。俺一人でも十分だしな」

「強がるならせめて震えないでよね」


 この声を聞いたシルトやロゼは戦意を喪失してしまいそうになるほどのプレッシャーを感じていた。

 実際に体がガクガクと震えている。

 先ほどの声には明らかに殺意や悪意が籠っていたからだ。

 こいつはヤバイと本能が訴えかけているのだろう。

 この威圧感は、つい最近シルトたちが遭遇したドラゴンを遥かに凌ぐプレッシャーだ。

 ただ、ドラゴンはシルトたちに敵意を向けていなかったという違いはあるのだが。


「俺たちピンチになり過ぎだよな」

「あんたのせいじゃない?」

「もしそうだとすれば、冒険者冥利に尽きるってやつだよ」

「ここで尽きないでよね」


 シルトたちがお互いに鼓舞し合っているとき、すでにリヒトは村長のところへ到着しており村人の避難を始めようとしていた。

 だが、ゴブリンの怒号のような声を聞いた村人は、足がすくんでしまい動けない者、耳を押さえ恐怖のあまり絶叫する者、意識を失う者、その場に跪き天に祈りを奉げる者もいた。

 子供たちは泣き喚いており、もはや収集がつかない状態だ。

 これでは避難するどころの話しではない。

 そもそもゴブリンたちに取り囲まれている現状で避難できる可能性など無に等しいのだが。


「冒険者様。もはや降伏するほか生き残るすべはありません」

「そんな!?」


 村長がリヒトへと告げる。

 現状で生き残るためには降伏しかない、ということだろう。

 リヒトも否定したくはあるが、そう考えざるを得ない状況だった。


 しかし、降伏したからといって平穏な暮らしができるとも到底思えない。

 おそらくゴブリンたちの奴隷として仕えることになるのだろう。

 女性は慰み者にされ、男性はただの奴隷としてこき使われるか殺されてしまうだろう。

 死んだ方がましだったという未来が見えてしまう。


 だがリヒトには「奴隷になるくらいなら戦って死にましょう」と村長に言うこともできなかった。

 村人全員の命を預かる覚悟がないからだ。

 リヒトはただただ俯くことしかできなかったのである。


『どうする人間ども。俺様は気が短いんだ、返答は早くしてもらおう。返答がない場合は村を蹂躙することになる。俺様はそれでも構わんがな』


 ゴブリンからの催促の声が響き渡る。

 もはやこの村にいる人々に猶予は残されていない。

 死か、隷属かの二択である。


「嫌だぁあ!!」

「助けてぇ!」


 村の中では再び悲鳴が響き渡る。

 村人たちは既に考えることを放棄していた。

 どうすればいいのか分からず、ただ恐怖におびえるだけだ。


 そんな絶望的な状況の中、村長は俯いているリヒトへと声を掛ける。


「冒険者様、あなたたちだけでも逃げてください。戦う力を持っているあなたたちなら逃げ切ることも可能でしょう」

「何を言って……」

「これは危機管理が出来ていなかった私の責任です。騎士様や冒険者様に護ってもらえばよいと自分たちで身を護ろうとしなかった結果です。村を離れるタイミングなど今まで幾度となくあったはずなのに」

「……」

「あなたたちはまだ若い。ここで命を散らさないでください」


 村長はそのように語るがそれは結果論でしかない。

 確かに一週間ほど前、ゴブリンが村に出始めた時や村を護っていた王国騎士がいなくなったタイミングで村を離れていればこんなことにはならなかっただろう。

 しかし、自分の故郷を捨てるというのはなかなかできることではないのも事実だ。

 誰も村長を責めることなどできないだろう。


「私たちはゴブリンに降伏します。なるべく時間を稼ぎますのでその隙にお逃げください。」


 力なく微笑むと村長はゴブリンの指揮官の下へ歩き始めた。

 その足取りは重い。


 ゴブリンの指揮官を目指す村長は途中でシルトとロゼに遭遇した。

 二人に対して村長が声を掛ける。


「冒険者様。お逃げください」

「村長!?」

「どういうことですか!?」


 村長からの突然の言葉に二人は聞き返した。

 急に降伏すると言われれば当然の反応ともいえるだろう。


 その後、村長から降伏する旨を聞いた。

 話しを聞いたシルトは神妙な表情を浮かべると、


「ロゼ、魔力を俺に流してくれ」

「何をするつもりなの?」

「いいから、言う通りにしてくれ」

「……分かったわよ」

「ありがとう」


 ロゼはシルトの背中に手を当て、


『―― マナストリーム ――』


 魔力の譲渡を始めた。

 魔力を受け取ったシルトは意識を集中し魔法を発動する準備に入る。


「何をしているのですか?」

「私にも分からないわ」


 シルトはしばらく集中し続けると魔法の詠唱を始めた。


『堅牢なる城壁よ我らに永劫の平穏を ―― ロウバストフォート ――』


 村を覆い囲むように魔法で作られた壁がそびえ立つ。

 魔法障壁に囲まれた村はまるで小さな要塞のようだ。


 突如現れた壁に村長は困惑しながら辺りを見渡している。


「冒険者様、村を覆い囲んでどうするつもりですか?」

「助けを待ちます」

「助けが来る当てがあるの?」

「ない。けど、この村はアンファングの街からそう遠くないから強い冒険者が来る可能性だってある。俺たちが洞窟で出会った二人組の冒険者とかな」


 シルトの作戦は当てのない救助を待つというもの。

 無謀な策だ。


 顕現した壁を見ながらゴブリンジェネラルは鼻を鳴らしている。


『魔法障壁を展開するとは、面白い。降伏する気はないのだな人間』

「今すぐ魔法を止めてください! このままでは殺されてしまいます。降伏すれば命は……」

「本当にそう思いますか?」

「それは……」


 村長は言い淀む。

 降伏した先の未来に平穏の光がないことは分かっているのだ。


 口ごもる村長を見たシルトは、


「では、このまま依頼を続行させてもらいます。まだ村の護衛の期間中なので」


 そういうと魔法障壁の維持に集中し始めた。


『全軍突撃だ! 人間どもを蹂躙せよ!!!』


 指揮官の掛け声と共にゴブリンが進軍を開始する。

 開戦の合図だ。


 そして人間側は、誰かが助けが来てくれるのを待つ。

 そのわずかな可能性にかけた籠城が始まった。

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