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8話 シルバー級冒険者

『ピィィィー』


 シルト、ロゼ、リヒトの目の前で新しい命が誕生した。

 ドラゴンが生まれる瞬間など滅多に見られるものではないとても貴重な瞬間であるのだが、三人はそんなことを知る由もない。

 ただただ目の前の光景に釘付けになっているのだ。

 生命の神秘というものに。


「……生まれたな」

「……ええ」

「ちっちゃいね……」


 生まれたドラゴンの体長は両手の平に収まるくらいの大きさである。

 薄く緑がかった体は、先ほどまでこの空間で激戦を繰り広げていたドラゴンの子供であることを示す。

 親のドラゴンが体長10メートル以上あったことから、目の前の赤ちゃんドラゴンの伸びしろの大きさを痛感する三人であった。


 そして生まれたての赤ちゃんが最も三人を驚かせたのは、


「この子飛んでるわね」

「もう飛べるんだな」

「凄いね」


 小さな翼をパタパタと動かして宙に浮いていることだ。

 まだまだ、フラフラとおぼつかない飛翔だが、自分の翼を精一杯動かして宙に浮かんでいる。

 ドラゴンは卵の中である程度体が出来上がっているのだろう。

 外敵の多い野生で生まれるのだから、当然と言えば当然のことだが、やはり人間からすれば不思議なものだ。


 生まれたての赤ちゃんドラゴンはキョロキョロと周囲を見渡すと、一直線にロゼのもとに飛んできた。


『ピィ』

「どうしたのかしらこの子?」


 ロゼは飛んできた赤ちゃんドラゴンを反射的に抱きとめた。

 赤ちゃんドラゴンはロゼの胸元でスリスリと体を摺り寄せている。

 なんとも可愛らしい光景だ。

 まるで母親に甘えているかのような。


「ロゼのことを母親だと思ってるんじゃないか?」

「そうなのかしら?」

「きっとそうだよロゼ姉!」

「でも、私に母親代わりは務まらないわよ……」

「だからといってここに置いて行くわけにもいかない、だろ? 大丈夫だって! 三人でなら育てられるさ!」


 おそらく根拠はないであろうシルトの言葉だが、謎の説得力があった。

 そんなシルトの言葉を受けて、ロゼもドラゴンの赤ちゃんを育てていくことを決意するのである。

 きっとこの先、冒険の助けになってくれるだろう。

 そんな希望も少しだけ持ちながら。


 しばらく赤ちゃんドラゴンとの交流を深めた三人。

 人懐っこい赤ちゃんドラゴンは先ほどまで命の危険にさらされていた三人の心を大いに癒すのだった。


「さてと、そろそろ洞窟ともおさらばしないとな! 多分、さっきの冒険者が出ていった通路を進めば出れるだろ!」


 いつまでもここに居るわけにもいかないと、シルトが歩き出した。

 先行するシルトに続くようにリヒトが着いていき、その後ろを赤ちゃんドラゴンをしっかりと両手で抱きかかえたロゼが着いていく。

 長き渡る洞窟探索も終わりが近づいているということである。


 やはりドラゴンという圧倒的存在を失った洞窟には魔物が入り込んでいるようだった。

 しかし、遭遇するのは魔物の死体ばかり。

 先に出ていったフレットとカレンがなぎ倒しているおかげか、シルトたちは生きている魔物に遭遇することなく洞窟を進むことができたのだ。

 それどころか、魔物の死体がある道を選んで通ることで出口まで迷うことなく辿り着くことができる。


 そしてついにその時を迎えた。


「光が見えるよシルト兄、ロゼ姉!」

「ようやく出口だ! 今回は大変な旅になっちまったな」

「早く帰りたいわね」


 三人はようやく洞窟から抜けることができたのだ。

 外はすっかり日が昇っており、昼前になっていた。

 どうやら三人はかなり長い間、洞窟内にいたようだ。

 さらに幸運なことに、どうやらここの出口があるのはスライムの森の外のようで、視界の端にはうっそうと木々が茂る森の姿が飛び込んでくる。

 再び森の中で迷子になるという状況は避けることができたようである。

 街道も視界に入っており、アンファングの街までは無事に帰ることができそうだ。


 後はあの街道を歩いていくだけ。

 そんな空気に包まれる中で、ふとシルトが口を開いた。


「そういえば、俺たち何しにここに来たんだっけ?」

「あっ! そういえばスライムの討伐忘れてるよ!!」

「すっかり目的を見失ってしまっていたわね……。今から魔物退治は正直しんどいわ」


 三人が本来の目的を思い出し、本来やるべきことが何一つ進んでいないことに絶望を感じていると、


「あっ、そうだ! お前らちょっと待ってろよ!」


 そう言い残すとシルトは洞窟内に戻って行ってしまった。


「シルト兄!?」

「どこ行くのよ!」

「大丈夫だから! 待っててくれ!」


 ロゼとリヒトはシルトを見送った。

 今回ばかりは追いかける余裕が無かったようだ。


『ピィピィ』

「可愛いわね~」

「本当だね!」


 洞窟の出口でロゼとリヒトが赤ちゃんドラゴンをあやしながら待っていると、駆け足でシルトが戻ってきた。


「待たせたな!」

「何してたの?」

「二人組の冒険者が倒した魔物の中にスライムがいないか見てきたんだ! そしたら案の定スライムがいてさ、多分あいつらかなり高ランクの冒険者だろ? いらなかったんだろうな。スライムの核とか素材を回収してなかったんだよ!」


 そういって洞窟内で回収してきたスライムの核や素材、ついでに他の魔物の素材などを二人に見せる。


「まあ、俺たちが倒したわけじゃないけどさ、グランスライムとかドラゴンに遭遇して生き残ったんだ! これくらいは大目に見てもらおうぜ!」


 冒険者ギルドでの依頼達成の条件は依頼内容にある魔物の核や素材を提出することがほとんどである。

 そのため、今回シルトがやっているような行為でもギルド側からすれば分からない。

 明らかに実力に見合っていないようなものを提出すれば怪しまれることもあるだろうが、スライム程度の魔物であれば、まずばれないだろう。

 要は、冒険者たちのモラル次第なのだ。


「まあ、今回はそれで許してもらいましょう!」

「次から頑張ればいいよね!?」


 三人は今の体力とモラルを天秤にかけた結果、モラルよりもすぐさま依頼を達成することを選んだようだ。

 冒険者には時にずる賢い手段も必要であろう……。

 疲労した体に鞭打ち三人はアンファングの街へと歩を進める。

 一睡もせずに行動していたため野宿になってしまえば全員寝てしまい、寝込みを襲われる危険がある。

 そのため街の宿で寝ることが何よりも優先すべきことなのだ。

 そんな三人の疲労など露知らず、赤ちゃんドラゴンはロゼの腕の中でスヤスヤと眠っている。

 しかし、その可愛い寝顔に癒される三人だった。


 しばらく歩き続け、スライムの森とアンファングの街の中間地点あたりまで到達した一行。

 もはや歩くペースはかなりゆっくりだ。

 歩くことに疲れ果てたシルトは、


「こんな時、一瞬で街に帰れるような道具があればな~」


 とぼやき始める。

 それを聞いた二人は、


「瞬間移動なんてかなり高価なマジックアイテムみたいだから、今の私たちでは到底手の届かない代物よ。いつの日か入手できたらいいわよね」

「噂だと一瞬で街に帰る転移魔法を使える魔導士もいるらしいよ! そんな魔法使えるようになりたいな~」


 と反応を示した。

 三人が話すように、この世界には一瞬で帰還できる便利な魔法や魔法道具があるが、一般の冒険者に使えるようなものではない。

 とんでもなく高価な商品なのだ。

 世の中そんなに甘くないというわけである。


 その後も気を抜けば眠ってしまいそうになりながらも、残りの力を振り絞り、何とかアンファングの街に辿り着くことができた。

 三人はその足で冒険者ギルドへと向かう。

 疲労しているのだから、すぐ宿に向かえばいいのにと思うかもしれないが、宿屋や道具屋、武器屋、防具屋などは冒険者だと特別割引を受けられたりする。

 シルトたちはまだ正式な冒険者ではないので、今の段階で宿に泊れば損をしてしまう。

 そこは金欠冒険者見習いだけあってちゃっかりしているのだ。

 そのため、まずはギルドへ達成報告をして冒険者になろうという魂胆だ。


 冒険者ギルドへ着くとすぐさま、


「お姉さん! 依頼通りスライム5体倒してきました!」

「お疲れさまでした! では、核の提出をお願いします」


 受付のお姉さんは明るい笑顔で迎えてくれた。

 この笑顔にやられる冒険者も多いことだろう。


 シルトは指示通りスライムの核を提出する。


「鑑定致しますので少々お待ちください。……はい。スライムの核で間違いないようです。改めて、お疲れ様でした! これで依頼達成となります」

「やったー! これで冒険者になれるな!」

「僕たちついに冒険者になれるんだね!」

「これで一安心ね」

『ピィ』


 三人は無事依頼を達成したこと、冒険者になれることに一喜一憂した。

 赤ちゃんドラゴンもよく分かっていないようだが、三人の喜びにつられるように鳴き声を上げている。

 受付のお姉さんもシルトたちの喜ぶ姿をみてほほ笑むのだった。


「では、シルト様、ロゼ様、リヒト様。こちらのドッグタグをお渡しいたします。このドッグタグが冒険者としての身分証明になりますので、肌身離さずお持ちください」


 三人は銀色のドッグタグを受け取りさっそく身に付ける。

 ドッグタグを身に付けることにより、この世界では冒険者としての待遇を受けることができるのだ。


「お三方は、現在シルバー級の冒険者になります。武勲を立てれば昇級することもできますので、ぜひ昇級を目指してみてください。上位のランクになれば特別な待遇を受けることができますよ! 皆さまが最上位のゴールドダイヤモンド級になる日を楽しみにしております」


 お姉さんはシルトたちに激励の言葉を投げかける。


 ゴールドダイヤモンド級冒険者。

 それは冒険者であれば誰もが志す最高位の存在だ。

 しかし、冒険者の頂にたどり着くことは容易なことではない。

 現在、世界に存在するゴールドダイヤモンド級冒険者は三名。

 かなりの数が在籍する冒険者の中でたったの三人しかたどり着いていないのだ。

 彼らの実力は計り知れず、人類にとって間違いなく英雄として語り継がれるほどの功績を残している。

 おおげさに言ってしまえば現在人類が生き残っているのは、三人のゴールドダイヤモンド級冒険者がかなりの魔物を倒したからとも言える。


「ゴールドダイヤモンド級か~夢だよな~」

「本当だよね~憧れるな~」

「そうかしら? 別にランクなんて何でもいいじゃない」

「わかってねぇな、ロゼは! これのロマンが理解できないなんて! なっ、リヒト!」

「そのとおり! 今回ばかりはシルト兄の味方をするよ!」

「(……うざっ!)」


 ロゼは口に出かかった最後の一言を飲み込んだ。

 ここでの無用な言い争いは体力の無駄遣いだと察したのだろう。


 どうやらロゼにはゴールドダイヤモンドだのランクだのに興味がないようだが、何はともあれ三人は無事に冒険者の舞台に上がることができた。

 英雄への道程はまだまだ遠い。

 しかし、三人が冒険者として活躍する日は必ず来るだろう。

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