ヴォルマ強襲
一日、二日、三日と何事も無く過ごす。
役職付きの者、カンの鋭い者達はおかしいと不安を抱えていた。何故あの竜は襲ってこないんだ?
普通に考えれば防備が進む前に叩くだろう。
いくら現状の結界が強力でもあの火球を連発されたら容易く破壊されるのではないか?不安を抱えた者達の考えることは同じでそれが彼ら彼女らの不安を余計に掻き立てるのだ。空にはいつもより輝いて見える黄金に輝く星があり、無駄な音が響かない静寂は停滞しているような感覚を与え心に余裕を生む。
そんな心地すら良い空間を破るようにグラナルが叫んだ。
「雲の間から飛んで着てるぞ!!!」
その声を合図に各部隊の隊長は行動を開始した。
魔法部隊で上級以上を扱える者達は結界を何重にも展開させると、その結界に魔法で射出する大槍を設置していく。それらをカバーするように三人一組となった弓兵部隊がに二人がかりで引く大弓を放つ準備を始める。
敵が空から来る以上は地上部隊の多くの兵が実力を発揮出来ないでいる。ヴォルマの兵の怖い所は魔法兵部隊の者で無くとも多くが魔法を行使できる点にあるのだ。その中からより魔法に対して知識のある者や実力がある者が選抜され魔法兵部隊へ振り分けられている。魔法兵以外の者も二人一組になり防護魔法を展開し迎え撃つ準備を始めていつ来ても良いと言わんばかりに空を睨む。
全員が戦えるだろうと認識していた。
これだけの人数に魔法に防備があれば抵抗は出来ると決め付けていたのだ。接近する姿が鮮明に見え始めると戦慄し彼らの動きは止まり、見上げる空には大きな影とは別に小さい影が幾重にも見えたのだ。
小さな火球が次々を放たれるとその度に結界によって阻まれ消えていくが、止まない火球の中に一際大きい火球が連続で飛んできて結界が音も無く消失した。それを合図に小さな影達が突撃を敢行して戦いの火蓋が落ちる。
影の正体は馬より少し大きい翼竜で百以上はいると偵察の者が連絡を寄越してくる。大きな竜と同じ茶色の体には鋭い牙と爪があり尾も尖っていてそれら全てを使い攻撃を繰り出してくる。ある者は尾に突き刺され、またある者はその先鋭に切り裂かれるが判断の早い者が叫ぶ「目を抉るか焼け!羽も切り落とせ!」声の通りに攻撃を繰り出すと三人一組でようやく一匹を殺せた。同時に弓兵達の大弓に穿たれ地に落ちる翼竜や魔法で焼かれて城の堀へと落下する数も増えるが、それでもこちらの被害も増して行きジリ貧になりつつある。
空にいる一番大きな竜は無駄なのに足掻く滑稽な魂を嘲笑うと背に乗せた女に指示を出す。
「おい、お前も行って来い!殺しそこなった女の魂を取って来い!ガキの魂すら禄に回収できねぇゴミでもそれぐらい出来るだろうが?」
「あんたはどうすんのさ?」
「俺も動くさ!殺して殺して魂を喰らうからな!」
「そうじゃあ行って来るわ」
エスカが乗る翼竜は急降下で城を目指し、竜はハンデと言わんばかりにゆっくり移動を始めた。
彼女が降下した場所は以前に吹き飛ばされた龍殿側の橋上でそこにはフェルチを初め魔法兵を率いたターニャがいた。
「あれ~?フェルチあんたまだ生きてたの?あのガキを殺しといて良く平気な顔してるね~?」
言葉を返すより早く彼女の拳はエスカの鳩尾に炸裂し吹き飛んだ。またも同じように壁へ激突した所にターニャ達が連続して魔法を叩き込むと額から血を流した彼女が怒りを表した。
「っざけたことしてんじゃねーよ!ゴミがぁあ!」
「援護は任せて!」
「はい!お願いします!!」
そう言うとフェルチは全身を強化し駆け拳を脇腹へと抉りこんだ。
「あぐっ・・・」
エスカの呻き声などお構いなく次々と攻撃を繰り出し叩き込み吹き飛ばし、隙を縫うように魔法の矢が降り注ぐ。防戦一方というよりボコボコにされていた。
―なんでこの前より強くなってんだよ?前はこっちがボコボコにしてやったんだ・・出来ない訳が無いだろうがっ!―
顔上げるとフェルチが声をかけるのを聞いた。
「以前のようには行きません。もう戸惑いませんから本気でやらないと直ぐ終わりますよ?」
フェルチは挑発した訳では無くただシンと訓練している時と同じような感覚で言っただけだったがエスカには効果的面だったようだ。
「舐めてんなよ!」
「隙あり過ぎなの!」
話なんて関係ないとばかりにターニャ達が風の魔法や火の魔法を周囲の被害なんてお構いなく飛ばしてくるが、フェルチはそれを綺麗に避けるとエスカに直撃に爆発する。周囲の地面を抉り土煙が巻き上がると静寂が訪れ戦いの終わりを告げていた。フェルチを始めターニャ達も安堵の表情を浮かべて体から力が抜けそうな感覚に見舞われるが、休む訳には行かないと気合を入れ直すと橋上へ向かう。
「終わった気になってんじゃねーーーよ!!」
土煙がその怒号だけでなぎ払われるとエスカが片膝を付いてこちらを睨んでいるが様子がおかしい事に誰もが気が付いた。右腕は吹き飛んでいるが血は流れず皮膚の所々が茶色く変色し顔は怒気で変貌し、彼女の声とも思えない声で言う。
「二回戦を始めようか?ゴミどもぉお!」
「エスカ・・・あなたは・・・」
「近づけちゃダメなの!援護なの!!」
「はい!!」
連続で魔法が打たれ着弾するもダメージをまったく受けていない様子で笑みを浮かべている。フェルチは相対する為に構え直し最大限の力で身体強化を行うがエスカの姿を捉えられず気が付いた時には吹き飛んでいた。魔法兵達が展開した結界がクッションとなり最大ダメージだけは受けずに済んだけれど骨が折れた痛みで顔が歪む。
「おい!簡単に死んでくれるなよ?あのガキ同様に弄り殺してやるからよぉ!」
「なんなの・・あれ・・・見えなかったの・・・」
「コロンダンテ殿!一度引くべきです!!」
「わかったの!城側まで下がるの!」
「結界にもう意味は無いのが分からんのか?」
エスカが大きく口を開き咆哮すると爆発的な空気の重圧が襲い掛かかり、咆哮が鳴り止んだ時に立っている者は後方で結界を展開できた数名だけだった。
この世界で生きる種族から大きく逸脱した姿と力に為す術も無く抵抗すらも無駄だと言われたようで半ば諦めの空気が充満していく。さらに時間が経過していくと彼女の体は男とも女ともとれないような体躯に変化し絶望を誘うのだ。
「んだよ・・・一度だけ吼えただけだろうが、何を休憩してんだ?あぁ?」
エスカはこちらに向かいゆったりとした速度で接近を開始したが、彼女の前を降下してきた翼竜が邪魔だったのか一振りで頭部を破壊し殺した。
一方、マーレは冷静な判断を下して消耗を最小限に押さえ戦い続けていた。指揮を取る彼女の指示に寸分の狂い無く兵士達は動きを見せ翼竜を狩るとまた陣形を固め、次が来るとまた陣形を変化させ対応している。
「一人が冷静を欠けばそこから崩れます!攻撃と防御の隙は最小限に変化に対応しなさい!」
「おぉぉぉおおお!!」
叫ぶ兵士の練度は高く負傷する者はいたが致命的には至らず、翼竜達も攻めあぐねている様子が見て取れる。マーレはそれを見逃さず弓兵達に指示を出し穿たせると、羽を射られた翼竜は落下し確実に潰されていく。それでも敵の数は多くじりじりと後退を余儀なくされる。
レスタはというと近衛兵と共に玉座の間で護衛の任務に着いており、伝令からの報告で状況を把握してる状態だった。ルナが玉座の間で逐一報告を受けるが焦燥感に狩られて落ち着きが無くなってきているのをレスタは嗜めるしかない。
「あまり芳しくはないわね・・・」
「ここでルナっちが出ても変わらないからね?」
「分かってるけど・・・でも」
「ダメなんだからね?」
「分かってるわでも援護ぐらいできないかしら?」
「ルナっちが先頭切って崩しちゃダメだよ」
「うぅ・・・」
会話が途切れると外から轟音だけが響き、その度ルナはレスタを見るが首を横振られ却下され拳を握り絞めるしかできないのだった。次に伝令が入室した時に事態は動きを見せた、先ほどより確実に近い位置から轟音が響き渡ると結界を破り城壁を破壊し礫となって玉座の間に降り注いだ。
茶色の物体が壁を破壊し侵入してくる。
それが竜の尻尾であると気が付いた所で対処できず避難を余儀なくされた。避難と言っても玉座の間の扉は潰されており破壊され穿たれた穴から脱出するしか方法は無く、穴から出るとそこは橋上付近でルナの当初の思惑通りとなる。
「レスタ・・・これはどうしようもないわね?」
「でもウチらから離れたりしないで?絶対だよ?」
「分かってるわ。あなた達に護衛は任せるわね?」
「はっ!」
穴から数メートル程の高さを落下すると、ターニャ達から直ぐの位置に出るがレスタ達が即座に行動を起こした。援護射撃を放ちながら突っ込んで負傷した者達を後方へ移動させるとエスカが動きを起こす。レスタ達に目掛け火球を速射した。対応できる者はおらず火球が迫って行くと彼女は満面の笑みで満足そうな顔を見せる。ルナリアは水球を放ちギリギリの瀬戸際で対処に成功すると、レスタ達が引き返して何とか彼女を守る為の陣を組む。
「王様さぁ何したの?相殺じゃなかったよね?」
「アンタに説明する必要なんてないでしょう?」
「へ~じゃあもう一回見せてよ!!打消しを!」
エスカは火球を再び速射し結果を楽しみにした顔でニタニタと笑い、ルナリアは即座にさきの手順で魔法を打ち消した。
「胸がデカいだけのお人形かと思ってたけどやれば出来るんだね!でもさ~何時まで持つの?」
「くっ・・・」
「ルナっちは下がってて!」
「でもあれに対応出来るのはアタシしかいないわよ。普通に相殺でもしてみなさい・・・爆圧でやられるのはこちらなのよ?」
「ターニャ達もまだ戦えるから大丈夫だよ!」
「分かってるわ、でもねもう引けないのよ?ここが崩れたらもう瓦解してお終いなのよだから戦うわ」
頑固さだけは折り紙つきで皆はもうなし崩し的に肯定し、各々は覚悟はもう出来ていると表情から伺えた。そんな強固な信頼と覚悟を見せつけられたエスカがイラ付きながら攻撃を繰り出す。
「あぁ~もううぜぇんだよおおおおお!!さっさとシネエェェェ!!」
攻撃が一番前の兵士に当たる寸前に空から声が降る。
「待て!!!!そいつは殺すな!!」
その声に彼女の動きはピタッと止まると一度のジャンプで後方へ下がった。
「何よ!今いい所なの!」
エスカの後方上空に茶色い竜が現れると全員がその竜を見上げる。
「おい!そこのガキ!オマエが今やって見せたのは打ち消しだろうが!龍の血が混ざっているな!」
「だからどうしたのかしら?」
「ハハハッ!オレは運が良いなっ!オマエの魂はオレ自らが喰らって糧にしてやるから死ね!」
「従う理由なんてないでしょ?」
「ハッ・・・そうかい・・・」
そう言うとマーレ達が戦っている方角へ咆哮を浴びせ破壊を見せつけた。マーレ達は突風のような風の圧力の前に何も出来ずに倒れ、ある者は腕がへしゃげ、またある者は既に亡骸となっていた。
「で?次はどうするんだ?次はあの街か?それともあそこの群集か?まぁオレは構わないんだがな?」
「っ・・・そ」
「おい?聞こえてんのか?」
「ルナっちダメだよ?」
「ルナちゃん逃げて・・」
「逃げたら国ごと消すからかまわんぜ?ハハッ!」
マーレは生きているんだろうか?今の攻撃で何人が死んだのだろうか?次は誰がこんな理不尽で殺されるの?アタシが守るべきは何?自分の命じゃない民の命なのよ・・・。
「分かったわ・・・だからもう止めなさい」
「あん?分かってねぇーようだな」
竜は再び咆哮し今度は火球を港へ向けて放つと着弾と共に港は壊滅し炎上した。
「オマエは自分の立場を理解してねぇのか?」
「っく・・・もう止めてくださいませ・・・私の命と魂は差し上げますから。どうか・・・他の者をお助けくださいませ」
「はん!出来るなら初めからやれゴミがっ!!」
「申し訳ありません・・・」
「ルナっち!」
「ルナちゃん!!」
「黙りなさい!もう私はあの方のモノです。軽々しく口を聞かないで」
「そうだ!ハハハッそれでいいぞ?さっさとこっちへ来い!」
「かしこまりました」
マーレとターニャを押しのけ橋上へ向かうとエスカが笑みをくれている。
「おい、こいつを死なない程度に痛めつけて手足を落とせ!」
「りょーかい!キャハハハッ!!!ねぇ今どんな気持ちなの王様?兵士達の前で蹂躙されるのってどんな気持ちなの?」
「・・・・・」
「無視してんじゃねーよ!」
「あぐっぅうう」
エスカはルナリアの首を掴み上げるとそのまま放り投げ落下してきた彼女を殴りつけ、地面に倒れた彼女の脚首を踏みつけると鈍い音が響き絶叫が木霊した。
まだ始まったばかりと髪を掴み無理矢理に立たせて腹を脇腹を顔を殴る。
血にまみれた彼女に同情すらせず淡々と足元の虫を踏みつけるように続けた。
兵士達が動きを見せるとエスカは問答無用に魔法を放ち焼き殺し無駄なことはするなとばかりに睨みつける。どのくらいの時間が流れたのだろうかルナリアは服もボロボロで立つことすらできず声すらも出ない状態になっていた。
「よぉーしもういいぞ!!」
「え?まだ足りないんだけど?」
「あん?てぇめぇから殺すぞ」
「分かったって・・・」
「オマエは残りを殺せ!」
希望も無く、無残な状況に泣く事も出来ずに全てを諦めた者達が立ち尽くす。
ルナリアは竜の手前に投げられ転がると人形のように動かずそこへ竜が降下しながら口を開いた。
レスタやターニャの叫び声は届かず竜の口が一層と開いた時、轟音と共に竜の巨躯が地面に叩きつけられた光景が広がっていたのだった。何が起こったのかその場に居る者も叩き落された竜自身ですら理解出来てはいない。レスタを始めターニャ達は降り立つ者に目が釘付けになり瞬きすることすら忘れた。
竜の手前には身長170~180の白いローブにフードを被った者が降り立った。
三章スタートします。
七話~八話程度を予定してますので三章も宜しくお願いします!
今回もお読み頂いててありがとう御座います。
ブックマークをして頂いた方にも重ねて感謝いたします。
次話も宜しくお願い致します。