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「エピローグ」

 ウォレス率いるサーディアス軍の一隊がカルナスに入ったのは四月七日。


 カルナス周辺のイトアニア勢力を降服させたウルシアが合流を果たしたのは、それから更に一週間後の四月十四日のことである。


「ご苦労だったなウォレス」

 ウルシアは執務室に入るなり、資料の山に埋もれた男に(ねぎら)いの声を掛けた。


「まったくだ。肩は凝るし頭まで痛くなってきた。こんな事なら役回りを交代するべきだったよ」

「トッドを付けたろう。あやつは何をしておるのだ?」

「サーディアスの代表者として歓迎の宴に出てるよ。たぶん、今夜も戻ってこないだろう」

 指先で頬を掻きつつ苦笑いを返すウォレスに、ウルシアは(とが)めるような視線を送った。


「あの馬鹿め。大丈夫なのだろうな。我らは未だよそ者に過ぎんのだ。ここでサーディアスの評判を落とすような真似をされては困るぞ」

「そこは流石に(わきま)えてるだろう。もっと弟を信じてやったらどうだ? それに俺はあまりそういった事が得意じゃないからな。適材適所だよ」

「ほぉう。お前が事務処理を得意としているとは知らなかった」

「皮肉はいいから代わってくれよ。これ以上は頭がおかしくなりそうだ」


 疲労困憊(こんぱい)するウォレスから紙の束を受け取ると、ウルシアは彼がまとめたらしきその書類をめくり始めた。


『全貴族及びブロス付きの文官・武官の財産目録』、『イトアニア各地の穀物生産量と備蓄』、『全領民の戸籍』、『各地に配置された兵数と防衛施設の詳細』と、厚みのある資料に、ざっと目を通していく。


「何だ。上手くまとまっているではないか。これだけあれば、すぐに次の手が打てよう。案外、才能があるのではないか?」

「勘弁してくれ。白状するが、俺がやったのは最後の軍事関連のやつだけだ」

「分かっておる。なかなか上手くまとめてあるが、他のと比べると些か見劣りする感が否めんからな」

「…………」

「――して残りは誰がやったんだ? イトアニアの協力者だとは思うが、ローゼン殿ではあるまい?」

「ローゼン殿の知り合いだそうだ。スカウトしようと思ったんだが、残念ながらもうイトアニアを離れたそうだ」

 微笑するウルシアに、ウォレスは拗ねた口調で返した。


「そうか。それは残念だ。有為の人材はいくらいても足りぬくらいなのだがな。旧体制下で埋もれてしまった者を見出し、人材を確保することが急務になるな。これから忙しくなるぞ。差し当たってお前には、軍事方面全般を任せることになる。適材適所だな」

 ウルシアが口の端を上げる。


「おう、それなら任せておけ」

 ウォレスは拳で胸を叩いた。


「ところで一つ聞いても良いか?」

「何だ? ウォレス」


「ローゼン殿から聞いたんだが、ブロスを逃すように指示を出していたのだろう? なぜ逃がしてやる必要があったんだ? 後々のことを考えるなら、ここで排除してしまった方が都合が良いと思うんだが……。良ければ理由を聞かせてくれないか?」

「そうか説明していなかったか。――ウォレス、あの男はどこへ逃げたと思う?」

 しばし考えた末、ウルシアは宿題を出す教師のような笑みで質問を返した。


「グラハム・カストール将軍のいる南部方面だろうな。一万を超える兵力があるという話だ。その軍をもって復讐戦を挑もうといったところだろう」

「ブロスとしてはそうしたかろうな。残念ながらそうはならんだろうが……」

「どういう事だ?」


 首を傾げるウォレスに対し、ウルシアは右の人差し指をぴしっと立てて説明を続ける。


「先の戦の模様は周辺各領の密偵によって広がっているはずだが、今回はワルアにも動いてもらっている。中でも南部方面にはより詳しい情報を流した。武勇名高きグレイク兄弟と違い、グラハムは知を拠り所とする将軍だ。当然、このまま戦ったところで勝ち目がないことは分かってるだろう。こちらは勢いに乗っているし、何より今戦ったところで先の戦と同様、兵が寝返るだけの結果に終わるのは目に見えている。ひとまず体勢を整えたいところだろうが、今となってはイトアニア領内でそれは難しい。領民たちに対して我々以上の好条件を提示できるならばともかく、それが叶わぬからにはな」


「グラハムはどうすると?」

「そうだな。恐らく、現在交戦状態にあるカザニアと和を結び、亡命することを考えるだろうな。そこで余計な情報が入らないよう隔離した兵士たちに、事実とは異なる情報を与える。兵士たちをその気にさせた上で、カザニアの兵と共に攻め寄せれば数の優位も得られる」


「これまで争っていた相手のために、カザニアが兵を出したりするか?」

「さすがにただ(・・)では出すまいよ。グラハムとてそのくらい分かっていようさ。事は交渉事だからな。まあ、目の前にうまい餌でもぶら下げて見せるだろうよ。そうだな……」


 ウルシアは艶やかな黒髪を細い指で梳いた。


「……ふむ。成功報酬として領土の一部を割譲するとでも言うか。何ならついでにイトアニアからの不可侵を誓約しても良い。守るかどうかはまた別の話だしな。カザニアは領土を拡大できるし、ブロスに対して恩も売れる。不可侵の証として、毎年糧秣(りょうまつ)を供給させるという手もある。これならカザニアとしても悪くない話だろう?」


 これまでに得た情報にそう確信するだけのものがあったのか、彼女の態度からは自信のほどが窺えた。


「なるほど。それは分かったが、ブロスを逃がした理由とどう繋がるんだ?」


「ブロスがいた方が、カザニアとしてもイトアニア軍を受け入れやすい。正当な主のもとに領主の座を回復させるための戦として、戦端を開く口実が出来るからな。此度の戦で難を逃れた貴族たちも、こぞってカザニアへと駆けつけよう。何なら今回捕らえた連中も逃がしてやっても良い。すると領内から一時的とはいえ、不穏分子が消えることになる。我らは領内の改革に専念できるというわけだ」


 ウルシアは梳いていた黒髪に目を向けると、今度は指先でくるくると弄び始めた。


「さらにカザニアとて直ぐさま攻め寄せてくることはできん。侵攻に当たって意見も割れようし、兵の寝返りに対して対策を講じる時間が必要となろう。こちらとしてもワルアを通じて少々手を出す予定でいるしな。時が経つほどに、ブロスや貴族共は焦れてこよう。そこにまた付け入る隙が生まれる。要するにブロスは厄介事の種なのさ」

 そう言って、無邪気な瞳をウォレスに向ける


「本人にそんな自覚はないんだろうな」

「当然だろう。ある意味あのグスタフより頭の悪い男だからな。いずれカザニアも攻略せねばならぬし、連れて行かれたイトアニアの兵士たちもその時に解放できよう。ブロスは先の戦で討ち取れれば良し、逃したところで他に利用できるといったところだったのだ。遅かれ早かれ、あの男の命運は尽きることになる。ならば、わざわざローゼン殿の手を(わずら)わせる必要もない。と、いうところだな」


 ウルシアは口の端をあげて、先を続ける。

「それとな。実はもうひとつ良いことがある」

「もうひとつ?」


「そうだ。今回、我らは勝利を得た。そして事の顛末も大々的に宣伝した。その結果、周辺各領は今のままではサーディアスと戦火を交えることはできないと理解したはずだ。ブロスと同様、これまで散々圧政を敷いてきた連中だからな。現状では我らと戦ったとて兵の離反にあうこと必至だ。それを防ごうと思えば、少なくとも税を下げて民の不平不満をある程度解消する必要がある」


「――ああ、なんとなく解ってきたぞ。サーディアスは人材の確保も必要だし、政策を正して民心を得る必要もある以上、無制限に領土を拡げられるわけじゃない。当然、目標を達成するにはまだまだ時間がかかる。すぐに多くの民を過酷な現状から救い出せるわけじゃない」


「うむ。だがサーディアスの領土が拡がり隣接する領が増えれば、それだけ多くの地域で税が下げられ、領民たちの生活が改善されることだろう。それによって餓死する者や貧困を原因として売られていく子供らの数も減らすことができよう。これは単に正面から戦って敵を打ち破ったのでは得られなかった戦果だ」


「なるほどな。しかし……楽しそうだなウルシア」

 ウルシアはその昔、思いついた悪戯の説明をする時に見せたニヤけ顔を浮かべていた。

 こんな表情を見せられると、自業自得とはいえブロスらが気の毒に思えてくるウォレスである。


「悪党を成敗するのに悪びれる必要などあるまい?」


 しれっと返すウルシアに、ウォレスは今後、彼女を怒らせまいと心に誓った。


 話に一区切りついたところで、ウルシアは改めて室内を見回した。


 執務机こそ機能性を重視したものが置かれているが、壁には見るに()えない容姿を脚色して描かれた特大絵画、熊や鹿の首の剥製が飾られ、それらのない場所では埋め込まれた大小の宝石が、シャンデリアの明かりを受けて極彩色の光りを生み出している。足下には深紅の絨毯が敷き詰められ、天井には宗教画らしき絵が描かれていた。


「あの悪徳領主、面倒なことは全て人任せにしていたという話だ。恐らくこの部屋など(ほとん)ど使われていなかっただろうに、よくもまあ、これだけ金を掛けたものだ。しかも悪趣味ときている。お前よくこんな部屋に籠もっていられたな」

「俺だって何も好き好んでこんな場所に籠もってたわけじゃないぞ」

 奇異なものでも見るような目を向けられ、ウォレスはさも心外そうに返した。


 特大絵画を裏返したウルシアは、右手のバルコニーに目を向けた。


 窓を開けて外に出る。


 星々が瞬く空の下では、圧政からの解放を喜ぶ領民が、もう何日目かの宴を開いている。


「食料庫を開放して蓄えの一部を返還したとはいえ、ああも騒いでいて大丈夫なのかと少し心配になるな」

 ウルシアは少々呆れた口調で呟いた。


「それだけ喜びも大きいということだろう。当面、財政的には問題ないんだろう?」

「ああ。先の資料を見る限りではな。領主がかなり溜め込んでいたようだし、貴族連中から没収した分もあるからな。領民たちの生活が安定するよう多少還元したとしても、何ら問題あるまい。元々は彼らのものだったのだしな」


 二人は並んで立つと、手すりにもたれかかり、しばらくの間、街の明かりを眺めていた。


「あの街の明かり……まるで地上で星が赤く輝いているみたいだな」

「星……か。覚えているかウォレス。星降る夜のことを」


 それはウルシアがサーディアスを旅立つ前の年のことである。

 冬空の下、流星群を観測できる夜があった。


 ウェスタニア大陸には、『流れ星が消えるまでに願いを掛ければ必ず叶う』という言い伝えがあり、その日もまた、二人は領主館のある丘で肩を並べ、夜空を見上げていたのだ。


 ウォレスの脳裏に、星々を瞳に宿した少女の横顔が思い出される。


「勿論、覚えているさ。“こんなに沢山流れ星が見えるとは、何とも有り難みのないことだ”って言ってたよな」

「そ、その事ではない。馬鹿者! だ、大体、私がそんな可愛げのないことを言うわけがなかろう!」

「言ったじゃないか。俺はしっかり覚えてるぞ?」

「言うておらぬ! え、ええい、忘れろ! 忘れぬか、馬鹿者ッ!」

 当時の口調を真似てからかうウォレスに、ウルシアは耳まで真っ赤に染めて怒鳴った。


 日頃、素直でないウルシアは、からかうと面白い反応を示す。トッドが姉をからかいたくなるのも分かるというもので、ウォレスは内心で笑みを浮かべた。

 もっとウルシアの反応を楽しみたいところではあったが、やり過ぎては怒らせてしまう。

 先ほど立てたばかりの誓いを、早々に破ってしまうのは如何(いかが)なものかと、ウォレスは悪戯心を抑えることにした。


「約束のことだろう。ちゃんと覚えてるさ」


 唇を尖らせるウルシアの横顔は、戦場で見せた戦乙女のそれではなく、愛らしい少女のようであった。久々に見たその表情に、ウォレスは胸の奥が温かくなるのを感じた。

 同時に、人は多面性を持つものだと誰かが言っていたのを思い出す。だとすれば、ウルシアにはまだウォレスが見たことのない別の顔があるのかもしれない。


「そうだ。私はあの日の約束を忘れたことはない。だからこそ、私はこうしてここに帰ってきたのだ。それを何だ。お前というやつは……」

 ウルシアは拗ねた口調でブツブツと呟いた。


「悪かったよ。俺もあの日の約束を忘れたことはない。だからこそ、こうして鍛えてきたんだからな。ご期待通り、バルドスにも勝ってみせたろう?」

「ふんっ。当たり前だ。今回のことは始まりに過ぎんのだ。まだまだ先は長いというのに、こんな所で(つまず)くようでは困る」


「争いも差別もない平和な世を作る……か。確かに、まだまだ先は長そうだ」

「ああ。統一国家を築き、この戦乱を終わらせるだけではない。新たな秩序の元、差別もなくす。どれほど繁栄しようと、国家などいずれは滅ぶものだ。私は永遠の存続など望むつもりはない。だが、多くの民のため、やるからには少しでも長く平和を持続させねばならん」

「新たな統一国家を築くというだけでも大層なことだってのになぁ」


 今の世にこれほどの大風呂敷を広げる者が他にいようか。


 ウォレスは自分たちの思い描く夢の大きさに首を竦めた。


 ウルシアは戦争によって父親を失っている。安住の地を求めて祖父ドッツと共に旅を続ける中で、彼女は多くのことを学んだ。


 その頃既に戦乱の世を迎えていたウェスタニア大陸では、何処へ行っても戦の影が付きまとった。商人として財を蓄えていたドッツらはまだ良い方で、農民の多くはその日の食事にすら事欠いていた。戦争の巻き添えで焼かれた村は数知れず、各地では略奪が横行していた。事の起こりは中央政権の乱れであったが、一旦こうなってしまうとそう簡単に収集はつかない。


 己の欲を満たすため、各地の領主は戦に明け暮れ、弱き立場にある者は一方的に虐げられる。食い扶持を減らすために子供を売るなど日常茶飯事のことで、一切れのパンを奪い合って死者が出ることすらあった。


 貧富の差は広がるばかり。弱き者は(さげす)まれ、差別を生んだ。


 旅の間、ウルシアたちは幾度も危機に遭遇し、その多くをドッツの機転によって回避した。ウルシアの目に、祖父ドッツの姿はそれは頼もしく映ったものである。彼女が祖父の影響を強く受けたのも頷けることであろう。


 そして、一行はサーディアスへと辿り着く。


 当時のサーディアスは領主がシュレッテン家に代わって五年が経過していた。


 街道の整備もされておらず、生産性が低いこともあって食料も十分とはいえなかったが、各地を旅してきた一行の目には奇跡の地として映った。


 領民たちに笑顔があったのである。しかも、その中心にある人物は貴族だというのだ。


 領民と共に汗を流し、同じ食べものを食べ、粗末な衣服を纏い、さして広くもない平屋の家に住まう貴族。聞けば館をはじめ金目の物は全て売り払い、飢餓に苦しむ領民たちの食料に変えたという。その結果、多くの領民の命が救われ、心を開いた彼らは領主一家と共に領内復興に力を注いでいるという話であった。


 権力者は決して弱者を顧みないもの――そんな考えを一瞬にして壊して見せたシュレッテン家の人々。さらには子供たちを集めて教育まで施しているという。


 ウルシアたちの驚きは如何ばかりであったろうか。


 サーディアスを安住の地と定めた一行は、領主一家と親交を持つようになった。


 やり手の商人であったドッツは、サーディアスの財政を支える重要な役割を担うようになり、ウルシアは文武両面で頭角を現した。


 知識を得て、広く世界を見渡せるようになったウルシアは、その変革を夢見るようになる。


 当時、ウルシアは一人でいることが多かった。大人びた考えと古臭い話し方から、周囲に溶け込めずにいたのである。ウルシア自身、進んで輪の中に加わろうとはしなかったから、少女はますます孤立していった。


 尤も、何事においても例外というのはあるらしく、一人孤立する才女と積極的に関わろうとした男の子がいた。シュレッテン家の次男坊である。


 ガキ大将であったウォレスは、孤立する物憂げな少女を放っておけず、事ある毎に少女の後を付いて回った。


 ついに根負けしたウルシアは、ウォレスを通じて周囲の輪に加わるようになる。


 ハーンらの教育あってか、わんぱく小僧であったウォレスも、話してみれば多くを共有できる少年であった。


 互いに認め合い切磋琢磨した日々は、二人にとって掛け替えのない時間だ。

 共にハーンに師事した二人である。知らず知らずのうちに、同じものを目指していたとしても何ら不思議はなかった。


 こうして共に学び、共に悩んだ二人は、同じ夢を分かち合ったあの夜から無二の友となったのであった。


「確かにこれは途方もない夢かもしれぬ。だが決して実現不可能だとは思わん。事実、ローディアの初代皇帝シアラは、女の身でありながら一代にしてこの大陸に統一国家を築いてみせた。差別はともかく、少なくとも二百年以上もの間、この大陸は平和を享受(きょうじゅ)できた。やってやれぬ事ではないはずだ」


 歴史上の偉人と同等以上のことをやってみせるというのである。


 あの夜、彼女は誰かがやらねばならぬと言った。それならば私がやろうとも……。


 ウォレスの脳裏に、遠き日のウルシアの姿が思い浮かぶ。その眼差しは、今も変わっていない。


 強い意志を宿した瞳が、ウォレスを射貫いた。

「ウォレスよ。イトアニアを併合した今、我らは大きな足がかりを得たことになる。同時に、周辺領には最大の脅威として認識されたはずだ。長い戦いになるだろう」

「そうだな。もう後戻りは出来ない。……でも、何とかなるんじゃないか?」

「おいおい。随分と楽観的だな」

「悲観的になったところで、事態は好転しないぞ。それに俺たちだけで戦うわけじゃない。皆が自分の大切なもののために、一致団結して戦うんだ。二人では不可能でも、大勢の仲間たちとなら為せるんじゃないか?」


 ウルシアは自戒するように、苦い笑みを浮かべた。彼女自身、そう思いたい気持ちが確かにあったのだ。


「――しかし、大勢で戦っているのは、我々だけじゃない。敵とて徒党を組んでいるだろうに。そう簡単にいくわけがなかろう。我らは同じものを目指し、団結しているかもしれん。それは大きな力となろう。だが、それだけでは足りん。恐怖、欲望、希望……兵を団結させる方法などいくらでもあるのだ。他の連中がそれを用いないとも限らぬ。いや、必ずそうしてこよう」


「気負いすぎても良い結果は出せないぞ?」

「そうは言うがな。理想を実現したいと思うなら、我々は勝ち続けなければならんのだ。一度の敗北で歴史から強制退場させられた者は、それこそ星の数ほどいるのだぞ」


 眉間に皺を寄せるウルシアに、ウォレスが嘆息する。


「一人で戦おうとするなよ」

「別に一人で戦おうなどとは思ってはおらぬ」

「俺は将軍。ウルシアは軍師だ。多くの兵の命を預かる身だからな。気負ってしまうのは分かるさ。でも、俺たちは人の身に過ぎないんだぞ? そう何でもかんでも出来るもんじゃないだろう?」

「そんなことは分かっている」


「ウルシアの策が失敗しそうになったら、その時は俺が流れを引き寄せてやるさ。トッドとワルアもそれぞれの方法で力になってくれるだろうしな。だから……何とかなるさ。始まったばかりなんだ。今からそう肩肘張ってると、先が保たないぞ」


 ウルシアは一層深いため息を吐いた。


「……簡単に言うてくれるものだな」

「星降る夜に願ったろう。きっと叶うさ」

 ウルシアは空を見上げる親友の横顔を見つめた。


 そこにわんぱく小僧であった少年の姿はない。代わりに心身共に鍛え上げられた頼りがいのある精悍(せいかん)な青年の姿があった。


 ウォレスはどの星を見ているのだろうか。ふと、気になってウルシアはその目線を追い、夜空へと視線を転じた。


 あの夜、流れゆく星々にウルシアは二つの願いを込めた。その内の一つは、未だ胸の奥に秘めたままだ。


 流れる星が一つ。


「何か願い事はしたかい?」

「突然すぎる。無理に決まっておろう」

 顔を向け合い、ひとしきり笑う。


「しかし、幸先の良いことだ。そう見られるものではないというにな」

 ウォレスは一つ頷いた。


 街の喧騒が耳に届く。宴はまだ終わらないだろう。


「ちょっと見に行ってみないか?」

「ウォレスよ。私も帰ったばかりで、疲れているのだぞ」

 ウォレスの誘いに(とが)める言葉を返したウルシアであったが、その口元には笑みが浮かんでいる。


 街へと繰り出していく二人を、淡い月明かりが照らしていた。



 太平三〇二年四月。

 ウェスタニア大陸は未だ戦乱の渦中にある。

 この時、彼らの歴史的役割を知る者はまだ一人もいなかった――。

 ウェスタニア戦記~始まりの詩~を最後までお読みいただきありがとうございます。

 この作品は以前、投稿用の作品として書いたものに多少の手直しを加えたものになります。

 ウルシアの演説シーンと、グスタフとの一騎討ちのシーンが描きたくて、そのためにはどんな話にすればいいかな、と考えてできた物語です。

 この先の話も考えてはいますが、一冊分の話として書いたため、現時点ではこれで終わりです。

 要望があれば続きを書くこともあるかもしれませんが……。

 次は少し時間をいただいた上でまた別の物語を載せる予定でいます。

 書きたい物語は沢山あるのだけれど、おそらくは吸血鬼モノか妖怪モノあたりになるかと。

 次もまた読んでいただければ幸いです。

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