第11話:新しいヒロイン?
「これは『神の涙』そのものの能力だから、覚える必要はない」
ウォルは説明しながら、神の涙の一部を元の姿へと戻した。
「これが神の涙っていうの?」
ヒカリは腰のポーチから、銀色の金属球を取り出した。
「一体どこの神が金属の涙など流すのだ? 鋼鉄の神とでも言うのか?」
「それは俺にも分かりません」
ウォルは苦笑しながら答えた。
この名前はゲーム内で表示されていたものだ。
なぜそう呼ばれているのかまでは、彼も知らない。
「まあよい」
ヒカリも深く考える気はないらしく、金属球をぽんぽんと放り上げる。
「で、これはどうやって扱うのだ?」
「まずは魔力を注ぎ込んで、神の涙と同調してください」
「相分かった」
そう言った瞬間、ヒカリの手の中にある神の涙が、まばゆい白い光に包まれた。
次の瞬間、彼女は手の中の金属と自分との間に繋がりが生まれたのを感じた。
「それから?」
(さすが師匠だ。魔力を注ぎ込む速度も量も、俺なんかとは比べものにならないな)
ウォルは感心しながら、問いかけに慌てて答える。
「次は、収納したい装備を上に置けばいいだけです」
ヒカリは少し迷ったあと、慎重に尋ねた。
「これを使うことで、吾の装備に何か影響はあるのか?」
「まったくありません」
ヒカリの抱く懸念を汲み取ったウォルは、腰の帯から投擲用の短剣を抜き取って差し出した。
「まずはこれで試してみてください」
「では、ありがたく借りよう」
ヒカリは短剣を受け取ると、まず手の上で重さを確かめ、それから軽く弾いて硬さを確認した。
そして短剣を神の涙の上に置く。
一瞬にして銀色の金属領域が短剣を這い上がり、その全体を完全に覆い尽くした。
次の瞬間、短剣は神の涙の中へと消えていった。
ヒカリは神の涙の中に何かが増えたことを感じ取ると、右手を翻す。
すると、その手には先ほどの短剣が現れた。
「なるほど……なかなか便利ではないか」
彼女は頷くと、今度は神の涙を胸元の黒いプレートアーマーへと押し当てた。
神の涙はすぐさま鎧に沿って広がり、鎧全体を同化していく。
しかし、重厚な鎧が消えた瞬間、その下から淡い緑色のぴったりとしたインナーレザーが剥き出しとなった。
女性らしい身体のラインがはっきりと浮かび上がる。
ウォルは一瞬で硬直し、危うく叫び声を上げそうになった。
「ふぅ……やはり身軽なのは良いな。ん?どうした、小僧?」
ヒカリは満足そうに肩を動かし、隣にいる少年の表情がどこか強張っていることに気づく。
不思議そうに首を傾げ、尋ねた。
「ああ、そうか。龍人を見るのは初めてなんだな」
彼女はすぐに何かに気づいたように頷いた。
確かに、人と龍の半分ずつの血を引く龍人は、大陸でも極めて珍しい。
「ええ、そうです」
ウォルは不自然に視線を逸らしながら、ぎこちなく頷いた。
(でも……師匠の龍族としての特徴って、思っていたより少ないんだな……)
ウォルは心の中でひっそりとツッコむ。
頭には、純白で緩やかに湾曲した二本の角。
そして蒼い瞳。
それ以外には、ほとんど龍族らしい特徴が見当たらない。
「よし、この能力、吾は気に入ったぞ」
ヒカリは再び鎧を呼び出し、ハルバードをウォルへと向けた。
「これは……?」
ウォルは反射的に一歩後ずさる。
「吾は後輩から一方的に施しを受けるような真似はせん。礼として、吾も一つ教えてやろう」
ヒカリは手招きする。
「さあ、遠慮なくかかってこい!」
ウォルは迷わなかった。
左足で力強く地を蹴り、長剣を一閃させる。
ヒカリはウォルの迷いのない動きを評価し、槍の穂先を軽く跳ね上げるだけで、その攻撃を逸らした。
「打撃の威力が分散しておる。これでは敵にいなされるのも道理だ」
彼女はハルバードを掲げ、何気ない動作で振り下ろしてみせた。
ただ流すように放たれた一撃。
「本当の攻撃というのは、こういうものだ!」
ドォン!
言葉では言い表せないほどの、致命的な威圧感が一瞬にして全身を覆った。
ウォルは反射的に盾を構え、後方へ跳躍して距離を取ろうとした。
「筋は悪くない」
ヒカリのハルバードが盾に叩きつけられる。
凄まじい衝撃によってウォルの身体は数メートル吹き飛ばされ、それでもなんとか体勢を立て直した。
「身体を硬直させるな。インパクトの瞬間だけに威力を集中させ、全身の威力を一点へ収束させるのだ」
【ヒカリから『溜め強打』を伝授されました】
(まさかアクティブスキルなのか!)
ウォルは胸の内で歓喜した。
通常、武具の扱いや攻撃軌道はスキル【近接武器熟練】の枠組みに一括処理される。
だが、システム上で独立したスキルとして登録されるということは、【溜め強打】の威力や使い方は、決して通常攻撃と同じものではない。
ヒカリは槍の石突きを地面に突き立て、ドン、と音を響かせた。
「よし、一度試してみるがいい」
「はい!」
ウォルはヒカリの動きを一度見ただけで、力を込める感覚を正確に掴んだ。
一歩踏み込み、剣を振り下ろして空気を斬り裂く。
ヒュッ、と鋭い風切り音が石室に鳴り響く。
明らかに、先ほどよりも威力が増している。
「悪くない。覚えるのが早いな」
ヒカリは満足そうに頷いた。
「ありがとうございます、ヒカリ様」
ウォルは心から感謝し、深々と頭を下げた。
「気にするな、取るに足らん小技だ」
ヒカリは手を軽く振ると、出口に向かって歩みを進めた。
「さて、吾はもう行くとしよう」
「ヒカリ様、もう行かれてしまうのですか?」
「ああ、少し用事があってな」
(半年後に起こる災厄……師匠に助けを求めるべきか?)
ヒカリの実力なら、村を救える可能性は十分にある。
それどころか、彼女が協力してくれれば、災厄そのものを防げるかもしれない。
(……でも)
ウォルは唇を噛んだ。
半年後に起こることだから、相手が信じてくれるかどうかという問題もある。
それに、初対面の相手に面倒をかけるわけにもいかない。
ヒカリが立ち去るのを見送ったあと、ウォルは手を振ってステータス画面を開いた。
スキル欄に増えている【溜め強打】を見つめ、思わず口元を僅かに緩める。
満足したウォルがパネルを閉じ、そのまま自分もダンジョンを出ようとした、その時だった。
「ん……?」
視界の端に、見てはならない異物が紛れ込んでいるのに気づいた。
ヒカリ・ホワイト 15/100
ウォルは絶句した。
ウォルは目を擦った。
一度画面を閉じ。
そして、もう一度開く。
だが、刻まれた文字が消えることはなかった。
好感度一覧。
ヒカリ・ホワイト 15/100
そこには、見覚えのある名前が新たに追加されていた。
「…………」
ウォルはしばらく画面を見つめた。
(あー……そういえば、師匠のフルネームはヒカリ・ホワイトだったな……)
一瞬、現実から目を逸らそうとした。
だが、そんな現実逃避も長くは続かなかった。
「なんで師匠まで攻略対象なんだよぉぉぉ!?」
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