01
ここに閉じ込められてどれくらいの年月が経ったんだろう。そして屋敷から人がいなくなってからどれくらい経ったんだろう。
私の世話をしてくれていた奴隷のテオは少し前に逃した。逃げられないのは私だけ。
足元には大袈裟な足輪と、そこから伸びる鎖。鎖は屋敷の柱に繋がってて、この部屋の中を自由に行き来はできるけど部屋の外には出られない長さになっている。
この国は隣国との戦争に負けたらしい、というのはテオが教えてくれた。
敵国の軍がすぐそばまで来ていて、だからこの屋敷の人間はみんな逃げていった。
テオは最後まで世話をしてくれようとしたけど、道連れにするのが嫌で説得して逃げてもらった。
鎖に繋がれた私は、テオがいないと水も食料も手に入れられない。
それでもよかった。
どうせここで閉じ込められて一生を終えようとしてたから。餓死しようが、敵国の人に殺されようが、生きる楽しみを奪われた私にとっては大差なかった。
『……』
もう体を動かす気力はなく。随分前からベッドに横になったまま動けないでいる。
真っ白だったはずの天井に、だんだん変な模様が混ざって見えてくる。
限界が近いんだ。多分もうすぐ死ぬと思う。
それでもいい。
『できれば、もう一回外に出たかったなあ……』
口は動いたけど、音は出ない。
だんだんと瞼が重くなって目を瞑る。「ついに死ぬのかな」なんて思った矢先、外から荒々しい物音がした。
もしかして敵国の人かな。近づいてきているのかもしれない。すぐそばまで。それくらい近くて大きな音だった。でもやっぱりもう力なんてなくて、何も反応できない。
静かに死にたいけど、このままだと敵に見つかっちゃうのかな。
体は動かない。
意識がなくなる間際、部屋の扉が開いてたくさんの人が入ってくる気配がした。
ああ、ついに、でも残念私の方が先。
よかった。敵に捕まって何かをされるより先に死ねそうだ。
そのまま私は意識を手放した。
***
次に目を開けた時、私はまだ同じ部屋にいて、部屋の中にはたくさんの人がいた。男の人がたくさん。服装は軍人みたいだ。
「……?」
死んだと思ったのに、生きていたらしい。
「目を覚ましたか。大丈夫……じゃないよな。おい、誰か水と軽食を持ってきてくれ。それから治療班とライアを呼んでこい」
一番キラキラした軍服を着ている人が指示すると、周りの人が動き出した。
すぐに目の前に水と食料が用意され、飲ませられて、食べさせられる。
なんで??
食べている間に誰かが来て、私に手をかざした。あったかい魔力が流れ込んできて、少しだけ元気になった。
指示を出していた男の人が、私が座っていたベッドの端に腰掛ける。
「名前は?」
「……」
聞かれるけど答えられない。
「俺はローウェンだ。ローウェン・シュヴァルツ」
ローウェン。ローウェン。
目の前の男の名前を自分の頭の中に叩き込む。黒髪に黒い瞳。整った顔で、体の大きい人。
私は名前を名乗ろうと口を開けるけど、やっぱり声は出ない。
自分の喉を指差して、それから首を振る。
「喋れないのか」
頷く。
「俺の言っている言葉は理解できているか?」
頷く。
「文字は書けるか?」
首を振る。
食べ終わった食器を横にずらして、シーツをめくる。そのままワンピースも捲り上げて、腰にある印を見せた。
「おい……ッ!」
服を捲り上げた時、ローウェンが焦った声をあげたが気にしない。印を見せればきっとわかってくれるだろう。
「お前、これは……。ちょっとそのままでいてくれ。お前ら見るなよ。おい!ライア!ライア!早くこっちにきてくれ!」
ローウェンが誰かを呼ぶと、向こう側から気だるそうな男の人がやってきた。髪の毛、とっても長いけど男の人なんだよね?
男が向かってくる間にローウェンは私の下半身にシーツを被せて腰以外の部分を隠してくれる。
「なんだよ。まだ屋敷の解析が終わってないんだけど」
「ライア、これ、何かわかるか?」
ローウェンはライアと呼ばれた男の人に腰の印を見せる。二人でまじまじと腰をみるものだからなんか恥ずかしくなってくる。穴があいちゃうよ。
「あー……。本当にこの家の連中はクソだな。お嬢さん、もう服をおろしてもらって大丈夫」
言われた通り服をなおす。
「これは言葉を奪う制約ですね。声、出ないし文字もかけないでしょう」
頷く。
「唇は動かせる?もしできるならお嬢さんの名前を言ってみて。声は出なくて大丈夫だから」
それに何の意味があるんだろう。と思ったけど、指示通りに唇を動かしてみる
『ロゼ』
「ロゼ?」
ローウェンが正確に名前を読み取ったことに驚く
『わかるの?』
「俺たちは軍人だからな。諜報部にいたことあるやつなら、ある程度唇の動きを読み取れる」
『そうなんだ、すごい!』
そうなんだ。そうなんだ。
ものすごく久しぶりに誰かと会話できた。それが嬉しくて、顔がにやけてしまった。
この人たちはいわゆる敵国の人かもしれないのに。それでも、長らく一人でこの部屋に閉じ込められて、誰とも会話できなかったから、意思が通じるのが嬉しかった。
ふへへ
声は出ないけど息が漏れる。
もしかしたらこれから捕まってどうにかなっちゃうかもしれないのに、呑気に笑っちゃった。でも治療してくれたしご飯もくれたから、すぐに殺されちゃうみたいなことはないよね?
ごほん、とローウェンがわざとらしく咳払いをする。
「あー、俺たちはロゼを攫いにきたんだ。ひどいようにはしない。痛いことも、辛いこともしない。ただ国に連れて帰りたい。強制的に連れて帰ることももちろん可能だが、できれば君の承諾がほしい。攫われてくれるか?」
『助けてくれるってこと?』
「助ける、になるのか?この場合は。まあ不自由はさせない」
『ごはんもくれる?』
「当たり前だ。なんだ、飯をまともに与えられてないのか?確かにかなり痩せてるな……。全く、ここの連中はどういう扱いをしてたんだ……、まあいい、それは追々だな。飯も、寝心地のいい寝床も、服でも、本でも、宝石でも、用意できるものならなんでも与えてやる、だから来てくれるか?」
『……いく』
自分でも思ったよりも躊躇なく、すぐに頷いた。
変だなあ、さっきまでこの部屋で死ぬ覚悟をしてたはずなのに、誰かと会話できて、水とご飯をもらって治療されただけなのに、ついて行きたくなっちゃった。
自分の単純さにびっくりする。
『できれば、一つ、約束して欲しい』
「何でも言ってくれ」
『閉じ込めないでほしい』
また閉じ込められたら、今までと何も変わらないから。それでもいいけど、やっぱり外には出てみたいから。お願いしてみる。
ダメならだめでもいい。それくらいのお願い。
「……っ」
唇を読めた何人かが息を呑む気配がした。そんなに変なこと言ったかな。
「あたりまえだ」
ローウェンはそういうと、腰の剣を抜き、私の足につながる鎖を切った。




