72
「あっ……」
リクが甘い声音で呼びかけ、ミナの上体を倒して横にさせると、壊れ物でも扱うかのような慎重で優しい手つきで自分の胸へ引き寄せた。大事なものを守るように、きつく、それでいて苦しくない程度に抱きしめる。
「ミナ。会いたかった」
「んっ……」
リクが耳元で、いままでで一番、甘ったるい声で囁いた。胸がきゅんきゅんなって、嬉しさと甘さで感覚がおかしくなりそう。全身が痺れそうになる。気持ちを伝えるように、ミナは彼にぎゅっとしがみつけば、唇を塞がれた。
「――は、殿下」
恋い焦がれていた唇との長い触れ合いのあと、ミナがそう呼ぶとリクは軽く眉間にしわを寄せた。
「殿下はもうやめろ、名で呼べ」
「えっ?」
そういえば、ずっと彼は自分をミナ、と呼んでいる。いままではチビで、大事なときだけ名前で呼んでいた。
「ほら」
「ええっ!? な、なんか恥ずかしい……」
「……? じゃあお前を名前で呼んでいる俺は恥ずかしいのか? ……ともあれ、命令だ」
「そうじゃないですけど……その、も、もう私たちは主従関係にありませんよ!」
王子殿下ではあるので一応命令に従ういわれはあるのだが、無意識にミナは自分がすがっていた関係性が壊れてしまったのを気にしていたため、ついこぼした台詞だった。しかしリクは気にした素振りもなく、「そうだな」というだけだった。
「殿下……」
「名前で呼ばなきゃ聞かない」
「ぐっ……」
リクがぷいとそっぽを向いて頑なな態度を見せた。――変わっていない。相変わらず、子供っぽい。なぜかそのことに安心する。ミナはくすりと笑った。うん、それくらいの願いは叶えてやろう。
「……まだか?」
「えと……リ……リク王子」
「ミナ!」
「きゃっ」
照れながらも精一杯に名前を呼ぶと、リクはよく懐いている犬のように、抱きしめながら頬ずりをしてきた。
――いや、違うな。この場合私が可愛がられている犬だ。
しかし、ここまで喜んでもらえるのは嬉しい。
「リ、リク王子は、今日はその、どういった用事で」
頬ずりされながらそういえば、と思って尋ねた。まさか私に会いに来るためだけにこんな遠方まで訪ねてくるはずもない。ただでさえ、王太子の選出で忙しい……あれ、それもどうなったのだろう。途中で抜け出してきたのだろうか。
「ミナ、お前を迎えに来た」
「えっ……?」
――迎えに来た?
嬉しい言葉ではあるのだが、説明不足が過ぎていまいち要領を得ない。だが、リクの目はとても冗談を言っているような感じではなかった。ちょっとその辺の買い物に付き合わせるための迎え、ではない。
「ミナ、来てくれるよな?」
「待ってください! どこへ?」
半身を起こし、そのままミナも抱き上げどこかへ連れて行こうとするリクを必死で押さえた。あまりに急な要請に慌てふためく。
「そんなの王宮に決まってるだろ」
ミナの返事が期待していたものじゃなかったのか、リクはちょっとむっとした顔になって言ったのだが、その言葉がますます信じられなくてミナは混乱する。
「な、なぜ……!?」
「――そのうちわかる」
「そのうちじゃ不安ですよ!」
「ふぅん。じゃ、俺と離れるのと、どっちが不安だ?」
「――! ず、ずるい!」
「じゃあ来るよな?」
「う……うぅ」
彼はミナの心はお見通しなのだ。リクは勝ったとばかりにひとしきり笑うと、急にすっと目を細め、まとう空気を変えて顔を近づけた。あ、キスが来る。そう思って目を閉じたが、待てども唇は重ならないのであれっと思い目を開ければ、静かな激情に揺らめく碧の双眸がミナを映し出していた。
視線が重なれば、リクはゆっくりと口を動かした。
「ミナ……――好きだ。俺のそばにいてくれ。お前以外、もう何もいらない」
「――! リっ、ん……――」
初めての彼からの真実の愛の告白は、やけにゆっくりと、そしてはっきりとミナの脳に直接響いてきた。彼はずっとその胸に秘めていた想いを吐き出すように熱く口づける。
――やっと、ほしかった言葉が手に入った。
意識したことはなかったが、本当はミナの奥底は彼の愛の言葉をずっと欲していたのだ。
天にも昇る心地で体温を重ねていくうちに、ミナはやっと、彼に対する“好き”の意味を知った。そして同時に、彼の想いも充分すぎるくらいに全身で覚って、ミナは喜びに打ち震えた。
なぜかって、それは……ミナがリクに抱いている想いと、全く同じものだったから……――。
end
最後までお付き合い下さりありがとうございました!




