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誰でも小説が作れる! ジャンルを入力するだけの小説作成プロンプト  作者: Atelier Lotus


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16/20

例題2『欲しかった時計』――装飾比喩・幻想型純文学ブラッシュドアップ実例

 森川時計店のショーウィンドウには、いつも同じ時刻を指している腕時計があった。

 細い銀色の針は、十時九分のところで止まっている。

 時計なのだから、本当は動いているのかもしれない。店を閉める前にぜんまいを巻かれ、夜のあいだだけ、誰にも見られず時を刻んでいるのかもしれない。けれど、放課後に通りかかる中村雪には、それはいつも同じ時刻を指しているように見えた。

 細い銀色のベルト。

 淡い青色の文字盤。

 目盛りは小さく、飾りもほとんどない。華やかな時計ではなかった。むしろ、隣に置かれた金色の時計や、小さな石を埋め込んだ時計に比べれば、ひどく静かだった。

 その静けさが、雪は好きだった。

 文字盤の青は、よく晴れた空よりも薄く、雨の前の空よりも明るかった。どこにも存在しない時間だけを集めて、丸いガラスの中へ閉じ込めたような色だった。

 値札には、二万八千円と書かれていた。

 雪が高校二年生だった頃、二万八千円は、金額というより距離だった。

 歩いても歩いても着かない場所。

 窓の向こうに見えているのに、入口のない部屋。

 放課後、雪は友人の佐伯美咲と一緒に、駅へ続く古い商店街を歩いて帰った。

 八百屋の店先には段ボール箱が積まれ、蜜柑や林檎が夕方の光を受けていた。総菜店からは油と甘辛いソースの匂いが流れ、和菓子屋のガラスケースには、粉をまとった大福が行儀よく並んでいた。

「今日はコロッケ揚げたてだよ」

 総菜店の女性が、二人の制服姿を見ると声をかけてきた。

「どうする?」

 美咲が足を止める。

「今日、新しいクレープ屋さんも行くんやろ」

「そうだった」

「両方食べたら太るかな」

「一個ずつなら大丈夫じゃない?」

「その理屈、何個まで使えるん?」

 美咲が笑い、雪も笑った。

 雪は友人といると、よく笑った。学校であったことや、先生の口癖や、同じクラスの男子が授業中に居眠りしていたことなら、いくらでも話せた。

 けれど、将来のことを尋ねられると、言葉が少なくなった。

 大学で何を学びたいのか。

 どんな仕事に就きたいのか。

 どこで暮らしたいのか。

 何になりたいのか。

 雪には、どれもよく分からなかった。

 分からないと答えるたび、自分の中にある空白を人へ見せてしまうようで、少し恥ずかしかった。

 美咲は看護師になりたいと言っていた。別の友人は教師になりたいと言い、都会の大学へ行きたいという子もいた。みんなの未来には、まだ鉛筆書きではあっても、道らしき線が引かれていた。

 雪の未来だけは、白い紙のままだった。

 商店街の半ばまで来ると、雪はいつも歩く速度を落とした。

 森川時計店。

 金色の文字で書かれた看板は、雨と埃で少しくすんでいる。店内には柱時計や置き時計が並び、それぞれ違う音で時を刻んでいた。扉が閉まっていても、耳を澄ませば、無数の小さな音がガラスの向こうで重なっている気がした。

 その中央に、淡い青色の腕時計があった。

「また見てる」

 美咲が言った。

「うん」

「ほんまに好きやなあ」

 雪はガラスへ顔を近づけた。自分の顔と時計が重なって映る。制服の襟、額にかかった髪、その向こうで静かに光る青い文字盤。

「ちょっと地味じゃない?」

「そうかな」

「雪らしいと言えば、雪らしいけど」

「どういう意味?」

「静かそう」

「時計が?」

「時計も。雪も」

 美咲は悪びれずに笑った。

 雪も笑ったが、視線は時計から外さなかった。

「そんなに欲しいなら、誕生日に買ってもらえばいいやん」

「無理」

「言ってみたら?」

「腕時計に二万八千円も使ってほしいなんて言えない」

 雪の家は、困るほど貧しくはなかった。食卓には毎日きちんと食事が並び、必要な参考書や制服も買ってもらえた。

 だからこそ、必要ではないものをねだるのは申し訳なかった。

 二万八千円あれば、家族で何度か外食ができる。母が迷った末に棚へ戻した服も買える。父がそろそろ替えなければと言っている靴にも届く。

「じゃあ、自分で買うしかないな」

「高校生には高いよ」

「大人になったら普通に買えるんじゃない?」

 美咲は、総菜店のコロッケについて話すのと同じ調子で言った。

 けれど、その言葉は雪の胸の中へ落ち、そこだけ深く沈んだ。

 大人になった自分を、雪は想像した。

 制服ではなく、きれいな服を着ている。

 自分で働いて、自分で稼いだお金を持っている。

 一人で店の扉を開ける。

 誰かの顔色をうかがうことも、許可を求めることもなく、ショーウィンドウの時計を指さして言う。

「これをください」

 それだけのことが、雪にはひどくまぶしく思えた。

 時計を買う自分には、きっと迷いがない。

 仕事もできる。

 一人で知らない町へ行ける。

 何を選び、何を諦めるのかを、自分で決められる。

 自分の時間が、自分のものになっている。

「じゃあ、大人になったら買う」

 雪が言うと、美咲は「うん」と答えた。

 美咲にとっては、帰り道に交わした小さな会話だった。

 雪にとっては、まだ顔も知らない未来の自分と結んだ約束になった。

 それから雪は、貯金を始めた。

 台所で使われなくなっていた紅茶の缶をもらい、机の引き出しへしまった。缶の底に五百円玉を落とすと、硬く澄んだ音がした。

 その音を聞くたび、時計の針が一目盛りだけ動くような気がした。

 帰り道に買っていたジュースを我慢した。

 美咲とクレープ店へ行っても、「今日はいい」と言う日が増えた。

「ダイエット?」

「貯金」

「時計の?」

「うん」

「本気やなあ」

 美咲が生クリームのついた紙を折り畳みながら言った。雪は笑って、クレープの甘い匂いだけを吸い込んだ。

 最初のうちは、お金が増えること自体が楽しかった。

 五百円玉が二枚になり、三枚になった。千円札を細く折って入れると、缶の中の硬貨が少しだけ鳴った。

 雪は、ときどき全部を机へ並べて数えた。

 三千五百円。

 五千円。

 八千円。

 金額はまだ遠かったが、遠いなりに、こちらへ近づいている気がした。

 けれど、高校生の生活にも支払いはあった。

 友人の誕生日。

 部活動で必要なもの。

 進路のための参考書。

 何かがあるたび、缶の中身は減った。

 時計へ続く道は、進んでは戻る細い坂道だった。

 それでも、雪は貯金をやめなかった。

 缶の中身が一万円を超えた頃、母の誕生日が近づいた。

 ある日、母と商店街を歩いていると、雑貨店の前で母が足を止めた。

 灰色の手袋だった。手首のところに、小さな白い刺繍が入っている。

「これ、温かそう」

 母は手に取ったが、値札を見るとすぐに棚へ戻した。

「まだ使えるのがあるから」

 そう言って歩き出した。

 その言い方が、雪にはよく分かった。

 欲しくないのではない。

 欲しいと言うほどではないことにしたのだ。

 誕生日の前日、雪は紅茶の缶を開けた。

 硬貨を取り出し、何度も数えた。

 手袋を買えば、時計は遠ざかる。

 雪は机の上に並べたお金を見つめた。銀色の硬貨は、窓から入る夕方の光を冷たく返していた。

 翌日、雪は雑貨店で手袋を買った。

 母は包みを開けると、しばらく何も言わなかった。

「これ、見てたやつ」

「うん」

「覚えてたの?」

 雪が頷くと、母は手袋を両手で包むように持った。

「ありがとう。大切に使うね」

 その冬、母は出掛けるたびに手袋をつけた。

「温かいよ」

 何度もそう言った。

 雪は、そのたびにうれしかった。

 同時に、机の引き出しを開け、軽くなった缶を持つと、胸の中へ薄い風が吹いた。

 後悔はなかった。

 ただ、時計の青が少しだけ遠くなった。

(大人になってから買えばいい)

 雪は自分へ言い聞かせた。

 大人になるまで、時計は待っていてくれる気がした。

 高校三年生の冬、雪は一人で商店街を歩いた。

 美咲は受験のため塾へ通っていた。雪は地元の大学へ進学することが決まっていたが、そこで何を見つけたいのかは、まだ分からなかった。

 空は早く暗くなり、八百屋の裸電球が蜜柑を照らしていた。総菜店の油の匂いが、冷たい空気の中でいつもより濃く感じられた。

 森川時計店の前で、雪は立ち止まった。

 時計はまだあった。

 細い銀色のベルト。

 淡い青色の文字盤。

 二万八千円。

 何一つ変わっていないように見えた。

 雪だけが、もうすぐ制服を脱ぐ。

 卒業祝いとして両親へ頼めば、買ってもらえるかもしれなかった。けれど、そうしたくはなかった。

 この時計だけは、自分で働いたお金で買いたかった。

 それができたとき、自分は本当に大人になれる。

 ガラスへ映った雪の顔は、店内の暗さと重なり、輪郭が少しぼやけていた。その向こうで、青い文字盤だけが小さな窓のように浮かんでいる。

(待っていてね)

 雪は心の中で言った。

(大人になったら、迎えに来るから)

 止まって見える針は、返事をしなかった。

 その日が、十六歳の雪が時計を見た最後の日になった。



 二十九歳になった雪は、研修先から帰る電車の中で、十三年前に暮らしていた町の名前を見つけた。

 扉の上に流れる案内表示へ、見慣れた駅名が一瞬だけ現れ、右から左へ消えていく。

 実家には今もときどき帰っていた。

 けれど、駅まで両親が車で迎えに来ることが多く、商店街を歩くことはほとんどなかった。

 その日は、予定より早く仕事が終わっていた。

 雪は次の駅で降りるつもりだったが、扉が開く直前、不意に立ち上がった。

 なぜそうしたのか、自分でも分からなかった。

 ホームへ降りると、電車は雪だけを残して走り去った。

 改札を出て、商店街へ向かった。

 八百屋は閉まっていた。店先の屋根だけが残り、シャッターには不動産会社の紙が貼られている。

 総菜店は明るい外観へ改装され、知らない若い店員が働いていた。和菓子屋はまだあったが、看板の文字が新しくなっていた。

 クレープ店のあった場所には、携帯電話の修理店が入っている。

 高校生の頃には長く感じた道が、今は驚くほど短かった。

 道が縮んだのではない。

 自分の歩幅が変わったのだと気づいて、雪は少しおかしくなった。

 仕事用の紺色のパンツに、薄い灰色のコートを着ていた。肩には鞄があり、中には社員証と化粧ポーチと財布が入っている。

 財布には現金がある。クレジットカードもある。

 二万八千円の時計なら、今すぐ買えた。

 買ったあと、食費を削る必要もない。誰かに理由を説明する必要もない。

 そのことを思った瞬間、雪は森川時計店を思い出した。

 まだあるだろうか。

 店はなくなっているかもしれない。

 時計など、とっくに誰かが買っただろう。

 そう考えながら、雪は少しだけ歩調を速めた。

 森川時計店は、昔と同じ場所にあった。

 看板の金色はさらに薄れ、一部は文字が読めないほどになっていた。シャッターの端には錆が浮き、扉の前のマットは日に焼けている。

 それでも、営業中の札が掛かっていた。

 雪はショーウィンドウをのぞいた。

 そこに、あの時計があった。

 細い銀色のベルト。

 淡い青色の文字盤。

 置かれている場所まで、記憶とほとんど同じだった。

 ただし、値札は新しくなっていた。

 三万六千円。

 高校生の頃なら、八千円の値上がりを、道がさらに遠くなったことのように感じただろう。

 今の雪には、買えない金額ではなかった。

 雪はガラスの前に立った。

 十三年前、何度も思い描いた日が来ていた。

 自分で働いて得たお金がある。

 店の扉を開け、時計を指さし、「これをください」と言うことができる。

 誰にも相談しなくてよい。

 誰の許可もいらない。

 けれど、胸は高鳴らなかった。

 雪はもう一度、時計をよく見た。

 思っていたより、小さかった。

 銀色のベルトは華奢で、今の自分の手首には頼りなく見えた。淡い青色の文字盤も、記憶の中にあったほど深くはなかった。

 記憶の中で、時計は長い年月をかけて育っていた。

 ガラスの中の時計だけが、十三年前の大きさのまま残っていた。

 雪は戸惑った。

 あれほど欲しかった。

 帰り道のたびに眺めた。

 ジュースやクレープを我慢した。

 紅茶の缶に硬貨を入れ、何度も数えた。

 大人になれば必ず買うと決めていた。

 それなのに、扉へ手を伸ばそうとは思わなかった。

 値段を惜しんでいるのではない。

 似合うかどうか迷っているのでもない。

 ただ、もう欲しくなかった。

 その事実は、小さな針のように胸へ触れた。痛いというほどではない。ただ、そこにあると分かる程度の細さで、静かに残った。

 ガラスに映る自分の姿へ、制服の雪が重なった。

 重たい学生鞄。

 風で乱れた髪。

 美咲の笑い声。

 揚げたてのコロッケの匂い。

 紅茶の缶の底へ五百円玉が落ちたときの、硬い音。

 母が手袋を両手で包んだ姿。

『大切に使うね』

 あの頃、二万八千円は遠かった。

 大人になることも同じくらい遠かった。

 雪は、大人になれば迷わなくなると思っていた。

 朝はきちんと起き、仕事では失敗せず、疲れていても夕食を作る。自分の時間を、自分の意思だけで使える。何をすべきか分からず立ち止まることなどない。

 実際の雪は、朝の目覚ましを何度も止めた。

 仕事で数字を間違え、上司に謝ったこともある。帰宅して鞄を床へ置いたまま、コンビニのおにぎりだけで夕食を済ませる夜もあった。

 何かを選んだあとで、本当にこれでよかったのかと考えることもある。

 大人になっても、未来は白いまま残ることがあった。

 ただ、高校生の頃とは違い、雪はその白さの上を、自分の足で歩いていた。

 自分で働き、自分で部屋を借りている。

 何を買うか、どこへ行くか、今日の残りをどう過ごすか、自分で決めている。

 完璧ではないまま、いつの間にか、あの日に憧れた場所へ着いていた。

 時計をつけていない手首を、雪はコートの袖口から少し出してみた。

 何もない。

 けれど、足りないとは思わなかった。

 店の奥で影が動いた。

 しばらくして、扉が開いた。小さな鈴が鳴り、高齢の男性が顔を出した。

「その時計、気になりますか」

 雪は返事をするまでに、少し時間がかかった。

「昔、すごく欲しかったんです」

「昔?」

「高校生の頃、毎日ここを通っていました」

 店主は雪の顔を見た。

 覚えているのかどうかは分からなかった。目を細めたのは、外の光がまぶしかっただけかもしれない。

「ずいぶん長く置いてありますからね」

「売れなかったんですか」

「同じ型のものは何度か入れ替えています。これは……これも、まあ、長いですね」

 雪は少し驚いた。

 目の前の時計が、十三年前に見ていたものと同じかどうか、自分には分からないのだと初めて気づいた。

 同じに見えるだけかもしれない。

 入れ替わりながら、同じ場所に置かれてきたのかもしれない。

 時計は雪を待っていたわけではなかった。

 ただ、時計店には時計があり、季節が過ぎ、値札が変わり、その間に雪が大人になった。

「つけてみますか」

 店主が言った。

 腕につければ、昔の気持ちが戻るかもしれない。

 ガラス越しではなく、自分の肌の上で見れば、再び欲しいと思うかもしれない。

 そしてそのまま、買って帰ることもできる。

 雪は時計を見た。

 文字盤の青は、夕方の光を薄く含んでいた。十時九分を指しているように見えた針は、よく見ると、今の時刻へきちんと進んでいた。

 止まっていたのではない。

 離れた場所から、そう見えていただけだった。

 雪は静かに首を振った。

「いいえ。大丈夫です」

「そうですか」

「ずっと置いていてくださって、ありがとうございました」

 店主は不思議そうな顔をした。

 それから、長く店にいる人らしい、何かを急いで理解しようとはしない笑みを浮かべた。

「こちらこそ、覚えていてくださって」

 雪は頭を下げ、時計店を離れた。

 約束を破ったという感じはしなかった。

 むしろ、あの日の約束をようやく果たした気がした。

 時計を買うためではない。

 時計の前まで、自分の足で戻ってくるための約束だったのかもしれない。

 商店街を歩くと、総菜店から揚げ物の匂いが流れてきた。

 店先の札には、コロッケ一個百二十円と書かれている。

 高校生の頃、時計のために何度か我慢したものだった。

 雪は一つ買った。

 紙袋から熱が伝わった。商店街の端にあるベンチへ座り、仕事用の服へ油を落とさないよう、少し前かがみになって食べた。

 衣が歯の下で小さく砕け、中から湯気が出た。

 じゃがいもの甘さと、油の匂い。

 特別な味ではなかった。

 けれど、温かかった。

 雪は時計店のある方角を見た。

 時計を欲しくてたまらなかった十六歳の自分は、もういない。

 それを思うと、胸の中に、誰も住まなくなった部屋を見つけたような寂しさがあった。

 けれど、その部屋は壊れてはいなかった。

 机があり、紅茶の缶があり、窓の向こうには淡い青色の文字盤がある。若い雪はそこで、まだ見えない未来を想像している。

 今は欲しくないからといって、あの頃の気持ちまで嘘になるわけではなかった。

 雪は、本当に時計が欲しかった。

 その憧れがあったから、形のなかった未来を思い描けた。大人になることを、少しだけ楽しみにできた。

 時計は雪のものにはならなかった。

 けれど、長いあいだ、雪の未来を預かっていた。

 それで十分だった。

 コロッケを食べ終え、雪は紙袋を小さく折り畳んだ。

 スマートフォンを見ると、母から連絡が届いていた。

『近くまで来ているなら、夕食を食べていかない?』

 雪は少し考えたあと、実家へ行くと返信した。

『コロッケも買っていくね』

 送信すると、すぐに母から笑顔の印が返ってきた。

 雪は立ち上がり、総菜店へ戻った。

 その途中でもう一度、森川時計店の前を通った。

 今度は立ち止まらなかった。

 ショーウィンドウの中で、淡い青色の文字盤が夕方の光を受けている。

 針は、雪が見ていないあいだにも進んでいた。

 雪は横目で時計を見ながら、そのまま歩いた。

 胸は痛まなかった。

 欲しいとも思わなかった。

(ちゃんと、大人になったよ)

 昔の自分へ報告すると、返事の代わりに、総菜店の紙袋が手の中で温かく鳴った。

 雪は今夜、自分が食べたいものを買うために、夕暮れの商店街を歩いていった。

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