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聖女として世界を救って帰ったら、婚約者の裏切りと勇者の求婚が待っていました。  作者: 水月 灯花


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4/4

ある侍女の話

※完全なる蛇足のお話です。

※本編そのままのイメージを残したい方は読まれなくても大丈夫です。

 

「らな、らな」


 幼い頃、ひとつ年下のその少女は、何をするにもラナのあとをついて回っていた。

 銀髪碧眼で小さくても非常に整った顔立ちの少女で、ラナの母は彼女の『乳母』で、ラナは彼女の『乳姉妹』にあたるのだという。

 少女――シェリアはやんごとなき侯爵家のご令嬢で、本来であれば、準男爵の娘であるラナと、幼子といえど転げ回るようにして遊んでいい相手では決してなかった。

 それが年の近い友人のように遊び相手にしてもらえたのは、ひとえに侯爵夫人の人柄によるもので、ラナの母と親しいということもあった。

 侯爵夫人は元々、聖女を輩出することで有名な伯爵家の出であり、母は貧乏子爵家の三女で、夫人に仕える侍女だったそうだ。

 その伝手で準男爵の父と結婚した後、夫人の第二子であるシェリアの乳母を任された理由もそこにあった。

 グランフィール侯爵と夫人は政略結婚だそうだけれど、仕事一筋の夫を支える穏やかな妻、という構図でグランフィール家はうまく回っていた。

 ――夫人が、病に倒れるまでは。


 シェリアをお願いね、とラナと母は頼まれた。

 言われなくても、大切なお嬢様を守ることを決めていたラナは、死に物狂いで努力して、十歳目前にシェリアの侍女見習いの立場を手に入れた。

 シェリアの側付きになったのは十二の頃。

 ――少し側にいない間に、シェリアは随分と、瞳に陰を宿すようになっていた。

 夫人が亡くなってから、シェリアを取り巻く状況は坂を転がり落ちるように悪化していたのだ。

 八歳で良い話を聞かない第二王子と婚約を結ばされ、我儘放題の従妹に身の回りの品、あげく亡き夫人からもらった髪飾りまでも譲らされ、厳しい王子妃教育に耐えても侯爵はシェリアにあたたかい言葉の一つもかけない。

 侯爵家の跡取りであるシェリアの兄も自分のことで手一杯で、妹のことを気に掛けない――屈託なかった笑顔が曇るのも仕方ないことだった。


 そんな姿を見て、力のないラナも随分と煮え湯を飲ませられたような思いをしたものだ。

 自分だけはシェリアの味方でいようと、乞食の従妹が来た時はなるべく不要なものばかりをシェリアの周りに置き、シェリアの息抜きが出来るよう、マッサージから料理の腕まで色々な技術を身につけた。

 侍従達との信頼関係を築き、シェリアが家で安心して過ごせるよう場を整えた。

 第二王子の問題はさすがに手が出せなかったが、なるべく二人きりにならないようにと配慮して付き従った。

 まさかシェリアが聖女として魔王を封印しなければならなくなるとは想定外だったが――旅の間、様々な身につけておいた技術が役に立たったことは重畳だった。


「なあなあラナ、今度どこかの町に着いたら、二人で飯いかね?」

「嫌です」

「駄目かー」

「私はお嬢様で手一杯です。他をあたってください」

「うーん、そのシェリアを大事にしてるところがいいんだよなー」

「忠誠心の高い侍女であれば探せばいくらでもいるでしょう。まだ魔王の元へもたどり着いていないのに、何を言っているんですか」


 旅をする上で、自然と野営の準備などは彼――王国騎士のガレスと一緒になることが増えた。

 騎士として大雑把ながらあれこれ用意してくれるのは頼りになったが、いつの間にかこうしてちょっかいをかけてくるようになったのは面倒でもあった。

 どうせ王国騎士ともなれば、平民出であっても引く手あまただ。

 しかも彼は騎士団の中で一番の注目株だという。

 旅から戻れば英雄として、令嬢達の間で取り合いになるだろう。


「……変わってないなぁ、ほんとに」

「? 何か言いましたか?」

「いや、何でも。――じゃあ、この旅が終わったら、一回くらいデートしてくれよ」

「……どうして私が……」

「大事なお嬢様の盾になってる俺に、ご褒美くれてもよくないか?」

「………………一度だけ、でしたら」

「やった!」


 ガレスは子どものようにはしゃいでいた。

 勇者一行の盾役であり、聖女シェリアが浄化魔法を使うときに魔物の注意を引きつけてくれるガレスは確かに必要な人物だ。

 シェリアのことを思うとあまり無碍にもできなかった。

 グランフィール家と王家、神殿を行き来する毎日を送っていたシェリアが、楽しげに瞳を輝かせ、心を許している三人。

 魔法使いのフレイヤは女性なので心を込めて給仕や身支度の手伝いなどしているが、男性である勇者と騎士には旅における些細な対応でしか恩を返せていない。

 特に勇者レオンハルトは――シェリアはまだ気づいていないようだが、シェリアにとって特別な存在のようだ。

 勇者も、従弟の婚約者という立場以上に、シェリアを大事にしてくれているのがわかる。

 彼らと旅をしている間に、シェリアは徐々に、幼い頃のような笑顔を見せてくれるようになった。

 時々口調が乱れたり、聖杖で魔物を殴るなど過激なことを学んでしまったのは少しどうかと思ったけれど、無力よりはまあいいだろう。


「……お嬢様の婚約者が、バカ王子じゃなくて、勇者様だったら……」


 つい、ぽつりと呟いてしまった。

 はっと口を押さえるが、目の前にはニヤニヤと笑う騎士と魔法使いの姿。

 少し離れた所で、夜行性の光る虫型魔法生物を興味深そうに見ているシェリアと、それを優しく見守り説明しているレオンハルトが見える。


「そうよねー、アレにシェリーは勿体ないわよねー」

「あの二人の方がお似合いだよなぁー」

「……失言でした。お気になさらず」

「でもさあ、ラナ。王都の様子、知ってるんだろ?」

「――……」


 行商人は情報も扱う。

 親族の手を借りて、ラナは王都を離れてからも定期的にあちらの様子をうかがっていた。

 第二王子は勇者達が旅立ってから、シェリアが代わりに担っていた本来の自分の執務を放り出し、遊び呆けているという。

 魔物と魔王の脅威に怯える人々を尻目に、よくそんなことができるものだ。

 最近、社交界デビューしたという乞食の娘とよく話しているらしいことも。


「あの王子じゃ結婚しても碌なことにならないし、レオンハルトだって王弟の息子だ。しかも勇者。勇者と聖女がくっつくほうがいいと思わないか?」

「……お嬢様が決めることです」

「シェリアも満更じゃないと思うけどなぁ」

「早くくっつくといいのにねぇ。レオンハルトはずっと片想いしてるみたいだし」

「……そうなんですか?」


 あ、と今度はフレイヤが口に手を当てた。


「ちゃんと聞いたわけじゃないけどね。あの王子と婚約が決まってから、何度か泣いている所を慰めたことがあるらしいわ。流石のシェリアは自分で気持ち切り替えて頑張る宣言してたみたいだけど」

「あー、努力する人間とか好きなタイプだよな、レオンハルトって」

「いかにも聖剣の主って感じよね」


 魔王を封印する聖女を守り、魔王と戦う為の剣、聖剣。

 聖剣は持ち主を選ぶと言われ、鞘から抜くことが出来るのは強靭な精神力と清らかな人格の者だと言われている。

 今代選ばれたレオンハルトは、文句のつけようがない人物だった。


「……もしかして婚約者がいらっしゃらないのは……」

「跡取りは弟妹に譲るって言ってたし、やだ、純愛?」

「うわー」

「………勇者様は、シェリア様を大切にして下さいますでしょうか」


 ぽろりと口からこぼれた言葉に、魔法使いと騎士はきょとんとした。


「今も大事にしてるじゃん」

「好き好きって表さないように気をつけてるけど、結構過保護だと思うわよ」

「せっかく婚約者がいない場所なのに、言い寄らない辺り真面目だよなあ」

「婚約してるからでしょうね、あの王子はメイドとか口説いてるらしいけど。何であんなのが第二王子なのかしら」

「おいおい、まじ不敬罪」

「こんな山奥じゃ誰も聞いてないし」


 ガレスとフレイヤの息のあった掛け合い。

 ラナはガレスに言ったことがある。


「フレイヤ様の方が気が合うようですし、お似合いですよ」と。

 その時のガレスは目が笑っていなくて怖かった。

 フレイヤは仲間でありそういう対象にはなり得ない。

 話はするけれど、ちゃんと距離を取っている、と。


「あのさー、ラナ、言い忘れてたんだけど、私恋愛感情とかがわからない人間なのよ」


 フレイヤにもそんな風に打ち明けられたことがある。


「異性にも同性にも、なんていうの、そういう欲とかもなくてね。仲間は皆妹とか弟みたいだし、その分魔法に全振りしてるって言うか……だから一応、性別が違う相手とは、誤解させないように線引きはしてるつもり。もし、ガレスと話すのも嫌ならもっと気をつけるわ」


 最年長のフレイヤは、家族や仲間への情はあっても、誰に対しても、対応が変わらない。

 それはもしかしたら、彼女にとって皆が等しく同じということなのかもしれない。


「――いえ、私には関係が」

「ないわけないのよー。まじでチクチクチクチク嫌味言われるのもげんなりするから、誤解しないでほしいわ。せめてさ、ガレスは誰彼口説くような奴じゃないって思ってやってよ」


 心底うんざりした様に、気圧されて頷く。


「うん? ガレスの話かな」


 そこへやってきたレオンハルトは、話が聞こえていたらしく、穏やかに言った。


「皆を盛り立てるのが得意なガレスだが、騎士団でも色恋沙汰には真面目だと評判だったよ。そこはわかってあげてほしい」

「……はあ……」


 レオンハルトは聖剣の勇者となる前、騎士団の次期団長候補としてガレスともよく剣を交えていた。

 人格に問題がある人が勇者一行に入るとは思っていないし、実際のところガレスはとても面倒見の良い人だとは思う。

 でも、だからこそ、どうして自分を口説くのかとラナは解せない。


 何より今は魔王を封印する為の旅を成功させ、シェリアを支えることが先決だ。

 ラナは人生をかけてシェリアを支えたい、そう思っていた。

 それなのに。


「……やってしまった……」

「責任取ります! 取らせてください!」


 世界を救って国に帰り、シェリアが自由の身となり、新しい屋敷でシェリアに仕えていたある日。

 以前誘われた通りガレスと出掛けて――酒を飲んだせいか、うっかり羽目を外し過ぎて、朝起きたら寝台を共にしていた。

 頭を抱えたラナにガレスは尻尾を振る犬のように求婚してきた。

 物凄く嬉しそうで、でれでれしていて、甲斐甲斐しく世話を焼かれて。

 一線を越えてしまってから、どうもガレスに強く言えずに困った。


 そんなある日、シェリアが幸せそうに言った。


「ラナ。私、レオンハルト様と結婚することになったの。ふふ、もし子どもが出来たら、私たちもお母様とレナみたいになるといいわね」


 レナ、とはシェリアの乳母でもあるラナの母のことだ。

 侯爵家を辞し、父と余生をくらしているが、時折シェリアとラナに会いに来てくれる。

 この所ラナは、毎日毎日ガレスが求婚してくるのを、シェリアの世話を理由に返事をかわしていた。

 けれどレオンハルトとシェリアが結婚するとなれば――シェリアが望むなら、シェリアの子の乳母を目指すのもよいかもしれない。

 そう思っていたら妊娠が発覚して、ラナは騎士爵を得たガレスの妻となった。


 間もなく出産を予定しているが、独立して新たな侯爵位を授かったレオンハルトと結ばれ、侯爵夫人となったシェリアもまた、子が出来たようだ。

 母と同じく、ラナはシェリアの希望通り乳母になることが決まっている。

 フレイヤは魔法使いとして更に研鑽を積み、便利な魔道具の開発に精を出しているらしい。

 かつての勇者一行の人生は、全て順風満帆だった。

 後に気づくことだが、全て勇者の掌の上。

 けれど、お嬢様が幸せそうだから、見て見ぬふりをしようと決めた。


 子どもの頃、道端で困っていたガレスを助けたことがあり、その時から好きだったと打ち明けられたのは結婚してからのこと。

 ガレスは実に一途な人だった。


 間もなく戴冠式を控えた王太子の姫が、類稀なる聖女の力を秘めているとわかり、次代の子どもたちが彼女を支えていくのはまだ、未来の話。

 その裏で、元第二王子とその妃がひっそりと病で亡くなったのは、あまり人々の間では知られない話だった。

たくさんの方にお読み頂き嬉しくなって書きました。

蛇足ですがこちらもお読み頂きありがとうございました。

王家の姫が聖女の力を得たことでシェリアの負担はかなり軽くなったことでしょう。

シェリアの母方の家は聖女が出やすいけど、こだわらなくて良かったのねという話でもありますが、そこは割愛。

ラナ視点を入れたくて書きました。

最後までお付き合いありがとうございました!!



ヒールは治癒と悪役を掛けた名前だったり。


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