5-18「ダンジョンコア」
ティルティとリィンが目の前の光景を受け入れる時間を必要としている間。
我とレイニーはアースドラゴンの回収作業に入っていた。
竜の身体は全身余すところなく良質な素材になると言う。
竜人として多少なりとも抵抗がないわけではないが、余すところなく活用するのも一つの供養だと納得するしかない。
細かな解体が出来る者がいないので、丸ごとマジックバッグに入れて持って帰るより他ないのだが、思い切り穿った穴の処置はしておかなければならない。でないと無駄に血が滴る事になってしまう。
我とミリーで開けた腹周りの処置をしていた所で、中から野球ボールくらいの大きさの球が転がってきた。表面の血を拭うと、色は僅かに白く霞んでいるが透明に近い事が分かった。
それが何であるか、考えるよりも先に笑みがこぼれてくる。
「わはは、見よ見よ! これはかなり良い魔石ではないか!?」
「この大きさに純度……国宝級じゃない!?」
レイニーの声も上ずる。国宝級という事は相当に珍しい産物だったようだ。
確かに我が見た魔石の中でもダントツの大きさに加え、透明度も非常に高い。まさにこれこそ我が求めた魔石かもしれない事に興奮を禁じ得なかった。
「てか、サクラ! どーすんのこの血ぃ!」
レイニーと興奮を分かち合っていると、ミリーが後ろからどついてきた。
改めてみれば、ミリーの全身はアースドラゴンの返り血でまだら模様に染まっている。視線をさらに下げて我の身体を見やれば、ミリー以上に真っ赤に染まっていた。
「竜の血は希少価値があるのだったか……少々勿体ない事をしたかの」
「そーいう話じゃなーい!」
大声でツッコミを入れるミリーも交え、我らは笑い合う。
強大な力を誇る魔竜に勝てればこそ、喜びを分かち合えると言うものだ。
「聞いても良いですか。どうして躊躇なく戦う選択肢を選べたのかを」
そこにようやく落ち着いた様子のリィンが割って入ってきた。
我らの判断に未だ首を傾げているようだ。
「あぁ、簡単な話よ。確かに凄い魔力だったけど、サクラほどじゃなかったから」
「……は?」
レイニーが即答する。その内容はリィンにとって予想外だったようで、大口をポカンと開けて呆けていた。
「そうそう。サクラと比べたら全然だよ。だから、何とかなるって思えたわけ」
「やれやれ、魔力量だけで強さを判断するのはどうかと思うがの」
ミリーも追従してくる。だが、こちらの魔力が上だったから勝てると踏んだとは些か短絡が過ぎないか。
「だから大丈夫だって話じゃん?」
「む? あぁ、そうか。そういう意味か」
戦いは力の強い方が必ず勝てるというものではないと忠告するも、どうやら我は解釈をはき違えていたようだ。
「ええっと……すみません。話が読めないのですが?」
「サクラは竜人なのよ。それも色々な意味で常識外れのね」
「竜人!?」
リィンは驚きの表情を浮かべる。遅れて近づいてきたティルティも同様に驚いている様子だった。
「まぁ、そういうわけだ。黙っていて悪かったの。積極的に公表するものでもないのでな」
公言するつもりはないが、今回のような事情に当たって誤魔化そうとする程のものでもない。レイニーもそれを分かっているから口にしたのだろう。
「……なるほど。ティルティ様はとんでもない強運を引き当てたのですね」
正体を明かす必要なく、リィンは納得したようだった。ここまでの成果と、積み重ねた実績から判断してくれたようだ。
「さて、今のがこのダンジョンの番人だとすれば、核は――」
ひとまず話も落ち着き、アースドラゴンの収納も完了した。
改めてダンジョンの最奥と思しき地点へと目を向ける。
アースドラゴンが鎮座していたその先に、一際目立つ祭壇のようなものがそびえ立っていた。
そこに堂々と置かれた台座のような物の上に、何かが飾られているのが見える。
「あれは……まさか!?」
「あ、レイニー!?」
それを見た瞬間、レイニーが我先にと走り出した。
慌ててレイニーを追いかけると、台座の前に到着していたレイニーは、飾られていたものを手に取り中身を一心不乱に眺めていた。
どうやら、飾られていた物とは本のようだった。
食い入るように中身に目を滑らせていくレイニーは、先ほど国宝級の魔石を見つけた時の比ではない程興奮しているのがありありと分かった。
「なんだ……その本が核なのか?」
これまでに見てきた本と比べて、作りに大きな違いは無いように見えた。ただ、表紙一面が黄土色に染められているのがどこか異質な雰囲気を感じさせる。
我が訊ねると、レイニーは興奮を露わに本を掲げて口を開いた。
「ええ。これが核で間違いないわ……だってこれ、『黄の本』よ!?」
ずずいと詰め寄って見せつけるように本の名を口にする。その勢いに我は思わず気圧されてしまった。こんなレイニーは見た事が無い。チラとミリーの方を伺うと、ミリーも呆気に取られている様子だった。
「お、おお? 凄いものなのかの?」
「メイナ・キューシオンは知ってる? 千年以上前に実在したと言われる伝説の魔法使い!
あらゆる属性の魔法を使いこなし、魔石の真価に気付き魔道具の原型を開発した稀代の大天才!
魔法の深淵に至ったとさえ言われるメイナが生前に記したと言われる、魔法の秘奥を書いたとされる本……その一つがこの『黄の本』なのよ!
少し読んだけど本物で間違いないわ。これだけの代物なら、魔竜の一匹や二匹発生してもおかしくないもの!」
「物騒な事言うのやめて!」
マシンガントークを始めるレイニーに圧倒されるも、魔竜がもう一匹いては敵わないとミリーが鋭くツッコミを入れた。
だが、ツッコまれた当の本人は気にした様子なく話を続ける。
「この本には黄色系統第一の土属性と第二の闇属性の魔法について記されているわ。
ざっと見ただけでも知らない魔法が幾つも出てくる……こんな事ってある!?
ああもう! まさか生きている内に実物を拝めるなんて! やったわサクラ!」
とうとう感極まったのか、レイニーは勢いよく我に抱き着いてきた。身長差から、我は自然とレイニーの胸に頭を埋める事になる。
これは、正直よくない流れだ。今の肉体が女性体であるとはいえ、我の性自認は男だ。いや、正確にはそうであるはず、というべきか。竜人チェリーとしての記憶も混じっている今、何が正しいのかあやふやになっている側面もある。
それでも男としての自覚がある以上、勘違いを利用するような接触は避けるべきだ。
だが、レイニーの喜びに水を差すのも心苦しい。
どうしたものか。
「おおう……ま、レイニーが満足しておるなら良しとするかの」
迷った挙句、我は身を任せる事にした。否、そうする以外に選択肢がなかった。距離を取るにしても説明が難しく、またレイニーが心の底から喜びを享受している事が分かるからだ。それならばめいいっぱい、思う存分浸らせてあげるのが仲間だろう。
黙する罪は忘れずに、いつか咎は受けよう。
体感で十分ほど、きゃいきゃいと歓声を上げるレイニーに好きにされた後、ようやく我は解放された。
その間も本について色々述べていたが、顔を塞がれた我には何も聞き取れなかった。
「……ごめんなさい。少し我を忘れてたわ」
わざとらしい咳払いをして、レイニーが普段の調子に戻る。
「よいよい。希少品を前に興奮する気持ちはよくわかるでの」
「これが本当に核か確かめないとね」
まだ頬の紅潮は残っていたが、レイニーは努めて平静を装いながら『黄の本』を台座から離した。
ズゥゥゥゥウン――
途端、地震のように周囲が揺れ動く。
我は前世の体験があったから慌てずに済んだが、他の者も然程驚いていない様子だった。
「……この脈動。間違いないですね」
「本当に……私たちが『地獄への路』の踏破者になったんですのね……」
リィンとティルティの会話から察するに、今の地震が核を奪取した事の証のようだ。皆はそれを知っていたから驚きも無かったと言う事か。それなら我にも事前に教えてくれていても良かったのだが。
「もっと喜んでも良いのだぞ? レイニーのようにな」
それにしても、念願叶ったはずのティルティが思ったよりも静かな事が気にかかった。
レイニーでさえあのはしゃぎようだったのだから、もっと本音を曝け出してもいいと思う。
「ちょっと、サクラ!」
「いえ……何というか実感がまだ持てなくて」
どうやら自重していたわけではないらしい。
いまいち共感を持てないのは、我が真の意味で夢を叶えた事がまだ無いせいだろうか。
「地上に戻るまでにゆっくり噛み締めればいいんじゃない」
「ミリー様の言う通りです。僕たちはしっかりと目的を果たしたのですから」
ミリーとリィンが上手く纏めてくれる。
そうして一段落した我らは、地上への帰還に向けて動き出すのであった――




