5-17「アースドラゴン」
「グルオオオォォォォ!!!」
アースドラゴンの咆哮が轟く。我らの存在が感知されている事は疑いようがなかった。
「引き返しましょう。これはもう、僕たちが敵う相手じゃない」
リィンはティルティを背に隠しながら撤退を促す。どうやら魔竜の存在に戦慄を抱いているようだ。
「ここまで来て諦めるのか?」
「最優先事項はお嬢様の安全でありますれば」
「私の事はともかく、リィンの言う通りです。悔しいですが……皆様を巻き込めません」
ティルティもリィンと同じように臆していた。いや、違うか。
リィンはティルティを、ティルティは我らを慮って撤退を提言している。この期に及んで己自身よりも先に周囲の心配をするその精神性は高く評価したい。
「いえ、いきましょう」
だが、それとこれとは話が違う。撤退しようと言われて、はいそうしましょう、とはならない。
確かに今引き返したとしても、我の目的には支障は無いだろう。差し迫った期限があるわけでもない。だが、ティルティは違う。あと少しでリミットが来てしまう。我らへの心配からその夢を手放してしまうなどあっていいはずがない。でなければ、我らが《蒼穹の夢狩人》を名乗る資格がなくなってしまう。
レイニーも我と同じ考えのようで、誰より一歩前に出た。
「レイニー様!?」
「うん。大丈夫。諦めるには早いよ。それに、向こうも逃がすつもりはなさそうだしね」
驚くリィンの肩を叩きながらミリーも前に躍り出る。
ミリーの言う通り、既にアースドラゴンはこちらを凝視していた。おいそれと逃がしてくれそうにはない。
撤退するにしても安易に背を向ければ相応の被害が出そうな状況。ならばこそ、立ち向かう方が安全とも考えられた。
「それはっ! そうかもしれませんが……!」
それでもなお食い下がるティルティに、ミリーはにっこりと笑顔を向けていた。
「ままま、身を守る事を優先してくれてればいいからさ」
「お喋りはここまでみたいよ。覚悟を決めましょう」
レイニーから檄が飛ぶ。アースドラゴンの敵意が臨界に達しようとしていた。
今にも飛び掛かってくるような態勢に入っている。
確かに迷っている猶予は無さそうだ。
「ミリー、攻撃は任せてよいかの」
手早く陣形を整える必要がある。現状の装備を鑑み、ミリーに攻撃役を頼む事にした。
「あたしでいいの? せっかくのなんとかアームは?」
「あれを生物に使ったらエグい事になるからの。それに、ビームの出力はライフルの方が上だ」
我の言葉で、床を抉る時に飛び散った土砂を思い出したのだろう。ミリーは即座に頷いた。
「そか。じゃ、遠慮なく活躍は貰っとくね!」
「なら、私は足止めに回るわ。サクラは援護攻撃を」
「任された」
ティルティとリィンは恐れが勝っている。今は戦力として換算するわけにはいかない。
だが、身を守る事は出来るだろう。我らは攻撃に専念するべきだ。
作戦を纏め終わるが早いか、アースドラゴンが遂に動き出した。
敵に先手を取らせるつもりはない。ミリーを筆頭に我らも迎撃に向かい出る。
我とレイニーは左右に散り、正面からミリーがビームライフルの銃口を向ける。
真正面から狙われたにも関わらず、アースドラゴンは避ける素振りもなく突進してきた。
避ける気が無いなら好都合とミリーが先制のビームを撃ちこむ。
ビシュウウウゥゥン!
前屈みで突進してくるアースドラゴンの額に吸いつくようにビームが着弾した。
しかし、アースドラゴンの勢いが止まる事は無かった。
ビームの着弾点は僅かに焦げて煙が立ち上るだけ。
「うげっ! 硬ぁ……!」
「怯むな! 効いていないわけではない!」
泣き言を口にするミリーを鼓舞しながら、援護射撃を加えていく。
想定以上に硬い鱗のようだ。無意味ではないと伝え励まそうとする傍らで、どう攻略すべきか知恵を巡らせる。
レイニーもまた、反対側から魔法で氷の防壁を造り上げてアースドラゴンの進攻を食い留めようとしていた。
しかしアースドラゴンは氷の山をもろともせず破壊しながら迫ってくる。
その口が、大きく開かれた。かみ砕くつもりにしてはまだ距離が遠い。となれば――
「ブレスが来る、逃げて!」
「ゲッ! やばっ!」
照準を合わせていたミリーが慌てた様子で顔を上げる。
「ミリー!」
しくじった。
散開した事で咄嗟の対応が間に合わなくなってしまった。
ブレスを正面から受けかねないミリーの救援が間に合わない。
「あああああああ!」
「ティルティ!?」
アースドラゴンの口腔からブレスが放たれんとしたその時、絶叫を上げながらミリーを抱き寄せる者があった。ティルティだ。
そのティルティを庇うように、リィンが二人の前に立ち塞がり渦巻く水流の壁を作り上げていた。
「皆様だけに任せるわけにはいきませんからっ!」
「まったく、これだからお嬢様のお付きはやめられないんですよ」
「くく、やはり傍観者ではいられぬか」
アースドラゴンの口から砂塵と砂礫の濁流がついに放たれる。
怒涛の如き勢いから、リィンの作り出す壁が辛うじて三人を守っている。
その僅かな時間が救いとなった。
レイニーがすぐさま更に大きな水流の壁を構築。より強靭な壁としてミリー達を覆う。
如何に強力な魔竜とはいえ、ブレスは永遠には続かない。
レイニーとリィン、二人が作り出す防壁は十分な効力を発揮していた。
ブレスが収まる頃合いを見計らい、ミリーが前へと飛び出し再びビームライフルの銃口をアースドラゴンに向けた。
防御に回っている間に魔力を十分に溜めていたのだろう。更に減衰を極力抑えるように危険を押して近づいた。
これにより、最大威力となった一撃がアースドラゴンの土手っ腹に直撃した。竜の腹部は他と比べてまだ柔らかい。いい着眼点だと感心するも、ビームはアースドラゴンの腹部にほんの僅かな穴を開けただけだった。血すら流れてこないほどに、薄く表面を削っただけのようだ。
「ああもう! どんだけ硬いのよぉっ!」
ミリーに落ち度はなかった。アースドラゴンの防御力が我の用意したビームライフルの威力を上回っていただけだ。
だが、敵に感心してばかりでは勝機も見いだせない。
ここは覚悟を決める時だと一人頷く。
「……致し方ないか。少々スプラッタになるが許せよ!」
この事態を打開する策はあった。それは最初にミリーから確認された事だ。
ブレイクドリルアームを構え、ミリーが一撃を加えた土手っ腹へと突撃する。
ギュウイィィィィン!!!
「ヴバババァァァァッ!!?」
高速回転するドリルの先端が触れた瞬間、アースドラゴンの腹部から血と肉片が一斉に飛び散り出した。
アースドラゴンの震える悲鳴が絶叫となって耳を打つ。思わず顔をしかめるも、ドリルを突き出す手は緩めない。
ベチャベチャ不快な音を上げ異臭をまき散らしながら、ドリルは深々とアースドラゴンの腹に突き刺さった。完全に押し込んだのを確認し、勢いよく引っこ抜く。
それまで蓋となっていたドリルを失った事で、更に勢いを増した血がシャワーのように溢れ出た。
「うひゃああああ!? ちょ、サクラー!」
「文句は後で聞く! 撃てミリー!」
我だけでなく、後ろに控えていたミリーにも血飛沫がかかったようだ。文句を浴びながら、トドメを頼む。我のドリルでは心臓部を穿つには長さが足りなかった。だが、内部を露出した今ならばビームが通用するはずだ。
「もおおお! サクラのバカーーー!!」
怒りのぶつけ先に迷ったのか、本当に怒っているのか、我への激しい罵倒と共にミリーはビームライフルのトリガーを引いた。
最大出力のビームがドリルで穿たれた腹部の中へと吸い込まれていく。
更に一撃、もう一撃とミリーの連射は続く。確実にトドメを差す確固たる意志がそこにはあった。
「グオオオオオオオォォォォン!!」
絶叫とともにアースドラゴンの巨体が揺らめいたかと思うと、緩やかに真横に倒れ伏した。
近づいて息が無い事を確認する。
「……ぜはぁ……はぁ……」
全ての魔力を使い切ったのか、ミリーは息を乱しながら膝をついていた。
「やっ……た?」
その後ろから、ティルティのか細い呟きが漏れ聞こえる。
皆に届いていたであろうその声が否定される事は無く。
「まさか本当に竜退治を成してしまうとは……」
感嘆と困惑がない交ぜになったような感想をリィンが述べる。
「私、いまだに信じられませんわ」
「僕もです、お嬢様」
「ティルティ」
「……ティルティ様」
アースドラゴンの死骸を眺めながら、二人はゆっくりと現実を受け入れている様子だった――




