5-16「穿て!新兵器」
ティルティの誕生日まで、あと一週間。
『地獄への路』から一時撤退してから三週間ほどが過ぎていた。
往復する時間を考えれば、次はないだろう。ラストチャンスというわけだ。
その為に最大限の準備はしてきた。
破損した我が愛斧 《バトルハルバード》は当然修繕した(改修までは無理だったのが惜しまれる)し、消耗品の類の用意もぬかりない。
そして何より、最奥へと至る為の秘密兵器の用意も万全だ。
恐るるもののなくなった我らは今、再び『地獄への路』に挑戦している。
ニ十層までは慣れたもの。すいすいと手間取る事無く潜りゆき、キャラバンズのいるニ十層を越えて二十一層へ。
高速鼠の攻撃をいなしながら、我らは次への階段ではなくダンジョンの片隅へと移動した。
位置としては北東の角。下り階段がある位置とは真反対の方角であり、当然ながら人気は全くない。
「うむうむ。予想通り、誰の気配も無い良い場所だの」
ここまでに得た地図から、判明した事実が幾つかあった。
その一つが、このダンジョンの各階層の広さは同じだと言う事。ビルのように真っ直ぐ伸びた建造物なのだ。
「人がいないのはいいのですが、本当に大丈夫なのですか?」
そして、袋小路になっている事はあれど、四隅は必ず通路になっている。
更に我が三層で遭遇した罠である落とし穴。多少の空洞が出来た所で、このダンジョンの床はびくともしない事は証明されている。
「任せよ。ふふふ、ついに我が秘密兵器の出番がきたようだの!」
そこから得た結論……それは実に単純明快なものだった。
「それが……その?」
「うむ! リアル系では滅多にお目にかかるの事無い、スーパーロボットならではのロマン武器と言えばこれを置いて他にない! これと言えばスーパーロボットという代名詞!」
我はマジックバッグから、秘蔵の魔道具を取り出し皆の前で掲げてみせた。
「名付けて! 《ブレイクドリルアーム》だ!!」
先端は円錐状に尖っており、螺旋状に捩じれている。見た目からして力強さを感じさせる一品だ。
腕にはめる事で、殴るようにドリルを突き立てて使う武器である。
当然、使用者への負担は大きく、制御できなければ自らが振り回されかねない。本来であれば強靭なスーパーロボットでなければ使えない武器だ。
だが、今回用意したのはあくまで魔道具。ドリルの回転と、反動の制御を魔法に任せる事でその問題を解消している。
未だ我の理想とするスーパーロボットの開発には届いていないが、致し方ない。物事は一足飛びには成し得ないのだから、一つの過程として受け入れよう。
ドリルと一口に言っても形状は幾つかある。その中でシンプルかつ皆が想像しやすい円錐形を選んだのは、『らしさ』を求めた故だ。
やはりスーパーロボットに搭載するとしたら、ドリルの形状はこれを置いて他にはない。
今回はティルティの願いを叶える為というのが第一ではあったが、形状は好きにしても作戦に支障は無いと判断した。
そう。我の作戦とは穴を掘り、最下層までの経路を短縮するというものだった。
落とし穴の罠が存在する事から、それが可能である事は確認済み。冒険者としてのルールからも外れていない。至極真っ当な方法だ。
これを他の冒険者がしてこなかったのは、単純に床をくりぬく手段が無かった為だろう。
このダンジョンの床や壁はコーティングによって魔法の影響をほぼ無力化する。通常の武器で壊せるほど柔でもないとあっては、選択肢に浮かばないのも当然だ。
だが、ビームライフルの一撃で壁を撃ち抜ける事は既に判明している。盗聴防止の魔道具と同じだ。魔力の影響下にないものであれば、破壊は可能なのだ。
そして穴を開ける道具と言えば、ドリル以外にあり得ない。杭打機という選択肢も頭に浮かびはしたが、あれはロマン武器の極地とも言えるものであり、再現が難しかったので今回は断念した。
どどーんと紹介したブレイクドリルアームであったが、しかして周囲の反応はパっとしないものだった。
「ふふふ。既に圧倒的な迫力を感じておるのかの?」
「いや、別に……」
圧倒されて声が出ないのかとも思ったが、どうやら違ったらしい。
ドリルが何なのかよく分かっていないようだ。作戦自体は先に説明してあるのだが。
「まぁよい。実践に移れば主らも実感が湧くであろう」
ドリルについて延々と説明するよりも、見せた方が早そうだ。
皆を下がらせる。掘削による床片の飛散から逃す為と、周囲を警戒してもらうためだ。
十分な距離を確保したところで、我自身の安全確保の為に用意した防具を身に着け、ドリルを地面に突き立てる。
ギュイイイイインン!!!
魔力を込める事で、途端にドリルが高速回転を始める。瞬く間に床が抉れていった。
激しく土砂を巻き上げる事、僅か五分未満。先端の感触がなくなり確かめてみると、下の階層が顔を見せていた。
「うわわわわ!!?」
土砂が収まった事で近寄ってきたミリーが、穴の底を覗いて感激の声を上げる。
「凄い……こんなにスムーズにいけるのね」
「信じられませんわ……こうも容易くダンジョンの床に穴が……」
「これがサクラ様の真価だというわけですか……おみそれしました」
「ま、こんなものよ。さて、どんどんいくぞー!」
皆の賞賛を浴びながら、開いた穴に蓋を取り付ける。コーティングの影響で何もしなければこの穴は自然に閉じてしまう。帰りにもう一度掘削するのも面倒だし、万が一の事態が起こればその余裕もなくなるだろう。故に、事前に蓋となるものを複数用意していたのだ。
この蓋はそれ自体が扉としての役目も成す。あとは簡易的なハシゴをつければ疑似的な階段の増設と言って差し支えない物となるだろう。
階下を覗き込み安全を確認した上で、下に降りる。そしてすぐさま用意していた『壁』を穴の直下を隠すように立てかけた。これで二十二層の北東の端は外から見ると少しへこんでいるように見える事になる。
ダンジョンの隅に経路を確保しようとした理由がこれだ。
この『地獄への路』において、ダンジョン内の通路は一定の幅を保っていた。人が横並びになり戦うには十分なスペースがある。
ダンジョンの角を少しだけ塞いだとて、通路としては問題なく機能する。違和感は出るだろうが、多くの魔物は気にしまい。何せこの壁はダンジョンの他の壁と材質は全く同じなのだから。
そんな壁をどう調達したのかと言えば、実はこの三週間の間に少しずつダンジョンの壁を削っていたのだ。元々ビームライフルで穴を開ける事は出来たし、ブレイクドリルアームが完成してからは爆速で素材は集められた。後は集まったものをレイニーの手で加工しコーティングを施す事で、量産していったというわけだ。
ブレイクドリルアームは一週間ほど前に完成しており、通り穴の蓋と壁の用意に手間取っていた為に今日まで挑戦が伸びていたと言う訳だ。
わざわざ穴の周囲を壁で隠す理由は、当然魔物の侵入を防ぐ為だ。蓋のお陰で落とし穴のように誤って落ちる可能性は無いが、多少でも知恵が回る魔物であれば穴を潜ろうとしかねない。そうでなくとも、ハシゴの昇降中は無防備に近い状態になる。そんな状態で魔物に狙われる事がないよう、備える必要があった。
穴を掘り、壁を立てかけ、また穴を掘り。魔物は変われど、ダンジョンの構造自体に変化がない為、延々と同じ事を繰り返す。
そんな繰り返しを何度か続けた果てに、開けた穴の先に違和感を覚えた。
それは丁度、最下層と予想されている三十層目に到達した時だった。
「……お、天井が高い……ここが最下層かの?」
穴の先に見える床が、今までよりも遠くにあった。つまり、高さが今までの階層と違うのだ。
それだけでなく、どこか異質な雰囲気を感じ、そこが最下層であると直感した。
周囲に何もない事を確認し、先に降り立つ。
そうして改めて周りを見渡すと、そこは通路も何もないだだっ広い空間だった。
「……そう、だね。最下層で間違いなさそう」
後ろに降り立ったミリーが、冷や汗を流しながら震える声で我の発言を肯定する。
その様子を訝しみ、ミリーの視線の先へ目を向けると、遠くに巨大な何かが鎮座しているのが見えた。
「ぬ?」
「あ……あれは……」
我の隣に立ったレイニーが悲鳴のような声を発する。
それと同時に、ようやく我にもその全容が何たるかを理解できた。
「アースドラゴン!?」
土を想起させる黄色の鱗に覆われた爬虫類を思わせる全体像。翼こそ無いが、長く伸びる野太い尾っぽと太く力強い両脚は間違いなく竜のそれだ。ドラゴンというよりは、ティラノサウルスに近い形状の竜。
地の属性を強く反映した魔竜……アースドラゴンがそこに居た。
かの魔竜こそが、このダンジョン最奥の番人である事は、もはや誰も疑いようがなかった――




