5-14「時間と対策」
謎のゴーレムに傷一つつけられなかった我らは、全力疾走でニ十層のキャラバンズの護衛地まで駆け戻った。
ついて早々、先に撤退していた《絶崖の登頂者》のメンバーから少々茶化されたりしたが、彼らなりの激励だと素直に受け取っておくことにした。
キャンプ地の端にて一息つく。
ミリーが食事の準備をしている間に、我とレイニーでティルティ達の事情を詳しく聞く事になっていた。
「いやぁ、それにしてもゴーレムとは厄介な相手だの」
いきなり本題は切り出しにくく、まずは思い出話に花を咲かせる事とする。
これまで多くの冒険者の進行を止めてきただけあって、件のゴーレムの堅牢さは驚嘆の一言だった。
「普通のゴーレムなら魔法に弱いはずなのだけどね」
さらりと新たな情報を得てしまった。どうやらゴーレムは基本的に魔法で倒すものらしい。とはいえ、今の状況では大して役に立たない情報でもあるのだが。
「極めて特殊……いえ、この地にのみ発生するゴーレムなのかもしれません」
「どうしたものかの」
「魔法が効かないとなると、やはり物理攻撃でしょうか」
「あの装甲に傷をつけるとなると相当な技量と神話級の武器が必要になるわね。該当する冒険者や武器が果たして実在するのかどうか」
我の砕けた《バトルハルバード》に思いを馳せる。例え誰にもロマンが伝わらないとしても、使えない武器と罵られようと、必ず再生してみせよう。出来れば今よりもパワーアップを施して。それこそがスーパーロボットに連なる武器のお約束なのだから。
「……どちらも今の私達にはないものねだりですね」
我の思考が脱線している間に、攻略に向けた談義は手詰まりの様相を見せていた。しんと鎮まった空気が流れ、一同の会話が止まる。それも仕方のない事だ。状況の確認ができただけで、案は何一つ浮かんでいないのだから。
「はい、ここまで。そろそろ本題に入りましょ」
パン、と大きく手を叩く音が鳴った。
思わず音の出た方へと目線を向ける。レイニーだった。
いかんいかん。
本題に入る前の軽い雑談のつもりだったが、思いの外興味深い議論に夢中になりかけていたようだ。
それぞれが居住まいを正し、話を改める事に対する準備を整える。
一通り落ち着いた所を見計らったように、レイニーはティルティの方へと向き直った。
ティルティは既に自分が追及される側にある事を理解しているようで、最初からじっと押し黙っていた。
「ティルティ、パーティを組む際に時間制限については話していなかったわね?」
「ええ……その通りですわ」
ティルティは素直に過ちを認めた。俯きがち故、表情は見えにくいがその意味は理解しているようだ。当然か。ティルティは幼い少女とはいえ、貴族の娘だ。礼儀もマナーも一通り兼ね備えていておかしくない。
「理由を説明して貰えるかしら」
「それは……その……」
「ティルティ様なら分かっておられますよね」
言い淀むティルティに、リィンが優しく声をかける。
「わ、分かってる!」
リィンの言葉が効いたのか、ティルティはガバっと顔をあげた。
頬を紅潮させながら、ティルティは少しずつ言葉を紡ぎ出した。
「……一ヵ月後に、私の誕生日がくるのです」
「それはめでたい事だが……関係があるのか?」
理由の説明としては全く繋がりが見えない出だしに我もレイニーも首を捻るしかない。
口を出すなら一通り話を聞いてからだろうと分かっていながら、つい聞き返してしまった。
「あります。十六歳になったら、私は結婚させられるんです」
いわゆる政略結婚というやつだろうか。なるほど、それが嫌なのか。
なんとなしに事情は見えてくる気がしたが、やはり点と点の結びつきが見えない事に変わりはなかった。
「んんん? それとダンジョン攻略とに何の関係があるのだ?」
「アルディス竜帝国は武を尊ぶ国。私が相応の功績を上げられれば、その時点でお父様の爵位を継承できるのです」
「結婚はティルティ様の御父上が決められている事です。ですので、ティルティ様が当主となられればその取り決め自体を無くす事が出来るというわけです」
ティルティとリィンからそこまで説明を受けてようやく話の繋がりが見えてきた。
「つまり……ティルティは結婚したくないから功績を手に入れて爵位を継承しようとしてる?」
「はい……絶対にお父様を認めさせられる功績なんて、この近辺ではここ以外浮かばなかったのです」
未攻略のダンジョンを最初に踏破したとなれば、武の功績としては申し分のないものとなろう。
ティルティが目を付けたのも分かる話だ。
「なるほどのー。我には理解できん世界だが、己が人生を自由に出来ん苦痛はよく分かる。だが、そういう事情であれば事前に期限がある旨くらい喋っても良かっただろうに」
「未踏の地をたった一ヵ月で攻略したい……などという夢物語、ますますパーティを組んでくれる相手が減るというものです。ティルティ様はそれを恐れていたのです」
ティルティ達が仲間集めに苦戦していた様子を思い出す。
土俵に立つ事すら出来ない状態が長々と続けば、焦ってしまう気持ちは分からないでもない。
「はぁ……事情は分かった。けど、一ヵ月か……」
レイニーも同様の思いを抱いているのか、納得はしつつも頭を抱えている様子だった。
一ヵ月。決して長い時間ではない。
そもそも何十年と難攻不落を貫いてきたダンジョンだ。たった一ヵ月で攻略できると思う方がどうかしている。
「厳しい事は分かっていますわ。それでも諦めたくないんです……!」
だが、ティルティは現実に打ちのめされてはいなかった。
良くも悪くも、この道一つに定めて足掻き続けているのだ。そこに親近感を覚えぬ我ではない。
その諦めの悪さは我に……いや、我らに似ている。なればこそ、手を差し伸べたくなるのも道理というもの。
「ね、サクラ何とか出来ない?」
食事を持ってきたミリーが会話に参加してきた。
調理をしながら話は聞いていたらしい。そして、我と同じ思いを抱いたようだ。
「ミリーはティルティに協力したいと?」
「まぁね。でもサクラだって一緒でしょ。はい、ご飯お待ちー」
「頂こう。確かに、相違ない」
我だけでなく、各人がミリーのお手製料理を受け取りつつ、話は続けられる。
「簡単に言ってくれるけど、あのゴーレム以上に厄介な相手が待ち構えてるかもしれないのよ?
予測だと三十層……下手したらもっと深いかもしれない」
そこに現実を持ってくるのはレイニーだ。希望だけではどうにもならない。その事実を真正面から突きつけてくる。
鋭い眼光が我へと向けられている。強い意志を感じるその視線が、レイニーの真意を表していた。
レイニーは「だから諦めろ」と言っているのではない。「だから乗り越える術を見せてみろ」と挑発しているのだ。
そうまで期待されては、我も手札の一つや二つ晒してみせるしかあるまい。
「……なぁ、幾つか聞きたい事があるのだがの」
現状を打開するため、思い浮かぶ手段は幾つかあった。
しかし、それが通用するかどうかをまず確かめておく必要がある。
不足している常識を今一度補充するタイミングが訪れていた。
「なんでしょう? 僕たちに答えられるものであれば」
「そもそも、ダンジョンの攻略とはどのように判別するものなのだ?」
一つ目の知識がこれだ。
仮にダンジョンの最深部に到達したとして、誰がそれを判定するのか。
中途半端な階層で、先への道のりが見つけられず最深部だと誤認してしまうパターンもあるかもしれない。もしそれがまかり通るならば、小狡い手段でティルティの目的だけを叶えてしまう選択肢も生まれる。
「あー、そっか。サクラは知らなかったかー。あのね、ダンジョンが生まれる時って『核』となる凄い力を持った物があるんだ」
「定説ではその核に魔力が集まる事で周辺がダンジョン化すると言われているわね。
だから、その核を持ち帰る事がダンジョン攻略を知らしめる事になるの」
小狡い案はものの数秒で除外された。どうやら適切な判断材料となるものがあるようだ。
正道を外れる必要がなくなって良かったと思う事にする。
だがしかし、二人の説明に新たな疑問も生まれてくる。
「ん? それだと核を持ち帰ったダンジョンが消失する事にならぬか」
「一度確立したダンジョンはその周辺の魔力も安定する。だから核を失っても存在は維持されるのよ」
「安定したらおかしな変動も起こらなくなるし、良い狩場になるんだ」
核とは心臓のようなものかと認識していたが、そうではないらしい。どちらかといえば卵のような役割だろうか。それならば無くなっても問題ない事にも頷ける。
「それだとダンジョンが無限に増えていく事にならぬか?」
「魔力を四散させれば消滅させられるんだよ。滅多にしないけどね。
ダンジョンが減ると、周辺の街道なんかに特殊な魔物が出現する確率が上がるんだって」
以前に討伐したエンペルボアを思い出す。通常存在しない地点に突如現れた魔物。そうした魔物は魔力の濃度が高まる事で自然に生まれてくるのだという。
その出現時点を選べるならば、街道よりダンジョンの方が好まれるのは当然だ。
「なるほどの。危険地帯が明確な方がマシというわけか」
「疑問は解けた?」
「いや、もう一つ聞きたい。ダンジョン攻略におけるルールやマナーと言ったものはあるかの?」
どちらかと言えば、本題はこれだ。ダンジョンの踏破条件が明確になった今、踏破の手段がどこまで許されるのか明確にしたい。
「……ねぇ、サクラ、何を考えてるの?」
「んーとね。基本的に他の冒険者が手にしたお宝の奪い合いはご法度。勿論、合法的な理由がない殺人とかもね」
「それは当然の話だの」
「後は……意図的な環境破壊はアウトとか?」
「む。それは例えばさっきミリーが壁に穴を開けた事などは該当するのか?」
恐らく。
これこそ確認が必要な事項だろう。そう確信を抱いた我は耳に神経を集中して話に聞き入る。
「あれは戦闘行為でやむを得なかったし、すぐ修復されるものだからセーフでしょ。
ダンジョンをわざと拡張するように壁を壊すとか、周辺の街に被害を及ぼすようなのがダメって事。
そういう意味では、勝手にダンジョンを消失させるのもダメだね」
つまるところ、迷惑をかけるなという話のようだ。
「ふぅむ。ならばギリギリ問題は無いかの」
「……私の話聞いてる?」
我とミリーだけで話が進む事に嫉妬しているのかレイニーが強く我を睨んできた。
「大丈夫だ。聞いておる。なに、ティルティの望みを叶える方法を考えておっただけよ」
道筋は見えた。その意図を含ませ、ティルティへと笑顔を向ける。
「で……出来るんですの!?」
「まぁ聞くがよい。我の考えはの――」
ティルティが我を信じるか否か。それ次第で今後の方針が変わる。
信じられぬならそれまで。この関係が終わるか、納得を得られるまで案を出し続けるか。
だが、もし信じられたなら。
面白い事になりそうな予感を覚えつつ、我は自身の考えをティルティ達に聞かせるのだった――




