5-1「リ・マルタ」
ランテでトムソンの協力を経て冷蔵庫型魔道具の開発を終えた我らは、リ・マルタへと出発していた。
道中、特に問題もなく北上し数日の旅程を経て、もうリ・マルタは目の前だった。
そう。問題は無かった。
冷蔵庫は仕様通りに機能し、旅の食事を潤わせてくれたし、ビームライフルは想定通りの威力を発揮して魔物の脅威をはねのけてくれた。
何も問題は無かったのだ。
「はぁぁ……魔物来ないかなぁ。魔物ー魔物ー」
意味深にトリガーに手をかけながら魔物の襲来を心待ちにしている様子のミリーから目を背けつつ、我は自分に言い聞かす。
ここまでの道程に問題はなかったのだと。
強いて言えば問題が無さ過ぎてミリーが暴れ出しそうだというのが問題……などという事は断じてないのだ。
「もうリ・マルタは目の前よ。着いたらダンジョンがあるんだから少しは落ち着きなさい」
「そういえば『地獄への路』に挑むんだっけ……ううっ、思い出したら寒気してきた」
これから挑む予定のダンジョンの話が出た途端、ミリーはブルブルと身体を震わせていた。
敵を撃つ快感よりも高難度ダンジョンに挑む恐怖の方が勝ったらしい。
「その辺の感性はまともでほっとしたぞ」
「目的地を決めた人の言う台詞じゃないよ、それー」
まだ常識的な感覚が残っていた事に安堵していると、その発言をミリーにツッコまれてしまった。
確かに、まともぶっていても我も十分狂人の類か。素直に認めよう。ミリーのそれとはベクトルが違う事は明言しておきたいところだが。
冒険者の証を見せる事で、難なくリ・マルタの門を潜る。
新しく訪れた街並みは、ル・ロイザに勝るとも劣らない大きな街だった。
町並みの様子もル・ロイザに似通っている。同じ国なのだからある意味当たり前か。
ただ、街中の喧噪はル・ロイザよりも賑やかで、冒険者の姿も多いように感じられた。未踏破ダンジョンが近くにある影響なのかもしれない。
「ここがリ・マルタか。随分と活気があるようで良い感じだの」
「魔人領アモンガランが近いのと、私達が目指す未踏破ダンジョン『地獄への路』があるお陰で冒険者や傭兵の需要に事欠かない街らしいからね。その分、商人の往来も活発だろうし栄える理由も分かるわ」
ほんの僅かではあるが、不満そうにレイニーが説明する。故郷愛から来る嫉妬でも感じているのだろうか。
それにしても魔人領か。魔人族は固定された特徴を持つわけではなく、青肌や黒目、翼やツノ持ちなど多種多様な外見を持つという。
それ以外は然して詳しくない。当然、国同士の関係性などもサッパリだ。だがまぁ、我に関係しないのなら敢えて情報を得る必要もあるまい。余計な情報に脳みその容量を使うほど余裕があるわけでもない。なのでそれ以上は追及しない方向でいく事にする。
「それで、これからどうするの? いきなりダンジョン挑んじゃう?」
少し前までは震えていたはずのミリーだったが、街について覚悟が決まったのかただのヤケッパチか、好戦的な発言を繰り出してきた。
やる気に満ちているのはいいが、そこは止めておく。
「流石にそれは無茶であろう。ここまでの旅程で物資も尽きかけておるしの」
地獄への路がどれだけの規模かは不明だが、未踏破である以上、最低でも一日二日は潜る事を想定すべきだ。予測不能の事態に陥る危険も十分考えられる。物資……特に食糧は持てるだけ持っておきたい。
比較的現地採取がしやすい屋外とは訳が違うのだから、入念な準備は出来るだけしておくべきだ。
「そうね。旅の疲れもあるし、今日の所は物資の補充としっかり休む事を優先しましょ」
レイニーの言う通り、旅路で溜まった疲労もある。心身をリフレッシュするタイミングは正に今と言えよう。
「物資の補充は任せても良いかの?」
消耗品の知識は明るくない。ダンジョン探索ともなれば、必要となる物も変わってくる事だろう。探索の準備は互いの得意分野で分担すべきだと提案する。
「ええ。大丈夫よ」
「あたしも行くよ! 食材はあたしの担当でしょ」
「なら私と手分けしましょう。サクラは情報収集をお願いできる?」
「了解だ。我は冒険者ギルドに寄るとしよう。その後は少々鍛冶屋を見て回りたいと思っておる。魔道具作りをする事になった時の為に目星をつけておきたいでの」
まだ日は高い。役割を果たすにしても、時間の余裕がありそうなので私事に時間を使う事も告げておく。
「ならあたしはここの名物料理とか食べに行きたい!」
「悪くない案ね。私も付き合うわ」
二人は食べ歩きをするつもりのようだ。これもまたリフレッシュの一つだろう。ミリーに関しては料理の研究という大事な目的もあるだろうから、我が否定する理由はない。
「では一旦解散だの。夕食頃に落ち合う感じでよいかの」
「おっけー! じゃあまた後でね!」
一時解散を決定し、二人が市場の方へ消えていくのを見届けた後、我は冒険者ギルドを探して街を彷徨う。
案内板を頼りに、適当に散策しながらふらふら歩く事、十数分。
冒険者ギルドを示す看板が下げられた立派な建物に辿り着く。
ル・ロイザとそう変わらない意匠の建物ゆえ分かりやすかった。
多くの冒険者が出入りしているのが見える。賑わっている様子だ。
数多の冒険者に混じり、我も中へと入る。
幾つかのテーブルが並ぶスペースには複数の冒険者グループが多種多様な話し合いを繰り広げていた。
依頼書が掲げられているらしい掲示板の前も冒険者たちでごった返している。
「今なんと仰いました!?」
周囲の様子を窺っていると、一際大きな声が響いてきた。声のした方へと向かうと、人垣の中で大柄な獣人の男と、我と同じくらいの背丈の少女が向かい合っているのが見えた。
大柄な男はいかにもベテランの冒険者といった風体で、正面で睨みつけてくる少女相手に頭を抱えているようだ。
対する少女は軽めの防具を身に着けているとはいえ、明らかに動き難そうな凝ったフリルつきの衣装を纏い、身なりも整っていて大よそ冒険者には見えない。耳が尖っている事から理人の一種、いわゆるエルフ族である事が伺える。
少女が男に文句を言っており、男はそれに対し困惑しているという構図だろうか。
喧嘩、という感じではない。少女が一方的に詰め寄っている印象だ。
「この私が組んであげると言っているのよ!?」
「しつけぇ嬢ちゃんだな。要らねぇって言ってんだろうが」
一言二言を聞くに、パーティの結成を求めていると察せられる。
だが、少女の高圧的な物言いが男の反感を買っているのは見て取れる。そうでなくとも、冒険に不慣れとしか思えない風体は、忌避して然るべきものだろう。
誘い方が悪いのは明白だった。
「だから! その理由を説明しなさいと言ってるんですわ!」
「それが分からねぇ時点でアウトなんだよ」
付け加えるならば、即席のパーティを組む上で最大の障害となるのは戦闘時の連携だろう。
互いに協調する姿勢がなければ集団戦は機能しない。最悪の場合、足を引っ張り合う事にさえなるだろう。
男が拒否するのもよく分かる。そしてその説明をしない程度には、相手に辟易しているのも目に見えていた。
話は終わりだとばかりに、男はそっぽを向く。すぐに仲間らしき者達が男を囲んで、談笑しながらその場から離れていった。
一方的に断たれた会話に、少女の方はあからさまな悔しみを帯びた不満顔を見せる。
「くっ……リィン、行くわよ!」
「はい。お嬢様」
誰かを呼びつけたかと思いきや、人垣の中から執事服を身に纏う青年が少女の傍へと寄っていった。
お嬢様、と呼ばれている事から主従関係にあるのだろうかと察せられる。
やはり少女は冒険者ではなく貴族か豪商の娘辺りの身分の者なのだろう。
対する青年は、肌こそ青くないが山羊のような角に、背中に蝙蝠のような小さな羽根を生やしていた。どうやら魔人族のようだ。
「私の事は……!」
「そうでしたね、ティルティ様」
「……それでいいわ」
少女はどうやらティルティという名らしい。
ティルティと、リィンと呼ばれた二人は周りが見守る中、冒険者ギルドから出ていった。
事情はよく分からないが、勧誘は終わったらしい。
騒動の終わりを感じてか、人垣はすぐに解体されていった。後には日常の光景が戻ってくるばかりだ。
「暴風のような娘だったの。さて……」
我もまた、自身の目的に戻る事とする。
ひとまず受付へ。
依頼の受注や達成時の報告で必ず顔を出す事になるとはいえ、そうでなくてもその地の冒険者ギルドに挨拶に伺う意味合いは存在する。
まず高ランクの依頼が堆積していた場合や特定の冒険者を指定する依頼が存在した場合、優先的に紹介される可能性がある。人手不足だった際の当てにされると言ってもいい。
それに、冒険者同士での情報交換も勿論だが、ギルド員の方が手広く情報を収集できるだろう。最初に情報を聞きに行く相手として最適だ。
こうして我は、リ・マルタに着いて最初の役目を果たすのだった――




