3-19「叶わぬ夢」
サンディルム卿との話を終え、街に繰り出す。
目的はただ一つ。レイニーと会う事だ。
でなければ旅立ちの準備も出来やしない。何故なら、それこそがサンディルム卿の望みであるのだから。
我より先に領主の屋敷を出たレイニーは自身の屋敷に戻ったのかと思ったが、ロノッテが言うにはまだ帰ってきていないという話だった。代わりにレイニーが行きそうな場所を聞き出し、街中に来たというわけだ。
ぶらぶらと周囲の光景に目を向けながら辿り着いた場所は中央広場。噴水の周りに置かれたベンチの一つに、レイニーは座っていた。
「探したぞ」
「サクラ……どうしてここに?」
我が声をかけるまで、まるで気付かなかったらしい。気配を隠していたわけでもないのに、随分と無防備だ。普段であれば、そこまで気を抜いている事はまずないだろうに。
「ロノッテに教えてもらった。よく来るのか?」
「えぇ……まぁ。あそこにはよくお世話になっていますし、昔は憧れの場所でしたから」
レイニーの視線の先には、古びた本屋があった。レイニーの屋敷には大量にあったから忘れがちだが、この世界で本は貴重品だ。古本一つとっても庶民には中々手が出し難い値段をしている。
レイニーも、今のように領主の右腕となる以前は遠くから見つめるだけだったのかもしれない。
その目が我へと向けられた。
「私を探していたと仰いましたが、用件は?」
「む、そうであったの。率直に言おう。主を勧誘しに来た」
こういう時は単刀直入に言うに限る。美辞麗句が必要なら後から付け加えればよい。
「勧誘……貴方の旅に、ですか? 何故、私を?」
「何故か子守りを任されての。我一人では如何ともしがたいので助っ人が欲しくなったのだ」
ざっと理由を告げるが、レイニーはいまいち腑に落ちない様子で首を傾げた。
大まか過ぎたかもしれない、と反省し詳細を語る事にする。
「実はの――」
サンディルム卿を通じてミリーの護衛を任された旨を伝える。
話を聞くうちに、レイニーの顔は難しいものへと変わっていった。
「――あの子が、そんな事を」
我と違ってレイニーはミリーとも交流があろう。思索に耽っているのは、何を思っての事だろうか。
「サンディルム卿から頼まれたのは我だが、主にも期待している素振りもあったぞ」
「私は……本格的にお役御免という事ですね」
レイニーの表情が一転して曇りだす。
どうやら良くない解釈をされているようだ。思考の方向性を正すべく、補足を入れる事にする。
「それはどうかの。我はきっかけ作りに過ぎんと思うがな」
「きっかけ……」
何の為のきっかけか。敢えて具体的には言わずとも、レイニーは何か得心したように考え込んだ。
どうやら思い当たる節は本人にもあるらしい。それは我も同じだ。
さすれば、それが正解かどうか答え合わせついでに、明確にするべきだろう。
「心当たりがあるか……そういえば、以前に質問した返答を聞いていなかったの」
「……急に何の話です?」
「魔道具製作の見返りの話よ。ル・ロイザに対しては十分に返したと思っておる。だが、主にはまだ何も恩を返せておらん。
我が夢を叶えるべく旅に出るのは分かっていよう。主もこの機会に己の夢を追うのも良いのではないか。
それなら見返りとして、我も存分に協力できるでの」
夢。
以前、本格的にル・ロイザを巡る戦いへの要望を受けた際、我は一度レイニーに問いかけた。
だが、今はその時ではないとあしらわれた。間近に迫る危機を思えば当然の返答だっただろう。
しかし、戦いが一段落した今ならばどうか。
今ならば、己が夢に正直になる事も許されるのではないか。
我が見つめる中、レイニーは表情に陰を落としていた。
そうして訥々と語りだす。
「……確かに、貴方は素晴らしい魔道具の発案者だと思います。
奇想天外な発想、柔軟な思考、それを形にする才能……私にはないものでしょう。
ですが、それは私には無意味なんです」
「ふむ。我は無力か。何故そう思うか聞かせてほしいの」
我の才能は認めていると言う。しかして、それが力にならないとも言う。
例えそれが事実だとしても、内容も聞かずに断定されるのは心外だ。
披露した分の技術が、我の全てだと誤認されても困る。
レイニーの口ぶりからして、彼女にも何らかの夢がある事は明白だった。
無理に問い質す気は無いが、夢から逃げようとしているような態度は些か目に余った。
仮に、本当に夢を諦めきっているのであれば我が何かを言う事は無い。だが、諦めたふりをしているだけであるならば、それはレイニーを苦しめ続ける元凶となり得る。
それは、我が身を持って理解している真理だ。
であればこそ、レイニーに納得のいく答えを求めた。
そうしてじっと待つ事、数分。我に引く気が無い事を理解したか、レイニーは小さく口を開いた。
「……特色魔法をご存知ですか」
「五色十系統に属さない種類の魔法の事だな」
魔法は使えずとも、我とて一般常識は多少なり持ち合わせている。
それも属性については初歩の初歩。
この世界には五色で大別され、それぞれ二種類に分類された属性が存在する。赤色第一系統『火』や青色第二系統『氷』のような形だ。
だが、何事にも例外は存在する。五色の基本属性から外れたもの、それらは全て特色と呼ばれ、特別な素養を持つ者にしか使えない。我らが普段愛用しているマジックバッグなども元を辿れば特色魔法から生まれたものだ。
「そうです。特色持ちの割合は人間が最も多いとされています。魔力量の大きい魔人や竜人よりも、です」
「……ふむ」
種族が異なると、当然見た目以外にも差異は生まれる。獣人は身体能力が高いし、魔人は生まれ持った魔力量が多い。竜人は魔力も身体能力も最高レベルな反面、魔力制御を苦手とする。
その中で人間はというと魔力も身体能力も平均以下、魔法の適正もほとんどが一色か二色に留まり、全体の平均で見ればかなり弱い部類に入る。ただし、特色魔法の適性持ちの多さは他種族に比べて際立っているという。
「私は、その特色魔法を得たかったんです。私だけの魔法が欲しかった」
レイニーは沈痛な面持ちで、そう口にした。
一番可能性の高い種族に生まれ、更に五色全ての魔法を使役できるほど強い魔法の才能を持ちながら特色には見放された。それが、レイニーの今の表情を作っている原因か。
「それが主の夢……か」
魔法の適性は生まれた時点で決まる。それを覆すと言う事は、理をひっくり返せというに等しい。
結果だけなら与える方法はある。適性という枷を無視する例外……魔道具だ。
魔道具があらゆる魔法を再現できるのは、魔石に籠めた魔力を使用する為だ。魔石に籠められた魔力は、持ち主の個人情報……つまり遺伝子のようなものが抜け落ちる。そうして純粋なものとなった魔力はどんな詠唱文にも対応できるというのが魔道具の原理だ。
つまり、詠唱文さえ作れればオリジナル魔法も作り放題なのだ。
だが、それではレイニーは満足すまい。
あくまで己の力で成す事が大切なのだろう。
そうであれば、何と残酷な話か。努力が及ばぬ領域の問題。それを求めてしまった虚しさ。想像するだけでも余りに辛い。
「ええ。貴方にこの夢が叶えられますか?」
「無理……だの」
我は悩む余地なく首を振る。レイニーの言う通り、我が如何に魔道具への見識を深めていようと何の助力にもならないのは事実だった。
しかし、それは全部の否定とはならない。
「……それに、我は元よりレイニーの夢を叶えるつもりはない。叶える手伝いをしようと言ったのだ」
「それは同じではないのですか?」
「違うな。夢とは、自らの手で叶えるものだ。そこに他者の協力があるのはいいが、他者に頼り切って完遂できるものは夢とは言わぬ」
「では、手伝う事は出来ると言うのですか?」
レイニーは我の物言いに含むものを感じ取ったらしい。正解だ。
詰め寄るように問いかけてくるレイニーに対し、我は間断なく頷いた。
「出来る」
「どうやって!?」
「一緒に探そう。我の夢へと至る道も、レイニーの夢へと至る道も、共にな」
手を差し伸べ、我は確固たる意志を持ってその言葉を口にした。
レイニーは三つ、勘違いをしている。
一つは、既存の理が真実だと思い込んでいる事。魔法の適正は生まれた時から決まっている。これは確かに今のこの世界に根付いた真理だ。だが、本当にそれは正しいのだろうか。
後から適性を得る手段が無いなどと、誰が決めたのだろう。
例えば魔力が個々で異なる遺伝子のようなものを内包しているのなら、その遺伝子のようなものを改変する事はできないか。あるいは魔石に籠めた後のように純粋なものへと変化させる事はできないか。
試す価値はあるだろう。それ以外にも可能性は幾らでも転がっている。
もしかしたら、レイニー自身もその可能性には気付いているのではないか。今ある真理の正しさを否定する事を恐れて身動きが取れないのではないか。そうであれば、我が引っ張ってやろう。見せかけの真理を越えるに至るほんの少しの勇気を添えてやろう。
二つ目の勘違いは、我の協力を過剰評価している事だ。
『とんでもなく凄い魔道具でバーン! と一発解決!』……などという甘っちょろい事態を想定してもらっては困る。我が出来るのは、魔道具の設計だけだ。それもどんなものでも作れるわけでもない。我の知識にあるものの一部を再現できそう、という程度の話だ。
つまるところ、我に大した力はない。
それは我自身がよく理解している。
だが、それでも出来る事はある。
励まし合う事、ともに探す事。同じ方角を見て夢を語り、違う方向を見て答えを探す。
それは前世では成し得なかった事でもある。孤独だったからこそ、我は前世で夢を叶えるに至れなかったのかもしれない。もしそうだったとしたら、今世では同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
レイニーの為だけでなく、我の為にも協力する意味は大いにあるのだ。
「共にあれば、目は二つ多くなるであろう。違う視点であるなら尚良い。一人では気付かない手掛かりを見つけられるやもしれぬぞ」
我に出来る事など、たかが知れている。
それでも全くの無力などとは言わせない。
「……それに、例え夢に辿り着かずとも、諦めがつくならそれでよいとも思うのだ」
そして、最後の勘違いは夢は必ず叶えるものである、という前提だ。
確かに我にとって、それが真実なのは間違いない。諦めようにも諦めきれず、転生までして今尚、求め続けている。
だが、これほどまで囚われるもの……夢とは言わば枷でもある。
いつまでも叶わぬというなら、いっそ諦めという形で外れるのも幸せだろう。
「あぁ、勘違いはしてくれるなよ。夢を諦めよと言うておるわけではない」
ただし、それはキチンと枷を外せるならの話だ。我のようにいつまでも心に残り続けるのであれば、叶うまで追い続けるしかない。
「例え目を背けたつもりでも、己の本心までは誤魔化せぬ」
大切なのは己が本心に忠実であるか否かだ。
「諦められぬならば、行き着く果てまでもがくしかないのだ。辿り着いた先にあるものが何であれ、な」
その結末がなんであれ、応援する事に変わりはない。
「もし、そこにある答えに納得いかなかったら……?」
それでも辿り着いた結末に不満があったら、か。
我の場合はどうしたか。
「その時は来世に託せば良い」
「ふ……ふふ、なんですか、それ」
どうやら冗談と受け取られたようだ。
確かに、今の我に魂を発見した時の記憶は抜け落ちている。現状で再現は難しい。
だが、前世で出来た事が今世で出来ない道理はない。
もし本当にその時が来たのなら、そしてレイニーがそれを望んだとしたら、我は快く協力しよう。
そんな事を考えていると、レイニーはふぅと小さなため息を吐いて立ち上がった。
「……分かりました」
そうしてすたすたと歩き出す。
「む、どこへ行く?」
我の問いに、振り返ったレイニーの表情は柔らかく笑っていた。
「サンディルム卿のところです。保護者をさせるつもりなら、それ相応の対価を頂きませんと」
「ふはは、ちゃっかりしておるの」
「当然です。退職金もしっかり貰ってきますので」
どうやら、決意は固まったらしい。
我の誘い文句がバッチリ決まったようだ。
であれば、我も旅立ちの準備を始めるとしよう。
独り気ままな旅になるかと思いきや、二人も連れが出来た。
どんな旅路になるのか、まるで未知数だが、退屈しない日々になる事は確信できた――
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