3-16「決着」
「聴け! こちらはこれ以上の戦闘を望まない!
このまま撤退すれば追撃はしないし、コンラッド・デイブスの命は保障する。
だが、このまま戦闘を続行するならば全て失うものと知れ!」
我とサンディルム卿のタッグによって敵将コンラッド・デイブスを確保した所で、サンディルム卿は敵方に向けて大きく声を張り上げた。降伏ではなく撤退。それがこの場を一番丸く収める方法に相違なかった。
降伏を求めれば、敵は一か八かの突貫に出てもおかしくない。しかし、撤退であれば……それも命の保障をしているならば、次があるという希望が撤退を選びやすくなる。
敵の言葉を信じるか否かは一つの賭けだが、リックドラック・サンディルムの評判を知っていれば信ずるに値すると捉える者の方が多かろう。
だがしかし、リリディア兵は未だどっちつかずに右往左往していた。
現状の最善は間違いなく撤退のはずだが、犠牲を出してでもコンラッドの命令を尊重すべきか迷っている様子だ。
恐らくだが、コンラッドに対する忠誠心の厚さも関係している気はする。
その目的がなんであれ、コンラッドが真摯にこの戦いに向き合ってきたのは事実なのだから。
麗しき関係性と言えなくもないが、まごついたままというのも困る話だ。
考える間を与えては、妙な気を起こされる可能性も高まる。
「仕方ないの。少々強硬手段を取るぞ」
「お、何をするつもりだ?」
興味津々といった様子のサンディルム卿に微笑み返し、我は魔法封じの腕輪改のロックを解除した。
我自身には感知できぬが、これで我の魔力は完全開放されたはず。ギルドマスターすら認めた規格外の魔力をぶち当てれば、戦意を奪う事も容易いのではないかと考えたのだ。
数秒。
それまでの喧騒が嘘のように辺りを沈黙が覆った。
それはさながら、嵐の前の静けさ。何が起こったのかを理解するまでに、時間を要したようだった。
やがて、誰かの震える唇から音が漏れた。
「う……うわぁあああああああああ!?」
「ば、化け物!!?」
「撤退! 撤退だ急げぇぇぇぇええ!!」
堰を切ったように、人が波となって我から離れようと逃げていく。
それは側面から奇襲をかけにきていたル・ロイザの兵も同様だった。
ル・ロイザの兵にも内密の話だったので当然か。リリディア兵と戦っていた彼らは我を見ておらず、突然得体のしれない魔力の波が襲ってきたようなものなのだから。
「落ち着きなさい! 彼女は味方です!」
既に我の魔力を確認しているレイニーが事情を察してくれたようで、味方の動揺を抑えようと必至に声を上げていた。
些か影響が強すぎたようだが、期待通りの結果にはなったようだ。レイニーに余計な苦労を負わせた点は後で謝罪するとしよう。
敵も味方も大混乱という事態。
最早、我が魔法封じの腕輪改を着け直しても恐慌は止まらなかった。
どんどんと遠ざかっていくリリディアの兵を、我とサンディルム卿は隣り合って眺めていた。
「お前、そういう事やるなら先に言っとけ」
リリディア兵の後ろ姿が小さくなった頃、我はサンディルム卿に小突かれたのだった。まあ、仕方ない。魔力の解放を最も間近で受けたのはサンディルム卿なのだから。小言の一つくらいは甘んじて受けよう。むしろ反射的に斬りかかられなかっただけマシかもしれない。
「だが、これで我らの勝ちであろう?」
「はっ、そうだな。その通りだ」
サンディルム卿は確保しているコンラッドを掲げ、我は傍に横たえていたミリーを抱き上げる。
二人していざル・ロイザに帰還するかというところに、馬の音が近づいてきた。
「お二人とも、ご無事で何よりです」
レイニーが馬に跨り駆け寄ってくるところだった。その際、一度ジロリと睨みつけられた気がしたのは気のせいでは無かろう。後でキチンと弁解する機会を設けた方が良さそうだ。
「レイニーもご苦労さん。いいタイミングだった」
「いえ。それより私はランテの様子を見てきます。恐らく戦闘はないでしょうが、いつまでも睨めっこを続けさせるわけにはいきませんから」
この地で決着がついたと言っても、まだランテやリステの者達はその事実を知らない。
レイニーの想像ではランテもある種の囮であると見ているようだが、実際に衝突が起こっていないとも限らないだろう。
そうでなくても、リリディア兵をどう撤退させるのか。そんな事を考えている我の横で、サンディルム卿は担いでいるコンラッドの鎧の中を漁っていた。
「そう言う事なら、こいつをもってけ」
サンディルム卿がレイニーに向かって何かを放り投げる。受け取ったレイニーがそれを広げると、どうやら勲章のようだった。コンラッドが付けていたもののようだ。
「コンラッドを捕らえた証になるだろ」
「そうですね。では、お預かりいたします」
なるほど、コンラッドがこちらの手の内にあるという証明の為だったようだ。本人を生かしておくならば、その持ち物で代用するのは必然と言える。
レイニーは素早く馬を反転させ、すぐさま駆け出した。
「よし、じゃあ凱旋といくか」
先立ってル・ロイザへと歩き出すサンディルム卿の後を追う。
腕の中へと目をやれば、ミリーは未だ静かに寝息を立てている。まだ十二かそこらだろう。
目を覚まさなかったのはまだ救いなのかもしれない。起きていれば父親の活躍を見られたかもしれないが、その分以上の恐怖を体験する事になっていただろう。
「……ところで、これは逆ではないか?」
よくよく考えれば、ミリーはサンディルム卿の娘だ。我が抱えるよりもサンディルム卿自身が抱える方が正しくはないかと思い立つ。
「いや、それは絵面が悪いだろ」
父親が娘を抱える事の何が問題だというのか。
そんな事を考えながら、サンディルム卿の手元へと視線を向ける。我が気絶させたコンラッドが力なく項垂れている。
そうか。我の方か。
サンディルム卿がミリーを抱えれば、我がコンラッドを背負う事になる。
身体能力的には全く問題ないが、見た目の印象はかなり悪くなるだろう。我ではなく、押し付けたように見えるサンディルム卿の方がだ。
納得したのでそれ以上の話は控える事にした。わざわざ口に出して確認を取るような事は、サンディルム卿を傷つけるだけだ。
代わりに、今後について考える。
解決の為とはいえ、やや短絡的に竜人としての証拠を大勢に見せてしまった。
勘の良い市民や冒険者ならばル・ロイザの中から感知した者もいるだろう。
これが広く周知されて噂になると少々厄介だ。
行動に制限がかけられる事が出てくるかもしれない。
こうなると、ル・ロイザを離れる選択肢も見据えた方がいいだろう。元々、スーパーロボット開発の為には資材が圧倒的に不足していた。調達の為にいつかは旅立たねばならなかったから、それが早まっただけとも言える。
ただ、レイニーはとても優秀な魔道具製作者だった。最終的に魔道具に頼るつもりはないとはいえ、過程は考慮しない。それに旅をするなら武器や道具も必要だ。我の望む魔道具をガンガン作ってくれるレイニーとの縁が切れるのは大きな痛手だった。
「どうかしたか?」
サンディルム卿が我の顔を覗き込んできた。どうやら思考の渦に捕らわれていたところを看過されていたらしい。
「なに、この先について少々考えておっただけよ」
「そうか。奇遇だな、俺も同じことを考えていた」
「む、コンラッドの処遇か?」
「いいや。俺自身の今後だ」
そう言ったサンディルム卿の横顔は、どこか清々しさを感じさせるものだった。
具体的な事までは口にしなかったが、サンディルム卿もまた何かしらの決心をしたようだ。
であれば我も、選択するしかあるまい。このままル・ロイザに留まる選択肢は無い。
あとはどこへ行くか、そしてどんな旅路を辿るかだ。
ル・ロイザの門まであとわずか。
次に門から出る時は旅立つその日になるかもしれないと、そんな事を頭で考えながら。
我らは勝利の凱旋を飾るのだった――




