始まりの終わり
次の日も俺達4人パーティーはダンジョンに入っていた。
ダンジョンは一定期間経過すると、魔物が集めてきたものやら、新たに探索された所が見つかるやら、冒険者が朽ち果てて置き去りにされたやらで、再びトレジャーは貯蓄されていく。
しかし、やはり年月は必要で、いくらダンジョンが広いからって、そう毎日毎日良い思いだけをして帰れるような場所ではない。
けれども、俺たちは昨日に引き続きダンジョン内に入っていた。
理由は昨日の出くわしたモンスターの群れである。
モンスターのいるところにはトレジャーの匂いあり、トレジャーのある所にはモンスターの匂いありと、この世界では言われているように、モンスターとトレジャーの場所にはある程度の相関関係がある。
例えば、朽ち果てた冒険者のトレジャーを魔物が回収するといったようにだ。
実際、昨日すでに持ちきれない量の宝を手に入れた後も40階層にはまだお宝の匂いが残っているとマレアが言っていたこともあり、昨日の今日では魔物の再活性化もほとんどないだろうということで、今日も40階層辺りまで潜ってのトレジャー探しを決行することとなった。
昨日よりもスムーズに俺たちは40階層に到着した。
昨日と違い、最短ルートで下へと向かったからだ。
しばらく辺りを捜索してみたが、辺りにモンスターの気配はしない。
やはり昨日マレアが一掃したことが大きい模様。
ただ、肝心のトレジャーの気配も無かった。
それはある程度一帯を捜索してみた感じの手ごたえでもあるし、マレアのがめつい嗅覚にも反応しないということである。
「おかしい、昨日は確かに感じたのに」
マレアがどうしてと、疑問の表情を浮かべる。
すると、むこうの方から声がした。
「おーい、こっちに隠し扉があるぜ」
隠し扉?
そんなものは今まで見てこなかったが、そういったものがこの階層辺りにはあるのだろうか、それとも単に偶然見つけた?
マレアを連れて声のした方へ向かう。
隣を歩いていたマレアが突然、ビクンと身体を震わせた。
「来ました、宝の匂いがします」
すると、マレアは俺に構いもせずに瞬時に駆け出した。
急いで追いかけると、しばらくしたところにマルコスとシルヴィが扉の脇にいる姿を見つける。
扉の向こうにはすでにマレアが隠し部屋の中に置かれた宝箱に手をかざそうとしているところだった。
その宝箱が置かれた場所は30m四方の石造りの壁に囲まれた空間、もっと言えば大きな部屋みたいな場所だった。
なんか小ぎれいに整っているところだなと思って、俺はマルコスとシルヴィに追いついてから共に部屋の扉をくぐる。
宝箱の中を開いたマレアの顔を覗き見るとすごく輝いていた。
表情もそうだが、あまり表情を変えない彼女のそれよりは、金銀財宝の類の光で照らされている反射光の方が印象的である。
「これだけあれば、もう今日だけでは持って帰れないくらいの宝の量だと思う」
マレアの言葉にマルコスが反応する。
「うわ、そうだな、こりゃすげーわ。昨日までとはトレジャーの質そのものもだいぶ違うじゃないか」
「もう、鼻が麻痺してしまいそうなくらいのトレジャー……。やっぱり、昨日の匂いはまちがっていなかったみたい」
しかし、何か引っかかる。
どうして、昨日は感じられたに匂いが、今日はここに来た時にはすぐに感じられなかったのだろうか。
仮にこの宝がずっとこの位置に置かれていたのだとして、それは誰かが昨日は開いていたこの部屋の入口を閉めた?
昨日のマレアの攻撃に巻き込まれなかったモンスターがまだいたのだろうか。
しかし、今日はこの階層に来てから一度もモンスターとの遭遇はない。
まさかとは思うが、外にあった財宝をこの部屋に集めて俺たちはそれに誘い込まれた?
扉の方を振り返ると、扉は閉まっていた。
「なあ、最後にこの部屋に入ってきたのって誰だった?」
俺は既に知っている答えを仲間に問いかける。
「誰がって、最後に通ったのって、和人じゃなかったっけ」
マルコスが返事をして、扉の方を振り返る。
「おい、まさか、ひとりでに閉まったとかいうんじゃないよな」
そういって、マルコスは身体を動かし、俺の横を通って、扉の場所へと行き、戸を引いた。
「おい、開かねえぞ。どうなってんだ」
「これって閉じ込められたのかしらぁ?それにしては他には何もないけれどぉ」
マレアの方を見ると、既に宝をその手中に収めたことで満足したのか、すでに宝に飢えているときのような無双状態が切れているようなオーラが感じられた。
彼女は扉のことには気づいてすらいない様子で一人、トレジャーにうっとりしている。
「早くこんな不気味な場所から立ち去ろうぜ」
そういって、マルコスが転移結晶を取り出す。
一人一個で自分一人しか転移が出来ないそれを、使用してみようと取り出した。
「テレポーション!」
しかし、自分に持てる分だけの宝を持ったマルコスが唱えた呪文は不発に終わった。
「テレポーション!テレポーション!テレポーション!」
だが、何度唱えても転移結晶はマルコスの声に応えてくれなかった。
まずいな、離脱不可部屋ってやつか。
そして、十中八九、俺たちをハメた何かが近くにいるのだろう。
案の定その姿は現れた。
「いやー、滑稽、滑稽、実に滑稽。よくもまあ、綺麗にお捕まりになりましたね。私は魔王軍幹部のディアドラと申します。以後お見知りおきを」
男はその姿を魔法か何かでこれまで隠していたのか、俺たちの向かい側の四隅の壁の近くに突如として現れた。
「とは言っても、ここから生かして帰して差し上げるのは一人だけ。ということでどうでしょう?ただ皆殺しってわけじゃあ、つまらないですからね。醜く、誰が生き残るか、戦いあうなり、話し合うなりして決めてくださいな」
仮面で素顔を隠した魔族と思しき、魔王軍幹部を名乗るやつは愉快そうに笑いながらそう宣言した。
「おい、魔王軍幹部だって?どうしてそんな奴がここに……。それに殺し合いだって?馬鹿なことを言うな!」
マルコスがふざけるな、と威勢良く反論する。
すると、魔族は言った。
「魔王軍幹部の名前だけでは怖気づかないとは。はてさて勇敢なのか?それとも単にバカなのか。まあ、どちらでもいい、私はお前ら人間の醜い本性が見たいのだから」
そういうと、魔族の男は片腕を振り上げる。
彼の周囲にはいくつも1メートル四方の魔法陣が出現した。
そこからは無数のモンスター、ミノタウロスが現れた。
「この数を見てもまだ同じことが言えるかね?」
魔族は30体以上はいると思われるモンスターの大群の真っ只中から、マルコスに問いかける。
おい、これはやばいだろ。
俺はC級冒険者でも一筋縄ではいかないとされるミノタウロスを見て固唾を飲んだ。
しかもそれが一体ではない、3,40体はいる。
マルコスはそれでもまだ、威勢を張って諦めを見せないで啖呵を切る。
「こっちには、そんなやつらくらい、一撃瞬殺のマレア様がいるんだ、ぞ……?」
しかし、マルコスが言いながら振り向いた先にいたマレアの姿は、恐怖で身を縮ませ、身体を腕で抱き寄せて小さく震えているところだった。
「えっ?」
「ふはははは、もろい、脆すぎるぞ!人間どもめ、この程度でうろたえるなど、滑稽、滑稽であるわー」
「おい、嘘だろ、嘘って言ってくれよ。一撃で倒せるんじゃなかったのかよ。おい、それじゃあ、俺たちここで死ぬのかよ。魔王軍幹部なんかに適うわけないじゃないか。おい、どうするんだよ。おい!」
「同じことを二度言わせるでないわ。軽く遊んでやれ。ミノタウロスどもよ」
そういうと、魔族の男に反応して、ミノタウロスの軍勢がこちらに歩を進め出した。
「おい、とりあえず、連携を作るぞ。俺とシルヴィが前衛。動けないマレアを後方に下げた後に和人は援護してくれ」
「大丈夫よぉ、私もBランカーくらいには強いから。マルコスは知らないけどねぇ」
「俺だって、ミノタウロスくらいにはやられねえぞ?和人は早くマレアを」
俺は分かったというと、震えて腰が抜けて座り込んでしまっているマレアを後方へと担いで下がらせた。
またこうなるの?また?私は一人になるの?
マレアがしきりに小さくつぶやいている。
どうしたんだ?と思ったが、今はそんなことを気にしているわけにはいかない。
俺は二つしか持っていないスキルの一つ、罠スキルを前方に発動させ、ミノタウロスの侵攻を阻害する。
マルコスは罠に手間取ったやつを、シルヴィはマルコスの手が間に合わないミノタウロスに属性魔法で対抗していった。
くそ、俺にはあとは敵探知スキルしかない。
こんなときに、あったところで仕方がないスキルだ。
むしろ、こんな風になることを防ぐためのスキルではあったはずだが。
しかし、この部屋に入る前に敵探知スキルは一度発動しておいた。
それで安全を確認できたから部屋に入ってきたというのに、それが不発だった?
魔王軍幹部クラスが相手だと、レベル差が大きすぎて、俺のスキルが無効化されたのか?
罠スキルを使ったところで、敵の数はあまり減らせない。
せいぜい、時間稼ぎになるか、敵の隙を作るか、そして、敵の攻め入る方向を限定させて、前衛の二人が敵に包囲されないようにすることくらいだ。
俺にできることはたったこれだけなのか?
やはり、Dクラスである俺達にはこんな危機的状況を退ける力はないのか?
必死に応戦する、前線二人だが、未だ倒したミノタウロスは5匹程度。
そんななか、無理やり罠を破壊して、進行してきたミノタウロスの一体が隙を見せたシルヴィを吹き飛ばした。
「いやぁぁぁっ!」
シルヴィが吹っ飛ばされ、そのまま壁に激突した。
「くそっ!こいつら普通のミノタウロスよりも攻撃が段違いで強いぞ。どうなっているんだ」
マルコスが奮戦を続けるも、ただでさえ少ない手数が減ってはどうしようもない。
マルコスも次第に袋叩きにされ、金属でできた防具が変形していく。
「ふふ、ふはははは、最初は少し思っていたよりも強くて戸惑ったが、やはりもろいな。人間。だが、まだだ、まだ私の楽しみは終わらないぞ。ここから、ここからなのだから」
そういうと、魔族はミノタウロスの攻撃を止めさせた。
ミノタウロスどもは隊列を組んで後退していった。
謎の行動に理解ができなかったが、俺は床に倒れ伏した二人をその隙に助けに行く。
最初はより深刻なダメージを受けているであろうマルコスのもとへ向かった。
すると、魔族が告げた。
「さあ、お前らが勝てないことは証明された。だが、まだ助かる方法はある。そう、一人だけ生き残ったやつを助けてやろう」
俺は魔族の声など構わずにマルコスを助け起こした。
「おい、マルコス大丈夫か?しっかりするんだ」
そう俺が声をかけたマルコスは血反吐を口から吐きだした後言った。
「へ、良いよなぁ……。和人は」
あまり口を動かす力が入らないのかポツポツとマルコスは苦笑いしながら言った。
「いいぞ、俺を殺しても、俺はもう抵抗出来っこねえ。お前が俺の剣を握れば、簡単にとどめを刺せるぜ?それによ、お前はまだ俺たちと出会って間もない。見捨てることに罪悪感も少ないだろうよ」
「おい、マルコス、なにを言っているんだ。俺にそんなことできるわけ……。クッ」
俺は左の視界の隅から飛んできた氷魔法をすんでのところでかわした。
「へえ、和人ぉ、意外とやるじゃない。でも、私はそう簡単にはやられないわよぉ?私が生き残るの。死にぞこないのマルコス、攻撃魔法も剣も使ったことがない、スキルも二つしか持っていない和人、震えているだけで一人安全なところにいるマレア。みんな、みんな私より弱いわぁ」
そういうと、シルヴィが立ち上がり杖を構えたままふらつきながらもこちらに近寄ってきた。
「マルコス、悪いけれどぉ私のために抵抗しないでよぉ?でも最初は一番ピンピンしている和人を片付けないとね。さすがに、私がとどめを刺すのは嫌だからぁ、気絶させたみんなをミノタウロスの前に差し出せば、私は助けてもらえるかしらねぇ」
シルヴィは歩きながらメンヘラのように額から目元までを陰らせ、口元には笑みを浮かべながら歩いてきた。
途中、彼女はふと、魔王軍の幹部の方を伺う。
魔族は何も反応を見せず、壁の四隅に背中を預け、ただひたすらこちらの様子を観察していた。
「まあ、いいわぁ、さようなら。あなたと過ごした1か月は楽しかったわよ、和人」
そういうと、シルヴィが先ほどよりも大きな氷魔法を浮かべてこちらに放る態勢を作る。
おいおい、そんなの、喰らったら即死じゃないか。
このままだとマルコスも軌道に入るその攻撃を防ぐために俺は役立つものを何も持っていない。
転移結晶も使えないし、せっかく異世界に来たというのに肝心な時にパッと、役立つスキルも持っていない。
援護職に就いた俺は攻撃的なスキルも覚えてこなかったし、覚えられもしない。
なら、俺には何ができるだろうか。
このまま、なにも成せずに死んでいくのだろうか。
俺には一緒にこの世界に来た人たちがいる。
最後の日になるだろうと感じたその日に初めて馬が合うなと思えたやつがいる。
俺のことを小さい頃から構ってくれた幼なじみがいる。
守らなければいけない妹がいる。
みんな、この世界に来る際に死闘をくぐり抜けた仲だ。
彼女らだったら、この窮地を打開することが出来るのだろうか。
守るべきものを守り切ろうとしている奴がこんなところで終わっていいのだろうか。
俺の今までの積み重ねてきたものは無駄だったのだろうか。
いいや、無駄じゃない、無駄にして堪るか。
俺はマルコスの剣を拾った。
「借りるぞ」
それだけ言うと、この世界で初めて俺は剣を握った。
しかし俺は剣を握るのは初めてではない、ずっと、俺が渇望していた武器だ。
俺は瞬時に念じることで残しておいたスキルポイントを使い、水魔法付与スキルを取得および剣にそれを発動させた。
その発動と同時にシルヴィの巨大な氷塊魔法が飛んできた。
俺はそれを視界の端に捉えると、水を纏った剣を斜め右上方向に薙ぎ払う。
それは氷魔法で生じた氷の塊を後方上空へと反らすことに成功した。
どうやら上手くいったみたいだ。
「うそ?どうして?初めて握ったはずの剣士職でもない和人がどうしてマルコスの剣なんかでそんなことが……。ぐ、偶然よねぇ?」
決して多くはない、しかし強い水流で剣先を覆い、保護とパワーアップの両方を担わせている俺の剣を目にしてシルヴィが目を見開いた。
彼女は再び氷の氷柱を魔法で作っていく。
それは先ほどよりもさらに大きな氷の塊だった。
「お願い、私のために大人しく殺られて」
そう言って、シルヴィは再び氷塊を俺に放出した。
俺は先ほど見たことで目が慣れたそのシルヴィの攻撃を真っ向から受け止めずに、右肩と左足を後方へ引きながら剣を振るい、力のベクトルを反らす。
そして同時に身体の軸をぶらさずに、間発入れず右足で存分に踏み込む。
俺は一度も動きを止まらせることなく、シルヴィの方へと一気に距離を詰めた。
息をもつかせぬ間に反撃に転じた俺に、シルヴィは次の魔法を唱える一息をつくことすらできなかった。
俺は懐まで身体を寄せると、剣の背を使って彼女を薙ぎ払った。
それを見ていたマレアが遠くで驚きの声をあげる。
「なに……、今のは?」
「心配ない。峰打ちだ」
「いや、そうじゃなくて……」
俺はシルヴィの懐に入るまで剣先を裏返さなかったため、斬られたと思い込ませることで彼女を気絶させたのだった。
気絶したシルヴィを担いで、マルコスと共に、マレアのもとへと運ぶ。
無駄に筋肉を鍛えているだけある。
二人同時に抱えて運ぶこともできた。
「頼んだぞ、マレア」
「頼むって、和人、どうするつもり?」
「どうするもなにも、マレアに二人を預けた時点で俺がすることは明白だろ」
俺はそう言って、敵のもとへと歩みだした。
「ほほう、人間。Dランクの冒険者にしてはなかなかやりそうだな。良いだろう。立ち向かってくるというのなら、絶望するまで袋叩きにしてやるわ。相手してやれ、お前たち」
モオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!と声を挙げて横に広がって2列になっているミノタウロス達がこちらへと歩み始める。
「そっちが来なくたって、俺の方から行くぜ?」
俺はそう言って前へと駆けだした。
今までは、攻撃魔法が使えない俺には抗う手段なんて、魔法とスキルの栄えたこんな世界にはないと思っていた。
ジョブもパーティー内のバランスや、ナンタラという指示に従って、忠実に自身の役割を守ってきた。
しかし、それもここでひとまずは終わりのようだ。
やはり俺は前衛で戦う方が向いているとわかったからだ。
俺は鍛え上げられた筋肉を躍動させて、ミノタウロスへと走っていく。
もうこの世界に来て二日目のようなへまはしない。
指示されたことにしがみつくこともしない。
柔軟に、水のように形に縛られず、状況毎に見合った対処を積み重ねていくだけだ。
俺は水を纏う剣と一体になるイメージを身体に当てはめる。
剣の重みと、纏った水流のわずかな揺れ、振動を感じる。
そのすべてを身体への重みとしてパワーに変換し、同時に一本の体軸にそれを乗せていくかのように、身体の力を深い呼吸と共に走りながらも脱力させていく。
水を纏う剣というのはこの世界ならではだろう、血濡れで刃を濁らせず、同時に、剣先の切れ味を邪魔することのない絶妙な水量と勢いをコントロールする。
その感覚を俺は瞬時に掴み、剣があたかも自分の身体の一部になったかのように思えた。
「うお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!」
俺は魔族のいる部屋の端とは逆側の四隅、右奥の一番遠い位置にいる1列目のミノタウロスのもとへと真横に回り込んでから突撃した。
ミノタウロスの巨体は確かに驚異的だ。
その攻撃力もあまりあるものだろう。
だが……。
俺は最低限の身のこなしでミノタウロスの懐近くまで潜りこむと、まず、正面に来た敵に向き合う。
右上空から振り下ろされる棍棒の一撃、それも身を引くくしてかわし、右下から剣先を切り上げ、敵のはらわたを切り裂いた。
右肩を引きながら振り上げた攻撃と同時に俺は右方向に左足を運ぶ。
遅い。
そのまま重心を保ち、推進力を維持しつつ、右方に位置する2列目のミノタウロスからの攻撃を上空にかわし、その首を薙ぎ払った後にそのまま敵の身体を踏み台にした。
剣を覆う水流の効果もあり、首をきれいにたたき落とせたそいつを足場にして次の敵へと勢いをつける。
鈍い。
同胞が俺にやられるのを目の当たりにした3体目と4体目をまとめて剣で吹き飛ばした。
俺は地面へと着地をするとそいつらの陰で俺の姿を目視できず、仲間がやられたことに気づいてすらいない敵の間を俺は駆け抜けていった。
スローだな。
俺は止まることなく、一歩の無駄もなく敵のほとんどに味方がやられたと気づかれる間を与えないよう、ミノタウロスを一気に切り捨てていった。
幸いミノタウロスたちの距離感は狭く小ぎれいに整列していたため、最低限の移動で攻撃が行えた。
俺はとにかく敵の油断と死角からの隙を狙い続けた。
ちょうど最初の一体と向かって行ってから30歩を進んだところで、俺は歩みを止め、残りの一体のミノタウロスをそのかざした腕ごと力任せに切り裂いた。
計31体。
俺は剣を覆う水に混じった血を左右に剣を切り払うことで捨て去った。
途中いくらかかすり傷を負い、立っているのはやっとだったが。
それでも魔王軍幹部を名乗る男に弱みは見せないように睨みつける。
「な、なんなんだ……、お前は……?」
「名乗ると思うか?こんなことをされて。それに俺はただのsクラスの冒険者だよ」
「エ……ス……?Sランクの冒険者だと?なぜこんなところにそんな奴がいるのか?」
なぜもくそもあるか。
逆に俺の方が聞きたいくらいだよ、なんで魔王軍幹部なんて大物がこんなところで待ち伏せ、同士討ちハメプレイを企んでいたのだか。
それになんか誤解していないか?
俺はD階級のs、小文字のsクラスであって、大文字のS階級ではない。
22クラス中の下から4番目のクラスだ。
「くそ、こんな奴がいるなんて、奴は騙しやがったな。許さんぞ……」
ひときわ最後の一言に怒りを乗せた様子で魔族は一人ぶつぶつ言っている。
「ひとまず、ここは見逃してあげましょう。私にかかれば問題ないでしょうが、Sランク相手だと私も無傷とはいかないでしょう、あとでゆっくり、確実に殺してあげますよ。ひっひっひっひ」
そういうと、魔族の男は姿を透明にさせて見えなくなってしまった。
俺は急いで、探知魔法を使いつつ、マレアたちがいるところへと駆け寄っていく。
もちろん、敵が潜んでいる可能性があるため周囲に警戒をしながらだ。
しかし、しばらくたっても敵は現れず、転移結晶も使えそうだと分かったところで、俺とマレアは何度か呼び掛けているうちに意識が戻った二人にも転移結晶を使わせて、4人で脱出した。
ダンジョンの入口部へと転移結晶で戻ってきた、帰り道にて、俺はマルコスに肩を貸して歩いていた。
マルコスはマレアがすぐに止血手当てをしたことで命に別状はなかったが、一人では歩けない状態だった。
シルヴィは終始無言で少し距離を置きながらも俺達3人に自分の脚でついてくる。
すると、その姿を見た町を行きかう人たちからのささやき話が聞こえてきた。
「おい、あいつらダンジョンから出てきたっていうのにトレジャーの一つたりとも持っているように見えねえぞ。何しに潜ったんだか」
「一人は重傷で、もう一人の女もボロボロじゃねえか。どんなへましたんだろうねえ」
「あの感じだと、Dクラス冒険者ぽいよな。この街だったら、村人でも申請さえすればなるだけならすぐなれるっていう」
「あの服装って、隣町の魔法学校のものだろ。Dランク相当の。わざわざ隣町の裕福な場所に通っといてDランクだなんて。裕福な親に甘やかされて育ったような坊ちゃん達が、舐めたまま挑んで無事でいられるほどダンジョンは甘くないっつーの」
俺たちは待ちゆく人々に蔑みの目を向けられながら、帰路を歩いた。
反論する気力も体力もなにも俺達には残っていなかったのだった。
爆発した。