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スモール4  作者: 木下すいか
1章
10/24

とある「村人」の育ち方

 中村和人なかむらかずとの母は教育者であった。

 彼の母親、彼女と言っておこう。

 彼女は少々変わった価値観を持つ独特の感性を持っている人としてそれなりに有名だった。


 和人は正規の教育機関で学ぶことを禁じられ、彼女が重要だと思うことを中心に和人は学んでいった。

 例えば、和人は母によく本を読み聞かせられていたが、和人自身は本の読み方を母に教えられたことが一度もなかった。


 彼女は和人に文字を学ばせなかったのである。

 彼女は言葉によるコミュニケーションを重視していた。


 もう一つ彼女の教育には特徴的なものがあった。

 それは他の文字を用いて勉強する事柄などに費やす時間、いうなれば機会費用きかいひようの大半を武道につぎ込ませることを良しとしたのである。

 彼女は武道において3つの要素を和人に教え続けた。


 一つ目は身体の軸。

 身体は一本の糸によって引っ張られている、という感覚を身体に覚え込ませるように、身体を通る軸を感じさせ、使いこなせることに膨大な時間を費やわせた。

 これは極限に近づいていくと全身の筋肉が脱力し、ゆるんで水のように動けう極地まで行きつく。


 二つ目は、相手の動きを読めるようになることである。

 読めると言っても、より正確には、読めているように他者から見える状態、である。

 この境地に行きついたものは相手がいくら先手を打とうとしたところで、それを見てさえいれば、後出しでも勝てるという理屈だ。

達人同士の戦いになると先に動いた方が負けると言われているアレである。


 三つ目は戦わないことである。

 これは二つ目の境地にも通ずる。

 武道とはそもそも自身の鍛錬が目標であり、同じ運動でも、勝つことを目標とするスポーツと違う。

 己の肉体、人間の身体の機能を最大限に解放させることが、武道の至上の目標である。


 一方で、スポーツは対戦相手に勝てれば、それだけで勝利である。

 彼女はこれを忌み嫌っていた。




 通常、このような境地に至ることは、日本で言えば、室町時代や江戸時代に武術などの鍛錬を一生涯にわたり費やしてきた者の中でもほんの一部、現代に至るまで剣聖などと語り継がれる者たちだ。

 そして、現代にいたってはその境地にたどり着けるものの数は限りなく少ない。


 現代スポーツにおいては特定の競技に特化することでそのスポーツでは無双することが出来ても、それは多くても身体の可能性の20~30%のリソースしか十分には使えていないとされるが彼女はそれも忌避していた。

 彼女は完璧主義者だったのである。


 ただ、それは自身の模倣を和人に強いたものではなかった。

 彼女は自身が武道を極められないと悟ったときにこうすればよかったという後悔を、和人に押し付けたと言ってもあながち間違ってはいない。

 しかし、和人はそんな彼女の教育は嫌いにはならなかったし、彼女の思いの強さを尊敬し続けていた。


 そして、彼女の願いはゴールの見えていない道を歩もうとする荒唐無稽こうとうむけいの類でもなかった。

 彼女の兄にあたる、和人から見れば叔父はその境地に達したと言ってもいい存在だった。

 彼女はそんな兄を見て育ち、自由奔放な兄をずっと羨ましがっていた。

 彼女は兄を超えたかったのだ。


 いや、超えなくてもよかったのかもしれない。

 彼女はせめて兄と同じ目線に立ちたかった。

 ただ、彼女は兄が好きだっただけなのかもしれない。


 今となっては確認しようのないことだが。

 それは和人が異世界に飛ばされたからではない。

 彼女は和人が15歳になったときに和人の前から姿を消した。


 生涯、彼女の兄である(和人からしたら)叔父を尊敬していた彼女だが、叔父はそんな妹である彼女を救えなかったことをとても悔やんだ。

 そして、彼女の兄は自分の足りなかった点を自分の分身とも呼べる和人へと託すことにしたのだった。






 では、和人は学校に行かなかった間、武道の鍛錬以外では、どのような暮らしをして何を考えて、誰と関わって生きてきたのか、今度はそのことを話そう。


 和人は物心ついたころまでは周りの子供たちと大差なく育った。

 そんな和人が「普通」から逸脱し始めたのは義務教育の始まる6歳から。

 それはもちろん、彼女が和人を学校に通わせなかったからである。


 学校に行かずにいた和人は基本的にほとんど家の敷地内にいた。

 その例外もほとんどが近所の叔父の道場まで行く時だけだった。

 じゃあ、母にどう教育をされていたかというと、文字を介入させないのだから、身体を動かすか、言葉を交わらせるかがほとんどだった。


 もちろん今の時代であるから、映像なども見ることはあったが、主に上記の二つが教育には用いられていたと言って良いだろう。


 和人が一つだけ不満だとしたら、もっと外の世界について知りたかったと思っていたことだろう。

 それは母も重々承知していたから、故に、母はよく和人との会話の時間を多く確保していた。


 それこそ、他の家庭と比べれば、3倍4倍、ほとんど会話をしない親なんかと比べたら何十倍も話していたかもしれない。

 しかし、何事にも完璧な人間なんてものはいない、母には出来ない、足りない話がたくさんあることは、幼いころの和人も薄々気づいていた。


 その猛烈もうれつな空白を埋めたのは町田姫花という少女だった。

 後に和人の幼なじみとなる町田姫花は5歳のころ、町田自身の両親が死んでしまったため、自身の叔父の家に身寄りを引き取られたのだったが、その町田姫花の住むことになった家が、和人の家のすぐ近くだったのだ。


 そのため近所づきあいで、町田姫花は和人の家の庭先にお邪魔して和人とよく話をするようになっていた。

 最初、和人は町田姫花の両親がいなくなってしまったという話を聞いたときは理解できなかった。

 そんな、彼女が明るくふるまっているのも理解できなかった。

 

 彼女は彼女の母親から学んだという、「いつもふんわり明るく生きる」という言葉を守り続けていたのである。

 よく言えば天然、悪く言えば、適当に生きるとも言い換えられるような彼女の生き方は幼い頃の和人へ少なからず衝撃を与えた。


 そんな、和人にとっては無くてはならなかった彼女は10歳のころ転校していなくなってしまった。

 それから2年間、和人の退屈な日々が続いた。

 和人は同年代の唯一の友人を失い、それからの2年間は少し内気に育った。


 和人が12歳の時、母親が一段と変になってしまったと和人は思った。

 他の誰にも気づくことは出来なかったが、和人には母親の思考が以前よりもおかしくなったのを読めていた。


 しかし、それが何のきっかけによるものなのかは分からなかった。

 和人の母親は宗教に振り回され始めていたのだ。


 そんな折、生まれてからほとんど会話もしたことがない、別の片親に育ててもらっている妹が和人の家に通ってくるようになった。

 妹は母が狂ったことで悩む和人の話を受け止めてなぐさめ続けた。

 和人はそれによって、母みたいに気がふれる事態は避けられた。


 和人の母親はもともと奇抜だった。

 だから、和人は最初そういうものにはハマらないものだと思っていた。

 しかし、なぜか、母は宗教にのめり込んでいってしまった。


 和人にはそれが分からなかった。

 そして、いつの間にか取り返しがつかなくなったところまで行ってしまい、ついにその日は訪れた。

 その時のことはあまりよく覚えていない。


 母の泣き叫ぶ声。

 お前さえいなければ私は幸せでいられたのにというなげき。

 当時の和人には何が起こっているかは分からなかった。


 そして、和人の母はあろうことか和人を襲ったのである。

 和人は動揺してしまって、何もできなかった。

 母から教えてもらった方法で、母に対処することなんて考えたこともなかった。


 だから和人は反応が出来なかった。

 和人が自分はもう終わりかと思ったとき、間一髪のところを妹に助けられた。

 しかし、その代わりに母は……。

この作品の親はみんな変わってる系で通そうと思っています。まあ、中村母は極端ですが。

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