この素晴らしい駄女神に信仰を!
「ようこそ死後の世界へ。あなた方はつい先ほど、不幸にもなくなっ……、てはいなかったな。ふっ、私としたことが、数多の死者の魂を導き、さらに多くの迷える子羊たちに祝福を与えてきてしまったせいで、つい、ついっ!いつもの癖で、いつものっ!セリフを反射的に口ずさみかけてしまったわ」
真っ白な光の中に包まれた後、視界が開けると、顔立ちの整ったやや釣り目の女神らしき存在が俺たちの前に現れた。
明るい部屋の中には机といすがあり、女神はその傍らに立って4人の人間を迎え入れる。
「あなたたちはサメの大群に囲われて絶体絶命でした。そんな中、あなたたちは私の女神の力で救われたのです。そう。私のおかげでっ!」
とても興奮した調子で名前の知らない女神はなんだか誇らしそうに胸を張っている。
どうやら、俺たちはこの女神によって助けられたようだ。
すると一人の少女が、女神のもとへ飛び出した。
「ネメシス様っ!」
町田に抱き着かれた女神。
彼女に抱きつかれた勢いで女神様はその勢いのまま後方へと吹っ飛んだ。
「ちょっ、ちょっと!何をするんだ。人間の分際で。高貴なる私に尻もちをつかせるだなんて」
そう言う女神であるが、言葉の割には嫌がっていないような表情だった。
んっ?どういうことだってばよ。
町田が女神に馬乗りになったまま嬉しそうにこちらへと振り向いた。
「ネメシス様は私が、以前から信仰している女神さまなの。私が小さい頃私の両親が山の中で交通事故を起こして、私一人だけが生き残ったんだけど、その時にネメシス様が現れて私のことを近くの街の病院まで連れてってくれたんだ」
俺が5歳の頃、彼女は両親を事故で亡くした。
それから彼女は叔父に育てられたそうだが、事故の時に女神と知り合ったらしい。
「私の両親はなぜかネメシス様を信仰していたから、そんな二人が不幸にも亡くなってしまった時に、ネメシス様は事故で偶然生き残った私だけでも救ってあげたいと天界から降りてきてくれたの」
ほほう。
「ネメシス様はその時に肩の上に背負った幼い私にこう言っていたわ。この世界では唯一だった私の二人の敬虔な信者が亡くなってしまった。そんな二人を守ってやれなかった私に出来ることは二人の娘のお前を助けることくらいしかできない、って」
なるほど。
「こうも言っていたわ。私の信者ってなんで全然増えないんだろう。いくら私がまだ生まれて数百年の若い女神だからって、全ての世界を合わしてもどうして私の信者の数は50に満たないのよ、って。」
ん?
「私はそれ以来、ネメシス様の信者となり一日たりとも信仰を忘れた時はありません」、
すると、語り終えた町田の豊満な胸に押しつぶされて顔が埋められていた、ネメシス様がそこからようやく逃れると絶叫を上げる。
「な、なんてことを言ってくれてるんだ。姫花。取り消しなさい。今の言葉を取り消しなさい!?」
「なんでですか?わたしはあの時ネメシス様の背で聞いたお話全てを一言一句、一度たりとも忘れたことはないですよ」
「そうじゃない、その前だ。私の信者の数だ。50じゃない、60だぞ。今はあれから10人も増えたんだからな」
誇りげに胸を張って、そう言ってしまった後、女神は自身の失言に気づき、しまったと顔を青ざめる。
「うっ、うそ!うそ!うそだ!50万、いや、60万人だぞ」
女神は大慌てで取り繕った。
ははん、さては信者の数を気にしているな、この女神さまは。
様子を見るに、2桁であることに間違いはないだろう。
自ら桁数をばらしてしまわれた残念な神様。
するとずっと黙って様子を見ていた天王院が質問した。
「その、信者の数を増やせた要因って何なのでしょうか?」
「んー、あの子たちは私のもともとの信者の仲間だったな。10人とも、最初は私のことをなぜだか、忌避していた。しかし、私が可愛い私の少年信者を助けた雄姿を見た時、ようやく私の魅力に気づいたようだったな」
女神は上機嫌に語った。
天王院の奴、女神にカマかけやがった。
なんて神経してやがる。
やはり信者の数は10人しか増えていなかった模様。
しかし女神の方は気づいていない様子。
俺の隣にいた妹がほほえまし気な顔をした。
「ネメシスさんってとても優しい方なんですね」
「や、優しくなんかないんだからなっ///」
あ、この女神ツンデレだわ。
確定~卍
これからはそのように取り扱っていこう。
その後もいくらか会話がなされたところによると、どうやら、俺たちはこの女神に命を救われたようだった。
だが、残念ながら、天界のルールとやらですぐに元の世界へと俺たちを戻すことはかなわないそうだ。
まあ、それはしょうがない。
命があるだけ感謝だ。
もし、あのまま助けが無かったら、サメーズに群がられた俺たちは肉体を消滅させてしまって、死後の転生とやらも不可能になってしまうところだったらしいからな。
何でも記憶をそのまま転生させるには素体となる元の身体が必要となるとのこと。
肉体を消滅させてしまったら、どこかの赤ちゃんから記憶を失って再度やり直すか天国に行くかの2択のみになるみたい。
これから俺たちはどうするかというと、魔王のいる世界に行くことになるのだそうだ。
現状俺たちが元の世界へと戻るためには、その世界で魔王が倒される必要があるらしい。
「ふっ、私を信仰したいだなんて、あなたたちもなかなかどうして、良いところがあるじゃない。特別に3人とも許可するわ。感謝しなさいよね」
俺たちは助けられたお礼として、慈悲深い女神にこれからの信仰を約束してから、次の話へと移った。
「ところで、異世界に持っていけるものって、何かあるのでしょうか」
俺は聞きたかったことを思い切って聞いた。
こういった話のお約束ってやつだ。
するとなぜだか、俺の崇める女神様は押し黙った。
「……。」
「どうしたの?」
町田がネメシスに問いかける。
「あー、えーと。天界のルールだから言わないとダメなんだが」
何やら言いたくないことがある様子。
しどろもどろに視線をきょろきょろとあちこちに向ける女神様。
「えーと、まずは、異世界に行くに際して通常、特典はあります」
おっ!やはりあるのか。
これは期待に胸が膨らむ。
チート能力とか、強力な武器、例えば魔剣グラム、エクスキャリバーなんてものが手に入るのだろうか。
「しかし、残念ながら私は貧乏女神なので、たいしたものは授けられません……。お許しください。信仰する宗派を変えないでください。お願いします!!」
おっと、ダメな模様。
というか、信仰する宗派ってそんな気軽に変えられるの?
なんなら、変えちゃおうかな……、いやいやいやさすがにそれは助けてもらった御恩があるため、申し訳が立たない。
プライドが高そうな彼女が必死になって土下座しているのを見させられ、なんとも言えない気持ちになったし。
3人の少女たちがそんな額を地面にこすりつけた女神を励ます。
「そんなもの無くても大丈夫よ」
「心配しないでください」
「ネメシス様を今までずっと信仰していた、私の信仰心を疑っているのですか?」
ん?最初に声をかけた天王院さん、その自信は凄いですね。
仮にも魔王がいるらしい世界、それでも既に自信満々に大丈夫と言ってのける彼女はどれだけ自身に満ち溢れているのだか。
もしかして、先のサメとの戦いでも彼女一人だけなら生き残れていたのではないだろうかという考えが頭によぎった。
無敵超人かよ。
まあとりあえず、俺も宣言しておくことにしよう。
「一度受けた義理は返すまで、女神様を裏切ったりはしませんよ」。
「……。そうか。ありがとう、あなたたち」
女神は顔を上げるとぐすん、と嬉しそうに涙ぐんだ。
「私も誠意を見せるべきだな。これからは私のことは呼び捨てで良いわ。敬語も距離感を感じるし。これからは外してくれて構わないぞ!」
ネメシス神は立ち上がると可愛らしくも気丈にふるまった。
「わかりました」
天王院がそんなツンデレ女神様へと一歩踏み出す。
「では、よろしく頼むわ、ネメシス」
「ああ、よろしく頼む、琴葉」
ネメシスは差し出された手を握り返した。
そのやり取りを見て俺と妹も続いく。
「よろしく、ネメシス」
「よろしくね、ネメシス」
「ああ、よろしくだ、和人、神楽」
女神は嬉しそうに微笑んだ。
「ネメシス様ー、私はどうすればいいのー?」
「お前は、私のことを様付けで呼ぶことに慣れているなら、そのままでも良い。10年以上そうしていれば違和感もあるだろうからな。お前も、私も」
「わかった!これからもよろしくだね」
そんな感じで打ち解けた雰囲気になる一同。
その雰囲気のまま言ってしまいたかったのだろう。
「異世界へ行く特典だったな。残念ながら、私にあげられるものはない。本来なら、魔剣やら、最強の防具やらを他の女神たちのように授けたいところなのだが、いかんせん、私の信者の数じゃ、お賽銭が心許ない故」
まあ、60人じゃ仕方がないだろう。
「ただ、異世界における能力に関してだが、これは女神によっての優遇差はないぞ。冒険者ギルドで自身のステータスを確認してきてくれ。それでお前らの能力がわかるし、スキルポイントも貰えるだろうからそれで自分のジョブに適した魔法を覚えられる」
おおっ!まじか。
それは異世界ぽいじゃないか。
俄然楽しみになってきたぜ。
「そのあとは、まあ、クエストとかをこなしてレベル上げだな」
きたきたきた、楽しそうじゃんね。
「まあ、これからお前たちを転送する世界は少々冒険者として生計を立てていくのは難しいかもしれんが、異世界ライフを楽しんでくれたらと思う」
どうやら、冒険者に都合の良いやさしい世界ではないらしい。
場合によっては商人やほかの職業につく可能性もあるのだろうか。
しかし、スキルも覚えられるとのことだし、何より行ったことのない世界だ、依然として興味は尽きない。
「じゃあ、準備が出来たら、あそこにある魔法陣の上に移動してくれ。あれで転送するからな」
そうして、俺たちは異世界へと最初の一歩を踏み出すのだった。