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封神鬼ガウリ  作者: EZOみん
第四章 封神鬼
21/23

決着

 スウィーが短く詠唱すると、潮が引くようにガウリの封印は皮膚から消失した。

 瞬間、押され込まれていた力が猛烈な勢いで弾ける。蛭達は一匹残らず引き千切られ、ぼろぼろの肉片となって飛び散った。

 

「ちょ、ちょっと、早いのよ! アタシが巻き込まれるでしょうが!」


 トランス状態のガウリには、スウィーの文句は届いていない。

 ブレボ達は分身の蛭を防ぐのに手一杯になっていた。大急ぎで避難してきたスウィーが、ブレボの肩へ駆け上がる。

 

「うわっ! スウィー、あぶな……」


 突如起こった地鳴りが、ブレボの台詞を断ち切った。

 立ち上がったガウリの足元から闇――正確には穴が広がり出していた。光さえ吸い込む奈落の穴だ。

 

 ブレボとて、魔術や呪術による多少の不思議には馴染みがある。

 だが、それはどこかちがっていた。

 

 どこかおかしかった。

 

 どこか、ひどく異質で、不吉だった。

 ブレボを始めとする人間達だけでなく、蛭や蛭神本体さえも動きを止めて、ぽっかりと空いた穴に注意を吸い付けられてしまった。


「なに……あれ……?」


 穴の底から出現した奇怪なモノ。ソレには、長い鬣が生えていた。

 口元からは牙がのぞき、鋼色の表皮で覆われた逞しい四肢は、三メートル近い上背があった。

 

 ひょろりと長い手と短い足のバランスは歪で、ヒトよりも猿に近い。

 

 だが両手には長く黒々とした爪が生えており、額からも二本の角がぬうっと伸びていた。

 ぴくりとも動かないソレからは、生命の気配がしなかった。

 

「鬼の彫像……?」


 ブレボのかすれ声にスウィーが反応する。

 

「まあ抜け殻だから似たようなものね。ただし、アレは別の世界のモノだけど」

「べ、別の世界だって?」


 語る間にガウリの身体は分解されていく。光の粒子になって、像の中へ吸い込まれていく。


「アタシ達はね、みんな奥の奥、原初の根源では一つに繋がっている。でもガウリは違う。アイツの根源は別の世界へ繋がっている」


 淡々と語るスウィーの声に微かに混じるもの。

 それは哀れみだったのかもしれない。

 

「だからアイツは――この世界には居場所がないって感じてしまうのよ」


 どくん。

 

 鼓動が強く胸を打つ。

 異界の鬼は仮初の生命を得て、目覚めた。




 空洞内を揺るがす咆哮。

 雷鳴にも似た轟きが、聞く者の骨までも震わせる。

 

 爆発的な歓喜と天井知らずの高揚。

 煮え滾る溶岩の如く留めようもなく噴き出てくる圧倒的なエネルギーをもてあまし、ガウリはもう一度咆哮した。

 

 穴を閉じ、地に降り立つ。

 

 周りには、忘我の呈に陥った者達がいた。

 自分と彼等は、なんとちがうことか。

 

 あまりに隔絶した場所に存在するガウリは、彼等を眺めることしかできない。

 まるで天の遠い星を仰ぎ見るように。


――だけど、今はいい。


 今はただこの高揚に身を任せ――敵を屠るのみだ。

 

 蛭神も目前のソレは敵であると瞬時に認識したらしい。

 威嚇の叫びを上げ、ガウリに迫ってくる。

 

 その時点で蛭神は致命的な誤りを犯していた。

 

「ククク――お馬鹿。受肉して祟る力は増しても、頭の方は悪くなったみたいね。さっさと逃げればいいものを」


 ブレボが畏怖の混じった声で聞く。


「あの子って、一体何者なの……?」

「封神鬼――古代人が神を斬る道具として作り上げたモノ達の末裔よ。鬼を依り憑かせ、厄神を斬り祓うカミナギノツルギ――ヒトの身でヒトを越えた鬼人の一族、神喰らいの獣とか、古文書によって色々な呼ばれ方があるけど、そんなことはどうでも良いの」


 異論は許さないとばかりに、スウィーは続けた。

 

「ガウリはね、ちょっとフツーじゃないだけ。ただそれだけよ。たまに凶暴になることもあるけど、それはあの子がそういうカタチに作られたせいなんだから。中身はいじいじして、お間抜けなただの子供よ。だからアタシは目が離せないのよ、まったく」


 分身の蛭共は露払いにもならなかった。

 死角から飛びついてくるのだが、ある程度の距離まで接近すると、身を震わせてバラバラに砕かれてしまう。

 封神鬼の身体に触れることさえできていない。

 

 スウィーは満足気に鼻を舐めた。


「攻性結界を起動している――やはり操作法は召喚術式と同様に、アイツの血に刻まれているんだわ……!」


 蛭神は己の擬腕を伸ばし、封神鬼の全身を縛った。

 触れている部分から破壊されているのだが、次々と再生していくため擬腕は切れないのだ。

 

 そして全体のサイズでは蛭神の方が遥かに大きい。

 

 蛭神は封神鬼を持ち上げ、先ほどと同様に振り回し始める。

 だが、それはほんの数回どまりだった。

 

 空中で姿勢を変えて足から着地すると、封神鬼は縛られたまま腰を落とし、擬腕を掴む。

 綱引きの均衡はあっさり崩れた。蛭神は地面から引き抜かれるように持ち上げられ、空洞の反対側へ投げ付けられてしまった。


 意外と軽いな、とガウリは思った。


 蛭神はみっともなく引っくり返っている。

 両足に力を籠めて地を蹴ると、風を巻いて景色が飛び過ぎた。身体の動きが軽過ぎて、目がついていかない。

 蛭神の張った防御結界をあっさりと突き破り、さらに突進する。

 

 もう爪が届くだろう。

 

 迷わず、薙ぐ。

 ごっそりと肉を抉られ、蛭神は絶叫する。

 

 神経に障る声だ。ガウリは封神鬼を咆哮させ、思い切り蛭神を蹴り上げた。

 どおん、と重い打撃音が空洞に轟いた。浮かび上がった巨体が地に落ちる前に、下腹を爪で引き裂く。

 血潮と肉片が舞い散る中、手を休めずにさらに攻撃を続けた。

 

 両者の優劣は明らかだった。

 封神鬼の戦闘力は蛭神を完全に凌駕している。

 

「凄い……圧倒的に強いじゃないか!」


 ブレボの言葉にスウィーは鼻を鳴らした。


「ったり前でしょ。蛭神はね、神は神でも所詮は癒し神よ。狂おうが受肉しようが、殺し専門の封神鬼に敵うはずもない、けど……」


 少々歯切れ悪く、スウィーは続けた。


「やっかいね、これは。さすがに長く祭られてきただけのことはあるわ」


 懸念はガウリも同じだった。

 どれほど深く傷を負わせても、蛭神はほぼ瞬時に再生してしまう。これでは幾ら爪を振るっても、きりがない。

 

 戸惑いに腕の振りが鈍った隙を突かれ、蛭神は口から液体を吐きかけてきた。

 

 攻性結界が液体を弾き、背後にいるスウィー達の方へ降ってきた。

 床に落ちた雫が白い煙を上げる。恐ろしく強力な溶解液だった。

 

 スウィーは文句をわめきながら逃げ回っているが、動けないイリマは老司祭が身を挺して庇うしかなかった。

 焦ったガウリは縦横に爪を振るったが、蛭神の再生能力はさらに活性化し、身をくねらせて反撃さえしてきた。

 

 両者の激突により、今度は砕けた石材が飛んでくる。

 溶解液よりはまだ避けやすいが、壁から天井にまで亀裂が伸びていく。

 

「強引過ぎるのよ、アンタは! 依り代よ! 蛭神を受肉させている依り代を切り離しなさい!」


 スウィーはそう怒鳴ったが、ガウリにはどこに依り代があるのかわからない。

 ようやく封神鬼の力を制御し始めたところなのだ。

 

 崩落を気にして動きが鈍ったところに、蛭神が体当たりしてきた。

 封神鬼は壁に押し付けられてしまい、身動きが取れなくなる。

 

 押し返すことは可能だが、下手に力を入れると地下祭壇全体が崩れかねない。

 このままでは自分はともかく、他の者達が――

 

――助けて。


 誰かの声が聞こえた。

 

 いや、ちがう。これは思念だ。

 強い想いが空間を響き渡り、封神鬼の知覚を通してガウリの心へ届いているのだ。

 

――お願い、助けて。


 蛭神の腹部がレリーフのように盛り上がり、ヒトの形を成した。

 大公夫人の姿だった。

 

――助けて。わたくしの――


 蛭神に接触し続けているせいで過負荷に陥ったらしく、封神鬼の体表に紫電が走った。

 さらなる負荷をかけて攻性結界を崩壊させようと言うのか、蛭神は溶解液を放出しようとしている。スウィーが叫ぶ。

 

「お馬鹿、敵のたわ言を聞いている場合じゃ――」


――わたくしの神を、助けてあげて――


 ガウリは右手に攻性結界を集中させ、蛭神の口を塞いだ。

 噴出す溶解液は掌に防がれた。結果、大半は蛭神自身へ降り注ぎ、肉の焼ける猛烈な臭気と苦悶の金切り声が響く。

 

 その中で縋るように差し伸べられたルールィの腕だけは、何故か清らかに見えた。

 

 ガウリは大公夫人をそっと掴み、蛭神から一息に引き抜いた。

 依り代を失えば、受肉した身体を保てない。

 

 一際高く叫んだ後、蛭神は幾つもの肉の塊に分解し、腐肉と化してとろけていった。

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